「映画の感想」
「300」の4回見た感想、プログからのコピーです。1回目から4回目まで言っていることが随分違っていますが、気にしない方だけ読んでください。
1回目 6月13日(水)
「さんびゃく」(私はずっとこう読んでいた)ではなくて「スリーハンドレッド」
見てきました。事前にいろいろな人の感想を読んでいたのである程度予想していた
のですが、はっきり言ってこの映画、歴史映画と思って見てはいけません。あと
ジーンと感動したり心が温まるような部分はありません。R−15に指定されて
いるように首が切られたりといったかなり残酷なシーンが出てきますので、苦手な
人は見に行かない方がいいと思います。
でも、そうした部分を無視して、アクション映画と割り切って見ればかなりツッコミ
どころというか、笑える部分はたくさんあります。冒頭からスパルタの掟ということ
で赤ん坊の選別が行われたり、7歳の子供は親と引き離されて厳しい訓練を受け、最
後に成人の儀式として1人で山の中でくらしてオオカミと戦ったりもします。こうし
たことは実際スパルタで行われていたようで、すごいシステムの国があったもので
す。少年時代のレオニダス、なかなかカッコイイ子がやっていました。
そしてクセルクセスからの使者を殺し、レオニダス王は選りすぐった精鋭300人
を集めて出陣します。歴史としてはいくつかの国の連合軍でペルシャ軍と戦い、
戦況が思わしくないので、スパルタ軍の300人だけが残って他は退却し、アテネ
などはスパルタが時間稼ぎをしてくれている間に海軍を用意し、ペルシャの海軍
を撃退した、というような流れだったと思いますが、他の国はほとんど出てこな
くて、レオニダス王のスパルタ軍対ペルシャ軍となっています。レオニダス王の
というのは、神託では出陣を止められ、議会は反対しているので全軍は出せない
わけです。そしてなんとか全軍出させようと王妃ゴルゴが議会で発言しますが、
どうもスパルタは王といってもそれほど大きな権力はなく、指揮官か将軍の1人
と同じような立場みたいです。立派な宮殿とかもありません。そうしたことで
贅沢はしないで、国家予算はほとんどが強い戦士を作るためだけに使われていた
のでしょうか。
出陣式と言ってもみんなで盾を振り上げて雄叫びを上げ、まるでこれからオリン
ピックに行って優勝するぞ!というような雰囲気です。子供の頃から戦うことだ
けを教えられたスパルタの戦士、戦いこそが人生最大の晴れ舞台であり、敵の
数が多ければ多いほど戦死が名誉なこととなり、命を捨てて戦うぞ!と燃えるの
でしょう。徹底的に管理された社会で育って生きていれば、個人的にそれを批判
したり別の生き方を考えることなどできなくなるのでしょう。スパルタは極端
で過去の話ですが、今でも他の選択を許されない国、地域はたくさんあるように
思われます。
そして某テーマパークのパレードのような華々しい山車に乗って登場するペルシャ
軍のクセルクセス王、これはもう噴出してしまいました。写真などである程度予想
はしていて、絶対本物らしいペルシャ王を期待してはいけないとわかっていたの
ですが、全身きらびやかでゴージャスな王様が派手な山車に乗って、これでもかと
自分の肉体を誇示しています。そうそうレオニダス王を始め、スパルタ軍の戦士達
みなよく訓練された素晴らしい筋肉の持ち主で、さぞかしハードな訓練をしたと思
うのですが、クセルクセス王もなかなかのものでした。
そしてイランから抗議があったというペルシャ軍、これはもう絶対にペルシャ軍
と思ってはいけない軍団でした。仮面をつけた醜い顔の軍団があったり、忍者の
ような衣装の人が出てきたり、さらには大男や手の先にのこぎりがついたような
人間、像やサイまで登場して、ほとんど「ロード・オブ・ザ・リング」のサウロン
の軍団に近いです。ファラミア演じたデヴィッド氏のディリオスが戦っているあた
り、オスギリアスの戦いのようでした。ナズクルは出てきませんが・・・私はこの
デヴィッド氏かなりファンなので、思った以上に登場場面が多く偉そうな態度だった
のがうれしかったです。この映画では彼の身分はどの程度なのかわからないのです
がやっぱり執政位の家柄だったのでしょうか。ただ「ロード・オブ・ザ・リング」
との大きな違いは、彼らは絶対に撤退せず、最後の1人が死ぬまで戦うということ
です。
けっこう残酷な場面もたくさんありましたが、漫画を見るような感覚で見てしまった
ので、それほど強烈ではありませんでした。でも死体を積み上げて石垣のようにし
たり、死にかけている人間の扱いとか倫理的にどうなのかな、と思うような場面が
たくさんありました。いろいろな種類の(割と私が気に入っているのも含まれてい
る)映画が一部の地域、あるいは全国的に上映禁止になったというアメリカ、その
アメリカでこの映画はとてもヒットしたそうです。アメリカってそういう国なのか
なあと思いました。
2回目 6月27日(水)
「300」2回目を見てきました。本来なら私はこういう人がたくさん殺されて
血が飛び散るような映画は苦手で、またこの映画中でのペルシャ軍やクセルクセス
王の描き方にはいろいろ文句も言いたいのですが、それはそれで置いておいて、こ
の映画に関していろいろ書いているうちに自分がきちんと登場人物を把握してない
ことに気がついて、もう一度見に行きました。
最初に見た時、なんと言ってもレオニダス王、ペルシャのクセルクセス王、そして
お目当てだったデヴィッド演じるディリオス、この3人の印象が強すぎて他の登場
人物についてほとんど名前も覚えていないまま見終わってしまいました。その後、
いろいろな人の感想を読むうちにステリオス、アスティノス、セロンなどの名前が
どんどん出てきて、えー!私、誰が隊長の息子だったのかよく覚えてない!ど、
どうしよう、ということで2度目を見に行ったというわけです。指輪物語の悪の
軍団を思い起こさせるペルシャ軍のサイや像、巨人などとキンキラきんでド派手
なクセルクセス王に惑わされて、兵士達の方はよく見ていなかったようです。
まがりなりにも別サイトでいろいろ書いている以上、ステリオスとアスティノスの
区別がつかないのはマズイと思い、今回はこの2人を中心に見ることにしました。
そして注目のステリオス、すごくかっこよかったです。戦いに率先して参加する
血気盛んな若者という設定のようですが、とにかく強く、セリフの一言一言が決ま
っている、そして戦う姿はあんなに高く飛べるわけがない、と突っ込みを入れなが
らもため息をついて見ていました。どうして1回目、ほとんど気付かなかったのだろ
う。私の目はふし穴です(笑)
隊長の息子はアスティノスという名前でした。ギリシャの名前、ほとんどみんな
最後にスがつくし、特に「300」はみんな同じパンツとマント姿で区別できな
い、と思っていたのですが、こちらは本当に若くてきれいな顔立ちの青年でした。
並んでいる時、ちょっと恥ずかしげで自信なさそうにしているのがとてもよい、
隊長の息子ということでちょっと「アレキサンダー」に出てくる将軍の息子フィロ
タスを思い出しました。隊長や将軍の息子というのは若くてもそれなりに戦いの
中で重要な位置を占めなければならないという宿命を背負っているということを
強調するためか、ゴツイ父親に比べて繊細な息子というパターンが多いようです。
特にスパルタのように市民の男子がみな戦士になることを義務づけられた国で、
隊長の息子として生まれれば、常に選りすぐった精鋭の中でもさらに強くならな
ければならず、その圧力はそうとうなものだったと思います。もちろんそれは
王様も同じで、王家に生まれたからこそ皆の手本になるほど強くならなければい
けないわけで、王という立場に甘んじるわけにはいかず過酷な人生だったと思い
ます。
子供の頃から強くなることだけを叩き込まれて生きてきた彼らは、そうした厳しい
生存競争を生き抜いてきた者だけが感じる連帯感も相当強くなっていったでしょう。
見分けがつきにくかったステリオスとアスティノス、一緒に戦い、冗談も言い合って
います。年上のステリオスがアスティノスを気遣っているようにも見え、微笑ましく
感じました。戦いがいいとは思いませんが、そうして常に死と隣り合わせに生きてい
る時代だからこそ生まれる友情もあり、そうした場面は単純に美しいと感じました。
クセルクセスが進軍し、レオニダスが戦った同じ時代、アレキサンダー大王の故郷
マケドニアは彼の祖先で同じアレクサンドロスという名前の王様が治めていました。
そのアレクサンドロス1世、自分はヘラクレスの子孫だからギリシャ人であると家
系図を持ち出してオリンピア競技に参加したりする精力的な王様でしたが、ペルシャ
にはあっさり降伏して水と土を差し出し、ペルシャ軍に入って戦っています。もっと
も情勢を見てギリシャ軍に情報を流し、戦後もうまくギリシャとの関係を築くことに
成功してマケドニアを発展させました。でも同じ時代レオニダス王は300人で戦っ
て玉砕する道を選びます。彼らの犠牲のおかげでギリシャの他の都市、特にアテネ
などは時間稼ぎができてその間に海軍を準備し、ペルシャ軍を撃退するのですが、レ
オニダス王には玉砕以外別の選択は残されていなかったのかな、と考えてしまいま
した。
スパルタの軍事国家としての厳しい制度は300年も続いていたとナレーションで
言っていました。市民より遥かに数の多い奴隷や征服した他の国の人間を抑える
ためにも強い軍隊が必要で、徹底した軍事教育が行われたと本で読みましたが、そ
うした訓練はやがては本来の目的以上に強くなることが人生のすべての目的へとす
りかわってしまうのでしょう。生まれたばかりの赤ん坊の時でさえ強い子だけ
が生かされ、後は殺されてしまうスパルタ人、多大な犠牲を払ってそうした制度を
続けていくほどに人の命以上に制度を守ることが最優先され、どんな犠牲を払って
もそれ以上の犠牲を今までに払ってしまったのだからと思ってしまうのかもしれま
せん。
個人の人間としてよりもスパルタという国家や制度、価値観のために生きて死んだ
レオニダス王、テルモピュレイの戦いはその人生の集大成としてまさにふさわしい
舞台だったのかもしれません。彼もまたマケドニア王と同じようにスパルタ人の祖先
はヘラクレスだと言っています。伝説となって語り継がれることを望んだ彼らはある
意味幸福だったのではないかとも思いました。
3回目 7月4日(水)
「300」3回目を見てきました(笑)
この映画、歴史的視点から見ればかなり問題があるとか、人がたくさん殺されたり
残酷な場面が多い映画は苦手、さらに筋肉ムキムキの男性は嫌い(笑)などなど
いろいろ言っているのにどうしたことでしょう。
理由として考えられることは
その1 古代ギリシャについてはかなりいろいろ調べたり書いたりしているので、
こうなったらトコトン見て史実との違いを見つけたい。
その2 友人からのメールや他のプログの日記でこんないい場面があったと紹介
してあるのを見て、え、そんな場面あったの?気付かなかった!と2回
見てもまだ見逃していたところがあったのがわかり(私の目は本当に
フシアナです)もう1度確かめたくなった。
その3 ダイエットでエクセサイズをするのに、スパルタでの少年時代の厳しい
訓練を思い浮かべるのがものすごく役に立つ。(そんな厳しいことやって
いませんが)
その4 ただでさえ仕事が忙しく、夏休み前で憂鬱なこの時期、今週はさらに
結果発表や受験生である長男の三者面談などがあり、淡い幻想はみごと
に崩れ、現実逃避をしたくなったが、難しい映画を見る気力がないので
同じものを見た。
その5 映画館近くにあるベトナムレストランのフォーにすっかりはまって見た
後で必ず寄るようになってしまった。
などの理由で3回目を見てきました。そして3回目の今回、思いがけないことが
起こりました。この映画を最初に見た時、私はペルシャ軍のあまりにもファンタ
ジー的な怪物軍団に笑いをこらえ、ツッコミを入れてばかりいました。ほとんど
笑いながら見てしまったといっていいようなものです。それなのに今回、レオニ
ダス王の言葉や表情一つ一つにジーンときてしまいました。結果がわかっている
だけに、これが最後の別れになってしまう、なんてあっさりとした別れなのだろ
うと胸が痛くなるわけです。最後の場面あたりでは感情移入が頂点に達して号泣
し震えていました。まさかこうなるとは自分でもちょっと信じられないです。
やっぱり何度も見ているうちに、1人1人の運命の日がくるまでの人生や日々の
暮らしが見えてしまって感情移入するのでしょう。300人の戦士全員が王のた
めに死ぬことをためらわないというカリスマ性、それはやっぱりスパルタの厳し
い制度があったからこそ生まれたのだと感じました。王家に生まれてもすぐに
将来が約束されているわけでなく、同じように選別され少年時代の訓練を経て
成人の儀式を受けなければいけないのです。1年間たった1人で自然の猛威と闘い
ながら生き延びることがどれほど孤独で過酷なことなのか、その試練を耐えてきた
からこそ彼らは仲間を思い、一致団結して戦い、頂点に立つ王もカリスマ性を持て
たのだと思います。試練がなく王になれるならば少しずつ堕落してただ権力を持つ
だけの王になっていたでしょう。そうではなくスパルタの王は自分達と同じ試練
に耐えて今頂点に立っているという戦士達の思いがビシバシ伝わってきました。
300人の戦士の中で、ディビッド氏演じるディリオスはちょっと雰囲気が違い
ました。彼はスパルタ人の中では珍しく詩や芸術などを好む知性派の人間だった
のでしょう。戦い以外の日々はほとんど出てこないのですが、きっとレオニダス
王の執政として王家の記録や財産管理、外交などで力を発揮していたのでしょう。
その文学的才能は後半のみごとなスピーチとして存分に発揮されています。
血気盛んな若い戦士ステリオス、彼は本当によく飛んで(笑)います。自分の力
を発揮できる歴史に残る戦いに参加するのがうれしくてたまらない感じです。き
っと少年時代から教練所1の問題児というかずば抜けた才能を見せて指導教官を
驚かせていたと思います。成人の儀式では、1匹殺せばいいオオカミを10匹
くらい殺して牙をザクザクおみやげに持ってきたりして・・・・レオニダス王が
首にかけているのはきっと成人の儀式で倒したオオカミの牙でしょう。自分の
原点はその日にあるといつも身につけているのでしょう。
隊長の息子アスティノスはまだ若く、本当に成人の儀式を終えたばかりという
感じでした。その彼が危険な戦いに参加するにあたっては隊長である父と息子
の双方でいろいろな葛藤があったと思います。まだ若い息子を不安にも思う父
の気持ち、隊長の息子という立場だからこそ早く戦いに参加して手柄を立て、
認められたいと願う若者の気持ち、そんな感情が交差する中、彼は300人
の中に加わります。若いといってもなかなか強く、巨大サイを倒す場面など
は指輪のレゴラスのようでなかなかかっこよかったです(これも3回目でやっと
サイを倒すのがアスティノスだと確認できました)巨大サイが近づいてくると
結果はわかっていても思わず悲鳴を上げそうになり、かなり彼にも感情移入し
てしまったようです。
レオニダス王の王妃ゴルゴ、スパルタは女の人も体育訓練を受けていたようで
すし、「戦士を生むのはスパルタの女よ」という有名なセリフも映画でちゃんと
言っていました。そして議員のセロン、この男はそうとう悪者ですが、それら
しい凄みがありながらも、なかなかいい男でもありうまいなあと思いました。
最後の場面は号泣していました。結果はわかっているけど、それでもそこに至る
までの一人一人の動きとか最後の言葉など、かなり感動的でありました。
4回目 7月18日(水)
「300」ついに4回目を見てきました。映画館で1つの映画を4回も見るなど
これは私には今までにない新記録です。いろいろな事情が重なっての4回目の鑑賞
となりました。明日までの上映でしかも水曜日ということでかなり混んでいてかな
り前の方の席で見ました。最後の方すすり泣きがあちらこちらから聞こえてきまし
たので、これはほとんど同じように2回3回と見た人が多いからだと思いました。
(この映画、1回目ではあまり泣けない)
ここから先はネタバレがかなりあります。登場人物の名前はアルファベットにして
おきますが、見てない人は読まないようにしてください。
4回目を見に行こうと思った1番のきっかけは10日前、友人とギリシャレストラ
ンでL王のポスターに囲まれて食事をしていた時のことです。映画の話が話題にな
って、最後L王に手を伸ばして
「あなたの側で死ぬことができて本望です」(セリフ違っているかも)
と言っているのが若いSかそれともCかどっちだったかと議論になりました(2人
ともはっきり顔を見ていなかった)それがSのセリフなら、Sの性格を考えれば
彼らしく感動的だけど、次に王が
「お前と歩んだ人生を誇りに思う」
とか言っています。まだ成人の儀式を終えたばかりのようなCの息子Aと仲がよい
Sはそれほど年上とは思えず、そうなると王と共に長い年月を歩んだであろうCか
もしれないと考えられます。でもこの時点でのCは王への崇拝よりも息子を殺した
敵への憎しみでいっぱいかもしれない、そうなるとやっぱりSだろうか、などと
延々と話したので、どうしてもそれを確かめたくなったわけです。
他にもいろいろなプログやサイトの感想や話などを読んで、若いAとSを演じた
俳優さんが実際は2人とも○十歳代、しかもAの人の方が年上だと知ったり、準
主役と思って見ていたDのこんなにいいシーンがあったという感想を読んで、え、
私、そこ見逃していた!などと言う場面がいくつかあったりして、結局4回目を
見に行きました。
今度こそいいシーンを見逃さないようにと、300人の戦士が出る場面は目を皿
のようにしてどこに誰がいて何をしゃべっているか確認です。その代わりに司祭
やG王妃の場面はぼーっとしていました。300人並んだ戦士の中にまずDを見
つけてやっぱりお前も来てくれたか、というように頷くL王、Dは親衛隊の1人
というだけでなく、特別な側近だったのでしょうか?戦いの最中、Dを助けよう
として危うく大男に殺されそうになる、などという場面もありました。
「自由と正義のために戦うぞ!」
とか言って、スパルタ兵の中でもとりわけ気合が入っていたのがSでした。彼の
場合は子供の時からずば抜けた才能を見せていて、他の子にとっては大変な教練所
の生活や成人の儀式も自分の力を試せるいいチャンスぐらいに感じていたでしょう。
実際に戦士になり、戦いに参加して敵を殺したり仲間の死を見ても、自分の力に
自信のあるSにとってそれは英雄物語と同じような他人事であり、自分自身の死
を考えるというよりも、物語やスポーツと同じように名誉の死というものに憧れて
いたような気がします。
そのSに比べてCの息子Aは初陣でかなり緊張している様子が見えます。それでも
ペルシャの大軍を見たり、雨のように矢が降り注ぐ時に笑い出し、あまりにも勝ち
目のない戦いということを自覚し、Sと同じようにそれを笑い飛ばすことで恐怖心
を抑えようとしているのかな、とも思いました。絶望的だけれど、それでももし
かしたらという希望もあり、若い2人はかなり楽天的で明るくもありました。
けれども途中親友のAが殺されたことでSの心境は大きく変わりました。父である
Cが息子の死体を見て狂ったように敵を殺し、慟哭する姿を見てしまったので、S
は自分の感情を殺してうなだれているだけですが、この時彼は死の意味を全身で知っ
てしまったでしょう。運命は英雄に対して残酷で、アキレウスのパトロクロス、ア
レキサンダーのヘファイスティオンというようにいずれも本人の死の前に親友が死に
自分の死以上の深い絶望と悲しみを知るわけですが、このSもわずか1日違いです
が先に親友Aの死を見たことで、死に対する考えが今までとは全く違ってしまい、
人間が大きく変わった、ある意味成長して大人になったのではないかと感じまし
た。同じように最後は300人のほとんど全員が死んで全滅してしまうのですが、
Sの人生を考える時、親友Aと一緒に参戦し、Aの死を間近に見てしまうというこ
とに大きな意味があったような気がします。
最後、王に向かって手を伸ばしていたのはやっぱりSでした。この時のL王、死ん
でいく戦士達にとって王はもはや単なる指揮官や権力者ではなく理想であり、神
にさえ近くなっていると思えました。自分の理想や神に近いと思える人物の側で
死ぬ、これはもう最高に幸せなことかもしれません。理想が見えた時、若くて共に
過ごした年月が短くてもそれはもう関係ないのかもしれません。そしてCは、息子
を殺した敵を1人でも多く自分の手で倒す、その死に様は圧倒的でした。この場面
ではやっぱり今回も号泣です。
そしてただ1人生き残ったDが最後に多くの兵を集めて演説する、ここも感動的
です。え、Dはこんなに大軍の総指揮官になるほど偉い人だったの?という疑問は
おいといて、とにかく一言一言がL王と戦死した300人が乗り移ったかのような
迫力で、指輪でどちらかと言えば受身で繊細なFの役をやった人がこんな役もでき
るなんて!と驚きました。4度目なので字幕を見なくてもセリフは大体覚えていた
ので、言葉の意味を噛み締め、言葉と物語がまっすぐ自分の中に入ってくる爽快感
を感じながら最後の場面を見ました。
全体的にはすごく感動したのですが、やっぱりペルシャ軍、使者達の乗り物があまり
にもセンスが悪いし、巨人や手がハサミのようになった男が出た時は笑ってしまい
ました。ハサミ男、戦いではなくペルシャ軍の将軍を処刑するためだけにいたよう
で、あんな殺され方をするのはイヤだなあと同情したくなりました。X王、注意して
見るといろいろな感情の起伏があるし、魅力的でもあるのですが、「寛大」という
言葉の意味をわかっていなくてやたら使っているなあと、セリフを言うたびに笑い
をこらえました。後、アジア最強のとか、ヨーロッパを征服する、などとセリフに
あったのですが、その頃はまだ国がいくつかあっても、アジア、ヨーロッパという
ように分かれてはなく、世界の果てもインドあたりと考えられていて世界はずっと
狭かったハズでは・・・と疑問に思いました。アジア、ヨーロッパ、アフリカなど
と大陸に分けて考えるようになったのはいつの時代からでしょうか?
付け足し
以上4回見た感想です。ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございます。初めて
見た時に比べ、やっぱり2回3回と回数を重ねるごとに他の人の感想やフィクを読んだり、自分
もいろいろ書いたりしているので感情の入り方が全然違いました。4回目に見た時、ディリオスが
最後何万人もの兵士の前で話している部分、鳥肌が立ちました。それまで受身で控えめだった
彼(あくまで王や他のスパルタ人に比べて)が、あんなに力強い言葉で激励し、先頭に立って攻
めていくなんて!これはもう絶対レオニダスが乗り移っていると思えました。レオニダスだけでな
くペルシャを激しく憎む隊長や、若く初々しいまま命を落としたアスティノス、無鉄砲な特攻戦士
ステリオスなどみんな確かにまだそこにいて一緒に戦っている、そう感じました。最後の場面は
号泣でした。
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