(10) A cinema director
「誠に申し訳ございませんが、あなたのお子様は他の生徒に悪い影響を与えてしまいますので、退学していただくということが決定しました」
「退学って・・・うちのエンリケが何をしたというのです!授業料も寄付金も・・・成績だって決して悪くはなかったはずでは・・・一体どうしてそんな突然・・・」
「お気持ちはお察しいたします。だが、この年頃の子供達にはごく稀に見られることなのです。神の御前、共に学び祈りを捧げる日々の中、子供達は友情を育み、互いに尊敬しあうことを学びます。だが、一人の友人に夢中になり、その気持ちが友情を越えてしまったらどうなるのでしょう?誠に申し上げにくいのですが、エンリケはある一人の少年にそのような感情をもってしまい、そして実際に・・・」
「ああ、なんということを・・・私の何がいけなかったのでしょうか?・・・この子に父親がいなかったから・・・お願いします、この子にはよく言い聞かせます、エンリケ!お前は本当にお友達にそのようなことを・・・?」
「僕は何も・・・・」
「彼は正直には話してくれません。でも、相手の子がすべてを話してくれました。私の前で泣きながら助けて欲しい、僕は大きな罪を犯してしまった、と告白してくれました」
「ああー、エンリケ・・・・お前は一体なんていうことを・・・お父様が生きていらっしゃったらこのことをなんと・・・」
母は激しく泣き出した。校長先生に見つかった後、僕の母がすぐに学校に呼び出されたのだった。
「お嘆きの気持ちはよくわかります。私とてエンリケもまた神から預かった大事な生徒の一人・・・このようなことに今まで気づかなかったと、教師として深い責任を感じています。でも、お母様、彼の罪は勇気ある少年によって告白されたのです。罪を認め、その行いを正す為にも学校を離れた方が・・・・私も彼のために祈ります」
「ああ・・・先生・・・私はどうしたら・・・」
「うそだ!僕は何もしていない!イグナシオが何を告白したんだ!・・・・何を言って・・・」
「彼は激しく泣いていた・・・エンリケが自分にしたことは・・・これ以上罪を重ねたくはない・・・助けてくださいと・・・声を震わせて・・・かわいそうに・・・どれほど苦しんだことか・・・」
「違う!何を言っているんだ!僕は何もしていない・・・イグナシオが・・・・」
僕は校長先生に殴りかかった。違う・・・イグナシオが僕を裏切るなんて、そんなこと絶対あるはずがない!彼もまた僕を愛し・・・
「エンリケ、やめて!・・・やめてちょうだい・・・校長先生になんてことを!ああ、神様・・・」
泣き崩れた母の姿に、僕は冷静さを取り戻した。その僕の体を校長先生が強く抱きしめた。
「エンリケ、落ち着くのだ。少年期の強い感情は時に罪を犯させる。でも神は罪を犯した人間も決して見捨てたりはしない。悔い改め、償いを行うことで、お前もまた救われるのだ。よいな、ここを離れ、新しい道を歩むのだ。私も君のために祈ろう」
その声は本当に神の声のように力強く威厳に満ちていた。何も言い返すことはできなくなった。僕は黙って学校を後にした。
「エンリケ、お前どうしてお友達にそんなことを・・・・」
「ごめんなさい・・・」
「お父様が亡くなって、私にはお前の気持ちがわからなかったから・・・・」
「違うよ、そんなに深くは考えていなかった。ただちょっと好奇心にかられただけ・・・ごめんなさい。もう二度とそんなことはしないよ」
「お父様がこのことを知ったらどんなに・・・ただお前をりっぱに育てようとそれだけを心の支えに・・・」
「ごめんなさい・・・別の学校に行ってきちんと勉強するよ、だからもうそんなに泣かないで・・・」
「約束して頂戴・・・きちんと勉強して立派な大人になると・・・」
「はい・・・・」
母の言うとおり、僕は猛勉強をして別の学校へ入った。僕の家には父の残してくれた遺産がたくさんあったから、日々の暮らしに困ることはなかった。必死になって勉強をした。なんのために?僕を裏切ったイグナシオを見返すために・・・どんなことでもいい、彼より上の位置に立てる人間になれるならば・・・
何年かが過ぎた。18歳になった僕は再びイグナシオと一緒に入った映画館に一人で入った。相変わらず観客のほとんどいない映画館ではつまらない恋愛映画をやっていた。あの時もそうだった。映画の内容はたいしたものではなかった。でもその時は異常なくらい興奮し、お互いのものを触りあっていた。手のひらに彼の体内から滲み出たネバネバする液体を感じた。美しいイグナシオから滲み出た液体を、僕は慌てて自分のものへと擦りつけた。それが罪深い行為であることはわかっていたが、もっと彼を感じたいという欲望は止まらなくなった。夜になってベッドの上で体をシーツに擦り付ければ、気も狂わんばかりの妄想に襲われた。今すぐ彼を抱きしめたい。体中を絡ませその感触を心ゆくまで楽しみたい。彼を感じたい・・・寝付かれずにそっとトイレにいけば彼もまた同じ状態であった。狭いトイレの中、僕達は自分の欲望をどう吐き出したらいいかもわからないままに、ただ体を絡ませ、抱き合っていた。そしてそのことが見つかり、僕は退学になった。イグナシオはあの時決していやがってなどいなかった。彼もまた僕を愛し求めていたはずだ。それなのにどうして急に・・・言い含められたのか・・・それは罪だと・・・そして僕を裏切った・・・あんなに愛していたのに・・・
「一人ですか」
いつの間にか隣に座っている男に声をかけられた。薄暗い映画館の中、顔はよく見えないが相手も僕と同じ年ぐらいに感じた。
「何を思い出していたのですか?映画を見て泣いたわけではないですね・・・こんなつまらない映画・・・でも僕はもっとつまらない人間だ」
彼の声は震えていた。啜り泣いているようにも聞こえた。
「自分が普通ではないことは前からわかっていました。ずっと憧れていた人がいて、ただ見ているだけでいいと我慢していました。でもどうしても耐え切れなくなり思い切って告白したのです」
「だめだ!そんなことしたら・・・」
「そうです、彼はものすごい顔をしていいました。俺はゲイでない・・・二度と近づくな、と・・・そう言われることはわかっていたのにどうして言ってしまったのか・・・・」
「年はいくつだ?」
「19です」
「俺は20歳だ。13の時からはっきり自覚していた。そんなにがっかりするな。同じ者同志が付き合えばいい。違うヤツを好きになってもどうにもならない」
この先の展開を予想して、僕は嘘をついた。勉強をするのに必死で何も経験はなかったが、たくさんの男と付き合っていた振りをした。
「男同士の関係では、確かなことは何もない・・・約束は何もできない・・・それでもいいならなぐさめてやろう」
ストーリーが閃き、僕はその役を見事に演じた。何も経験がなくても、本能が僕を導いてくれた。彼がイグナシオによく似た繊細な顔つきだったこともいっそうムードを盛り上げてくれた。情熱的な一夜を過ごし、お互い名前も告げずに別れた。
自分を裏切ったイグナシオを見返してやりたい、その決意で18歳の時、バルセロナにある映画学校に入学した。イグナシオももう神学校を卒業しているに違いない。彼はさらに勉強を続けてゆくゆくは神父にでもなるだろう。本当は同じ欲望を持っているのに、裏切って神のもと、学校へと留まることを選択したイグナシオ、僕はもうとっくに信仰など捨ててしまっている。信仰がないから男を好きになることも罪とは思わなくなった。いや、それがむしろ映画監督として成功を収める大きな要因となった。認められない苦しさ、理解されない悔しさ・・・孤独、苛立ち、情熱、憧れ・・・あらゆる気持ちがフィルムの中から滲み出てきた。感情がなければ、パッションがなければ、映画などただの暇つぶしのものになってしまう。抑えても抑えても湧き上がり、滲み出る感情がなければ、感動させることなどできるわけがない。いつの日か、僕は完成させるであろう。聖職者となったイグナシオがその偽りの黒い衣を剥ぎ取り、涙を流して僕への裏切りを後悔する日が・・・彼は僕を選ばずに神を選んだ。だから僕は必ず彼よりも上に立つ人間にならなければならない。美しいイグナシオ、そのために僕は必ず・・・・
「ゴデ監督、オーデションを受けたいという俳優志望の男が一人・・・・」
「どこにいる?」
「控え室で待っています」
「ああ、あの男か、さっき前を通りかかった時、チラリと見た。あれはダメだ。今のところ次の新作でイメージに合う役がないと断ってくれ」
「会う前にですか」
「会わなくてもすぐわかる。情熱も野心も嫉妬も感じさせないただの俳優だ」
「わかりました」
たくさんの男が俳優志望と称して僕の前に現われる。彼らをいろいろな基準でより分け、最後に残った者だけに特別なオーディションをすることにしていた。そして合格した者だけが、僕の映画に出演する。もっともこれは主演クラスの若い男優に限ったことで、女優の選考は自分には全く基準がないから助手に頼んでいるのだが・・・
「監督、彼は新しい脚本を持っているとも言っていましたが・・・」
「ああ、その手は通用しないよ。どこで噂を聞いたのか、珍しい脚本を持ち込むと採用されると言われているそうだが、素材が悪ければ使いものにならない。どんな脚本を持っていようとも・・・・」
「それから神学校の時の知り合いだとか・・・・」
「なんて名乗っていた?誰かが名簿でも演劇学校で売りつけたんじゃないのか」
「確かイグナシオと・・・」
「イグナシオ・・・本当にイグナシオ、そう言っていたのか?」
「はい、そう言いました」
イグナシオ・・・まさか彼が俳優になど・・・そんなことはありえない・・・さっき見たけど顔つきだって全然・・・だけどもし・・・
「わかった。ここを片付けたら会いに行く。コーヒーでも出しておいてくれ」
「わかりました」
なぜ彼が突然僕の目の前に現れたのか?会って何をしゃべる・・・どうして裏切った・・・彼は昔のことを覚えているだろうか?いきなり詰め寄ってはいけない・・・落ち着かなければ・・・落ち着かなければ・・・・
−つづくー
後書き
エンリケの立場で考えれば、イグナシオは自分を裏切って退学させた酷いやつだなあ、と思います。何も知らないで学校を止めていたとしたら・・・同性愛者であることは、芸術家としてはすごくプラスなことであるとも思えます。理解されない孤独や苛立ちを常に抱え、人とは全く違った見方で世界を見て表現することができるのですから・・・悪教育の監督が実際どうなのかはわかりませんが(笑)
2006、11、1
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