(41)偽りの言葉

ボロミア25歳 ファラミア20歳(13歳) デネソール73歳(49歳)
アムロス20歳(16歳) マルディル25歳(20歳) ダムロド95歳(64歳) マブルング65歳(52歳)

俺は死んだようにぐったりしているファラミアの体を抱えて城門へと走った。自分が刺された傷口が痛むが、それを構ってはいられなかった。一刻も早くミナステリスからファラミアを離した方がいい。意識を失っているのはむしろ幸いだと思えた。

「ボロミア様、こんな夜更けにどこへ行かれるのです?そのお体では・・・」

すぐに門の側の護衛兵に気づかれてしまった。人目につかないよう裏道と地下通路を通ったが、城門の前だけは地上に出ないと外へは出られない。それに馬も必要だった。

「悪い、見逃してくれ。どうしても行かなければならないところがある。急いで馬を用意してくれ」
「執政殿はご存知でしょうか?」
「いや、何も伝えてないが、クローディルに詳しい事情を話しておいた。けっして悪いようにはしない。頼む・・・・」
「ファラミア様ですか?・・・どうしてそんな・・・・まさか・・・」
「死んではいない・・・殺されかけ・・・自らも死を選ぼうとしたが・・・俺の弟に生まれたばかりに・・・どうしてもファラミアの命を助けたい。だから・・・すぐ馬を用意してくれ・・・」
「イシリアンに行かれるのですか?」
「そうだ、よくわかったな」
「ボロミア様のお考えは私どもにはよくわかります。どうかご無事で・・・そしてファラミア様も・・・今馬を用意いたします」
「ありがとう、助かるよ」

城門は静かに開かれ、俺はファラミアを抱えて馬に乗った。暗闇の中でも馬は少しも怖れずに走り続けた。





馬の背に揺られているのを感じる。懐かしい兄の匂いがする。でもどこへ行こうとしているのだろうか?

「兄上・・・ここは」
「ファラミア、気がついたか・・・苦しいか?」
「いえ、大丈夫です」

目が覚めると同時に体中が激しい痛みに襲われた。でもボロミアに心配かけるわけにはいかない。兄の体からも血の匂いがする。刺された傷の痛みをこらえているに違いない。そして激しく流れ落ちる涙も感じた。

「兄上・・・泣いているのですか?」
「泣いてなどいない・・・俺が泣いたのは母上が死んだときだけ・・・部下の死を見た時・・・戦いで多くの敵を殺した時・・・どうにもならない戦で撤退を繰り返しているとき・・・」

僕は小さな声で笑った。ボロミアの心の中は僕にはすぐわかってしまう。それなのに僕の前では強がりを言ってけっして涙を見せない、いつもと同じ兄の声・・・答えはわかっていながらもうひとつ質問した。

「どこへ行くのですか?」
「イシリアンへ向かっている。そこで傷の手当てをしてもらい、治ったらさらに遠くへ旅に出よう」

僕は黙って兄の体にしがみついた。ボロミアは僕のために国を捨てるつもりなのだろうか?そんなことをさせてはいけない。旅に出るのは僕一人でいい。でもいまそれを兄に伝えることはできない。

「旅に出るってどこまで・・・」
「わからない・・・でも一度はそれを考えていた。お前と二人、いろいろなところを見て・・・執政なんかになるより、そっちの方がずっと楽しいかもしれない」
「そうだね、ボロミアと二人だけで・・・・」
「早く傷を治せ・・・それからもう二度と死のうなんて考えるな。俺はいつでもお前のそばにいるから・・・」
「うん・・・・」





「どうしてこんな酷いことを・・・だからミナステリスには戻るなとあれほど言ったのに・・・ファラミア、俺だ、アムロスだ。わかるか?」
「また意識を失っている・・・」
「呻き声が聞こえる・・・意識のないときまでこんなに苦しんで・・・どうしてここまで憎まれて・・・これじゃまるで拷問じゃないか!」
「そうだ、ファラミアは拷問にかけられた。俺の知らないうちに・・・・俺が殺されかけたから・・・・」
「ファラミアには関係ないことだろう!もうたくさんだ!二度とミナステリスには帰さない。ここで生きていけばいい。執政の子だなんて・・・ファラミアがそれで幸せだったことがあるのか!ただの一度もないだろう」

アムロスという名の少年は次第に怒りをあらわにし、俺に向かってくってかかるようになった。そばにいたマブルングというイシリアン野伏のリーダーが慌てて彼を引き剥がした。

「アムロス、落ち着け、相手はゴンドール執政殿の長男だぞ」
「だからなんだ!殺したければ殺せ。俺は死んでもファラミアから離れないからな。さっさとミナステリスにもどれ!」
「アムロス、いい加減にしろ、お前の言い方は子供と同じだ!」

少し年上らしい若者も彼を引き止めた。

「俺は子供だよ。年は20になっても見た目は15,6の子供にしか見えない。ヌメノールの血が濃いからいつまでたっても大人にならない。ファラミアも同じだ・・・同じ呪われたヌメノールの血を持っている・・・だからここで暮らせば問題ない」
「お前は黙っていろ!ダムロド隊長、俺が彼と二人きりで話をしてもいいですか」

ダムロドと呼ばれた長老が初めて口を開いた。

「ほう、マルディル、お前にいい考えがあるのか。おそらくアムロスと同じ考えじゃと思うが・・・」
「ああ、同じだけど、俺の方が頭に血が上っていない。よっぽど冷静だ」
「お前が冷静とは・・・・ハ、ハ、ハ・・・・いや失礼・・・みな成長してきていると喜んでおるのじゃよ。いいじゃろう、マルディル、奥の部屋で話してきなさい。わしの役目もそろそろ終わりかもしれないのう・・・」





マルディルという野伏の若者に今までのことを簡単に話した。ミナステリスで俺が殺されそうになり、そのせいでファラミアが拷問され、毒を飲んで死のうとしたこと、父の怒りは激しく、我が子ですら拷問にかけたことなどを話した。すべてを話した上で、俺は執政という地位を捨て、国も捨ててファラミアと二人だけで生きていこうとしていることを伝えた。どこへ行ってもファラミアは不思議な力を発揮して、周りの者を滅ぼしてしまう。それならばいっそうのこと俺とだけ生き、その力を抑えることができなくなった時は俺を殺せばいいのではないか。そこまで考えて二人で生きていく決意を固めた。

「でもそこまで思いつめなくても・・・ファラミアの力ってなんだ?人の心を読み、先のことがわかるだけだろう。それくらいの能力、ここイシリアンにいる者なら誰でもできるさ。彼がオークを呼び出したわけではない。暗殺者を動かしたわけでもない、すべては偶然さ。ここイシリアンにいれば余計な疑いはかけられない。それでいいだろう」
「ボロミア・・・僕もそう思う・・・」
「ファラミア!」

いつのまにか目の前にはファラミアの姿があった。どうやって奥の部屋まで歩いてきたのか。動くのも苦しいに違いないのに・・・・

「僕は今までずっと兄上だけを愛していて、他の人間を愛することはできないと思っていた。でもそれは違った。他の人間を愛せば全く違うことができるとわかった。アムロスが僕の体に、傷口に手を触れた途端、僕の痛みは嘘のように軽くなった。彼は長い間僕のことだけを思ってくれたから、ただ手を触れるだけで僕の痛みも取り除いてくれるんだよ。痛みだけではない・・・苦しみも・・・兄上のことは大好きだけど、でも一緒には生きて行けない。僕がそばにいるだけで苦しめてしまう・・・事件を起こして・・・だから僕は彼を愛し・・・彼と一緒に生きて行こうと・・・」
「ファラミア、それでいいのか・・・・」

ファラミアは隣に立っていた少年にそっと口付けをした。激しい欲望とはまるで無縁の穏やかな口付け・・・俺は今までこんなふうに穏やかな口付けなどファラミアとは一度もできなかったかもしれない。実の弟でありながら、幼い頃より欲望の対称にしてしまい、その苦しみで彼の心は乱れたのかもしれない。こんなに愛してくれる者がいるのに、なぜ欲望にまみれて多くの男と関係をもった俺が今更愛している、二人だけで生きていこうなどと言えるのだろうか・・・俺はもう弟を欲望の対称にしてはいけない・・・兄としてその幸せだけを願わなければ・・・・

「本当に痛みはなくなったのか・・・これだけ酷い傷で・・・」

ファラミアの近くに寄った。馬でここへ来る途中苦しそうな呻き声を何度も上げていたのに、今は穏やかに微笑んでいる。

「兄上、ごめんなさい」
「何を謝る・・・俺はいつもお前の幸せだけを願っている・・・ここイシリアンで幸せになれるのだな、今度こそただ愛されて、穏やかな日々を・・・」
「兄上、ここはオークが度々現われる場所です。ここでは毎日のようにどこかでオークとの戦いがあり・・・」
「毎日厳しい訓練をして、時には死んだり大怪我をする者もいる。執政の子であるお前さえ自ら水汲みをし、狩に出かけ、畑を耕さなければ食物も手に入らない。贅沢な暮らしは何もできない。それでもここにいて幸せだと・・・」
「はい・・・」
「俺はただ・・・お前の幸せだけを・・・・」

言葉が続かなかった。せめて一度抱きしめて口付けしようと手を伸ばすが、その手を彼はすり抜けてしまった。

「ごめんなさい、僕の気持ちが迷わないうちに、どうか兄上はもうミナステリスに戻ってください」
「ああ、そうだな・・・・ファラミアのことよろしくお願いします」





俺は急いでその場を離れた。早く行ってくれというファラミアの声が聞こえた。穏やかに微笑んでいるその顔は痛みを懸命に堪えているようにも見えた。早く、早くとファラミアの心が叫んでいた。俺は後ろも振り返らずに慌てて馬に乗りイシリアンを後にした。随分遠く離れた頃、話し声が聞こえた。それは呻き声のようでもあった。

「もう無理しなくていいぞ、ファラミア・・・遠い場所に離れている」
「助けて・・・もういやだ・・・鞭の音がする・・・焼き鏝がすぐ側に・・・今度はどこ・・・いやだー助けて・・・助けて・・・苦しい・・・ボロミアに抱かれて馬に乗っている時にはがまんできた・・・でももう耐えられない・・・たすけて・・・」
「ファラミア、俺ではお前を救えない・・・そんなことわかっているさ・・・それなのに何故さっきはあんなことを言って・・・」
「愛しているから・・・愛しているから・・・・助けて・・・」
「俺はお前を助けることはできない。ただ見ているだけだ・・・どれだけお前が苦しんでいようと何もできない・・・ただ冷酷に見ているだけ・・・」
「君は酷い・・・ただ僕が苦しむのを見て喜んで・・・・」
「ああ、そうかもしれないな・・・どうせ俺のことなんか愛してはいないんだろう・・・だったらもっと苦しめばいいさ」

声が聞こえなくなるよう全力で馬を飛ばした。俺だってわかっていたはずだ。ファラミアの言葉がうそであることが・・・でも引き返すことはできない。今はただ離れるしかない。



                                                     −つづくー


後書き
 久しぶりに書いた指輪の長編、実は大王と懲邪フィクがスランプに陥って書けなくなっていたので、気分転換で書いたのですが、第一部(第2部もあるとはいつまで続ける気だと言われそうですが)の最後の光景がすごくはっきり見えてしまったので、しばらく続けて書いていきます。あと5話ぐらいで、そこへたどりつけると思うので、そこまでいってから、また今までの連載を続けようと考えています。
2006、9、20



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