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2005年1月21日
定山渓鉄道

 鉄道廃線跡を自転車で走れるところとして、札幌では白石サイクリングロードとエルフィンロードの存在が有名だが、私にはもう一つ気になるところがあった。定山渓鉄道だ。定山渓へは、何度かロードバイクで走っているが、それらしき痕跡を見つけることはできなかった。国道36号沿いに残る旧豊平駅舎の存在だけは知っていたが。
 
 書店で「消えた轍 1北海道」という本を見つけた。道内の鉄道廃線跡について詳しく解説している。それによると、澄川あたりから真駒内までの跡地は地下鉄南北線として使われているそうだ。これは知らなかった(生粋の札幌市民には常識かもしれないが)。そこから藤野付近まで国道230号と並行するが、今では道路沿いに、さまざまな店が並んでいるので、跡形もない。その後は国道を離れてしまい、現在はほとんどダートロードとなっている。終点が近づいたところで再び国道に近づき、駅もあったのだが、今そこには北海道秘宝館が建っている。これでは、何度自転車で国道を走ってもわからないはずだ。
 
 写真(「消えた轍」から引用)の電車は、定山渓鉄道を走っていた車両の一つだ。冷房がないのに、なぜか窓が開かない構造になっている(換気扇はついていた)。いくら北海道といっても、夏は蒸し風呂になるだろう。確信犯のようで、1964年の完成当初から、嘔吐袋が備え付けられていたそうだ。ちなみに、登場5年で鉄道自体が廃止となったが、どこにも売れずスクラップになったらしい。当たり前だ。昔の人も訳の分からないことをしていたんだなあ。

Posted by ken1 at 23:47 | Comments (6) | TrackBack (1)
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御涙観音(北海道札幌市)
概要: 名称:御涙観音 別名:北海道秘宝館大観音 住所:北海道札幌市 管理者:北海道秘...
ブログ名: 大仏の殿堂
発効日: 2006/02/21 23:28:42

Comments
さよなら電車に乗ったのが、小学校低学年のときでした。澄川までの往復だったと
思います。
石山1条3丁目に石山振興会館と言うのがありますが、定鉄の旧駅舎です。
裏を線路が走っていました。

  Posted by: 秀龍 at 2005/01/22 8:32:44
北海道の私鉄の歴史を振り返ると、
夕鉄などの、石炭運搬に関連した企業私鉄は存在しましたが、
もっぱらレジャー用というか、市民の足としての私鉄は定山渓鉄道が最初で最後のようです。

存続期間は、たったの5年だったのですかぁ・・
私は、そういった観光路線も札幌にあってもいいのではないかと思うので、
どっかの資産家の投資で定山渓鉄道が復活することを期待しています。
  Posted by: ウルトラビギナー at 2005/01/22 18:42:05
>秀龍さん
さよなら電車に乗ったなんて羨ましい。石山振興会館は本にも写真が載ってました。あれは国道沿いにあるようですが、全く気がつきませんでしたね。

>ウルトラビギナーさん
今はバス専業になった旭川電気軌道が、旭川と東川、そして旭川と今話題の動物園がある旭山を結ぶ電車を走らせていたそうです。これも定鉄に性格が似ていますね。

5年というのは、写真の電車のことで、鉄道自体は長い間存在していました。定山渓への鉄道は、今あってもいいと私も思います。住宅地もかなり南まで広がっていますし。電車で酒を飲み、駅弁食べながら、温泉宿に行くというのもいいなあ。採算を考えると新たに作るのは無理でしょうが。
  Posted by: Ken-Zoo at 2005/01/23 3:11:16
 ウルトラビギナーさんへ

 重箱の隅をつつくようで恐縮ですが、道内で、石炭と無関係な私鉄は存在しました。
 旭川電気軌道、士別電気軌道、寿都鉄道などは、人間の輸送が中心だったように思いますがいかがでしょう。
 定鉄と似たような目的で敷かれた私鉄のレールは、砂原や登別にもあったようです。
 十勝を走っていた十勝鉄道と北海道拓殖鉄道は農産物輸送が眼目だったのでしょう。
 ほかにも、軽便鉄道が道東などにたくさん走っていました。

 石山振興会館は、札幌の都心から南に走るとき、国道230号を左折して藻南橋を渡るルート(旧来の230号)で石山に向かうと、向かって右側に、容易に見つけることができます。
 現在の国道230号のルート(川沿地区を南まで行ってから豊平川を渡って石山に至る道)が完成したのは比較的近年です。

 なお、秘法館のたっているのは、終着駅跡ではなく、「白糸の滝」駅跡だと思います。
 いま「スポーツ公園」という名の空き地になっているのが、終点の駅跡です。

  Posted by: ねむいヤナイ@北海道美術ネット at 2005/01/24 2:21:05
私も廃線跡とか郷土史とか興味有ります(笑)

廃線跡はこのサイトが詳しいですよ
http://www1.linkclub.or.jp/~okutomo/

北海道にも昔は私鉄が沢山有ったようですね。
私が一番「へぇ〜」と思ったのは、昭和の初めに
虻田から洞爺湖まで、洞爺湖電気鉄道という私鉄が有った事でしょうか。
これは温泉街まで湯治客を輸送するためだった様です。

あと、日本で最初の鉄道は、泊村から岩内港までの茅沼炭鉱からの石炭積み出しの軌道が最初だったそうです。公式的な記録にも、これが日本最初の鉄道であるとされている様です。
今度この近辺をMTBで散策してみようかと思ってます。
http://hokkaido.yomiuri.co.jp/tanken/tanken_t011013.htm
  Posted by: Lee at 2005/01/24 15:04:42
>ヤナイさん

 昔は色々な鉄道が道内にあったのですね。その頃の方か活気があったような気がしますがどうでしょうか。
 今の国道230号が、新たに作られたルートとは知りませんでした。何せ、にわか札幌市民ですから。
 秘宝館は、本によると確かに白糸の滝駅跡でした。雑な文章ですみません。

>Leeさん

 昔の鉄道の写真を見ていると、当時の生活が偲ばれて面白いです。年を取ったせいか、最近は将来のことを考えるより、過去のことを調べるのが楽しく感じられます。
 日本で最初の鉄道が道内にあるということにも驚きました。牛引きトロッコとは言え、線路上を走れば鉄道ですよね。
 廃線跡はダートや道無き道というところも多いそうです。そういったところのサイクリングにはMTBが活躍しそうですね。



  Posted by: Ken-Zoo at 2005/01/25 0:18:00


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