(43)オークの森

ファラミア20歳(13歳) アムロス20歳(16歳)

「ファラミア、歩くのが辛いなら俺におぶさればいい」
「でも僕は・・・君に甘えるわけには・・・」
「甘えていい、お前はもう他に誰にも甘えられないのだから・・・・俺を兄だと思ってかまわない」

僕と同じヌメノールの血を持つアムロスは、僕と同じ20歳といっても、その体は完全に大人にはなりきっていない。でも僕は彼よりももっと小柄でやせ細っている。見た目では12,3の子供にしか見えないだろう。アムロスは楽々と僕を背負い、自分の荷物も肩にかけて同じ歩調で歩き出した。暗い中でも彼の目は同じように見えている。僕は目を閉じた。記憶の中にあるボロミアの背中は彼よりもずっと大きかった。小さな子供の頃、世界は怖ろしく広いものに感じ、ただ兄のそばにいる時だけ恐怖を感じなかった。兄に背負われて何度もミナステリスの街を歩き、周りの人に声をかけられた。僕を見る街の人のやさしい微笑みに、ボロミアもうれしそうに答えていた。それなのに二人で母上に会った時、ボロミアは僕に微笑む母上の顔を泣きそうな目で見ていた。その当時、僕はちっとも知らなかったが母上はすでに気が狂い、話すことも微笑むこともできなかった。兄は泣いていた、心の中で激しく・・・そして僕を恨めしそうな顔で見ていた。僕が生まれた後すぐに母上は気が狂ってしまったのだから・・・それなのに僕だけが母上の愛を・・・・違う、そうじゃない・・・ボロミアは僕のこと愛している!憎んでなどいるわけがない!

「ファラミア、心配しなくてもお前の兄はお前を恨んだりはしていない。ずっとお前を愛している・・・」
「どうして僕の心の中が・・・・」
「お前の心の中は俺には全部読めてしまう。特にこうやって体をぴったりくっつけていれば、お前の意識にない思考まで俺には感じる」
「だったらなぜ・・・・僕には君の心の中はちっとも読めない」
「少し黙っていろ・・・・二人だけで暮らして・・・少しずつ言葉も記憶も失くしていけば・・・・」
「アムロス!君はいったい何をしようと・・・・」
「森に生きる獣のように、言葉を失い、記憶をなくしてただ生きるために獲物を狩、木の実を集める。獣のようにただその日食べることを考え、明日のことも過去のことも考えないようにする」
「どうしてそんなこと・・・」
「おい、ファラミア、余計なことは気にせずにお前は見張りに集中しろ。大きな獣は近くにいるか?この森にはオークだってたくさんいる。油断していたらやられるぞ」
「森は静かだ。近くには大きな獣もオークもいない」
「そうか、ただ耳けに神経を集中させるんだ。他のことは一切考えるな。そこにたどりつく前にオークにやられちまったらどうしようもねえ。いいな」
「そこってどこ?」
「余計なことしゃべるなって言っただろう!」

僕は彼の背で目を閉じた。怖ろしいものの声は聞こえない。いつのまに寝てしまった。





イシリアンの東には広大な森が広がっている。今どの場所にいるのか、森に入ってどれくらいの日が過ぎたのか、全くわからなくなっている。アムロスの言うとおり、僕達は森で獲物を獲り、木の実を集めて火で焼いて食糧とし、夜になると洞窟の奥深くに入って眠った。アムロスも僕もしだいに言葉を交わさなくなった。ただ一緒に狩をし、星を眺めて肉を喰らい、体を寄せ合って眠りについた。彼は極力言葉を使わないようにしている。言葉は使わないと少しずつ忘れていき、過去の記憶も薄れていくように感じた。彼は寝る前に必ず僕の体をさすってくれた。自分の目では確かめられなくとも鞭や火傷の傷跡は薄くなり、痛みもほとんど消えた。彼の胸に抱かれて眠れば、怖い夢を見ることもなくなった。ただ彼はそれ以上のことを求めることは決してなかった。





「そろそろ野伏に戻ろうか?」

何日ぶりかにアムロスが口を開いた。

「よかった、みんなのところに戻って・・・」
「いや、戻らない・・・前の生活に戻って皆と一緒に暮らしたら、お前はまた悪夢に苦しめられる。言葉を使い、人間らしい生活をしている以上、言葉がお前の過去の記憶を呼び起こし、感情を揺さぶってしまう。言葉さえなくせれば、お前は昔を思い出し、悪夢に悩まされることもなくなる」
「アムロス・・・」
「俺も同じだ。自分の感情を失くせば、欲望に苦しめられることもない・・・ただお前と二人獣のように生きていければ・・・獲物を分かち合い、寒さから身を守るために体を寄せ合う獣のように・・・そうすれば誰も傷つけずに・・・」
「誰も傷つけずに生きていける・・・・言葉を失い、心を失えばお前はもう自分の力を怖れる必要はなくなる・・・」
「言葉を失い、心を失う・・・そんなことが本当に・・・・」
「できるさ・・・そして少しずつ力をつけ、東に向かいオークを倒していく。俺達に与えられた野伏の使命を果たしていくんだ。オークを倒して少しずつ世界の闇は薄くなり光溢れる世界が多くなる。俺達の周りから、少しずつ光が満ち溢れ、森に広がっていくんだよ。お前はまだ自分の本当の力を知らない。俺が導き、引き出していく。闇を操る力のあるものは必ず闇を倒せる、そうだろう」
「君は僕に闇を倒せと・・・・」
「ああそうだ。俺はその場所まで必ずお前を導いていく。例えこの体がどうなろうとも必ず・・・」

アムロスの目は強い光をたたえていた。それは人間の目の輝きではなかった。僕はその目をじっと見つめた。

「始めるぞ、俺から目を離すなよ!」

彼は僕に剣を渡した。激しい訓練が始まった。今の僕の腕前では、彼を剣で触れることすらできない。鞘で覆われた剣で何度も体を打たれて地面に倒された。





どれくらいの月日が流れたのだろうか?おそらく数ヶ月は過ぎていたはずだ。その間に僕達は何度かオークの群れに出会った。数の多い時は出逢わないようにあらかじめ逃げておき、敵の数が少ない時だけ、オークの前に飛び出した。アムロスの腕前は素晴らしく、数人のオークを一人で簡単に倒してしまう。だけどオークを殺した死体ほど見るもおぞましく、悪臭を放つものはない。僕達はそうした戦いの後はできるだけ遠くに離れるようにしていた。

「ファラミア!どうしてお前は自分の剣を使わない。今のお前ならオークの2,3体は簡単に・・・」
「僕にはできない・・・オークは昔はエルフだった」
「昔は美しいエルフでも、今はオークだ。この世界でもっとも怖ろしく醜いけだものだ。獣は食べる分の獲物しか獲らないが、オークはどうだ?闇に支配され、あるいは自らの意思でもっとも残酷なやり方で人間を殺し、仲間ですら殺す。俺は自分の村がオークに襲われ、家族が殺されるところを見てしまった。やつらはなんの抵抗もできない小さな子供ほど最後に残し、残酷なやり方で殺すんだ。あいつらがエルフだったなんて俺は絶対に信じない」
「でも、僕には声が聞こえる・・・彼らの苦しみが・・・」
「ファラミア・・・お前の感性は鋭すぎる。だけどそれを打ち破らない限り・・・・」
「わかっている、わかっているけどどうしようもない」
「しょうがないな、まあ、お前がやられない様に訓練だけは続けないと・・・」

彼の目が再び鋭い光を放った。






数日後、再びオークの群れが近くを通りかかった。

「ファラミア、相手は何体だ?」
「10人ぐらいいる。逃げた方が・・・」
「10体か、1人5体倒せばいいんだな」
「でも僕はまだ・・・・」
「お前がだめなら、俺が1人で10体倒す。後を追いかけよう」
「無理だよ、そんなにたくさんの敵・・・」
「無理じゃない、いくぞ・・・・」

薄暗くなった夕暮れ時、僕達はオークの群れを追った。彼らもまた生き物として獣を捕え、その体を乱暴に引きちぎっては生のままむさぼり喰っている。肉をめぐって争いが起き、殺されるオークがいればたちまち彼らは共食いを始めてしまった。

「ひでえ光景だな。だがこれで7体まで数が減った。ちょうどいい、あれぐらいならお前1人でも倒せるだろう」
「無理だよ、君1人では危ない。逃げた方がいい」
「ファラミア!いつまでも逃げてばかりいるな。こうしなければお前は剣を手に取ることもできないのか!怖れずに自分の持てる力を使え。怖れるな!」

アムロスは僕に向かって自分の剣を放り投げ、そのままくるりと後ろを向いた。それを受け取って僕は驚いた。彼は他に何一つ武器を持ってはいない。そのまま彼はオークの群れに向かって走っていった。

「待って、アムロス!君は何をしようと・・・・」

考えている余裕はなかった。僕は彼の剣を手にして、慌ててその後を追った。



                                              −つづくー




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