深 沢 紅 子 と 立 原 道 造
堀辰雄の1412番山荘
ヒヤシンスハウスの設計図より
深沢紅子が立原道造と初めて出会ったのは、昭和10年に津村信夫の本の装丁画のために信州に旅して、松原湖の宿にやって来た日で、立原道造は友人の建築家・柴岡亥佐雄とともに訪ねてきて、知り合いになった。津村信夫は道造の詩の仲間で装丁画をかく紅子をすでに知っていたらしい。前の日に、追分の宿で見かけて追いかけてきたらしい。絵のファンだった、という以上の感情が動いていたのかもしれない。それから交友がはじまり、昭和14年に道造が永眠するまで2人は親しくつきあった。
夢みたものは ひとつの愛
夢みたものは ひとつの幸福
それらはすべてここに ある と
立原道造「夢みたもの」より
設計図どおりに
別所沼の畔に建てられた
ヒヤシンスハウス(冬景色)