(42)呪縛

ファラミア20歳(13歳) ボロミア25歳 アムロス20歳(16歳)

イシリアンに来て僕の苦しみがなくなったというわけではない。ボロミアがいる前では懸命に平気な振りをした。だけどその緊張の糸が解けたとき、狂ったように泣き喚いていた。打たれた鞭に傷跡が、焼きごてを押し付けられて黒ずんだ皮膚がヒリヒリと痛む。どうしてあのまま死なせてくれなかったのか。僕がいたために、ミナステリスではボロミアを殺して僕を執政の跡継ぎにと考える人がたくさん出てきた。イシリアンにいれば僕の心はボロミアを呼んで独り占めするためにオークを呼び集めてしまった。そんなこと、考えてもいないのに僕の存在が、心が勝手に動いてオークを集め、人の心に悪を生み出す。

「自分が生きていること、それ自体が悪を生み出す。お前は今そう考えているんだろう」

アムロスがそう話しかけてきた。彼は僕が泣こうが喚こうが平気で見ていた。

「もうそろそろ傷の痛みは楽になってきただろう。まあ、そうなるとお前は余計なことを考えるようになるからな」
「余計なこと・・・・」
「ああ、ほっとけばいつ毒を飲むか、剣を胸に突きさすか、わかったものじゃない。おかげで俺達は交代で見張りをさせられている。なぜそうやってすぐ死のうとする」
「君にはわからないよ・・・僕の絶望の深さが・・・愛する人を不幸にしてしまう苦しみなんて・・・」
「本当にお前の責任か。俺はそんなこと信じないぜ。暗殺を考えた者が出たのも、オークが動き出したのも、支配しているのはもっと別の大きな悪、お前はただその悪を敏感に感じ取れるだけだ。その力を生かし・・・俺には見える。何年か先、お前がここイシリアンの指導者となってみなを導き戦っている姿が・・・・」
「そんなのは嘘だ。君はただ僕をなぐさめようと気休めを言っているだけだ」
「気休めではない。本当に未来の光景がはっきり見えることがある・・・怖いくらいにはっきりと・・・」
「それならその未来で君は何をしているの?君の方が僕よりよほど剣術も何もかも優れている。ここでの指導者にふさわしい」
「俺の姿は・・・・未来の光景に俺の姿は見えない・・・」
「そんなのはおかしい!自分のことがわからない予言なんてあてにならない。もう僕のことはほっといて・・・」
「そういうわけにはいかないんだよ。いいからこれを食べろ・・・食べ終わるまでけっして離れないからな・・・死んではだめだ・・・ファラミア・・・お前の兄が悲しむ・・・・」

言い終わらないうちに彼は床に倒れ込んだ。もう何日僕のそばについて寝ていなかったのだろうか。彼の心は僕には痛いほど伝わってくる。

「少し休んでいいよ。僕は死んだりしないから・・・君が正直なのはわかっている。でも今の僕にはなんの未来も見えないんだ。ただ怖ろしい暗闇と荒野だけが見える。暗闇の中で目を閉じ、日が昇ると荒野を歩き続ける自分の姿が・・・それ以上は何も見えない・・・怖ろしい・・・僕はどこへ向かっているのか・・・・」





数ヶ月が過ぎた。僕の体の怪我はすっかりよくなった。でもその代わり毎晩悪夢にうなされるようになった。父上は、そしてボロミアは今何をしているのか・・・会いたい・・・今頃ボロミアは別の誰かの皮膚に触れ、眠りについているのだろうか・・・そんなのいやだ・・・会いたい・・・会いたい・・・イヤだ・・・やめて!・・・・お願いだから他の誰かを愛さないで・・・僕だけを見て・・・違うよ・・・僕がオークを呼び出したなんて・・・違う・・・僕が殺したんじゃない・・・僕はオークを殺すため戦わなくては・・・・戦うよ・・・だからわかって・・・

「ファラミア、おい、ファラミア・・・・しっかりしろ!」
「アムロス、ボロミアが怖い顔で言うんだ。お前のせいで大事な部下を大勢失った・・・愛していたのにお前のせいで・・・お前のせいで母上は気が狂い・・・・それなのに母上はお前だけを見て微笑んだ・・・」
「ファラミア、何を言っているんだ」
「ボロミアだって本当に僕を愛していたわけではない、心の奥底では憎んでいたはずだよ・・・僕が生まれる前は何もかもうまくいっていた・・・」
「ファラミア、落ち着け、それはすべて夢だ!お前は夢の中で自分を悪者にしているだけだ」
「夢ではない!僕にはみんなの心の声が聞こえる。何を望んでいるか、何もかもわかってしまう」
「そんなに夢を怖れるのなら、夢を見ないところまで行こう!」

アムロスは突然僕の手を掴んで強い口調で言った。

「ずっと前から考えていた。俺がお前を夢を見ない場所へ、悪夢に苦しめられない場所へ連れていってやる」
「夢を見ない場所って・・・・」
「必ずそこまで連れて行き、お前の呪縛を解いて自由にしてやる。ただ一つだけ約束してくれ。俺の手を離さないということを・・・お前が兄を愛していて、俺のことなどなんとも思っていないことはわかっている。その場所に着いた時、お前は全ての呪縛から解放され自由になる。自分の心が命じるままに、愛する者と生きればいい」
「君の言っていることはまったくわからない」
「今ここではわからない。いずれわかる時がくる。さあ、どうする、お前が決めろ。一緒にくるか、ここで一生悪夢に苦しめられるか」

僕はおそるおそる彼の手を握った。彼はその手に力を入れ、僕の体を起こした。

「急ごう、夜が明けないうちにできるだけ遠くまで・・・」
「こっそり行くつもりなの?」
「もちろんさ・・・もっとも俺の考えをわかってくれれば、誰も捜さないと思うけど・・・・」
「僕には君の考えはさっぱり・・・」
「わからなくていい・・・わかった時に別れがくる・・・ずっとこのまま手を繋いでいられたら・・・・いや、なんでもない、いくぞ!」

前もって考えていたのだろう。彼は手元に食料や武器を用意していた。洞窟の隠れ家を抜け出すと、外は月も星も見えない真っ暗闇であった。暗闇なのに少しもためらわずに足を進めることができた。アムロスは暗い森の中、巧に道を選んで走っていた。僕はその手を掴んだまま思考を停止させていた。何も考えず何も見ず、ただ彼の手に自分の全てを託していた。獣の声が聞こえる。森の匂いがする。獣以外のオークの足音は聞こえない。何ヶ月もの間洞窟の中で寝たきりのような状態で過ごしていた僕は、自分の感覚がはっきり蘇ってくるのを感じた。


                                                   −つづくー


後書き
 この話、前にも一度書いているのですが、かなり違って書いています。ずっと付け加えて前よりもどんどん長く書いていたのですが、このあたりは逆に最後の光景を際立たせるために逆に短くした方がいいのではないかと・・・話の脈絡はなくなってストーリーは前の部分と食い違うところがあるかと思いますが、気にせずに読み続けてください。
2006、9、22


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