(48)生と死の境(***)
注意 この話はかなり残酷な表現も含まれています。
ボロミア25歳 ファラミア20歳(13歳) デネソール73歳(49歳) クローディル48歳(37歳)
アムロス20歳(16歳) マルディル25歳(20歳) ダムロド95歳(64歳) マブルング65歳(52歳)
俺はイシリアンへと馬を走らせた。執政家の跡継ぎが従者を連れずに危険なイシリアンへ行くなどとんでもないことと言われたが、俺は強引に1人で行くことを主張した。少しでも早くそこへ行かなければファラミアは死んでしまう、他の者を連れて行く余裕はない。ちょうど古い城にたてこもった反乱軍への攻撃を開始する時だったが、そちらの方の指揮は副官のクローディルにすべて任せた。もし何かあれば彼が処刑されかねない危険な選択であるが、それ以上にファラミアのことが気がかりだった。
イシリアンに入った俺は、すぐにその地の野伏の中心となっている年老いたダムロドと副官のマブルングに出迎えられた。ヌメノールの血を持つ彼らは実際の年齢よりはるかに若く、また未来を予知する力もあるので、俺が行くこともわかっていたのだろう。もう1人、まだ若いマルディルという者も一緒に来ていた。
「ボロミア殿、本来ならきちんとし隠れ家にお連れして丁重にもてなさなければいけないところなのだが、その時間も惜しんでいると思ってここまで迎えにきた」
ダムロドが話しかけてきて、俺も馬から下りた。ここはいつオークや敵が現れるかわからないイシリアン、彼らは話をしている時も油断泣くあたりを見回し、腰につけた短剣に手をかけている。
「なんのために来たか、言わなくともわかるか」
「反乱軍を抑える任務を放棄してまでここへ来た。ファラミアのことか?」
「ああ、そうだ。ファラミアはどこにいる?弟が死にかけている夢を見た。ただの夢ならいいのだが妙な胸騒ぎがする。今すぐ会って無事を確かめたい」
「ファラミアがどこにいるか、わしらにもわからない」
「どういうことだ!執政家の子だぞ。お前達を信用してここへ置いたのにどこにいるかわからないとは何事だ!」
「何が執政家の子だ!あんた達はファラミアに何をした。謀反を起こした者がいたからといって、酷い拷問にかけた。あの体であれだけの傷を受け、普通ならとっくに死んでいるところだ。そして彼は自ら死を選び、毒まで飲んだ。それでも助かったのは強いヌメノールの血を持っていたからこそ。どれほど傷ついてここへ来たかあんた達にはわかりっこない」
「おい、マルディル、そう興奮して話したら伝わることも伝わらない」
ダムロドがたしなめた。
「ボロミア殿、わしの口からファラミアが今どこでどうしているか詳しく話そう。血の繋がった実の兄弟、さぞかし辛いだろうがこの年寄りの話を最後までじっくり聞いてくれ。ファラミア、あの子には誰よりも濃くヌメノールの血が流れていた」
「そんなことは俺にもよくわかっている。早くどこにいるか教えてくれ」
「ヌメノールの血を持つ者は、人の心を読み、未来を知ることができる。普通の人間には真似できないほどの力を発揮することもある。だが、それだけではない。濃い血を持つ者ほど一度その心に憎しみが生まれ、自分の力を制御できなくなれば、その力で人を惑わし悪と結びついてオークすら呼び出してしまう」
「ファラミアがそんなことをするものか。弟は誰よりもやさしく・・・」
「ああ、あれほど純粋で美しい心を持った子は他にはいない。だが、それでも悪はさまざまな形であの子の心に入り込む。デネソール殿に疎まれボロミア殿、そなただけが愛されていること、実の兄であるそなたへの思い、様々な思考があの子の心を狂わせ、恐ろしい力を引き出してしまう。ボロミア殿の暗殺計画、ファラミア自身はそんなこと夢にも考えていない。だが、あの子の心は自分が気付かないうちにそれを他の者に命じ、支配して動かしてしまう。自分では何も気付いていない。自分の意志とは関係なくオークすら呼び出してしまうのだ」
「ファラミア、なぜ弟はそんな呪われた血を持って生まれた・・・」
「なぜかはわからぬ。だが、どうすればよいかは考えた。わしらは最初ファラミアはミナスティリスを離れ、イシリアンにいれば大丈夫だと考えた。だが、そうではない。ここにいても仲間との関係、嫉妬やしがらみから完全に自由になることはできない」
「それなら弟はどうすれば・・・」
「だからアムロスはファラミアを連れ、イシリアンを離れてモルドールへと向かった。危険なかけだ。人の心を捨て、悪の根源を滅ぼすことができればファラミアは救われる。もし途中で殺されてもファラミアの力はその場所で閉じ込められ、二度と罪を犯すことはない」
「死に場所を探しに行ったのか」
「そうかもしれぬ。アムロスは本当にファラミアを愛していた。愛する者が呪われた血を持ち、自分の意志とは関係なく周りの者、そして世界までも滅ぼす存在だと知ったらどうする?」
「俺ならば・・・どれほど愛していてもそれが世界を滅ぼす者ならば・・・自分の手で殺すかもしれない・・・」
「アムロスも同じことを考えた。ファラミアが死ねる場所を探してモルドールへ向かった。少しでもオークの数を減らし、世界の悪を少なくしようと考えてな・・・それだけではない・・・アムロスは先に自分が死ぬことを選んだ」
「先に自分が死ぬ、何のために?」
「あの子にはすべてがわかっていた。死は終わりではない。肉体が滅びても魂となってそばに寄り添うことができる。肉体を持たぬ者に憎しみの感情は生まれない。全てを捨て、ファラミアを安心して死ねる場所まで導こうとした」
「・・・・・・・」
「アムロスはもうこの世には生きてない。ファラミアもまた生と死の境にいる。わしの目には見えるのだ。ファラミアは傷つき、生死の間をさ迷って苦しんでいる。そのすぐそばに魂となったアムロスが寄り添っている。あの子には人の痛みがわかる。魂だけとなっても苦しむファラミアの傷にそっと手を触れ、痛みを和らげようとしているのだ。後少しですべてが終わる」
「・・・・・」
「ファラミアはきっと兄であるそなたに別れを告げたかったのだろう。だから夢でここまで呼んだ。何も知らなかった方がよかったかもしれない。だが、今のわしらにできることはここで祈るだけだ。ボロミア殿、わしらの隠れ家に案内しよう。そこで一緒に・・・」
「その必要はない。俺はファラミアを探しに来た。死んで行くのをただ待つなんて俺にはできない。モルドールへ向かったのだな」
「ああ、そうだがこのイシリアンの森だけでも広大だ。見つけられるわけがない」
「姿が見えるなら教えてくれ、ファラミアはどこにいる?俺にはヌメノールの血なんて少しも流れてないから人の心も読めないし、遠くのものが見えたりはしない」
「どこにいるかはわからない」
「不便な力だ。それならば俺1人で探しに行く。ファラミアは俺に呼びかけた。今どこにいるかも教えてくれるはずだ」
俺は馬に飛び乗った。
「待て、ボロミア、まだ話は終わってないぞ」
俺の馬に手をかけて引きとめようとしたのは若いマルディルだった。俺はその手を振り払った。
「その手を離せ!お前達は呪われた血を持つファラミアが死んでほっとするんだろう。だが、俺は違う。たった1人の弟を見殺しにはできない」
「呼び戻しても苦しめるだけだ。それとも自分の手で殺したいのか!」
「もしファラミアが死んでいたら俺もすぐ後を追う、決して1人では死なせない」
「待て、落ち着け、ボロミア!」
何かまだ怒鳴り声が聞こえたが俺は馬を全速力で走らせた。草原とちがって森は馬を走らせにくいがそれでもたくみに操った。イシリアンの森の地形はよくわかっている。
月あかりをたよりに夜も馬を走らせ3日が過ぎた。イシリアンの森は抜け、まばらな木しか見えなくなっていた。昔戦いで火でも放ったのか太い木はみな焼かれた跡がある。そしてモルドールの山も目の前にはっきり見える。
「この先は隠れる場所がない。モルドールの目にいつ見つかるかわからない。馬を下り体を小さくして進め」
「誰だ!お前は・・・」
俺は剣に手をかけた。馬に乗った男が俺の前に出て、顔を覆っていた布をはずした。
「マルディル、ずっと後をつけていたのか?」
「そんな面倒なことはしない。どこに行くかわかっていたから先回りして待っていた。この先1人で行かせるわけにはいかないから」
「追いかけるなとは言わなかったが・・・・」
「ゴンドール執政の跡継ぎをイシリアンで死なせるわけにはいかない。俺達は何千年もモルドールの恐怖に耐えてこの土地で生きていた。お前がどうしてもファラミアを探したいというなら協力しよう」
「それは助かる。ファラミアはもっと遠くにいるのか」
「おそらくな。なるべく木の影を伝って静かに進んだ方がいい」
「面倒なことを、敵の姿は見えないのに・・・」
「あの山につけられた目でいつも見ている。油断するな」
馬を森の木につなぎ、俺とマルディルはゆっくり進んだ。やがて朝日が昇ったが、モルドールに近いためか昼間でもどんよりと暗い。
「ああ、叫び声が聞こえる、煙と肉の焦げる臭いも・・・」
前を歩いていたマルディルが突然倒れ、苦しそうな呻き声をあげた。
「どうした、気分でも悪いのか?」
「少し休ませてくれ・・・ものすごい叫び声、火あぶり、今処刑が始まっている」
「ああ、そうか、反乱がおさまったのか。どっちの方角だ、ミナスティリスか」
「そうだ、ミナスティリスだ。やめてくれ、いくらなんでも生きたまま火で焼き殺すとは・・・すぐに殺してあの男を楽にしてやれ」
「俺に何ができる。イシリアンのはずれでミナスティリスから遠く離れている。俺には何も聞こえない。そんな遠くの声まで聞こえるなんて、ヌメノールの血を持つのも大変なことだ」
「どんな罪を犯した男か知らないが、火あぶりは人間のする刑罰ではない」
「いや、ゴンドールでは昔からよく行われている。見せしめのためには残酷な刑ほど効果がある。反乱軍の首謀者が捕まったのだろう。何の関係もない女と子供を大勢連れ去って無理な要求を出し、それが通らなければ人質を次々と殺した。火あぶりでもまだ足りないほどの罪を犯した男だ」
「それでも生きた人間を焼き殺すなど・・・ああ、お前にはこの叫び声が聞こえないから平気でいられるのだ」
「今の俺はたとえ目の前で見ていようと、それが犯した罪にそうとうするものなら平然と見ていられる。初めて戦場に行った時、捕えた捕虜の中から一番若い男を選んでみなの前で火あぶりにしたことがあった。初陣の俺よりももっと若く、子供のような顔をしていた。身悶えして苦しみ死ぬ姿を目の前で見せ、その恐怖と拷問で必要なことをすべて聞き出した後一人残らず殺した。その当時の俺は単純に英雄に憧れていて戦いでそんなことがあるなど全く知らずにいた。あまりにも恐ろしい光景に足は震え、夜全く眠れなくなった。だけどそこはよく考えたあった。俺が眠れなくなることを察した副官の男が、夜俺の天幕に来て裸になった」
「・・・・・」
「それまで女の経験は全くなく、男も初めてだった。自分より若い男が生きたまま焼き殺された情景を思い出し、二十以上年の離れた百戦錬磨の男を俺の方が身分が上という理由で犯した。それがどれほどの興奮と快楽をもたらすものかお前には決してわからないだろう。最初にその味を知ってしまったのだ。おかげで俺は敵や罪を犯した者にはどんな残酷なことでも平気でできる人間になった」
「そうか」
「だが、お前がそれで苦しいのなら、早く楽になってくれればいい。まだ、声は聞こえるのか」
「ああ、叫び声は大きくなるばかりだ。普通の人間ならもう息絶える頃、よほど生命力の強い、ヌメノールの血を持つ男なのかもしれない」
「ヌメノールの血がすべての禍をもたらすならば、そんなものはすべて滅んでしまえばいい。ああ、あの時の光景を思い出した。お前は捕虜になったわけではない。自らの意思で大きな罪を犯したのだからもっともっと苦しんで死んでいくがいい。地の果て、モルドールへまで届く叫び声を出し、罪を犯した者がどのような死に方をするか多くの者に知らせるがよい。もっと苦しんでここまで聞こえるほどの悲鳴を聞かせろ・・・」
「ボロミア・・・・」
「自らの意志で罪を犯した者だ、苦しむのが当然・・・・ファラミアは何一つ自分の意志では罪を犯さないのに呪われた血と運命で苦しんできた。そんなことがあっていいのか。さあ、もっと大きな声で泣き叫ぶがよい。自分の罪をこの地まで伝えるのだ」
「・・・・・」
「何か声が聞こえる。本当に俺の耳まで聞こえるほどの絶叫なのか。こんな遠くまで・・・」
「いや、違う。2人の人間の声だ。焼き殺される人間の断末魔の叫びとそれに合わせての小さな声、こっちは近くだ。あの声が聞こえるのはファラミア、ファラミアがこの近くにいる」
「本当か、ファラミアの声か」
「頼む、もう少し声を出していてくれ。声が途絶えればどこにいるかわからなくなってしまう」
「俺にも聞こえる、急ごう」
俺達は声の聞こえる方角に向かって身を隠しながら進んだ。やがて大きな洞窟の前に出た。入り口は草に覆われて目立たず、声が聞こえなければここにこのようなものがあることなど到底気付かず見逃していただろう。
「この奥からだ」
「間違いない、俺にも聞こえる」
「叫び声はもう聞こえない。あの男はようやく楽になったようだ」
「大きな罪を犯した者がこんなことで役に立ってくれようとは・・・ファラミアは生きている、中へ入ろう」
俺達ははっきりと聞こえる小さな声に導かれ、暗い洞窟の中を進んだ。途中から日の光は全く届かなくなり、松明に火をつけた。
−つづくー
後書き
生と死、光と影、天と地、正気と狂気、正義と残酷さなどの境目はどこにあるのか、考えていたらどんどん暗い方へ話が進んでいきました。次の1話でこの問いの答えを出そうと思っています。
2008、3、11
目次へ戻る