23、英雄

ボロミア24歳 ファラミア19歳〔13歳) デネソール72歳(48歳)

ミナス・テリスの街は朝早くからお祭りの時のようににぎわっていた。特に城門前の広場には露天が並び大勢の人が集まっていた。僕は高い場所にある城の城壁からその様子をぼんやり眺めていた。この場所には普通の人は入ることを許されていない。僕達執政家の人間と城で働く使用人や近衛兵など極小数の者だけが入ることを許可されている。此処にいれば、帰還してくるボロミアの姿が遠くからでもよく見える。そう、今日はハラドとの長い戦いに勝ったボロミアがミナス・テリスに戻ってくる日であった。

「何をぼんやりしておる、街の者はみな祭りのように興奮しているというこの日に・・・」
「ミスランディア!」

すぐ後ろに灰色の衣服を身に着けた魔法使いが立っていた。

「しばらく見ない間に大きくなったな。ファラミア、お前は今いくつだ」
「少し前に19になりました。でも僕はまだ見た目は子供みたいですよね。ボロミアとは全然違う」
「そんなことはない。お前もりっぱに成長しておる。少し日に焼けたようだな。イシリアンでの暮らしは厳しいか」
「はい、正直言ってイシリアンの暮らしはミナス・テリスとは全く違います。でもみんな本当に僕によくしてくれます」
「そうか、それは何よりじゃ、みなに好かれておるのじゃな、だがお前はまた随分浮かない顔もしている何かあったのか」

僕は迷った。今僕が気になっていることをミスランディアに話してもいいものかどうか。でも魔法使いは普段めったにミナス・テリスに来てくれないし、イシリアンにいる僕が会える機会は本当に少ない。今聞いておかなければ、次はいつ会えるかわからない。

「あの、オークが昔はエルフだったというのは本当ですか」
「ああ、本当の話じゃ。お前には信じられないだろうが、あの醜く残忍なオークどもも昔は美しいエルフであった。捕らえられ、拷問にかけられて引き裂かれ、あのような姿に変わってしまった」
「オークは誰に命令されて動いているのですか」
「やつらは勝手に仲間同士で集まっては村を襲い、人やけもの、時には同じ仲間まで殺し合い食ってしまう。怖ろしいものどもじゃ。やつらは悪しきものの呼びかけで集まり、力を増していく」
「あなたはオークを呼び集め、動かすことができるのですか」
「わしは悪しき者ではない!そのような力などあるわけないじゃろう!」
「すみません、でも僕にはオークを呼び出し、動かす力があると・・・」
「何を言っておる!魔法使いのわしにできんことが、人間であるお前にできるわけないだろう。なぜ、そのようなことを考えるようになった」

魔法使いでもオークを動かすことなどできない。その言葉を聞いて僕は少し安心した。

「時々、僕には声が聞こえるのです。人間の声とは全く違う声が・・・」
「ふむ、声か・・・」
「その声が言うのです。オークを呼び出したのは僕だって・・・少し前、イシリアンでたくさんのオークに襲撃されたことがありました。10人の仲間が殺され、その中の1人は僕と同じ年でずっと一緒に訓練を受けていました。僕は同じ年の仲間の中で何をやっても一番下手でした。剣も弓もまだうまく使えないし、山道を歩く時、必ず僕一人がいつも遅れました。ただ僕は目も耳もいいからと見張りの役を頼まれ・・・そんな僕がどうしてオークを呼び出したり・・・」

僕の声は震えていた。自分でも何が言いたいのかわからなくなってきていた。

「ファラミア、落ち着いてよく聞くがいい。お前の体にはヌメノールの血が濃く流れておる。お父上のデネソール殿にも負けないほどの濃い血じゃ。お前の目は誰よりも遠くが見え、耳は遠くの音を聞く。お前のその鋭い心は人の心が読め、未来の姿も見えてしまう。それだけではない。お前にはまだまだ自分でも気づいていない力が隠されているであろう。悪しき者どもはお前の力を知り、それを使おうとこれから先も様々な言葉を使って誘惑してくるじゃろう。だが決してそれらの声に惑わされるのではない。わかったな」
「はい、よくわかりました。僕はおかしな声に惑わされていたのですね」

「姿が見えぬと思ったらこんな所におったのか。ここなら執政家の人間以外めったに入らぬ。魔法使いと密会するにはちょうどよい場所だ」
「父上・・・」
「デネソール殿」

いつのまにか父が僕達のすぐ近くに来ていた。

「お前はミナス・テリスに戻ってきても父とはろくに話もせず、魔法使いとばかり話をしているようだな。何を話しておった!日頃の生活の不満でも訴えておったか、いやお前はそのようなことを魔法使いにいうほど愚か者ではない。新しい魔法でも覚えこっそりと何かをたくらんでいるのだろう。言え!魔法使いと今何を話していた!」

父の手は僕の頬を激しく叩いた。僕はその場にしゃがみこんだ。

「お止めください、デネソール殿。わしとファラミアはじじいとまごのようなものじゃ。怪しまれるようなことをしゃべっているわけではない。久しぶりにまごに会った年寄りが、喜んでいろいろ話を聞いているだけじゃ。乱暴しなさるな」
「ファラミアはわしの息子、わが父、エクセリオン二世の孫である。得体のしれぬ薄汚い魔法使いなどとは何の血縁関係もない。つまらぬいいわけなどせず、さっさとこの場所から離れろ!」

魔法使いは僕に片目をつぶって見せると、すぐにどこかへ行ってしまった。

「あの魔法使いめ!まったく逃げ足の速い・・・こうしている場合ではない。今日はボロミアの帰還の祝いでたくさんの招待客がきている。お前も早く着替えて、ボロミアの弟としてふさわしい態度と振る舞いをしていろ。遠い国から来た王族や貴族が招待客にはたくさん含まれている。お前が普段一緒にいるような薄汚い野伏の子供などとはわけが違う」
「はい、父上・・・」




長い旅が終わりに近づき、ミナス・テリスの城壁が、エクセリオンの白の塔が見えてくると、兵士達の顔は喜びに輝いた。聞きなれたラッパの響きが聞こえてくると、兵士達の間からすすり泣きの声も聞こえた。今回のハラドとの戦いは、俺が参加した今までの戦いの中で一番たくさんの兵士を使い、終わるまでに長い日数とたくさんの犠牲が出た戦いであった。それだけにこうしてミナス・テリスに帰還する喜びはひときわであった。

「ボロミア様、見えてきましたね」

馬に乗った俺のすぐそばを歩いていたクローディルが話しかけてきた。

「今回の戦いで勝てたのも、俺がこうして無事帰還できるのも、すべてお前のおかげだ。父上には先に知らせを出しておいた。お前も英雄の一人として迎えられるであろう」
「いえ、ゴンドールの国民にとって、英雄というのにふさわしい方はボロミア様、あなただけです。私のような者が表に出ては、国は一つにまとまりません。ゴンドールを象徴する執政のデネソール様、国一番の英雄であるボロミア様、それぞれお一人づつだからこそ価値があるのです」
「執政が二人、英雄が二人ということは許されぬことか」
「そうです。執政も英雄もただ一人だけです」




城門が開き、俺達の軍隊が広場の中に入ると街の人々の興奮は最高潮に達した。一度に門の中には入りきれないほどのたくさんの兵士達は門の外にとどまったが、そこには家族や知り合いの者などがいっせいに駆け寄った。そして城門に入った俺たちに向かって投げられるたくさんの花束や金貨など、みな口々に俺の名前を呼んでいた。俺は手を上げて挨拶をし、あちらこちらにいる人間に向かって笑顔を振りまいてから、馬から降り、高い塔の上に登った。塔の上にはゴンドールの白い木の旗が風にふかれている。

「ゴンドールはハラドに勝利を収めた」

俺は大声で叫んだ。

「ゴンドールは勝利を収めた!もう決してハラドでもほかの国の者でも、ゴンドールの国内を蹂躙することはない。ゴンドールに再び平和がもたらされた。ゴンドールへ!ゴンドールへ!」
「ゴンドール!ゴンドール!」
「ボロミア!ボロミア!」

俺の名とゴンドールの名を叫ぶ声が嵐のように鳴り響いた。目を閉じてしばらくの間この呼び声を聞いていた。俺が一番幸せを感じる瞬間である。そして目を開けると、目の前にファラミアが立っていた。

「兄上、お帰りなさい・・・」
「いま帰ったよ」

俺達の間に他に言葉はいらなかった。ファラミアは俺に飛びつき、俺は両手でしっかりと抱きしめた。俺の名前を呼ぶ声は続いている。目の前にいるファラミア。すべてのものが光輝いていた。


                                                      −つづくー


後書き
 帰還して、弟を抱きしめる。ボロミアにとって一番幸せな瞬間でしょう。ガンダルフはファラミアを孫のようにかわいがっていたのでしょうか?


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