偵察(1)
薄暗い天幕の中、男のものとは思えない滑らかな指が長い髪を丁寧に梳かす。彼の豊かな黒髪も私の肩に触れる。耳元でそっと囁く。
「ヘファイスティオン様、今夜はどのようにいたしますか」
「いつもどおりでよい」
「かしこまりました」
彼は慣れた手つきで私の服を脱がしていく。この男、いや宦官はまだ私の世話をするようになって数日しか経ってないのに、もう私の体を知り尽くしている。香油をつけた指でほんの少しなぞられれば、私のものはたちまち熱を帯び固く膨らむ。丁寧に香油を塗った後、静かに私の上にまたがった。体の重みで私のものはすぐに彼の中へ潜り込んでいくのだが、手と足で絶妙なバランスをとり、私には少しも重さを感じさせない。滑らかな指を私の体の中にもすべりこませ、ゆっくり腰を動かしていく。バゴアスほどの美しさはないが同じ黒い瞳と黒髪を持つこの宦官は恍惚の表情を浮かべて私の上にいる。今頃アレキサンダーもバゴアスを相手に私と同じ快楽を味わっているに違いない。王と同じくらい贅沢な天幕の中、王と同じ快楽を味わう。長い遠征と戦いを経て、私が手に入れたかったものはこんなものだったのだろうか?まだなんの名誉も栄光もなかったころ、求められるままに体を差し出し、あまりの苦痛に悲鳴をあげ、血と涙を流していたはずなのに今よりずっと満たされていたではないか。王に並ぶ者としての栄光と名誉を得た今、私の心と体は満たされずにいる。
「なにかお気に召さないことがありましたら、なんでもおっしゃってください。どんなことでもいたしますから」
知らないうちに達していたらしい。彼は今は忙しく手を動かし、私の体を清めている。
「いや、不満などなにもない。お前は完璧だ。ご苦労だった。もう下がって休んでよい」
「かしこまりました」
宦官はすばやく身なりを整え、天幕から出て行った。私は満たされてちいさく萎えた自分のものに手を添えた。
「アレキサンダー、私が望んでいたのはこんな生活ではない。ただ君のそばにいたいだけだったのに、宦官をそばに置き、王妃を娶り、君はどんどん遠くなっていく」
遠征の途中、狭い山道で私の部隊とユーメネスの部隊が鉢合わせになり、先を争ってどちらも譲らなくなった。ユーメネスは私に対抗意識を持っているらしく、なにかにつけ攻撃や嫌がらせをしてくる。なるべく途中で会わぬよう向こうの部隊とは出発する時をずらしていたのだが、こんなところで出会うとは待ち伏せされたのかもしれない。狭い山道、争いが起きればけが人が出る、私は急いで馬を降り、ユーメネスがいる場所へと走った。
「ヘファイスティオン、やっと隊長のお前が顔を出したか。前からお前と話しがしたかったが、機会がなかった」
「なんの話だ。こんな山道で待ち伏せなどせず、いくらでも野営地で話せばいいだろう」
「とんでもない、お前は王のお気に入りだからな。王がいる近くで下手なこと話したら俺の命が危ない」
「何が言いたい!」
「いやなに、王のお気に入りになってお前が随分出世したからな。大した家柄でもなく、それほど戦で手柄を立てたわけでもないのに、今では王と見違えるような豪華な天幕を与えられ、宦官付きの生活をしている。俺も若い頃、多少痛いのを我慢しても王の相手をしておくべきだったな、そうすれば今頃は・・・」
「言いたいことはそれだけか。話しが終わったら先に行かせてもらう。アレキサンダーとこれからの遠征について話し合わなければならない」
「急がなくても、話しなど王のベッドでいくらでもできるだろう、それとも何か、王は宦官のバゴアスに夢中になってお前など全くお呼びでなくなったか。愛人ではなくても昔のなじみだからいいポジションを与えられているし・・・俺の部隊の者はうらやましがっているよ。お前の部隊にいれば、決して敵と戦うことはなく、ただ立っているだけでいいとな」
「ガウガメラの戦いでは私の部隊の者も勇敢に戦い、大勢死者が出た」
「それはガウガメラだけだろう。その後の戦いはどうだ。お前の部隊の者はまともに戦ってはいない。腰抜けばかりだ」
ユーメネスの言うとおり、確かに私の部隊はアレキサンダーの近くを守っていたため、実際に敵と戦うことはほとんどなかった。
「お前の部隊にいる者は本当に幸せだ。どんなに腰抜けの臆病者でも隊長の尻がよかったおかげで後々までいい思いをしている。俺も誘惑しとけばと思うけど、お前にはかないそうもないからな・・・ヘファイスティオン、お前は顔も体つきも宦官顔負けの美しさだ。うらやましい・・・男でありながら力ではなく美しさで王を動かしてきたのだから、お前も、お前の部隊の腰抜け野郎どもも・・・」
私は怒りに体が震え、腰の剣を抜き、ユーメネスの首に突きたてた。
「それ以上余計なことをしゃべるなら、二度とこの口から言葉が出ないようにしてやる」
「おもしろい、俺の方がお前より遥かにたくさんの敵を殺してきた。宦官のように暮らしてきたお前に剣がうまく扱えるか」
「言わせておけば・・・」
後は会話にならなかった。周りの者が叫び声をあげている中、私とユーメネスは剣で戦っていた。道の反対側は深い谷、足をすべらせて落ちたら命はない。
「こんな場所で何をしている!」
目の前にアレキサンダーの姿があった。
「ヘファイスティオン、ユーメネス!部隊を率い、皆の手本となるべき二人がこんな場所で剣を交わしているとは・・・すぐさま剣を鞘におさめ二人とも握手をしろ!」
「先に剣を抜いたのはヘファイスティオンだ!」
「アレキサンダー、ユーメネスが私と君を侮辱して・・・」
「言い訳は無用。いう通りにしろ。今度騒ぎを起こしたら両名とも反逆者として裁判にかける。その時にどんな判決を言い渡されても助命したりはせぬ。いいな、二人ともだ」
私は渋々剣を鞘に収め、ユーメネスと握手をした。彼の目は笑っている。私が剣を抜くこともアレキサンダーがすぐ駆けつけてくることも全て彼の計算だったのだろう。
「ヘファイスティオン、昼間のことは悪かった」
夜、珍しくアレキサンダーが私の天幕を訪ねてきた。
「お前が剣を抜くなんてよくよくのことがあったのだろう」
「そうだ、さんざん侮辱された」
「だけど俺の立場もわかってくれ、ユーメネスは性格は悪いが、有能な男だ。これからの戦いで欠かすことはできない。うまくやってくれ。俺の頼みだ」
「頼みではなくて命令だろう。君の頼みは王の命令なのだから私は聞くしかないだろう」
「もう一つ頼まれてくれるか」
「何を命令するつもりだ」
「この先、インダス川を越えて今まで誰も行ったことのない未知の土地に入る。その土地の偵察をお前にして欲しい」
「危険な偵察に行かせるつもりか、それも今日の罰だろう」
「ああそうだ、しばらくお前とユーメネスは離した方がいい。お前を偵察に出せばユーメネスの俺に対する態度も違ってくるだろう」
「王の命令なら仕方がない。行くしかないな。偵察の途中で私が死んだら・・・・」
「俺もお前もアキレスの血を引いている。死ぬことなどありえない」
「またアキレスか」
「俺の夢を信じてわかってくれるのはお前しかいない」
「いつもそう言われていやなことも引き受けてきた」
「これもいやなことか」
アレキサンダーは私に唇を重ね、下半身に手を伸ばしてきた。
「もう宦官の方がよくなってきて、俺を受け入れるのはいやになっているか」
「そんなことはない、私はいつも君だけを・・・アアー・・・・」
アレキサンダーの手は容赦なく私の体をまさぐり、弱い所を突いてくる。私は嬌声を上げ、されるままになっていた。ユーメネスから受けた屈辱的な言葉も、未知の土地に偵察に行かされるという不安もすべて忘れていた。
−つづくー
後書き
7000hitのキリリクをノンタ様よりいただきました。お題は「いろいろ大変な目にあうけど最後はハッピーエンドのアレヘファ」ということでヘファイスティオンを偵察の旅に行かせます。もちろんこれはアレのヘファいじめではなく、それなりに彼もヘファのこと考えているのですが・・・まあとりあえず何を言われてもアレには逆らえないヘファです。
2005、10、31
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