31、屈折
ファラミア19歳(13歳)、アムロス19歳(15歳)、マルディル24歳(19歳)
ボロミア24歳、クローディル46歳(37歳)、ファレス17歳
ボロミアが帰ってしまうと、僕にはまた元の生活が戻って来た。僕はほとんどの時間を見張りの塔で過ごしている。オークはそういつも現れるものではない。一人でぼんやりしていると、つい兄ボロミアのことを思い出してしまう。兄は今頃何をしているのか。兄と一緒にイシリアンに来ていた人の一人は僕とよく似た顔をしていた。ボロミアが彼を見るとき、他の従者に対するのとは全く目つきが違っていた。おそらく彼は兄と近い関係にある。こんな夜、兄は僕と同じように彼を抱くのだろうか?いや、同じではない。僕とボロミアは兄弟だし、一緒にいられる時間は極わずかである。それに比べて彼は兄が望みさえすれば好きなだけそばにいることができる。僕の体はまだほとんど子供だけど、彼はちょうど大人でも子供でもなくすらりと伸びたきれいな体をしている。その手足にボロミアの手が触れ、口付けを交わす。イヤだ!ボロミアが他の誰かを愛するなんて・・・僕は嫉妬している・・・僕に似た顔の彼がいつもボロミアに抱かれているなんて・・・
「ファレス、まだ苦しいか。あんまり熱が下がらないようだったら、一度ミナス・テリスに戻った方がいい」
「申し訳ありません、ボロミア様。お役に立てないばかりか、看病までしていただくなんて、心苦しいです」
「気にしなくてよい。今は50人程度の少人数部隊だ。それほど軍規を厳しくしなくとも充分統率が取れる。お前の看病ぐらいしてもかまわないだろう。それにお前を見ていると心が落ち着く」
「私がファラミア様に似ているからでございますか?」
「確かにそれもあるが、それだけではない。血なまぐさい戦場や、オークを倒す日々の中でも、お前が側にいてくれるだけで穏やかな気持ちになれる」
「私は戦いには向いてないということですよね」
「そんなことはない。お前はまだ若い、剣の腕前だってこれからいくらでも上達する。俺が直接教えてやっているんだ。うまくならないわけがないだろう」
「そうですね。ボロミア様に直接指導していただけるなんて私は幸運です」
「早く病気を治せ。お前が元気でないと俺も寂しい・・・」
「ボロミア様・・・」
ファレスの天幕を出て、自分の天幕へ戻るとクローディルが中で待っていた。
「ボロミア様、申し訳ありません。急ぎの用事でしたので中で待たせていただきました」
「お前なら、いつ俺の天幕を訪ねてきても何も文句は言わない」
「この近くの村がオークに襲われているようです。火の燃える音、人々の叫び声が聞こえます」
「本当か、すぐ出発の準備をしよう。ファレスは病気だから、数人護衛の者をつけて残しておこう。敵はどれぐらいの数だ」
「たいして多くはありません。十数人ぐらいでしょう。ボロミア様はここでお待ちになって、私が20人ぐらいを連れていっても大丈夫でしょう」
「敵の数が多くても少なくても、大将の俺が行くのは当然だろう。敵が少ないからといって油断はするな。すぐに全員に出発の合図だ」
「かしこまりました」
「相変わらず、お前の勘は冴えているな」
「こういう場所でしか、お役に立つ事はできません」
「いや、お前には感謝している・・・お前がいなければ父上は・・・今はそんなこと話している場合ではないな」
「いいか、アムロス。お前は彼と一緒にここで待っていろ。向こうから先に俺達が攻める。敵は20人以上いる。俺達は10人、下手したらやられる。わかっているな」
「でも俺なら一人で数人は相手に戦えます。わざわざここまで追い込まなくても」
「自分の力を過信するな!言われたとおりにしろ!」
遠くからマルディルの怒鳴り声が聞こえる。僕はそちら側に意識を集中させた。オークの吼える声も聞こえる。かなりたくさんいる。遠くで姿は見えないが、音だけははっきり聞こえる。人間の叫び声、剣と剣のぶつかり合う音、オークの叫び声、これは大変な戦いになるかもしれない。みんな無事でいてくれればいいが・・・
「ファラミア、様子はどうだ。始まったか」
「始まった。オークの方がずっと数が多い」
「援軍を呼ぶよう、のろしの準備をした方がいいか」
「待って、叫び声が聞こえなくなった。もう決着がついたようだ」
僕は一緒にいた見張りに話したが、自分でも信じられない。あれだけたくさんの敵を誰が・・・みんなが戻ってくる足音を数える。マルディルとアムロスを入れて全部で十人で出発した。足音は9人分。一人は背負われているようだ。オークとの戦いで怪我をしたのか、それとも死んだのか・・・明け方近くになってようやくみんな戻って来た。死んだ者はいなく、怪我をしただけだったようなのでほっとした。隠れ場所にしている洞窟に全員で行き、けが人の手当てをすばやくした。みんなの真ん中に座っているマルディルが鋭い声で言った。
「アムロス、またお前は俺の命令を無視したな。お前が勝手に飛び出すから彼は大怪我をした。危うく命も落とすところだった」
「俺は一人で行くと言ったのに、彼もついてきた。余計なことするから怪我したんだろう」
「お前を助けようとしたんだ」
「助けなんて必要ない!俺一人で何人倒したのか見てなかったのか!」
「いくら敵を倒そうと仲間を怪我させたり死なせたりしたら終わりだ」
「ここはそんな奇麗事を言ってられる場所か!何人仲間を失おうととりあえずオークを倒さなければいけないんだろう!人のことなど構ってはいられない。俺はオークをたくさん殺すことだけを考えている。殺さなければこっちが殺されるんだ。オークは相手が女だろうが子供だろうがお構いなしに手当たりしだい殺す。そんなやつを相手に戦っているんだ」
「アムロス。お前はここで一人で戦っているわけではないだろう」
「俺はいっそうのこと一人で戦いたい!人に指図されるのはまっぴらだ」
「見習いが終わったばかりの半人前のくせに偉そうに・・・口で言ってだめなら体で覚えてもらうしかないな。上着を脱いでそこに座れ」
「何をする気だ」
「鞭で打つ。お前ならまあ10も打たれないうちにねをあげるだろう」
「おい、マルディル、鞭を使うのか。アムロスの今日の戦いぶりはよかった。こいつがいなければ何人かがやられていたかもしれない」
「そうやって褒めていい気にさせたら、こいつはますます調子に乗る。鞭の10ぐらいこいつにとってはどうということないだろう」
「ああ、俺は鞭ぐらい慣れているから平気だ勝手にやれ」
「たった10回だ。声を出さずに歯を食いしばって我慢しろ」
「待ってください」
僕は怖くなって小さな声で言った。
「どうした、ファラミア、友達をかばうのか」
「話を聞いているとアムロスが悪いと思うけど、でも鞭を使うのはやめてください。鞭で打たれる痛みや恐怖はずっと忘れられません。だから・・・」
「ファラミア、心配しなくていい。俺はお前とは違う。少しぐらいやられたってちっとも痛くない。さっさとやってくれ」
「もしお前が一言も悲鳴を上げなければ、一人前と認めてやる」
「たった10回か、簡単だ」
アムロスは上着を脱いで座り、みんなが見ている中、鞭打ちの罰が行われた。1回目からマルディルは本気だった。3回目からアムロスは悲鳴を上げ、5回目が終わった時は崩れるように倒れた。僕は彼のそばに駆け寄った。
「やめて、ください。もう止めて!」
「ファラミア、お前が泣くことないだろう。俺は大丈夫だ。あと5回だ、どいていろ」
6回、7回と回数が増える度にアムロスの悲鳴は大きくなり、泣き声が混ざっていた。10回目が終わった時、彼は意識を失っていた。
「マルディル、気絶したぞ。何もここまでやらなくても」
「ここまでやらなければこいつはわからない。半人前のくせにプライドばかり高くて・・・ファラミア、きょうの見張りはほかのやつにやってもらう。お前はこいつの手当てをしておけ。後の者は見張りを残してそれぞれの天幕に戻って休め」
洞窟の中には僕とアムロスだけが残された。アムロスはまだ意識を失っている。天幕を張ってある辺りから話し声が微かに聞こえる。他のみんなには聞こえない遠くの小さな声も僕には聞こえてしまう。
「こんな時間にやれっていうのか。もう明け方近いぞ」
「野伏の生活に時間は関係ないだろう。興奮して寝られない」
「けが人が出たからか、それともアムロスを鞭で打ったから」
「その両方だ」
「何もあそこまで力を入れて打たなくても、お前、アムロスのことは気に入っているんだろう」
「気に入っているから敢えて悪役をやっている。あいつ、ファラミアに夢中になって受け入れられないからやけを起こしている。ほっとけばオークの群れに飛び込んで死ぬ」
「まったく腕はいいがあの性格はどうにかならないか。まあ、お前だって似たようなものだったが・・・」
「アムロスは数年後には俺より強くなる。初めてだ。自分より力のありそうなやつと一緒になるのは・・・いつ自分を追い越すかと考えるとわくわくする。だから絶対に死なせたくはない」
「アムロスも屈折しているけど、お前の愛もそうとう曲がってひねくれているな。それで結局一番大事なやつをファラミアにくっつけといて自分は俺たちで欲求不満を解消するのか」
「そういうことだ。ファラミアとくっつけとけばそう無茶はしないだろう」
「あの二人、そうなるのか」
「すぐは無理でもいずれそうなるさ、まったく俺は何をやっているんだか」
「いいだろう、いい気持ちにさせてやっているんだから」
「もっと力を入れてくれ。半端なやり方じゃ、俺は満足しない」
後はもう話し声ではなくなった。いろいろな音が聞こえるが、僕はそれを無視してアムロスの方を見た。彼はまだ意識を失っている。うなされながら僕の名前を呼んでいる。背中を触ると熱くなっている。傷口に薬を塗ると苦しそうに顔を歪めた。意識が戻ってきているようだ。
「ファラミア、そこにいるのか、全くあいつはみんなの前で恥をかかせやがって。あいつも欲求不満だな、あんなに力を入れやがって・・・それで歯を食いしばれだと、冗談じゃない。何が半人前だ!すぐに追い越してやる」
「君はいつも強いね」
「強くないよ、お前の前で泣きわめいて、みっともないよな」
「僕は君ほど強くはなれない、うらやましいよ」
「ファラミア、前やったみたいにしてくれないか。前に俺が鞭で打たれた時、裸になって肌と肌をあわせて抱きしめてくれた。それだけでいいんだ。お前が誰を愛しているかよくわかっているから抱くことはできない。でも肌に触れるくらいはいいだろう」
僕は服を脱いで裸になり、彼の体を抱きしめた。
「まだお前の体の傷の方が遥かに多い。俺はまだまだお前の痛みを理解できていないんだよな。もし俺がお前の痛みや悲しみをすべて理解できる日がきたら、その時は本当にお前を抱いてもいいか」
「わからない、僕が今何を求めているのか、わからないでいる。僕は一人ぼっちでどっちへいったらいいかわからないでいる。でも君は今僕のすぐそばにいる。それだけはわかっている。強く感じている」
−つづくー
後書き
久しぶりの指輪長編は前のページを読み返したりしたのですが、まだうまく調子がつかめてないようです。屈折した愛情、満たされない思いが他の方向へ噴出すような形で書きたかったのですが、なかなかうまく言葉がでてきませんでした。2005、9、28
目次へ戻る