現在、世界に数百万人のさまざまな国からの難民がいるにもかかわらず、先進国の中で唯一日本政府・法務省だけが、世界の安全を主張し、難民が存在することを否定しています。
そんな根拠のない主張をする理由は、日本政府が人種差別と古くさい民族主義を司法のもとに置いて、単に難民を受けいれたくないからであり、また相手政府との友好関係を崩したくないという目的があるからです。
政府・法務省の難民条約に対する解釈は、インチキとごまかし、いい加減で、無責任なものです。入管の難民のあり方を見る限り、この主張の正当性を確認できます。いわば政府・法務省にとって、本物の難民というのは、ペルーの残忍な元大統領フジモリ程度なので、彼くらいの人
間だけがたぶん保護される資格を持っているのです!!
また最近になって、人種差別主義のための新たな暗号が発見されています。その暗号とは、「テロ対策」という言葉です。しかし、本当に日本政府がテロを恐れているのなら、まずテロリズムそののの原因であり、テロリストを育てているアメリカ政府やイラン政府のような連中との
政治的なやりとりを減少させたり、断念したりするはずです。だが、日本政府は、「対テロ対策」を背景に、今までの排外主義を一層強めています。
難民条約に定められているように、「亡命者を収容してはいけません」。この定めのもとになっている理論は、やはり自国の政府からの迫害を恐れている難民申請者は、収容されることによって、精神的肉体的な苦痛を受けてしまうということです。それこそ迫害の一種であり、難民
条約に反することになるから、やめるべきです。
しかし、こんなにも国際機関や日本市民の批判を浴びているにもかかわらず、入管当局は、収容主義の姿勢を変えることをせずに、逆に国の法律をふみにじって、収容されている難民の名前までも堂々と相手国(迫害国)の当局に提出しているのです。
こんなやり方は、どんなに恐ろしく、いい加減なものであるかは、いうまでもありません。日本の歴史を見て考えられるのは、現在の法務省の難民受けいれ制度と収容主義は、単に過去のファシズム時代の考え方を法律化させているものといえます。そのせいか収容所の中では、いま
だに収容者に対する暴行を加えられることや、苦しみに耐えられず、自殺をはかったり、精神的に参ってしまうこと、難民申請をあきらめること、第三国への亡命することも後を絶ちません。
収容所のいい加減でくだらない規則に対して、苦情をいう場合、脅かされたり、実際に独房やスペシャルルームにとじこめられたりすること、強制送還されてしまうこともあります。とくに怪我をして、その加害者である相手職員を訴えようとすると、必ず送還されてしまいます。
ご承知の通り、去年の2月頃、4人のイラン人難民が強制送還されました。彼らがイランに着いた後、そのうちの一人は3ヶ月間監禁された後、大金の保釈金を払わされて、一時釈放されました。また、もう一人は、6ヶ月にわたって、厳しい監禁を受けています。しかし、残念なこ
とに、昨年の5月に、大阪の収容所から送還された一人の女性の行方は、いまだに確認されていません。また、2002年に東日本入国管理センターから強制送還された一人の男性のことですが、彼はいまだに刑務所にとじこめられています。
イランの難民がこのように強制送還されるときに使われる理由は、イランの嘘っぱちの「改革話」が世界に飛び散っていたことです。だがしかし、去年の半ばからイラン国内で始まった大困難とその間殺害されてしまった数名の市民や多数の逮捕された活動家、新聞記者、知識人、今
年6月に大統領に選ばれた一人の「過激派」、これまで海外で活動家の暗殺をはかったり、国内の政治囚に対して拷問と処刑を執行したことのある人物、選挙後に始まった女性や若者に対する厳しい姿勢、さらには一ヶ月あまりにも及んだクルド州の大反乱と市民の射殺、大量逮捕等々
が、イラン・イスラム政府と同様、嘘っぱちの「改革話」の真実を明らかにしてしまいました。
イランの野獣政府の本質が世界に再三確認されるまで、亡命者に対する厳しい見方は続き、結局その中で犠牲になってしまった者もいます。これまでアムネスティ・インタナショナルやその他の人道機関に確認されているように、何らかな形で強制送還されてしまったイランの亡命者
は、国についたところで、逮捕され、処刑になっている者は、何人もいます。
去年ベルギーからイランに送還された亡命者のケースでは、何の問題もなかったはずの彼は、その2週間後に、街の中で遺体で発見されました。遺体の頭骨は、砕かれ、体には数カ所に及ぶ傷跡が残されていました。また3年前にトルコから強制送還された一人の活動家は、最近にな
って処刑判決を受けています。彼は、自分の活動と自分の二人の兄弟がイラン政府によって処刑されたことを亡命の理由にしていました。また別のケースでは、昨年クアラルンプールのUNHCR支部の前で一人のイラン人亡命者は、第三国出国が2年にわたって無視されていたため、
焼身自殺をはかり、亡くなりました。いったいこれ以上「イランが安全な国ではない」という主張の証拠に何が必要なのでしょうか。
私は去年の国連大学前の座り込みに参加した一人の難民です。通常の状況であれば、そんな公開の場に出ていた難民は、UNHCRや日本政府から保護されていても決して不思議ではありません。結果的には、72日間に及んだ座り込みは弾圧されて、私はデッチアゲによって、警察
に逮捕され、国連大学前から拉致されてしまいました。
日本政府は、北朝鮮には日本人の拉致を大々的に問題にしていますが、私はそんな日本政府・法務省・警察の拉致行為を、世界に訴えるつもりです。
私にとっては、この1年半あまりの拉致状況は、はりしれないほどの精神的苦痛と拷問となり、そして恐怖と死との闘いでした。もしまた世界のどこかに、人道や正義が存在し、尊重されているようであれば、私はそのところへ、日本政府・法務省から私を解放し、彼らを追及してく
れることを求めます。
私は、日本政府に対して、以下のものを要求し、正義と人道を信じて、尊重している個人や組織・グループや人道機関、または正義を抑圧する者との闘いを決心している個人や組織・グループからの支持を求めます。
1.入管の控訴とそれに対する高等裁判所のいい加減な調査、再収容決定は不当なもので、ある以上、直ちに取り消すべきです。
2、昨年の座り込みに参加していた難民全員は、無条件で保護されるべきです。
3,拉致行為は国際社会の常識と人道条約に反している以上、現在牛久収容所で拉致状況に置かれている私の釈放を無条件に求めます。
4、この間、東日本入国管理センターの所長から、強制的で不当にも収容されている難民の名前がイラン当局に提供されているという、とても信じがたい事件がありました。所長のいい加減な自己判断は、日本の法律や難民条約に反しています。私は、牛久の収容所所長の謝罪を求める
とともに、その責任を問うように要求します。
5.昨年の座り込みからこの時点まで、難民受け入れ制度や難民の調査にあたるやり方がいかに難民条約に違反しているかは、世界からも認められているので、大いに批判されています。私は、これらの違反をもとにして自分の不当な収容の打ち切りと難民としての認定を要求します。
6.イランの神権政治体制は、言論の自由、行動の自由、または人権、人道を守っていません。日本政府は、国際情報機関や人権機関の報告をもとに、「イランは安全な国ではない」ことを公表するべきです。イスラム政権の市民に対する抑圧は、各政府をはじめ国際機関から非人道的
なやり方をやめさせるよう、働きかけるべきです。今でも多くの政治囚は、イランの刑務所で拷問を受けて苦しんでいます。彼ら全員が釈放されるべきです
私は、これらの要求をもって、毎月13日から22日の間をハンストに入ります。
大いなる支援をよろしくお願いします。
2005.10.12 ジャマル・サーベリ、牛久収容所内
ハンスト宣言