8, A chaser serve God

昔、ある国に、たいそう優れた腕前を持つ彫金師がいた。絶大な権力を誇った時の王は、王宮の一角に広い工房を作り、その彫金師とたくさんの職人をそこに住まわせた。そこでは昼夜を問わず火が落とされることはなく、ありとあらゆる金の飾り物が作られ、王に献上された。王は優れた細工物を作らせるために費用を惜しまなかった。国中の金が集められ、優れた細工物をこしらえた者には莫大な褒美が与えられた。

ある日、彫金師は不思議な夢を見た。自分が王となり、金の杯を手に酒を飲んでいる。その杯は翼を持つ獅子の姿に形作られていた。光を放ち、空翔る獅子が今自分の手のうちにある。力強い眼差し、黄金のうろこをまとったしなやかな体、ほんの一瞬翼を休めた獅子は、すぐにまた体を広げ飛び立ってしまうだろう。捕まえなければならない。今、この瞼にその姿が映っている間に捕えなければ・・・・

彫金師は寝ることも、食事を取ることも忘れて夢に見た杯を作ろうとした。材料となる金はいくらでも目の前にあった。他の者が次々と作品を仕上げ、王に献上している中で、自分の見た幻だけを作り上げようとした。出来上がった物をすぐさま溶鉱炉に放り込んでしまう彼を見て、他の者は不信に感じた。彼は王に献上するものを作らずに何をやっているのだろうか、と。

やがて彼が夢に見た翼を持つ金の獅子の杯ができあがった。彼はそれを誰にも見せずに密かに自分の家に持ち帰った。まだ温かみの残るその杯は他の者の手に触れられることなど望んではいない。極わずかに黄色に色づいた白ブドウ酒を注ぎ込むと、金色に染まった液体が芳醇な香りをあたりにまきちらした。夢に見た幻の杯、その手触りを心ゆくまで楽しみ、注いだ液体を一息に飲み干した。体が熱くなり意識が混沌としてくる。彫金師は次に毒のある草の根を取り出した。たった草の根一本で馬をも殺すと言われている強い毒草、根についた土を丁寧に洗い落とした。

「この家でございます。王様、献上すべき金の杯を密かに持ち帰った男が住んでいた家でございます。彼は前から工房の金をこっそり持ち帰っていました」
「余の金を盗み出すとは不届き者め。直ちに捕えろ」

前から彫金師を妬んでいた仲間の職人による密告で彼は捕えられ、生きたまま溶鉱炉の薪の炎へと放りこまれた。数年の月日が流れ、王はたまたま数ある杯の中から、その彫金師の作った翼のある獅子の杯を手にする日があった。その日の祝宴で、王は命を落とすことになる。





教師というのは、神から与えられる職業の中で、最も喜びの大きい職業の一つかもしれない。彫金師は理想どおりに作り上げられた自分の作品を眺めて最上の喜びを与えられる。庭師は何種類もの花の中から極上のものだけを選び出し、それを集めて理想の庭園を作り上げた時に最上の喜びを与えられる。そして教師である私には、優れた少年を選び出し、その才能と美を引き出し育て上げるという最も大きな喜びがある。

何年もの間、私は自分の全てを神に支え、そして理想どおりの少年を育て上げて神に捧げることが、自分のすべてであると信じていた。だが、王に仕える彫金師が自分が作り上げた作品を、王に献上するのを拒んだら・・・王宮に仕える庭師がその作り上げた庭園のあまりの見事さに、王に見せるのを拒み、花を切り取ってしまったら・・・そんな彫金師や庭師を人はさぞ愚かな者だと見下し、笑いものにするであろう。与えられた職務をまっとうすればよいものを、なぜ危険を冒してまで自分のものにしたいと思うのか。だがそれは真の美を見たことがない者の戯言に過ぎない。職務を全うし、不自由のない生涯を送る、そんなことは真の美を見たことのない不幸な者の一生であろう。

私はついに見出してしまった。私の理想とする一人の少年を・・・・彫金師は黄金の塊の中に、庭師はまだ花の咲かない種や芽のうちに、それがやがてどのように形作られるか、どのような花が咲き、どのように香るかまでがわかってしまう。私の目の前にいる少年、その真の美と価値を見出し、育て上げることができるのは私しかいない。私は決して彼らのように王を裏切っているわけではない。私の見出した少年を理想的に育て上げ、神の前に差し出すのだ。私の役割は、ただ教師として理想的な神の子を作りだすこと・・・この手を使って・・・





「校長先生、お呼びですか」

神の子、イグナシオは今目の前にやってきた。私の目に狂いはない。邪悪なエンリケと別れさせ、私だけの愛を与えて、その美しさは日ごと完成へと近づいている。

「今日のミサでのお前の歌声、あの声を神が聞いたらどう思うかね」
「すみません、きのうから頭が痛く、思うような声がでないのです」
「イグナシオ、神の前でうそをついてはいけない。お前はまたエンリケのことを歌っているときに考えた。それで音に遅れた。そうではないのかね」
「すみません、僕はそんなつもりではなかったのですが・・・」
「お前のような年頃の少年が友達と親しくし、競い合って己を完成させてゆく、それはとても素晴らしいことだ。だが、それがもし自らの欲望と結びついてしまったらどうなる?欲望は人間を堕落させ、地獄へと突き落とす。私にとってお前もエンリケも神から預かった大切な生徒だ。お前達が堕落し、地獄へ突き落とされるなどあってはならないことだ。そのために私はエンリケを退学にし、お前にも罰を与えた」
「すみません」
「泣かなくてもよい・・・・ともに神の前で祈ろう・・・そしてお前は罰を受けるのだ。おまえ自身とエンリケのために・・・わかっているな・・・」
「はい・・・・」





イグナシオが私の行為についてどこまで本当のことを知っているのか・・・あるいはもうすべて知っているのかもしれない。だが彼はいつも驚くほど素直に私の言うとおりにしている。一枚ずつ服を脱がし、その背中に口付けを刻んでゆく。いまだ完全には形作られていないこの黄金の体は、私の手と口でいかようにも形作られていく。髪に指を通し、背中のラインにそって形を整えていく。無意識ではあっても彼の体はすでに性を知り、自然な反応を見せてしまう。それでもイグナシオの理性は、体の疼きを懸命に拒否し、固く目を閉じて手足をこわばらせている。

「早く・・・罰を与えてください・・・」

震えながら出す声のなんと艶やかなことか。神に捧げられるべき声、私は決して神を裏切っているわけではない。咲き誇る花の美しさが、きらめく黄金の飾り物の美しさが見えるから、それを完成させ、神に捧げようとしているのである。私は自分の作った作品を独り占めなどしたくは・・・・神の与えた素材のなんと美しいことか・・・





罰と信じ、震えながら待つ足を開いて、まだ固いその場所に勢いよく性を押し込んだ。微かな悲鳴と喘ぎ声が漏れる。熱い塊に手を入れ、素早く形作らなければ理想の美は手に入らない。惜しげもなく、余分の蕾を切り落とし、枝を無理に引っ張らなければ、夢見るような庭園は作れない。彫金師も庭師も素材を苦しめ、傷つけてこそ、理想の形を手に入れる。ためらうわけにはいかない。ねじれた足が、締め付ける秘部ののた打ち回る襞が神への捧げものを形作っていく。苦しげな悲鳴の中、彼もまた自分がどこへ向かっているかよくわかっている。金の塊は素晴らしい細工を施されることを望み、若い枝は、好き勝手に伸びていくことよりも蕾を刈られ、捻じ曲げられて美へ近づいていくことを望む。イグナシオは逃れながらも私に近づいてくる。彼もわかっているはずだ。自分を完成させるためには自分が必要であることぐらい・・・・

「イグナシオ、お前は誰を一番愛している」
「神様を愛しています」

彼の答えは明白だった。渡してはならない、私だけが彼の本当の美を、その価値を知って、完成へと導ける者であるのだから・・・エンリケも他の誰かも、彼の価値などわかるわけがない。私が見出し、育てているのだから・・・





燃えさかる炎に身を焦がされ、のたうちまわりながら彫金師は声を張り上げた。

「あの杯は私のものだ。誰にも渡さない」

その声は見るものには絶叫としか聞こえない。周りにいた者は慌てて目を閉じ、あるいはその場を逃げ出した。





「イグナシオは私のものだ・・・誰にも渡さない!・・・・例え神に背き、この身を炎で焼き焦がされることになろうとも・・・」

押し寄せる快楽の波に溺れながら、私はそう叫んでいた。私の目に、もう神の姿は見えない。その代わり、この手の内にどのようにも形作ることのできる黄金の塊を抱えている。温かな黄金の塊は私に向かって手を伸ばしてきた。私は彼を強く抱きしめた。

「おそれることはない。お前はすべてを私に任せればよい・・・イグナシオ、愛している・・・・黄金の杯には毒をしかけてある・・・永遠に生きるのは王ではない。私達だ」



                                                        −つづくー



後書き
 久しぶりのバッド・エデュケーション、見事に分裂しています。ペルシャ文明展+古代ギリシャの師弟での同性愛などが混ざって混沌としています。そのイメージでスペインのキリスト教を書くなんて無理もいいところ。それでも読んでくださった方、ありがとうございます。
2006、10、2


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