36、闇を知る者

ファラミア19歳(13歳) アムロス19歳(15歳) マルディル24歳(19歳)
ダムロド94歳(63歳) マブルング64歳(51歳)

「ファラミア、どうじゃ。お前の目には今何が映っている」

イシリアンの大将、ダムロドが僕のすぐそばに来た。僕はあわてて体を起こそうとした。

「横になったままでよい。お前は苦しんでおる。闇の世界を見、それを知ることができる者はまたその世界に引きずりこまれぬよう抗うために多くの力を使う。わしも昔はそうじゃった。今はもうお前の半分も見えなくなっているが・・・」
「大地が割れ、地の底からオークが溢れ出ています。なぜそれほどたくさんのオークが一度に・・・」
「わしにもわからん。悪しき闇の力が急に勢力を増した。なぜだかわからんが、今はそれを考える時間はない。東の地ではすでにオークとの戦いが始まっている。お前の兄、ボロミア殿もマブルングもマルディルも今まさにオークとの戦いに身を投じている。何か見えるか、声は聞こえるか?」
「悲鳴とうめき声が聞こえ、たくさんの黒い影と赤い血しぶきが見えます。でも誰がどこにいるかはわかりません」
「それでよい、全てを見ようとはせず、静かに横になっておれ。それ以上のものを見ようとしたらお前の体力が持たない。お前は預言者として充分にその役割を果たした。後はみなを信じて静かに待てばよい」
「兄上は、他のみんなは大丈夫でしょうか」
「たくさんの犠牲が出るかもしれぬ。だがボロミア殿は無事じゃ。わしにはわかる」
「僕は今、何をすればいいのでしょうか」
「静かに休むことだ。闇の力はこれで終わりにはならない。今出てくるオークを全て倒しても、闇の力はまた勢力を取り戻す。お前の戦いは果てしなく続く」
「僕の戦いですか」
「そうじゃ。お前は今の時代に生きている人間の中でもとりわけ濃くヌメノールの血を受け継ぎ、闇の世界を知ることができる数少ない者だ。お前に与えられた使命はまことに大きい。休める時には休んでおれ」
「はい」
「アムロス、お前はファラミアの様子をよく見て、もし意識を失ったり、おかしな言葉を口に出したりしたらすぐにわしに伝えてくれ。わしは外に出て、山の上に登り、みなの様子を見て指示を出す。この場所は滝に囲まれて安全ではあるが、意識を集中させることはできない」
「わかりました」

ダムロドは外に出て行った。

「ファラミア、大丈夫か?何か見えるか」
「今は何も見えない。君の顔だけが見える」
「それならよかった。俺はお前のような特別の力はないから、いま目の前にあるものしか見えない。お前の目に何が映るのかまったくわからない」
「何も見えないほうがいい。見たくないものを僕は見てしまうから・・・」
「体が酷く熱い。ファラミア、俺はお前の見る世界は見えないが、お前の苦しみが少しならわかる。なんでも言ってくれ」
「ありがとう」

僕はじっとアムロスの顔を見つめ、彼の言葉だけに意識を集中させた。うめき声や叫び声はほとんど聞こえないほど小さくなり、暗闇に流れるおびただしい血も見えなくなってきた。





どれくらいの時間が過ぎたのだろうか。僕は長い間アムロスの姿だけを見ていた。彼は時々僕の体を水に浸した布で冷やしてくれたり、水を飲ませてくれる他はずっと僕の顔を見ていた。つまり僕達は長い間お互いの顔を見つめあっていたことになる。アムロスの顔が視界から見えなくなったほんの一瞬、僕はまた聞き覚えのある声を聞いた。

「ファラミア、何を怖れている。外に出て見てみろ。すべてはお前の望みどおりになった。早く出て来い」
「兄上は・・・兄上は無事なの」
「兄のことが心配か。それならば外へ出て声のする方へ歩いて行け。お前は闇の力を眠りから目覚めさせ、呼び出すことができる」
「違う、僕は何もしていない」
「そう思うなら早く出て来い。すぐに来なければ兄の命は保障できない。心配しなくとも、戦いはほとんど終わった。お前の周りにあるのはオークと人間の死骸ばかりだ。その中にお前の兄は・・・」
「やめて!殺さないで!」
「おい、ファラミア!何を一人で言っている」
「行かなければ・・・手を離して」
「どこへ行く気だ」
「行かなければ・・・兄上が・・・・」
「わかった、俺も一緒に行ってやる」

僕達は洞窟野外に出た。外はもう明るくなっていた。熱を出し、歩くこともできなくなっていた僕の体はすっかり回復していた。

「そうだ、ファラミア、こっちへ来い」

声のする方に向かって走り出した。

「おい、ファラミア、待てよ!どうしたんだよ、一体」

僕は返事もせず、ものすごい速さで走り続けた。人間やオークの怖ろしいうめき声が聞こえ、その声は次第に大きくなっていった。気がついたとき僕の周りにはたくさんのオークや人間の死骸があった。その中から苦しげなうめき声が聞こえてくる。

「オークは元はエルフだったということは知っているか」
「知っている」
「どの種族よりも美しく、気高い魂と永遠の命を持ったエルフが、闇に捕らわれ拷問を受けて引き裂かれ、最も残忍で醜い種族、オークへと変えられた。死にそこなったオークの苦しげな悲鳴が聞こえるか。死にかけた人間の怖ろしいうめき声が聞こえるか。死を前にすれば人間もオークも同じうめき声を出す。これが闇の世界。美しい者も醜い者も共にのたうちまわって苦しみもがく。よく見るがよい。ファラミア、闇の力を持つ者よ。お前の心は少しずつ闇に近づき、力は増してくる。素晴らしい光景だとは思わないか。お前の望んだ世界だ。こうしてお前の憎む者は消え、新しい世界が生まれる」
「やめて!僕はこんなこと望んではいない!」
「ファラミア、どうしたんだ!しっかりしろ!」
「アムロス、お願い。死にかけているオークを今すぐ殺して!」
「何を言っているんだ!」
「オークは元はエルフだった。こんな姿になって、死ぬ前にも苦しみぬいて・・・なんのためにこんなに苦しまなければならない。美しい姿のまま西の国へ行けるエルフと今ここで死んでいくオークと何も違わないんだよ。早く楽にして・・・」
「わかったファラミア、お前の言うとおりにする」

アムロスは僕の言うとおり、死にかけているオークと人間を次々と彼の剣で刺して殺した。よく見ていると、彼は人間とオークでは使う剣を替えていた。そしてイシリアンの人を殺す時は必ず言葉をかけ、手を合わせてから殺していた。

「おい、ファラミア、ちょっとこい、俺達の同期だ」

アムロスが死骸の山から一人を抱きかかえてきた。彼もまた苦しそうなうめき声をあげていたが、僕達に気がついてうっすらと目を開けた。

「アムロス」
「オークの死骸の山に埋もれていた。お前は何人倒した」
「わからねえ、そんなこと」
「それだけ声を出せれば大丈夫だ。すぐに手当てをしてやる。お前は助かる」
「気休めはよせ!お前も野伏なら一目見てわかるはずだ。俺は長い時間一人で苦しんでいた。早く楽にしてくれ。ここの掟だろう」
「俺はあの頃反抗してしょっちゅう抜け出していた。そんな掟は聞いてない」
「そうだった。お前は俺達の仲間で一番反抗的でよくファラミアを泣かせていた。それが今ではいつも一緒か」
「余計なこと言うな、傷口に薬をつける。痛いだろうけど我慢しろ。ファラミア押さえとけ」
「やめろ!やめてくれ!もうたくさんだ。お前わかっているんだろう」
「わからねえよ。俺はどうせ反抗的で嫌われ者だった。人の痛みなんかわからねえ・・・こんなことぐらいで死ぬわけない」
「そうだな、お前の顔を見ていたら少し元気が出てきた。後はファラミアがキスでもしてくれれば・・・・」
「それはだめだ、ファラミアは俺のものだ。そう簡単にはさわらせねえ。俺だって散々苦労して・・・・」
「俺達はみんなファラミアに憧れていた、それなのにどうしてお前が・・・・」
「あの頃はみんな同じようなことやっていただろう。好きなやつの気を引くためにいじめたり、無視したり・・・たった11人しかいないのにしょっちゅうけんかしてマブルングに怒られていた。俺なんかいったい何回鞭で打たれたか・・・・おい聞いているのか。俺達11人しかいなくてもう2人死んでいる。ほとんどみんな家族をオークに殺されていたから、一緒にいた同期の仲間だけが家族だった」

彼は目を閉じていた。その口も開かれていたが、もう言葉を話すことはない。

「俺って本当にいやなやつだよな」
「・・・・・・」
「仲間が死にかけているっていうのに、見栄はってお前は俺のものだなんてうそをついてさ、触らせなかった」
「うそはついていないよ」
「本当に死ぬなんて思ってなかったんだ。そりゃ俺達はいつもオークと戦って、人が死ぬところもたくさん見て、同期のやつが死んだという話も聞いて・・・・でも信じられないんだ・・・目の前で死ぬなんて・・・笑って話をしていたのにどうして死ぬなんて思えるんだ」
「アムロス・・・・」
「家族も、同じ村の人もみんなオークに殺された時、俺は自分に言った。これは夢だ。すぐに覚める夢だから泣かなくていい。だってそうだろう。夢を見ながら泣くなんておかしい。こんなことあるわけないよな。こんなにたくさんのオークが出てきて大勢死んでしまうなんて・・・これから俺達いったい何人の、誰の死体を見なければならないんだい?おかしいだろう、みんな死んでしまうなんて・・・日の光がこんなにまぶしく輝いている時にこんなにたくさんの死体を目にするなんておかしいよ。これはお前と俺、どっちの見ている夢だ?」
「夢ではないよ。僕にはわかるから」
「そうだ、ファラミア、これは現実、お前の望んでいたことだ。よく見ていろ。お前の望みどおり全てはうまくいく」
「僕の望みって」
「自分ではわかってないのか」
「いまにわかる。お前の力は増し、世界はお前の思い通りに変わっていく。闇の世界を知る者だけが闇を動かすことができる。お前の力が増していくのが楽しみだ。そしてお前と出会う日が・・・」
「誰、誰なの」
「いずれすべてがわかる日がくる」

突然大きな角笛の音が鳴り響き、声は消えた。

「ファラミア、聞こえたか」
「兄上の角笛だ。大勢の足音も聞こえる。ゴンドールの角笛は兄上しか吹けない」
「よかったな。お前の兄が無事で・・・・すぐに行こう。向こうも俺たちのこと探しているかもしれない。イシリアンのほら貝の合図も聞こえる。大丈夫だよ。俺達は勝った。みんな無事でいる」

僕達は音のする方に歩いていった。あれほどたくさん人間やオークが死んだというのに、日の光はまぶしく、風はさわやかで、森の中からは鳥の声まで聞こえた。すべてが夢の中のできごとのように思われた。




                                                  −つづくー




後書き
 ファラミアに声をかけているものはなんなのか?まだ答えは決めていません
 2005、10、27



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