ミエザの熱い夏(1)
アレキサンダー 15歳
ヘファイスティオン 15歳
カッサンドロス 17歳
フィロタス 17歳
プトレマイオス 20歳
アリストテレス 45歳
レオニダス 50歳
「ああ、暑い!今日はどうしてこんなに暑いんだ!」
ミエザの森の奥にある大きな泉がカッサンドロスの大声でさざ波を立てた。
「でも、ここの水はどんなに暑い日でも冷たい」
「本当だ。ああ、気持ちいい」
フィロタスとヘファイスティオンがうれしそうに透き通った水に手をひたし、汗まみれの顔にかけた。朝の訓練が終わった後、森の小道を通って彼らはこの泉に顔を洗いにきたのである。ヘファイスティオンはさっそく髪まで濡らしていた。濃い茶色でウェーブのかかった長髪は水分を含むと漆黒の色に変わり、白い肌にべっとり張り付いた。身につけていた薄地の白いキトンも汗と水で濡れ、赤い乳首が透けて見えた。15歳という年齢のわりにヘファイスティオンは背が高く17歳のカッサンドロスと肩を並べるくらいであったが、色白で華奢な体つき、おまけに髪も伸ばしているので遠くから見れば女のように見える。透けて見える乳首からカッサンドロスは慌てて目をそらした。
「澄まして座ってないで、お前も早く顔を洗えよ」
「何をするんだ!」
プトレマイオスがカッサンドロスの顔に水をかけた。体の大きなプトレマイオスが水をかける場合、ちょっと濡らす程度ではなく、頭から爪先までびしょ濡れになるほどの大量の水をかけてくる。
「ああ、キトンが濡れた」
「ついでに洗えばいいよ、この天気ならすぐに乾く」
フィロタスはもうキトンを脱ぎ、腰布だけの姿で泉に足を入れていた。ヘファイスティオンもすぐそれを見習った。この2人が並ぶと2歳年上のフィロタスよりも背が高くすらりとしたヘファイスティオンの方が年上に見える。訓練の時はほとんど腰布1枚だけの姿でレスリングも槍投げもやっていたので彼らは互いの裸など見慣れていたのであったが、それでも水に濡れ、日の光を反射させて煌いているヘファイスティオンはまぶしく、カッサンドロスは目を細めた。
「お前は自慢の金髪を濡らしたくないのか。だったらこうすればいい」
大きな手に髪の毛を掴まれ、カッサンドロスはドキリとした。横に立っているのはプトレマイオスだった。プトレマイオスはカッサンドロスの長い髪を器用に編み始めた。
「ヘファイスティオンが気になるのか?あいつはアレキサンダーしか見ていないからやめた方がいい」
「誰がそんなこと言った」
「お前の目の先を見ればだいたいわかる。まあ、フィロタスは譲れないけど・・・・ハルパロスはネアルコス、ペルディッカスはレオンナトスとそれぞれもうくっついているしな」
「俺は男には興味ない。アテネやテーバイの習慣なんて・・・・アテネからは学問、テーバイからは軍隊のことだけ学べばいい」
「アテネやテーバイだけじゃないぞ。マケドニア王家だって、アルケラオス王、フィリッポス王、みんな王妃がいながらも男の愛人の方を大事にし・・・・」
「それが原因でアルケラオス王は暗殺された。イヤだね、俺は。愛人に殺されるなんてまっぴらだ」
「お前は王族じゃないだろう」
「父が摂政だ。暗殺される可能性はいくらでもある。もっとも父は実の息子よりアレキサンダーのことを第一に考えているけどな。今だって俺ではなくアレキサンダーを連れてアテネとの交渉に行っている」
「アレキサンダーはやがて王になる。その前にあらゆることを学ばせておきたいのだろう。王位継承でゴタゴタすれば国はどうなるか、アンティパトロス大臣やパルメニオン将軍はよく知っているからな」
アレキサンダーの父フィリッポス王を支える重臣2人、アンティパトロス大臣とパルメニオン将軍はそれぞれカッサンドロスとフィロタスの長男である。この2人は奇しくも同じ年であり、フィリッポス王が哲学者アリストテレスを招いてミエザに学園を開いた時に、アレキサンダーと共に学ぶ学友として真っ先に選ばれた。
「なんの話?父がどうとか・・・・」
フィロタスが冷たい水の中を腰まで浸かって歩いてきた。続いてヘファイスティオンも来てカッサンドロス達のいる岸辺に近づいた。2人とも白いキトンを手に持ち、腰布をつけているだけである。水に濡れて張り付いた薄い布は中にあるモノの形をくっきり示していた。15歳のヘファイスティオンと17歳のヘファイスティオン、まだ完全に成長はしてないが大人に近い年齢である。2人ともそれぞれの相手に抱かれる時は露な姿をさらしていたので他の仲間の前でも平気でこうした格好をしている。カッサンドロスだって、見慣れているはずである。仲間と裸でレスリングをし、水浴びする姿を見ているのだから・・・・それがこれほど気になるのは、今日が特別暑いからだろうか。そんなことは関係ない。俺は学問をするためにミエザに来たのだし、長男として父の跡継ぎになることが何よりも大切だ。男同士の関係など若い時の気晴らしで長続きするものでもない。
「プトレマイオス、これぐらいでいい。後は自分でやる」
迷いを振り切るかのようにカッサンドロスは編んでもらっていた髪を自分で頭のてっぺんに結び、泉へと勢いよく飛び込んだ。
「うわあああー、なんだ、まだ冷たいじゃないか。お前らよく平気で長い間浸かっていられたな」
「カッサンドロスは大げさだよ」
「そうだよ。夏は暑い、冬は寒いって真っ先に文句を言うの、カッサンドロスだもの」
「俺の家は暑さ寒さの影響を受けないように工夫して作られている。まったくミエザはもともと要塞だった場所だろう。少し離れればすぐ森だし、冬は部屋の中でも凍りつくほど寒い」
「あ、そうか。カッサンドロスは1人で寝ているからね。僕は冬の間ずっとプトレマイオスの部屋で寝ていたから平気だったけど・・・・」
無邪気なフィロタスの言葉にカッサンドロスはかっとなった。同じ年で二大重臣のパルメニオン将軍の子とは思えないほどフィロタスは無邪気で子供っぽいところがある。
「ああ、そうだよ。フィロタス、お前唇が真っ青になって震えているぞ。温めてもらった方がいいかもしれない」
「うん、少し寒くなってきた」
フィロタスは水から上がり手に持ったキトンで体を拭いた。続いてヘファイスティオンも水から出て同じようにした。長い髪を纏わりつかせたまま腰をひねり手を伸ばして体を拭く。ただそれだけの動作が彫像のように美しい。カッサンドロスがまたもや見とれているとヘファイスティオンと目があった。ヘファイスティオンは柔らかい微笑みを浮かべた。自分は見られて当然というように・・・・
「おい、そろそろ戻らないと授業が始まるぞ」
一番年上のプトレマイオスが、他の3人を呼び集めた。彼の浅黒くたくましい体はまだ水滴がついていたが、あるいているうちに乾くだろうと気にもとめなかった。
「ああ、疲れた疲れた。それにこの暑さはなんだ!夜になってもちっとも涼しくならないじゃないか!」
夕食が終わってもカッサンドロス、ヘファイスティオン、フィロタス、プトレマイオスの4人は自分の部屋に戻らずに話し込んでいた。
「でも、今日の訓練、いつもより随分楽だった」
ヘファイスティオンがため息をついて言った。
「そうそう、あのレオニダス先生が、今日は僕達に何も言わなかったからね」
フィロタスもうれしそうに付け加えた。この2人は訓練の時たいてい先生に叱られている。
「やっぱりアレキサンダーがいないとやる気にならないんだろう。アリストテレス先生も、今日は暑いからって途中で授業を終わりにしたし・・・・」
「それぐらいでちょうどよかったよ」
「俺達の訓練、厳しすぎると思わないか。俺達は将来大臣や指揮官になる。人を動かす立場の人間がこんなにムキになって訓練しなくてもいいと思うけどな・・・・」
「そう言うな、カッサンドロス。今から150年ほど前、スパルタの王レオニダスはペルシャの大軍が攻めて来た時、他の国の軍隊は撤退させ、自らが選び抜いた300人の戦士だけで戦って全滅した。その間にアテネなどが・・・・」
「歴史の復習か、プトレマイオス。その話なら俺ももう暗唱できるくらい聞いている」
「人の話は最後まで聞け、カッサンドロス。スパルタでは生まれた子供は長老の手ですぐに調べられ、発育不良があればその場で殺され山に捨てられる。王子であっても同じだ」
「よかった、僕スパルタに生まれないで・・・・」
「そして7歳から訓練所に無理やり入れられ厳しい訓練を受ける。常に飢えた状態で食べ物や衣服は最小限しか与えられない」
「ああ、俺もマケドニアに生まれてよかった」
「そして最後の試練として成人の儀式がある。1年間たった1人で山で暮らし、獣や厳しい自然と戦わなければならない」
「1年も1人で・・・・そんな、寂しすぎるよ。誰とも話せないなんて・・・・」
「そうやって生き残った者だけがスパルタでは戦士になり、王子が王となる。だからレオニダス王も自らが先頭に立って戦った。マケドニアも同じだ。上に立つものが逃げ腰だったら兵士はついてこない」
「そりゃ、理屈はわかるけどさ。あの先生の場合はちょっとやり過ぎだよ」
「でも僕達はまだいい方だって・・・・アレキサンダーは7歳からあの先生の訓練を受けて、うまくできなければ鞭で打たれたって・・・・何年も前の傷跡がまだ体に残っているよ」
ヘファイスティオンが美しい顔を歪ませた。アレキサンダーの体に刻まれた鞭の跡を目で見て手で触れるたびに、ヘファイスティオンは彼の痛みと屈辱を自分のことのように感じた。
「ほんと、スパルタ式なんだよな」
「名前もレオニダスだし・・・・」
フィロタスがポツリと言った。
「そうだよ!同じ名前だった。どうして今まで気がつかなかったんだろう。レオニダス、どっかで聞いた名前だと思っていたら・・・・」
「俺は始めから気付いていたぞ」
「うまく名前をつけたよね。レオニダスなんてピッタリの名前」
「違うよ、フィロタス。そうだ、わかった!あの先生、名前は後から自分でつけたんだよ。だってオリュンピアス王妃の親戚でエペイロス王家の出身だろう。スパルタ王の名前なんてつけるわけない。きっとどこかでレオニダス王の話を聞いて感激して、自分もその気になって名前を変えたのさ。そうに決まっている」
「名前を変えるのはいいけどさ、あんまり僕達にスパルタのやり方持ち込まないで欲しいよ」
「もう遅い、フィロタス。俺達はここミエザで2年間、スパルタ式訓練を受けたことになる」
「ええー!知らなかった。大変なことをやっていたんだ」
「そうだよ、フィロタス。お前、ここではうまくできなくて落ち込むかもしれないけど、マケドニアの普通の兵士よりずっと厳しい訓練を受けているんだぜ」
「そうか、そう思うとなんだか自信がでてきたよ」
「僕もそう思う」
「ちぇっ、お前達は本当に鈍感でいいよ。俺は最初からこれはもうマケドニア式ではないとわかっていたぜ」
「教えてくれればよかったのに、カッサンドロス」
「いや、知らなくてよかった」
「本当にそうだ」
しばらく沈黙が流れた。フィロタスとヘファイスティオンの2人はミエザに来てからの2年間を振り返り、自分達がいかに大変なことをしてきたか思い出した。
「フィロタス、俺はもう寝るぞ。お前はどうする?」
「僕も寝る」
「今夜は熱いぞ」
「大丈夫、すごい話聞いちゃったから、興奮して眠れそうもないし・・・・」
「そうか、それなら続きはベッドで話そう」
プトレマイオスとフィロタスの2人は部屋に戻った。後に残されたのはカッサンドロスとヘファイスティオンだけである。ヘファイスティオンは軽く目を閉じ、1人で何やらブツブツ言って頷いている。自分が受けてきた過酷な訓練、でもアレキサンダーと一緒だから乗り越えることができた。そのような言葉がカッサンドロスの耳に入った。
「アレキサンダー、早くミエザにもどってきてくれないかな」
ため息と共に漏れた小さなつぶやきも、息をひそめていたカッサンドロスにははっきり聞こえた。
−つづくー
後書き
ミエザ時代のカサヘファ、アレキサンダーが留守の間にうまいこと2人をくっつけようと思ったのですが、どうもカッサンドロスにふさわしい他の相手が見つからなくて未体験ということにしちゃいました(笑)はっきりしない天気が続き、気分転換のために熱い話が書きたい!と思ったのですが、先が不安です。そうと意識しないままレオニダス先生のスパルタ訓練を受けていたというヘファイスティオンとフィロタスの天然受けも今回の萌えポイントです。
2007、7、20
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