(3)jealousy

僕は兄が帰ってくる日をずっと待ち続けた。昼間、学校へ行っている時間はそれほど寂しさは感じない。だけど夜、屋根裏部屋で一人で寝るのは寂しかった。今頃イグナシオは何を考えているのだろう?僕と同じように寂しい思いをしてくれればいい。寄宿舎だから同じ年の友達は周りにたくさんいる。でも弟の僕くらいイグナシオのことをよく理解できる人間はいないはずだ。きれいで頭がよくて歌もうまいイグナシオはどこにいってもみんなに褒められ、大切にされる。でも彼らは知らない。イグナシオが本当は何を望んでいるか。生まれた時からずっとそばにいる僕だけがイグナシオを理解することができる。兄は見た目だけでなく心も本当に天使のようだ。常に今の自分に満足せず、心はより高いものを求めている。周りの人にあれだけ愛されながらも、より深い愛を求める彼はいつも孤独だ。

僕はよく泣く振りをした。始めは本当に悲しくて泣いていたのだが、いつのまにか何もなくても涙を流せるようになった。泣くと必ずイグナシオは僕のそばに来て抱きしめてくれた。それがうれしくて寂しくなると大声で泣いた。でも兄は僕を抱きながら本当は自分自身がほっとしていた。僕は知っている。イグナシオがどれほど寂しがりやであるか、誰かがそばにいないといられないほど彼は寂しがりやでもある。




夏の休暇でイグナシオが家に帰ってくると、家の中は急に明るくなる。母は張り切ってご馳走を作るし、親戚や近所の人もたくさん遊びに来る。父もうれしそうだ。もちろん僕もうれしい。でも夜になるまでイグナシオを独り占めすることはできない。兄は人気者だから、みんながそばにいたがる。やっと寝る時間になり、屋根裏部屋に兄が上がってくると僕はうれしくなってすぐに飛びついた。

「お帰りなさい、イグナシオ」
「ただいま、フアン、元気そうでよかった」
「イグナシオも元気そうだね。でも寂しかったでしょ。僕に会えなくて・・・」
「そうだね、寂しかったよ、お前に会えなくて・・・」

兄は静かに笑った。今だけは兄は僕だけのもの、誰にも渡さない!僕はしつこく兄の周りを回った。

「ねえ、学校で新しい友達はできた?」

もちろん新しい友達などいないか、友達はいても親友はいないという答えを僕は期待していた。

「いい友達ができた。名前はエンリケというんだ。少し変わっているけど・・・」

その言葉に僕はかなりがっかりした。イグナシオの友達の話なんて聞きたくない。でもどんなやつか気にはなる。

「今夜、一緒のベッドで寝てもいい?」
「いいけど、お前まだ一人では寝られないのか」
「だってずっと一人で寝ていたんだから・・・ねえ、いいでしょう?」
「しょうがないなあ、まったく・・・」

口ではそう言いながらも、兄もうれしそうだった。

「最初の頃エンリケはずっと、一言もしゃべらずにじっと僕の方ばかり見ているんだ。何か話したいのかと思って近づくとさっと逃げてしまう」
「ふーん」
「ところがある時いきなり彼に倉庫に閉じ込められた」
「え!」
「閉じ込められていきなり好きだと言われてキスを迫られた」
「だめだ!だめだよイグナシオ、そんなやつとキスなんかしたら・・・」

僕は興奮して思わずベッドの中で兄に飛びついた。小さい頃からいつもそばにいるこの僕だってイグナシオとキスしたことなどない。そんな見ず知らずのやつがキスするなんて許せない。誰もが天使のようだと褒め称え、憧れているイグナシオ、でもみんな遠くから見ているだけで近づくことはしない。

「だめだよイグナシオ、絶対ダメ!キスなんてしてないよね」
「フアン、そんなにきつく締め付けないでくれよ。エンリケとは何もしてないよ、ごめん、別の話をしようか」
「本当のこと教えてよ、エンリケと僕とどっちが好きなの?」

幼い僕は混乱していた。今まで自分ひとりのものだと思っていた大好きな兄に他に好きな相手が現れた。しかもそいつはかなり強引らしい。なんとかしなければ兄を取られてしまう。

「そんな学校止めちまえよ、近くの学校でいいよ。このうちから通える学校に一緒に行こうよ。それとも僕が同じ学校に入ろうか」
「フアン、落ちついてよくかんがえて。・・・寄宿舎のある学校は学費も高いし、試験も難しいんだ。それでも僕は将来のことも考えてあの学校に通わせてくれたとうさんとかあさんに感謝している。僕の将来のこと・・・僕の人生は神様に捧げたいと思っている。学校で僕達を導いてくれる先生と同じように神父になり、神様の言葉を多くの人に伝えたいんだ」
「イグナシオは神父さんになるの」
「そうなりたいと願っている。でもお前は普通に結婚して、子供を生み、とうさんとかあさんを喜ばして欲しいんだ。二人とも神学校に行ってしまったら寂しがるだろう」
「わかったよ、でもイグナシオ、神父さんになるつもりなら同級生とキスしちゃだめだよ」

八歳の僕はすごい脅し文句を思いついた。男兄弟の二番目に生まれ、しかもあのイグナシオのように何もしなくても自然にみんなの注目を集めてしまう兄を持った僕は、どうしたら自分も注目を集められるか、どうしたら欲しい物を手に入れられるかいつも考え、悪知恵も働くようになっていた。

「聖書に書いてあるでしょ。男同士で愛し合うことを神様は許してはいない、大きな罪だよ。キスなんてとんでもない」
「わかっているよ、僕はけっして罪を犯したりはしない。エンリケはただの友達だよ。僕達は性格も何もかも違うし・・・違うから話をしてみたいと思うだけで・・・それは愛ではないよ」
「僕のことはどう思っているの?」
「お前は大事な弟、それだけだ。それなら神様も怒らないだろう。でも一緒に寝てやるのは今のうちだけだぞ」




「神様、僕は今、堕落しようとしているのでしょうか?同級生の男の子と抱き合い、喜びを感じてしまいました。僕のしたことは大きな罪ですか?どうしたらいいのかわからなくなっています」

イグナシオが窓の近くに立ち、星を見ながら祈っている声が聞こえた。やっぱりイグナシオはあいつとキスをして抱き合ったりもした。二人が抱き合う姿が目の前に浮かんできた。胸がドキドキし、息苦しくなってきた。そんなのはいやだ、絶対にイヤだ。イグナシオは僕だけのもの、誰にも触らせない・・・エンリケなんてそばにくるな!

「神様、お願いです。エンリケを学校から追い出してください。そうしなければ兄が罪を犯してしまいます。お願いです。あの二人を引き離してください」

兄には聞こえないよう、別の言葉で祈りを捧げていた。そして神様は僕の願いを聞き入れてくれた。それは酷く残酷なやり方で・・・・それを見た時、僕は神様に対する信仰を捨てた。信仰だけでなく、良心も愛も何もかも人間らしい感情はそのときすべて捨ててしまったような気がする。



                                                −つづくー


後書き
 弟の兄に対する思いや嫉妬心は極端すぎるかもしれませんが、こういう関係が底にあったからこそ、後日ああいう関係になってしまったのかな、とも思われます。



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