29、訪問者
ボロミア24歳 デネソール72歳(48歳) クローディル46歳(37歳) ファレス17歳
ファラミア19歳(13歳) アムロス19歳(15歳) マルディル24歳(19歳) ダムロド94歳(63歳) マブルング64歳(51歳)
俺は父の反対を押し切ってオーク退治に行く準備を進めていた。前と同じように50人程度の少人数で行くつもりである。正直なところ敵はオークでなくてもよかった。ただこのミナス・テリスから離れて思い切り戦いたい・・・そんな気分であった。
「ボロミア様、オーク狩りに行かれるのでしたら、私も一緒に行かせてください」
クローディルが申し出た。
「父上のことはよいのか」
「デネソール様からの命令です。あの方はわかっています。どれだけ止めてもあなたが行こうとしていることを・・・」
「俺はミナス・テリスでじっとしているとどうも落ち着かない。やはり執政には向いていないようだ」
「ファレスも連れて行くおつもりですか?」
「ああそのつもりだが、何か不都合でもあるのか」
「オークと戦わせるのは彼には無理かと思われます」
「彼を戦わせるつもりはない。俺の身の回りのことをしてくれればよい」
「敵は人間ではなくオークです。戦える者とそうでない者を区別して襲ってきたりはしません。危険が大き過ぎます」
「執政家の長男がオーク狩りに行くことは危険ではないのか」
「ボロミア様はオークなどに負けたりはしません」
「ならば、いつも俺の近くにいれば安全だろう・・・俺は彼が気に入っている。一緒にいると穏やかな気持ちになれる。ゴンドールの兵士でああいう男はめったにいない」
「そうですね」
正式な軍隊の遠征ではなく、少人数でのオーク狩りなのだからと、派手な見送りは断ったが、結局は大勢の人に見送られてミナス・テリスを後にした。城門を出るときはいつも無事に戻れるだろうかと一瞬考えてしまう。特に今回は何か胸騒ぎがする。俺は馬に乗った50人の兵士を連れてイシリアンの方角へ向かった。
僕はまた見張り塔で過ごす時間が多くなった。気持ちを集中させると驚くほど遠くにいるオークの足音まできこえるようになった。足音だけでなく彼らの会話まで聞こえてくる。何を話しているのかなどもちろんわからないが、その声の感じなどから何をしようとしているのかなんとなくわかるようになってきた。こうしたオークの情報を僕はマルディルに詳しく報告し、彼は何人かの仲間を連れてオークの後を追ったり待ち伏せしたりした。アムロスも一緒に行き、たちまち一人で何人ものオークを倒せるようになった。僕はまだ自分自身では一度もオークを倒してはいない。アムロスは戦いが終わって戻ってくると必ず僕のいる見張り塔に登ってくる。
「今日は5,6人1人で倒していたね」
「あんなに遠くでも見えるのか」
「はっきりと見えるわけではないけど、いろいろな気配から感じ取れるから」
「じゃあ、俺がマルディルに殴られたところは見たか?」
「見ていないよ。どうして」
「合図が出るのが待ちきれなくて、一人で先に飛び出したから・・・別に無理なことやったわけじゃない!ただほんの少し早かっただけなのに思いっきり殴られた。俺が誘いを断ってばかりいるからって・・・」
「頬が腫れて唇が切れているよ」
「だろう、全く酷いやつだ。若くしてリーダーになったかどうだか知らないけど、あんなやつ絶対相手などしてやるか」
「そんなにいろいろ言ってくるの?」
「そうだよ、俺がだめならお前を狙うかもしれない、気をつけろ・・・あ、お前は特別だからそんなことはないか」
「おなじだよ。此処にいる時は・・・」
僕はアムロスの唇にそっと口付けをした。
「ファラミア・・・」
「僕は・・・自分の中のいろいろな気持ち・・・どうしたらいいかわからなくて・・・」
「無理しなくていいよ。俺はこうしてお前と一緒にいて、話をしているだけで幸せだから・・・」
「ボロミア様、お気持ちはわかりますが、イシリアンへは行かれない方がよろしいかと思います。もしこのことがデネソール様に知れたら大変なことになります」
「お前たちに迷惑はかけない。4,5人伴の者を連れて行くだけにする。クローディル、お前は他の者を率いて先に行っていてくれ」
「4,5人の者だけでイシリアンへ入るのはあまりにも無謀です。この土地はいつどこでオークに襲われるかわからないような場所です。それにイシリアンの野伏はゴンドールの正式の軍隊ではありません。昔からのやり方でやっているので、あなたに対してどう出るかわかりません」
「その危険な土地でファラミアは毎日暮らしている。執政の子だというのに他の野伏の子供と同じような質素な生活をしてきた。俺はファラミアがここでどんな生活をしているか、この目で確かめたい」
「イシリアンの者が定期的にミナス・テリスに来ています。その者から話を聞いてはいかがでしょう」
「俺は遠征に出るとき、これが最後かもしれないと不安になることがよくある。もし最後ならば、一目ファラミアに会っておきたい。勝手かもしれないが、死ぬ前に最後に会いたいのはファラミアだ。行かせてくれ」
「ボロミア様、ではこのことはデネソール様には決して知られないようにしてください。知られたら此処にいる者すべてとファラミア様、イシリアンの者までもが、処罰を受けることになります」
「わかっている、充分に注意して行く」
俺はファレスの他に5人の伴を連れてイシリアンの森へ入った。一番激しくオークとの戦いが続いている土地と聞いていたが、森の中は静かで、鳥の声だけが聞こえる。見張りの者が声をかけてきた。
「また偵察の者か。7人とは随分大勢で来たな」
「ファラミアの兄のボロミアだ」
「失礼しました。まさかボロミア様自らここにくるとは・・・ファラミア様のいらっしゃるところへご案内します」
「頼む。森の中の道はよくわからない」
森の中を半日ほど歩き、イシリアンの中心のような場所についた。滝の裏を通って洞窟の中に入っていくと、たくさんの部屋に分かれている。その中の一番広い部屋に通された。
「わしが、ここの大将をしているダムロドだ。もっとも最近は年を取って力も衰え、たいしたことはしていない。早く若い者に後を継がせようと考えている。ボロミア、ミナス・テリスで何かあったのか?お前がたいして伴の者もつけずにここへ来るとは思わなかった」
「すみません。なにか特別のことがあったわけではありません。ただファラミアに会いたかっただけです」
「ファラミアはミナス・テリスに帰る度に辛い思いをしているようだな」
「俺がいけないのです。俺がもっとどうにかできれば・・・そばにいながら助けることもできず・・・」
「今、呼びにいっておる。少しでも兄弟で一緒の時を持てればいいだろう。執政殿の様子はどうだ」
「わかりません。とてもしっかりと仕事をしているように見える時もあれば、そうでない時も・・・」
「そうか、噂にはいろいろ聞いておるが、大変なようだな」
突然荒々しくドアを開ける者がいた。走ってきたままの姿で息遣いも荒い。
「ファラミアの兄が来たというのは本当か。先に俺に話をさせてくれ。ファラミアに会わせるわけにはいかない!」
「マルディル!何をいきなり・・・相手は執政の世継ぎだ。もう少し別の物言いがあるだろう」
「俺は執政に対する礼儀作法なんて知らない。でもこれだけははっきり言える。なんのために此処に来た!またファラミアを傷つけるのか。あんたは知らないだろうな、ファラミアがどんな状態でここへ戻ってきたか」
「マルディル!」
「かまわない、続きを話してくれ」
「ここではだめだ。別の部屋に行こう」
マルディルという若者に連れられて、狭い部屋に入った。そこは何も置かれていない。彼は地面に直接座り込んだ。
「執政が来るような場所じゃないが座ってくれ。俺はこのイシリアンで生まれ、ずっとここで育ってきた。偉い人に対する言葉遣いなど知らない」
「構わない、好きなようにしゃべってくれ」
「ファラミアはここに着くなり意識を失って倒れた。酷い傷で体中赤くはれ上がっていた。まだ小さな子供みたいな体であんな目にあって・・・それでもあんたの前では平気な振りをしていたのだろう。ここに来て緊張の糸が切れて倒れた。後はずっとうなされっぱなしだよ」
「まさかそんなに酷いとは・・・」
「ファラミアは無理をするよ。ぎりぎりまで無理をして倒れる」
「わかっている。ファラミアは俺の前では笑顔さえ浮かべていた」
「愛しているのか・・・お互いに・・・」
「ああそうだ・・・」
マルディルは黙った。懸命に言葉をさがそうとしていた。俺も黙っていた。何を言っても言い訳に聞こえそうだ。愛している、ファラミアのことをあいしている、他には何も言えそうもない。
「アムロスがつきっきりで看病していた。ファラミアの気持ちが自分には向いていないことを知っていながらずっとそばにいた」
「その名前は聞いたことがある。ファラミアだっておそらく・・・」
「いや、だめだよ・・・あの二人、それぞれたった一人の人間しか愛せない。俺やあんたと違って・・・本当に不器用なやつらだから・・・」
たった一人の人間しか愛せない。それは俺も同じだ。俺は弟のファラミアにおかしなほど執着している。
「俺がまだ子供でここに来たばかりの頃、すごく強くて憧れていた人がいた。だけどその人は一人の男に夢中になった。村に家族や子供までいたのにそっちにはほとんど帰らず、二人だけの関係に溺れていた。その相手の男がオークとの戦いで殺された時、その人は気が狂ったよ。どうしようもない酷い状態になって最後は仲間の一人がこっそり殺した。・・・男同士の関係なんてただ体をこすりあっていい気持ちになるだけなのになんでそこまで夢中になって思いつめるんだろう」
「確かにそうだ」
「俺はそうはなりたくないから、しょっちゅう相手を変えて本気にならないようにしていた。此処ではいつ誰が死ぬかわからない。本気になるのは怖いよ」
「そうか・・・」
「その俺がアムロスに夢中になってしまった。アムロスはさっき話した気が狂った男の息子だ」
「本当か」
「自分でも信じられないよ。そんな相手に夢中になってしまうなんて・・・ちょっと待て、俺は何を話しているのだろう。だからつまりファラミアに会うのは止めろと言いたいことはそれだけだ」
「なんでそういう結論になる。それはおかしい」
「お互い辛くても、会わないでいればそのうちそれが平気になる。会えばますます会いたくなるだけだ。ファラミアのことはアムロスに任せろ。あいつはいい男だよ。野伏としても人間としてもあんなにいいやつはいない」
「ますます話しがよくわからなくなってきた」
「わからなければわからなくていい。それで会うのか、会わないのか」
「もちろん会っていく。そのために此処に来た」
「結局俺は何をしゃべったんだか・・・」
「いや、話を聞いて安心した。此処でファラミアがどう思われているか、どんな生活をしているのかよくわかった」
部屋の重い扉が開き、ファラミアの姿が飛び込んできた。
「兄上、あにうえー、来てくれたんですね」
真っ直ぐに俺の胸に抱きついてきた。俺は小さなファラミアの体を抱きしめ、柔らかな髪をなでる。例え誰に止められようとも、俺たちはこうしている瞬間が一番幸せであった。
−つづくー
後書き
愛してはいけない相手ほど夢中になり、行っては行けない場所ほど行きたくなるものです。
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