(37)預言者

ファラミア19歳(13歳)、ボロミア24歳、クローディル46歳(37歳)、デネソール72歳(48歳)

「教えてください。僕は何者なのですか。なぜこの世界に生まれてきたのですか」
「お前の質問は非常に難しい、ファラミア。数千年の時を生きたわしとて、自分が何者で、なぜこの世界に送られてきたのか、わかってはいない」
「ミスランディア、あなたはこの世界で誰よりも長い時を生きてきた魔法使いです。僕はもうどうしたらいいかわかりません。イシリアンで闇の中、オークと人間のたくさんの死体に囲まれて声を聞きました。僕には悪を呼び覚まし、自由に動かせる力があるのですか?」
「そのような力などあるわけないといつも言っておるじゃろう。お前はヌメノールの血を濃く受け継ぎ、他の人間には見えないものが見え、聞こえない声を聞くことができる。素晴らしい預言者じゃ。お前のちからでオークは死に絶え、悪は地中深く身をひそめ、中つ国に平和が訪れた。聞こえておる、人々の喜ぶ声が、お前の名前を呼ぶ声が・・・・お前はゴンドールを救った英雄、預言者としてミナス・テリスに迎えられたのじゃ。もっとうれしそうな顔をしてもよくないか?」
「実際にオークを倒したのは兄のボロミアとゴンドールの兵士であり、イシリアンの野伏の仲間です。多くの人が死にました。でも僕は何もしていません」
「戦いに犠牲はつきものじゃ。お前はやさしすぎる・・・・そのやさしさゆえオークの声まで聞いてしまい、闇に引きずりこまれてしまうかもしれない。イシリアンは闇の世界モルドールに近すぎる。ここミナス・テリスで生きられるならばその方がよいかもしれぬ」
「でも、僕は・・・・」
「今は何も心配するな。預言者としての栄光と名誉を存分に楽しめばよい。お前を呼ぶ声が一段と大きくなった。ボロミアもすぐそこにいる。一緒に光の中を歩けばよい」
「はい」

僕はミスランディアに言われるままに塔の外に出た。石畳の大通りにはたくさんの人が集まっている。楽器を持った衛兵のパレードの列が通り過ぎ、ひときわりっぱな白い馬に乗ったボロミアの姿が見えた。通りにいる人も塔の上にいる人もたくさんの花や紙ふぶきをまき、それが太陽の光に輝いている。僕とボロミアの名前を呼ぶ声が、嵐のように響き渡り、塔の間にこだましてはまた戻ってくる。

「ファラミア、さあお前も来い!」

ボロミアに抱きかかえられて一緒に馬にまたがると、歓声は一段と大きくなった。紙ふぶきは後から後から空から舞ってくる。ボロミアは人々に手を振り、笑顔で歓声に答えている。僕も真似をして少しだけ手をあげた。夢のような幸せなひと時・・・



・・・・・でも僕は感じていた。この夢が長くは続かないことを・・・・魔法使いとは別のちからで僕は自分の未来を感じ取ってしまう。自分がただの預言者ではないことも・・・僕がミナス・テリスでボロミアのそばにいればまた何かが起こる。それがなんなのかはわからない・・・・僕は完全な預言者ではない。自分が何者であるのか、どうすればよいのかわからないでいるのだから・・・





俺とファラミアがミナス・テリスに戻った日は、昼間のパレード、夜の宴とお祭り騒ぎは長い間続いた。今度の戦いでは一度に数百人の兵士が命を落とし、イシリアンの野伏にもたくさんの犠牲が出た。そして俺にとって何よりもショックだったのはファレスを失ったことであった。ファラミアに似た顔立ちの彼を無理やり犯して自分のそばに置き、ついには死なせてしまった。もともと彼は兵士として戦いに向いているようなタイプの人間ではなかった。もっと早く、適当な時期に褒美でも与えて村に帰しておけばよかったという後悔の気持ちが長い間俺を苦しめた。でも今日の俺はそんな気持ちを顔に出すわけにはいかない。ゴンドール執政の跡継ぎとして人々の歓声に応えなければいけないのだから・・・それに何よりもオークが死に絶え、国に平和が戻ったことがうれしかった。あの日の戦いを最後に、オークに村を襲われたという話も聞かないし、オークを見たという噂すらまったく聞かない。今までどれだけたくさんの村がオークに襲われ、たくさんの人が殺されたかを考えると、自分の手でオークを全滅させられたのは何よりもうれしいことである。それも俺一人の力ではなくファラミアと協力して・・・あの父ですら今日はファラミアを見てうれしそうに笑っていた。夜の宴でも俺よりもむしろファラミアの方がみんなの注目を集めていた。やはり今日は特別な一日である。




宴が終わった頃、父の部屋へと向かった。部屋の中にはクローディルもいた。

「では、私はこれで失礼します」
「待て、クローディル、お前にも話たいことがある。ボロミア、ご苦労だった。お前の活躍はよく聞いていたが、無事に帰って顔を見るまでは安心できなかった。今日はまことによき日である。わが息子がオークを全て倒し、悪を滅亡させてこのミナス・テリスに凱旋しようとは・・・夢にまで見たこの日がこんなに早くこようとは・・・ゴンドールに平和はもたらされた。お前が戦いに行く必用がなくなったら、執政の位を早く譲り、わしはフィンドラスのところへ・・・」
「父上、何を言われるのですか。オークを倒したといっても、まだまだゴンドールを狙っている国はたくさんあります。真の平和がもたらされたわけではありません。父上にはいつまでも長生きして・・・それに今回の勝利はファラミアの働きも大きいのです。ファラミアのことも・・・」
「ボロミア様、ファラミア様のことは・・・」

クローディルが俺に向かって目配せをしたが、すぐに父に気づかれ、父の顔色が変わった。

「クローディル!お前の考えなどわしには声に出す前に読めてしまう。余計なことを言うな」
「申し訳ありません、失礼しました」
「ちょうどよい機会だ。ボロミア、わしがファラミアをどう思っているか、お前にも話しておこう」
「ぜひお話しください。俺はいつも思っていました。父上がなぜそうまでしてファラミアを疎んじてしまうのか・・・ファラミアが生まれてすぐ母上は病気になられました。でもそれはファラミアにはまったく関係のないことです。母上に会えないので寂しかったけど、それ以上にファラミアがいてくれることが俺にはすごくうれしかったのです。俺は執政の位だってファラミアが継いだほうがいいと思っています。俺と違ってファラミアは頭がよくて人の気持ちもよくわかるし、未来を予言する力さえ持っている。俺はただ体が大きくて力が強いだけの人間です。ファラミアを執政にして、俺には国境の守りでもやらせたほうがずっといいということ、父上だってわかっていると思います。それなのになぜ・・・」
「ファラミアを執政にする気はない!そんなことをしたらゴンドールは滅びてしまう!お前たちにはわからぬのか!」

突然の父の激しい怒りの声に、俺もクローディルも息を呑んだ。

「ファラミアには呪われたヌメノールの血が色濃く流れている。わしやフィンドラスよりももっと濃く・・・ボロミア、お前にはわからぬであろう、ヌメノールの血がどれほどのものか・・・記憶は遥か昔にさかのぼる。人とエルフが共に暮らしていたヌメノールの世界で、欲が生まれ、闇が人の心を蝕み、遂には一族、家族の間での殺し合いが始まった。血で血を洗う惨劇、すさまじい憎しみと狂気、ヌメノールの血を持つ者は未来を予言し、人の心を読む力と共に、怖ろしい狂気も受け継いでしまっている。惨劇の記憶、憎しみは心の奥底にしまわれ、自分では意識しなくとも、悪を呼び起こし、闇に力を与えてしまう。クローディル、お前ならわかっているだろう、ヌメノールの血を持つ者の狂気がどれほどのものか・・・」
「デネソール様・・・」
「わしもフィンドラスも常にヌメノールの血の狂気を怖れながら生きていた。だがそれでもわしはフィンドラスを深く愛していた。そして奇跡が起きた」
「奇跡とは?」
「ボロミア、お前のことだ。お前が生まれたことはわしやフィンドラス、いやゴンドールに住むすべての人にとって奇跡とも言えるほどの喜ばしいことであった。お前の顔を見てわしはすぐに確信した。この子にはヌメノールの血は全く流れていない。呪わしい記憶と力はわしの代で終わった。フィンドラスと涙を流して喜び合った。お前の誕生は執政家の跡継ぎが生まれたという喜びだけではない。呪われたヌメノールの血筋から、普通の家の子と同じようになんの呪縛も受けぬ子が生まれたということは大きな奇跡だ。そしてお前はゴンドールの希望の光として成長していった」
「ヌメノールの血がそんなにも大きな意味を持つのですか」
「ああ、そうだ。だが喜ぶのはまだ早かった。お前という奇跡の子を授かった5年後、誰よりも濃く呪われた血を持つ子が生まれた」
「ファラミアのことですね。俺にはわかりません。ファラミアのどこが呪われているのですか。俺よりもずっとかしこくてやさしい子です。ヌメノールの血で、普通よりずっと敏感でもそれがどうして呪われていると言えるのですか。現にその力でオークが来ることを予言して、全滅させ、平和をもたらしたではないですか」
「だが、ファラミアの血が、地中深くひそんでいるオークを目覚めさせ、動かしているとしたら・・・」
「そんなことあるわけありません。父上はおかしくなっています。母上が亡くなられて父上は悲しみの余りファラミアを憎むようになったのです。俺はそんな話はしんじません。ファラミアを信じています」
「わしとてファラミアを呪縛から解き放ち、幸せにしてやりたい。だがあの子はどこで生きればよいのだろう。イシリアンでは闇に近すぎ、あの声を聞いてしまうのだろう、クローディル」
「はい、さきほどお話ししたとおり、イシリアンは特別な土地です。ヌメノールの血を持つ者ばかりが暮らし、モルドールにもっとも近いあの土地では、他の場所よりもずっと血の力は強くなります。私のような者ですら、そこでは声が聞こえ、力が増していくのを感じられました。ファラミア様をこれ以上イシリアンにおいておくのは危険かと思われます」
「ファラミアはミナス・テリスに住まわす。これがわしの結論だ。ただしボロミア、充分に注意するがよい、クローディル、何か気がついたことがあったらすぐに知らせてくれ」
「かしこまりました」

俺は気分を害したまま父の部屋を出てきてしまった。これ以上話しても父はますます意固地になるばかりだろう。窓の外を見ると丸い月が見えた。ミナス・テリスからイシリアンまで馬で二日で行ける距離だが、イシリアンで後始末をしている間に、鋭く尖った月が丸くなるほどの月日が過ぎていた。





ボロミアの部屋で長いこと待ったが、なかなか戻ってはこない。父と話をしているに違いない。父と兄がどのような話をしているか、会話の声がはっきり聞こえたわけではないが、なんとなく内容はわかってしまった。父は僕のことをよくわかっている。呪われたヌメノールの血・・・そんな血と悲惨な記憶を持って生まれてきているのかもしれない。ボロミアが歩いてくる足音が聞こえる。でも僕は兄に飛びついてはいけない・・・・今夜、いやこれからずっとボロミアが僕を抱くことはもう二度とないだろう。

「ファラミア!ここで待っていたのか」
「兄上、ごめんなさい、少し話がしたくて・・・」
「なぜ、そんな場所にいる、どうしていつものように飛びついてこない」
「僕を抱いてはだめです。僕達はもう普通の兄弟にならなければ・・・」
「そうだった、お前は俺の気持ちなどは簡単にわかってしまうのだった。でも俺は人の心がまったくわからない。お前に流れるヌメノールの血、俺にも半分流れてくれればよかった」
「ヌメノールの血は呪われている。そう父上は話したはずです」
「俺にもう少し人の心を読む力があったなら・・・俺は自分勝手でお前によく似た顔の者を欲望の相手に選んでしまった。彼がどんな気持ちで俺のそばにいるか、考えたこともなかった。死んだ後で初めてそれに気づいてどうしたらいいかわからないでいる。おろかな兄だな。お前に対してだって結局俺の気持ちはなんだったのかわからない」
「自分を責めないでください。僕はいつでも兄上のことが大好きです。その気持ちだけはかわりません」
「俺も同じだ。お前を愛している気持ちだけは決して変わらない」

僕はそっと兄のそばをすり抜けて自分の部屋に戻った。大きな丸い月が出ている。イシリアンでの戦いが終わって半月が過ぎている。いろいろ忙しくてアムロスとはほとんど話さないままミナス・テリスにきてしまった。彼は僕がすぐ戻ってくると思っているに違いない。イシリアンで暮らすことはおそらくもうないだろう。父が考えている通り、あそこにいたら僕の力は強くなり、またオークを呼び出してしまうかもしれない。オークは滅びてはいない、ただ地中深くひそんでいるだけだ。その眠りを呼び起こすのは本当に僕なのだろうか?わからない・・・なにもわからない・・・なぜミスランディアは本当のことを話してはくれないのだろう。本当のことを知ったら僕が驚くから?わかっていて何もできないのはもっと怖ろしいのに・・・・




                                            −つづくー




後書き
 この話は長くて暗いです。それでも何かの力に突き動かされるような気持ちで時々書いています。
 2005、11、16



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