ファラミア20歳(13歳) アムロス20歳(16歳)
彼はためらうことなく真っ直ぐオークの群れに向かって走っていった。剣を僕に渡し、何一つ武器は持ってない。オーク達はアムロスの姿に気付き、一斉に鋭い剣を振り上げた。彼はオークのいるちょうど真正面でピタリと止まった。目を閉じ、顔を上に向けて何か言葉をつぶやいている。
「危ない!」
僕は剣を握りしめて走った。跳んだという方が正しいかもしれない。地面に足がついたという記憶がない。
「ぐえええー」
異様な叫び声が聞こえた。目の前にいたオークの黒い手首から先が切れ、黒い血があふれ出る。僕の剣の先も同じ血がついている。後ろにもオークを感じる。振り向いた時、首と胴体の離れたオークの死体が転がっていた。むっとするような血の匂い、だが僕は冷静に次のオークに向かっていく。どうしたのだろうか、彼らは僕に攻撃をしかけてこない。ゆっくりとした動きで殺されるのを待っているかのようにしている。
「ぎゃああー」
また異様な悲鳴が聞こえる。
「ファラミア、ためらうな。時間をかければ俺が殺される」
アムロスの声がした。彼の顔や体はところどころ切られ、血が滲んでいる。それでも彼は自分の身を守る必要最低限にしか体を動かさない。
「やめてー!こんなの違う!・・・・僕には君が必要だ!」
体の中に熱い塊を感じた。オークの呻き声が聞こえる。僕は夢中で剣を動かした。次々とオーク達は倒れていく。黒い血、異様な匂い、かって最も美しい種族であったエルフが、何故これほど醜く残酷な生き物に変わってしまったのか。答えはない。ただオーク達は人間を襲い殺していく。
「殺せー!早く殺せー!」
最後に残ったオークが血まみれの体で叫んだ。
「殺さないで救うことはできないのか?元のエルフの姿にはもう・・・・」
「お前は呪われている。呪われた力に支配され、愛する者を次々と手にかけ・・・・」
「殺したくはない。どうしたら助けられる」
僕は剣を置き、血まみれで倒れているオークの側にひざまずいた。黒い体を抱きかかえると断末魔の呻き声がスースーという呼吸とともに聞こえる。僕のそばで素早く動く手があった。
「ぐええー!」
アムロスがオークの喉に剣を突き刺した。オークはすぐ息絶えた。
「ファラミア、何をしている!」
「どうして君は・・・もしかしたら元のエルフに戻れたかもしれないのに・・・・」
「オークになど同情するな。見ろ、一度オークになった者は死んでもオークのままだ。元の姿に戻ることなど決してない。余計なことを考えればお前が殺される」
「一度オークになれば二度と元の姿に戻れない」
「それが運命だ。お前も過酷な宿命を背負っている。愛する者を次々と殺し、孤独の中で獣のように生きなければならない」
「アムロス、君はどうして剣も持たずにオークにむかって・・・」
「今がそのチャンスだと思った。お前の力を目覚めさせるためには犠牲が必要だ。だが、まだその時ではない。もう少しお前のそばについていてやれる」
「君は酷い怪我をしている。どうして剣も持たずにオークの群れに・・・・」
「そうでもしなければ、お前はオークと戦うことが永遠にできない。自分の宿命と向き合うことができず、悪夢を見続ける。早く楽にしてやりたかった」
「悪夢・・・・」
「オークに変えられたエルフも、悪夢を見続ける。早く楽にしてやれ。それが唯一救う方法だ。お前の力で・・・」
「僕には君の言うことがよくわからない」
「わからなくてもいい。そのために俺はまだ生きている。すべてが明らかになった時、俺はおそらく生きていないだろう。もういい、早くこのいやな場所から離れて傷の手当てをしてくれ。こんなところに長くはいられない」
「わかった」
僕はアムロスの体を支えるようにしてゆっくり歩きその場を離れた。1度だけ振り返ればおぞましいオークの死体が森に転がっている。僕は首を振り、真っ直ぐ前だけを見て歩いた。
始めに中つ国に生まれ、この森を歩いたのはエルフ達だった。その頃、彼らは美しさと気高さに包まれ、なんの悲しみも苦しさも知らないでいた。僕の耳に心地よいエルフの歌声が聞こえる。美しいエルフが森を歩けばあたりは光に包まれ、花々が咲き乱れて鳥が歌う。吹き渡る風の匂い、せせらぎの音、この森は昔こんなにも明るかったのか。それなのに誰かがすすり泣く声がする。
「アムロス、ここは」
「まったくお前は歩いている途中ですっと意識を失うように寝てしまった。怪我人の俺がお前を抱えてこの洞窟まで来たのさ」
洞窟の中はちょうど朝日が差し込んでいた。血で汚れていたはずの彼の顔はきれいになり、目に涙が浮かんでいた。
「君はずっと泣いていたの?」
「傷が痛くて一晩中呻いていた。もう二度とあんな馬鹿なことはやらないぞ。お前がしっかり戦えるとわかったから、次からは2人でオークを倒す。いいな」
「呻き声ではなかった。なんかもっと違う泣き声が・・・・」
「こっちは痛くて大変なんだ。もう一度顔を洗ってくる」
アムロスは立ち上がり、洞窟の入り口の方へと歩いてそこで止まった。朝の光がまぶしくて、彼の姿がよく見えない。
「あんなに穏やかな顔をして眠るお前の顔は初めて見た。いい夢を見ていたんだな。これからずっと穏やかに眠るお前の顔を見て暮らすことができたらどんなに幸せか。他に必要なものなど何もない。森で獣のように食べ物を見つけ、オークが出たら戦い、そしてまた獣のようにねぐらに帰って休む。ただそれだけでいい・・・・」
彼の背中は小刻みに震えていた。夢で聞いたのと同じすすり泣きが聞こえる。僕は立ち上がり、彼の背中に抱きついて腕をまわした。
「やめろ、ファラミア、抱きつかれたら傷口が傷む」
「こうして抱き合い、互いの温もりを感じていれば痛みや苦しみを忘れられると教えてくれたのは君だった」
「昔はそうだった。でも今は違う。抱き合えば俺の欲望が目覚め、お前の感情を掻き乱して狂わせてしまう」
「僕達はもう荒野に生きる獣に近くなっている。感情をなくし、言葉を失っている。ただ感覚だけが鋭くなり、今、君を感じたい」
「ファラミア、本当にいいのか。お前が心の底から愛せるのは兄だけではないのか」
「今の僕に必要なのは君しかいない」
僕は前に回りこんで光に照らされた彼の顔を見上げた。いくつかの傷と涙の痕が見えた。背伸びして頬についた傷口に手を触れれば、涙で湿っているのがわかった。
「君を愛している、誰よりも・・・・」
アムロスは目を閉じ、背を少しかがめた。一筋の涙が流れた。
「言葉を使うな、ファラミア。言葉はお前の感情を掻き立て、精神を狂わせてしまう。言葉や感情を失っても、互いの思いを伝える方法は別にある」
彼は僕の顔を押さえ、口を近づけてきた。僕も目を閉じた。互いの唇の感触だけが体中に広がる。何度も角度を変え、彼は舌を絡めて僕を求めてきた。僕もまた夢中になってそれに応じた。
−つづくー
後書き
指輪の話を書くのは久しぶりです。もう一度ホームページを始めた頃の気持ちを思い出したいと思って、この話の続きを書き出しました。絶望や残酷さの中でも相手を思いやり、隠れた力を引き出していくような愛を書きたいと願っているのですが、語彙が足りなくなかなか満足できるものは書けません。それでも少しずついろいろな話を書いてサイトを続けていきたいです。
2007、9、6
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(44)闇を照らす光(*)