22、犠牲

ボロミア23歳 クローディル45歳(36歳) ファレス16歳 デネソール71歳(47歳)
ファラミア18歳(12歳) アムロス18歳(14歳) マルディル23歳(18歳) ダムロド93歳(62歳) マブルング63歳(50歳)

「もし俺が死んだら、ファラミアは執政の跡継ぎとして大切に育てられるだろうか」

天幕の中で横になったまま、俺はこんなことをクローディルに訪ねた。ファラミアは今は執政の子としてはおよそふさわしくないイシリアンで暮らしている。いつオークに襲われるかわからない危険な場所、最低限の身の回りの物だけを持って移動する質素な野伏の生活。粗末な食事・・・俺は遠征の時ですら豪華な調度品に囲まれ、身の回りのことはすべて他の人間にやってもらっている。同じ兄弟でありながらあまりにも違う生活。それでもファラミアはイシリアンで幸せに暮らしていると言っていた。父上のファラミアに対する激しい憎しみ。絶えず父上の顔色を伺い、その鞭におびえなければならない城での生活よりも、イシリアンの暮らしの方が余程安心できるのだろうか?

「もし、俺が死んだら父上はファラミアを愛するだろうか」
「ボロミア様、そのような言葉は口にしないでください。ボロミア様の傷はそれほど深いものではありません。ミナス・テリスに戻って療病院で手当てを受ければすぐに回復するでしょう」
「傷の深さではない。俺はファラミアのことを言っているのだ。お前もずっと見てきたであろう、俺達の家族のことを・・・ファラミアは本当に小さな子供の頃から、いつも父上と俺の犠牲になってきた。俺が父上の期待を一身に集め、もてはやされ褒められているのを見ながら、あいつは憎まれ、鞭で打たれてきた。もし俺がいなくなれば少しはファラミアが・・・」
「ファラミア様は本当にお気の毒でした。でももしボロミア様が亡くなられて一番悲しむのはファラミア様です。そしてデネソール様も私も・・・ボロミア様がお亡くなりになればゴンドールの民すべてが、嘆き悲しみ希望を失います。そのような言葉は口にしないでください」

ファレスが天幕の中に入ってきた。

「ボロミア様のお加減はいかがですか」
「少し前に目を開けられ、話もされるようになった。もう大丈夫だろう。あとはお前がボロミア様のそばについていてくれ。私は他の兵の様子を見て、帰還の準備をする」
「クローディル様はお怪我は・・・」
「私は戦闘が始まるまでずっと隠れていたから、どこも怪我はしていない。お前は私の言う通りにはしなかったが、おかげで命拾いをした。これがよいことだったのかどうかはわからないが・・・」
「よいことだ、クローディル。もしお前が犠牲になっていたら、俺はこの先どんな勝利を手にしても決して喜べなくなる」
「ボロミア様・・・」




オークとの戦いが終わってマルディル達が戻って来た。ほとんどの者が背に他の者を背負っていた。そんなにたくさんけが人が出たのだろうか。マルディルの顔は今まで見たことがないほど険しいものだった。マブルングに対して激しい口調で怒鳴りつけている。

「オークの数は50以上、10人全員が犠牲になった。このグループは全滅だ」
「そんなにひどかったのか」

草の上に死んだ者の体が静かに並べられた。その中の一番小さな遺体は僕達と一緒に少し前まで訓練をしていた者だった。僕とアムロスは彼のそばに行った。アムロスが布で顔についた血やどろを丁寧に落としている。

「こんなに血だらけになって・・・どうしてこんなに早く・・・俺たちはまだ訓練が終わったばかりで、ろくな活躍もしていないだろう。俺はえらそうなことばかり言っていたけど、まだ一度もオークを倒したことはない。お前はこの手で何人のオークを倒した。俺はまだ怖くてオークをまともに見ることもできない。お前は怖くなかったか。どうしてこんなにたくさんのオークが一度に・・・」

「どうしてこんなにたくさんのオークに襲われたか教えてやろう、ファラミア、お前が呼び出した。兄と比べてあまりにもみじめな此処での生活、その心の底からの怒りが大きな力となってオークどもを目覚めさせ、呼び起こした。お前はこれから先も・・・」
「ちがう!僕は知らない!」
「お前の心の底にあるもの」
「ちがう!僕じゃない!」
「おいファラミアどうした!」
「いま、声が聞こえた」
「何も聞こえない、お前、大丈夫か」

その声は僕にしか聞こえない。遠くから響く声、人間のものではない。

「僕がオークを呼び出した、そう言われた」
「そんなことあるわけないだろう、しっかりしろ」
「僕がいけないんだよ。僕が彼を殺した」
「ファラミア!」

「大体ファラミアがいけないんだよ。あの偵察のやつらの言いなりになって俺達のグループをここまで退却させるからこんなことになった」

今度は近くの人間の声だった。マルディルがマブルングと言い争っている。

「マルディル、ファラミアのせいではないだろう。お前達のグループをこの場所まで退却させたのは俺と大将のダムロドが相談して決めたことだ」
「まったく、ミナス・テリスの連中も何考えているのか。執政の子をこんな危険な場所に追いやっておいて、今度は跡継ぎが危険だから代わりにと・・・またその意見に言いなりになって・・・ファラミアがあの場所にいたら、最初から危険は予測できた。オークが何十、何百と襲ってこようと、あらかじめわかっていれば仲間を呼んで準備することができる。それなのに・・・ファラミアは戦いでは全く役に立たないが、見張りにおいては誰よりも正確で鋭い。どうしてもっとそれを使おうとしない!10人も犠牲を出して・・・こんなことはめったにない」
「まさかこれほど犠牲が出るとは思わなかった」
「それも一人はアムロスとファラミアの同期だ。二人とも相当ショックを受けている。これでまたしばらくの間オークを恐れるようになる・・・やめろ!何をする!」

アムロスがマルディルとマブルングの間に入り、マルディルの頬をたたいていた。

「やめて!そんなこと話したらまたファラミアが・・・何を言っても死んだものは帰ってこない。しょうがないことだよ。俺のことなら大丈夫だ。いまさら仲間が死んだからといって、悲しいけどショックを受けたりはしない。家族を目の前で殺されたんだ。いつでもオークと戦える。でもファラミアは違う!俺達の話も考えていることもあいつには全部わかってしまう。全部自分のせいにして傷ついて・・・こんなことが続いたらあいつの心は壊れてしまう・・・守ってやらなくちゃ・・・ファラミアはイシリアンでしか生きていけない・・・俺たちが守ってやらないと・・・」
「本当にそうなのか・・・ファラミアのことは俺にはよくわからない」
「俺だってよくわからない。でも守ってやりたい・・・あいつの心が壊れないように・・・」

それまであちらこちらで言い争う声が聞こえたその場所はダムロドの一声で静かになった。祈りの声が聞こえる中、彼ら10人の遺体葉は一箇所に集められ、炎に包まれた。僕は死んだ子のことをぼんやりと思い出していた。ここに来たばかりの頃、いつも隣の席で食事を食べていた。一緒に並んで本を読んだこともある。剣の持ち方がうまくない僕に一生懸命教えてくれた。僕達は家族のようにずっと一緒に生活している。それなのにこんなに簡単に別れがきてしまうとは・・・横に立っているアムロスの目にも涙が浮かんでいた。彼は唇をかみ締め、両手を強く握り締めていた。



                                         −つづくー


後書き
  「犠牲」という言葉で思いつくイメージ、誰かのために犠牲になるということと、死んだ者という意味の犠牲者、その二つのイメージを重ねてこの章を書きました。そしてファラミアだけに聞こえてくる声、これは彼の心の底からくるものなのか、それとも外部の悪が彼にささやいているのか、謎です。


目次へ戻る