39、光と影

ファラミア20歳(13歳)、ボロミア25歳、デネソール73歳(49歳)

激しい痛みと叫び声の中、何度も意識を失っては、また目が覚めた。もうどんな叫び声を上げているのか、自分の体がどうなっているのかもわからなくなっていた。鞭の音がするたびに身悶えし、熱い塊を感じては絶叫して意識がなくなった。人の声は全く聞こえない。ただ自分の悲鳴だけが反射して聞こえてくる。早く終わりにしてほしい。全ては僕が悪いのだ。早くこの体を離れて何も感じなくなりたい・・・・この先にあるのは死・・・・・兄上は無事なのだろうか・・・





「何をしておる!」

突然はっきりとした声が聞こえた。父の声に間違いない。鞭の音がピタリと止まった。

「デネソール様、お許しください。ファラミア様は口が固くまだ何も聞き出せてはいません。・・・仲間の名前さえ聞き出せばいいのですよね。どうか、今しばらくお待ちください」
「お前達はファラミアに何をしていた!まさか、拷問にかけていたのか!執政家の、それもまだ子供のような体の者を・・・」
「デネソール様のご命令です。どんな手段を使っても、必ず夜明けまでには計画にかかわった者全てを聞き出せと・・・ファラミア様にも事情を・・・」
「わしは捕らえた者を拷問にかけ、ファラミアにも事情を聞けと言ったまでだ!ファラミアを拷問しろとは一言も言っていない!お前達、ここにいる者は全員死罪だ。執政家の子を拷問するとは・・・・同じ苦しみを味わい、謀反を企てた者と一緒に火あぶりになるがよい・・・」
「お待ちください!私はただこの場にいただけで、ファラミア様には何も・・・私は止めようとしたのです。それをこの者が・・・」
「それはうそだろう。お前は真っ先にファラミア様に鞭を当てた。信じてください。私は長い間執政家にお仕えしてまいりました。そのことに免じてどうかお許しください」
「静まれ!見苦しいぞ!子供を平気で拷問にかけられる者が、自分は命乞いをするのか」

薄れていく意識の中で話し声だけははっきり聞こえた。そして薄暗い部屋の中、彼らや父が今どんな表情をしているかもはっきりと見える。

「父上、待ってください。この人達は父上の命令だと思い込んで僕を・・・僕は大丈夫です、どうか許してあげて・・・・」

意識は途切れて、何を話したかもわからなくなってしまった。





「デネソール様、ボロミア様の意識が戻りました。あの方ほどの体力と強い意志がなければおそらく助からなかったでしょう。ただしばらくの間は傷が酷く痛みますので、薬で眠っていただくようにしています」
「そうか、ご苦労だった。お前にはいつも世話になっている。ファラミアの状態はどうだ」
「ファラミア様は命に危険はございませんが、これほど酷く・・・ボロミア様と同じように薬で痛みを取り除いた方が・・・」
「わしが悪かった。ボロミアのことで気が動転し、強い口調で命令したばっかりに・・・」
「仕方のないことです。どこの国でも王や執政などは、恨まれたり、命を狙われたりしていると聞いています」
「そうだ、執政とはそのようなものだ。だが今までこのミナス・テリスでそのようなことは一度もなかった。わしや世継ぎのボロミアが街を一人で歩き、民と話をしても危険を感じたことなどなかった。城壁の外にいくらオークが出ようとも、ミナス・テリスが危険に陥ることは一度もなかった。それが同じゴンドール人の中で、このような謀反を企む者が出ようとは・・・・・」
「ゴンドールの敵はオークだけではありません。周辺の諸国にも絶えず狙われていました。おそらく今回の事件はそうした国と通じた者のしわざでしょう。それをファラミア様の名前を出すなど・・・」
「わしがもっと気をつけていればよかった・・・・・」
「では私はボロミア様の様子を見てまいります。ファラミア様の意識が戻られましたら、お呼びください。薬を差し上げますから・・・この薬は痛みを取るのに大変有効なのですが、量を間違えますと死に至ることもありますので、注意が必要です。では失礼します」

医師は薬の瓶を持って出て行った。僕はさっきから意識が戻り、病院のベッドの上で二人の会話をじっと聞いていた。ボロミアが助かって本当によかった!でも意識が戻っても僕の体はうまく動かず、声もなかなか出ない。体が酷く熱く、背中がズキズキと痛む。

「父上、兄上は・・・」

かすれた声でやっと声を出した。

「ボロミアは無事だ、安心しなさい」
「よかった・・・・あの人達は・・・・」
「お前は優しい子だな、ファラミア。あれだけ酷いことをされてもまだ人を思いやっている・・・お前に免じて死罪にはしない。ただし、このミナス・テリスには住まわせず、国境の地に行かせる」
「兄上を殺そうとした人は・・・・」
「あの5人は許すわけにはいかぬ」
「そうですね。僕はやっぱりイシリアンに戻ります。ミナス・テリスにいると、また僕を理由に兄上に危害を加える者が出るかもしれません。執政の跡継ぎが二人同じ街にいてはいけないのかもしれません」
「お前はやさしく、かしこい子でもある。お前の方が執政の跡継ぎにふさわしいと噂する者も多い」
「僕は跡継ぎにはふさわしくありません。その理由は誰よりもよく父上が知っているはずです。僕の体にはヌメノールの血が濃く流れていて、自分では意識していなくても、周りの人を不幸にし、滅ぼしてしまいます。だから僕はイシリアンに行き、もしそこでも周りの人を不幸にしてしまうなら、みなのそばを離れ、一人で生きていきます」
「ファラミア、お前はそこまで考えていたのか」
「イシリアンでは一人でも生きていけるだけの知恵や技術を教わっています。だからきっと大丈夫・・・」
「フィンドラスは誰よりもお前のことをかわいがっていた。あれにもヌメノールの血は濃く流れ、未来を予見することができた。同じ運命を背負ってしまったお前のことがさぞ気がかりだったのだろう。気が狂い、わしやボロミアのことは全くわからなくなって、意識がぼんやりしていても、お前が近づくと抱きしめて、なかなかその手を離そうとはしなかった。わしはお前を愛することはできなかった。すべての不幸の源をお前にして自分の心の安定をはかってきた。だがフィンドラスは違う。お前には母の記憶はないかもしれないが、誰よりも深く、強くお前を愛していた。例えどこへ行ってもきっとお前を守ってくれるであろう」
「父上・・・・」
「医師を呼んでくる。お前が目覚めたらすぐにと言われていたのだが・・・・」

父の目に涙が光っているのが見えた。僕の病室を出て、再び医師と戻ってくるには長い時間がかかった。医師は瓶に入った液体の薬を少しだけコップに取り、僕に飲ませた。その液体を口に含み、飲み込まないまま、ベッドに横になって目を閉じた。

「これで朝までよくお休みになられるでしょう。さあ、行きましょう」

医師と父が出て行ってすぐ、僕は口の中にためていた薬をコップに吐き出して水でゆすいでおいた。そして医師が話していた薬の瓶が棚においてあるのを見つけると、それを掴んで病室の外に出た。





見張りに会わないように慎重に歩いて兄のいる病室までたどりついた。思い切って中に入ってもそこには寝ている兄以外誰もいない。兄の顔にそっと手をあてた。規則正しい呼吸が聞こえる。唇を重ねあわせても、兄は目を覚まさない。

「兄上、ごめんなさい。別れを言わずに行くことを許してください」

部屋を見回すと、棚に兄が誕生日のプレゼントだと言って渡してくれたエルフの本が置いてある。パーティー会場で、兄はこの本を他の人にも見せていたのだろうか?弟はこんな難しい本も読むことができると・・・パラパラとめくってみたが、やっぱり僕にとっても難しくて、すぐには読めそうもない。ペンを持って本の中の白いページに字を書き始めた。






「最後の言葉はこの本の中に記します。僕は兄上のことをよく知っています。兄上が普段本など見ないことも、僕がいなくなったらどれだけ
悲しみ、取り乱すかも・・・僕は兄上がどれだけ僕を愛しているかよく知っています。最後の言葉をよく見える場所に書いたら、きっと中身も読まずに怒って破り捨ててしまうでしょう。

本の中なら、すぐにではなく、何年も過ぎて、兄上の心が落ち着いた頃、偶然読んでもらえると思うのです。そして僕のことを思い出してほしい、そんなふうに思います。

僕は自分が何者であるか、すべてわかってしまいました。呪われたヌメノールの血は全て僕に流れています。僕に流れる血から与えられた力はただ未来を預言し、人の心がわかるというだけのものではありません。長い年月の間悲惨な戦いや殺し合いをした記憶、家族、兄弟の間で殺し合い憎みあう感情、すべて僕の血となって受け継がれています。そして僕の心が何かを願えば、それは怖ろしい力となって、オークも人も動かしてしまいます。たくさんのオークを呼び集めてたくさんの人を殺し、そして今、僕がいることで人々は惑わされ、罪を犯して、兄上を危険にさらします。

この先どうなるのでしょうか?父上にはイシリアンで一人で生きていくと話しました。でも一人でいてやがて僕の力は増し、ついにはオークとなるかもしれません。誰よりも美しく聡明で恵まれた種族であるエルフですら、闇に捕らわれればオークとなってしまうのです。僕などはどうなってしまうかまったくわかりません。

今ここで死を選ぶことをどうかお許しください。でも僕はヌメノール血が兄上でなく僕に流れてくれてよかったとも思います。

兄上はゴンドールの光と希望、そして僕はゴンドールの影として生きるよう生まれてきました。

もし、僕の存在が、この国の闇や憎しみを集め洗い流すことができるなら、僕が生まれたことは無駄ではなかったと思います。

どうか、悲しまないで下さい。僕は今、自分が何者であり、どうすればいいのか知ってしまったのです。兄上の弟として生まれて幸せでした。本当に幸せでした。

兄上はゴンドールの光、僕は影。光と影は別々にあるのではありません。光があれば必ず影ができます。僕はいつも兄上のそばにいます。小さな子供の頃いつも兄上を追いかけていました。今もかわりません。兄上のすぐ後ろにいます。影となって・・・」





本とペンを棚にしまい、薬の瓶をあけて、それをすべて飲み干した。そして兄の寝ている横に横になった。
手をまわして、兄の体を抱きしめれば、体の痛みも恐怖もすべて忘れることができた。





「最後に見る夢が幸せな夢であるために、兄上のそばで眠らせてください。僕は母上の顔を覚えていません。父上の笑顔も見たことがありません。でも兄上の夢の中で、幸せだった頃の家族に会うことができます。夢の記憶を少しだけ分けてください。僕の知らない幸せな家族の夢を・・・・・」






                                                     −つづくー




後書き
 この章は考える時も書いているときもずっと泣きながらでした。考えられる限りのすべてを出し尽くしたように感じています。
 2005、11、24





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