35、悲嘆
ボロミア24歳、クローディル46歳(37歳)、ファレス17歳
ファラミア19歳(13歳)、アムロス19歳(15歳)、マルディル24歳(19歳)
その日、僕は熱を出した。僕が戦いに参加しなくても、まったく影響はないだろうし、むしろ足手まといになるだけなのだから、これでよかったかもしれない。僕の目には見えた。大地が割れて大きな亀裂が入り、そこからオークの群れが這い出してくる姿を・・・オークだけではなく闇に住むありとあらゆる形をまとったものが一斉にあふれ出るところを・・・そしてその怖ろしいうなり声を・・・月はちょうど僕の見たとおり鎌のように鋭く尖り、妖しい光を放っている。今からこの近くでたくさんの血が流される。そして僕の体は燃えるように熱くなり、意識が朦朧としてきた。
「お願いです、俺も一緒に連れていってください。たくさんのオークを倒すまたとないチャンスです」
アムロスがマルディルに訴えかけている声がする。
「だめだ!お前はファラミアの側にいろ」
「ここにいては戦えません!」
「ここが今お前が戦う場所だ。ファラミアがどうして熱を出して倒れたかわかるか?あいつは預言者だ。手に剣を持って戦う力がなくても、闇の世界の音を聞き、見えない世界を見ることができる。たった一人で俺たちとは別の世界で戦っている。そのファラミアの心を理解できるのはお前だけだ」
「俺はファラミアのこと、なにもわかっていません」
「わからなくても、そばにいて苦しみを和らげることぐらいはできるはずだ。愛しているのだろう・・・それにこの戦いが終わればファラミアはここでは暮らさないだろう」
「どうして」
「ミナス・テリスを、いやゴンドールを救った預言者として迎え入れられる。執政の子で予言の力を持つ者、大切にされるに違いない」
「そんなことあるもんか。ファラミアが一度だってミナス・テリスで大切に扱われたことがあるか。邪魔者扱いされ、憎まれ、なにかあるたびに酷い罰を受けてきた」
「今まではそうだった。でも今夜を境にすべてが変わる。もっとも俺は明日の朝まで生きているかどうかもわからないが・・・・」
「怖くはないのですか」
「怖いさ・・・だけどお前とファラミアさえ生き残ってくれれば・・・ファラミアを支えられるのはお前しかいないんだ。ここに残れ、わかったな」
「はい」
マルディルはたくさんの野伏達を連れて出て行った。今僕達のいる滝の裏側の洞窟まで敵が来ることはまずないだろう。僕の意識は遠くなりそうだ・・・・オークの大群が見える。どこかへ向かって走っている。どうしてそっちの方ばかり・・・危ない、ボロミアに伝えなければ・・・・でも言葉がうまくでない・・・・
「ファラミア、どうした・・・・苦しいのか」
「やめて、殺さないで!」
何を叫んだのかよくわからない。僕はアムロスの腕をつかんだまま意識を失った。
オークの大群は後から後から現れた。俺はそれを片っ端から切り殺した。体中にオークの血がこびりつき、どこを向いても周りはオークの死骸だらけ、切れ味が悪くなった剣を取替え、どれぐらいたくさんのオークを殺したのか。人間とオークの激しいうめき声が長い間聞こえたが、やがてそれも静かになった。
「ボロミア様!」
「クローディル、この辺りに他にオークはいるか」
「いないようです。この場所に来たのはすべて片付けました。ですがオークはあちらこちらにちらばっているようですし、また後から次の大群が来るでしょう」
「わかった、けが人を運んで次の場所へ移動しよう。打ち合わせ通りだ。ここの野伏も実にいい働きをしてくれた」
「動けないほど酷い傷を負った者は・・・いつもどおり・・・」
「やむを得ない、楽にしてやれ・・・お前にはいつもいやな役割ばかりさせているが・・・」
「いいえ、みな覚悟をしていますから、最後は穏やかな顔をしています」
「そうか・・・・お前はその仕事が終わったら皆を率いて次の場所に先に行っていろ。俺はけが人をファレスのところに連れて行ってから、すぐその場所へ行く」
「わかりました」
俺は2,3人の怪我をしている者と一緒に、ファレスのいる場所へと向かった。そこの小屋でけが人の手当てをし、食料を補給する予定であった。他の場所からも怪我をした者が2,3人ずつ集まって同じ場所へ向かっていた。そこは険しい山道や森の中を通らなければいけない。オークに見つからないようにわざとそうした場所を選んでいた。ところがどうしたわけか、オークの群れがこちらに向かって走ってくる。まさか!あの場所まで襲われるとは・・・こちらに向かってくるオークを追いかけ、俺一人で端から切り殺していった。10、20、・・・30以上はいる。それほどたくさんのオークがくるとは予想できず、そこに置いた見張りの兵士は10人ほどであった。そこに運ばれたけが人や見張りの者、そしてファレスは無事なのか・・・俺は他の者にわけを話し、先へ急いだ。山道を走りに走って小屋の前まで来ると、殺された兵士とオークの死体が散らばっていた。あわてて中に入るとそこはもっと悲惨な状態になっていた。床もベッドも血で赤く染まり、折り重なるようにして倒れて死んでいる人間とオーク・・・まだ息絶えてないオークの怖ろしいうめき声もする。
「なんてことだ!こんなところまで・・・」
「ボロミア・・・さ・・・ま」
オークの死骸の下から小さな声が聞こえた。俺は慌ててその死骸をどけた。
「ファレス、俺だ。しっかりしろ。大変なことになっている」
「もうしわけ・・・ありません・・・」
「何も言わなくてもいい。いますぐ傷の手当てをする。しっかりしろ!」
「ボ・ロ・ミ・ア・・さ・・・ま・・・」
「そうだ、俺だ。お前だけでも助かってくれてよかった」
「ボロミアさまにあえて・・・もう・・・じゅうぶん・・・」
「何を言っている!しっかりしろ。これぐらいの傷で死んだりはしない。俺なんかもっと酷い怪我をしたこともある。痛いだろうけど少し我慢しろ」
「らくに・・・してくだ・・・」
「だめだ!お前を殺すことなんかできない!お前を愛している」
「わたしは・・・ただ・・・ファラミアさまの・・・みがわり・・・」
「すまない、初めはそうだった。俺は弟のファラミアが忘れられず、よく似たお前を選んで無理やり・・・お前の気持ちなど考えたこともなかった・・・俺の気まぐれで随分酷いこともした。俺はまともに人を愛することなどできないから・・・だけどお前はいつも黙って俺の側にいてくれた。本当は辛かったのだろう・・・」
「しあわせ・・・でした・・・ボロミアさまの・・・そばにいられて・・・」
「俺のそばにいることを幸せと思ってはいけない。俺の暴力に支配され、お前は勘違いしている。この戦いが終わったらお前は故郷に帰れ。立派に戦った英雄として村に戻り、そこで新しい愛を見つけ、幸せになるんだ。俺とのことは過去の思い出だ。そうしてくれ、俺のそばにいてはお前は幸せになれない」
「おもいでの・・・なか・・・すこしは・・・おやくに・・・」
俺はファレスの体をしっかりと抱きしめた。彼の体は震えていた。
「こんなに震えて・・・寒いのか」
「ボロミアさまのからだは・・・いつもふるえていらして・・・すこしでも・・・・わたしの・・・体で・・・あたためて・・・」
「お前の体はいつもあたたかかった。どんな時でも俺を受け入れてくれた・・・」
「おねがいです・・・さいごまでこうして・・・そばにいて・・・・」
「ああ、お前を抱くのはこれで最後だ・・・・お前はこれから故郷の村に帰って新しい生活を始める。愛する人を見つけ、新しい家族を作り、俺のことなどただの思い出になったころ、必ず俺は訪ねていく・・・・お前の幸せそうな顔を見に、必ず訪ねていく・・・・」
俺は座り込んでファレスの体を抱きしめ、涙を流し続けていた。
「ボロミア様、これは一体」
「ああ、ここも襲われたようだ。お前達はもっと森の奥のほうへ逃げていけ、俺は戦線に戻る」
「わかりました。ご無事を祈っています」
「お前たちも怪我をした体で大変だが、とにかくがんばってくれ。俺はもうこれ以上部下を失いたくない」
「はい」
ファレスの体を静かに床に横にし、俺は立ち上がった。外はまだ真っ暗だが、鋭い月の光に照らされ、道はよく見える。遠くの方でまだオークや人間の叫び声が聞こえる。声のする方に向かってまっすぐ走り出した。
−つづくー
後書き
最後の方は泣きながら書いていました。
2005、10、26
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