日本橋の富士山

呉服屋の手代の二吉は狼狽した
丹波の田舎からの手紙に
母親の具合がよくないと書いてあった
上方の本店から江戸の支店に赴任して十年
二吉は今年で四十歳になった
嫁も貰わずまじめに働いて
毎月母親に仕送りをしてきた
おっかさん
二吉は何年も母親に会っていなかった
その翌日
よく晴れた冬の日の昼近く
得意先を数軒まわって路地を抜けると
日本橋の大道りに出た
にぎやかに人が行きかう大通りの
向こう真正面に大きく
富士が見えた

  富士山と飲む男

富士山に向かいながら富士山と酒を飲む男の話を
ボクは知人から聞いた
その男は六十歳ぐらいの初老の人で
富士山が相当好きらしい
小高い丘の上にある男の自宅の二階の西側の部屋から
夕方、さえぎるものなく富士山のシルエットがはっきり見える
休日の夕方、運良く富士山が見えていると
男は冷酒を入れた徳利を一本もって
二階に上がる
つまみはいらない
富士山と一杯やるのだ
男はときどき富士山に何か話しかけながら
酒を飲んでいることがある
男が富士山と何を話しているかは
誰も知らない
富士山のシルエットが見えている時間は短い
あたりが暗くなると男は何事もなかったような顔をして
二階からおりてくる

この写真はボクが愛犬と休日の夕方
散歩した時にとった富士山のシルエットです
散歩の途中、富士山が見えていると
ボクは決まって富士山と飲む男の話を
思い出します

2007.11.23