(49)火刑(***)

注意 この話にはかなり残酷な表現も含まれています。

ボロミア25歳 ファラミア20歳(13歳) デネソール73歳(49歳) クローディル48歳(37歳)
アムロス20歳(16歳) マルディル25歳(20歳) ダムロド95歳(64歳) マブルング65歳(52歳)

俺は松明の火をたよりに洞窟の奥へと進んだ。むっとするようないやな臭いがする。血と死んだ人間から出る臭い、口と鼻を片手で押さえて前に進んだ。

「ひどいな。大丈夫か?」
「ああ、この奥から声がする。間違いなくファラミアだ」

さらに先へ進んだ。もう外の光はまったく届かない暗闇である。上の方に生き物の気配を感じる。体を休めているコウモリか、それともオークが潜んでいるのか。

「フフフ、死は怖いものではなかった。僕は君と一緒にただ光の中を歩いていけばいい。生きることは怖ろしい。人は憎み合い、互いに剣で刺し、生きた人間を炎の中に放り込む。怖ろしい叫び声がしたけどもう大丈夫、君は僕の手を離さずにいてくれるよね」

うずくまる人影が見えた。横たわる1人の上にもう1人が覆いかぶさり、小声で囁いている。

「ファラミア、ファラミアだろう。迎えに来た、さあ、帰ろう」

駆け寄ろうとする俺の手をマルディルが押さえた。

「何をする!ひどい怪我をしている。早く連れ帰って手当てをしなければ・・・」
「もう無理だ。彼の体も意識も死の国に足を踏み入れている。助かりはしない」
「そんなことわからないだろう!この手を離せ!さもなくばお前を殺してでもファラミアを連れ帰る」
「俺の命など惜しくはない、殺したければ殺せ。だけどわからないのか?ファラミアは死のうとしている。連れ帰ってまたあの地獄を味合わせるのか。アムロスと一緒に行こうと自ら刺した。まだこうして生きているのが不思議なくらいだ。体から血はすっかり流れ、正気を失っている。このまま行かせてやれ、頼む」
「体中の血が流れ・・・・これがヌメノールの呪われた血か」

俺は松明を下に立てかけ、胸からドロリとした血を流しているファラミアの体を抱いた。

「ファラミア、わかるか?俺だ、ボロミアだ。呪われたヌメノールの血、こんなものがお前を苦しめ続けた。でももう大丈夫、悪い血はここで流され、浄化される。彼がお前を救ってくれた。俺と一緒にミナス・ティリスに戻ろう」
「アムロス、今になって君がどれだけ僕を愛してくれたかよくわかるよ。こうして抱きしめ、僕に死の恐怖を忘れさせようとしてくれる。もう僕の体に血は残っていない。すぐに君のところへ行ける」

ファラミアは目を閉じた。体の力は抜け、手足は伸びてダラリとしている。

「その松明を持って外へ出ろ。すぐにファラミアの手当てをしないと・・・頼む、助けてくれ。たった1人の血を分けた弟、俺にはこうするしかないんだ」

マルディルは黙って頷き、松明で足元を照らしてくれた。俺はファラミアを抱きかかえ、洞窟の外に出た。モルドールの近くだというのに、外は明るい日の光があった。





「これもヌメノールの血のなせるわざなのか。ファラミアの体の血は半分以上流れ出ていた。手元が狂って急所は刺さなかったようだが、普通ならとうに死んでいただろう」

イシリアンの隠れ家に戻り、そこの大将であり長老のダムロドにファラミアを見せた。洞窟で意識を失ってから一度も取り戻してはなく、死んだように横たわっている。

「新しい血が必要だ。混ざり合っても固まらない血がたくさん必要になる」
「俺の血はどうだ?使えるなら俺の血をファラミアに・・・」

俺は自分の左手を前に出した。火で炙った短剣で手首を軽く傷つけ血を流して器に入れた。そこにファラミアの血を混ぜ、じっと様子を見る。

「固まらない!使えるのか俺の血が・・・」
「ああ、だが手首を傷つければ当分の間この手で盾を持つことができなくなる。ボロミア殿が不自由になる。それにファラミアは助かっても意識を取り戻すかどうか・・・・」
「かまわない。お願いだから命を助けてくれ。もっと大きな傷をつければいいのだな」
「待ちなされ。自分でやっては深く傷つけすぎる。マルディル、代わりにやりなさい」
「遠慮せずに切っていいからな。ファラミアを助けるためだ。俺はどんなことでもする」

手首に鋭い痛みが走った。俺の体の損傷を少なくするために慎重に傷をつけているのだろうが、少しずつ短剣を肉の奥に入れ、血を絞り出す痛みに俺は目を瞑り、脂汗を流した。

「辛いか、少し休んで薬で痛みを止めた方がいいか」
「その必要はない。俺は戦場でもっと酷い怪我をしたこともある。手当ての時に貴重な痛み止めなど使ったりはしない。もっとひどい怪我で苦しんでいる者にだけ使った」
「我慢強いな。これくらい血を採ればいいか。後はファラミアの体内へ入れて様子を見よう」
「このような手当て、俺達は今までやったことがなかった」
「イシリアンでも同じだ。これだけ血を失えば、普通はとっくに死んでいる。こんなことは滅多にしない。逆に助からないと思ったら苦しまないよう殺してしまうことの方が多い」

血を抜かれたためだろうか。俺の体はひどくだるく、腰掛けているのも辛くなった。

「横になって休んだ方がいい。ファラミアのことは俺達の大将に任せろ。ミナス・ティリスの医師よりも腕がいいくらいだ」





数日イシリアンで暮らす間に、ファラミアの体は回復して顔色もよくなった。だが、まだ意識はなくしたままである。時折目覚めてわけのわからないことを言うが、すぐに倒れて寝てしまう。寝ている時に少しずつ水や食べ物をすりつぶして与え、汚した衣服を取替えた。その間にイシリアンにいる別の者が死んだアムロスの体を運んできて葬儀を行ったのだが、すぐ近くでその様子を見せても何の反応も示さなかった。ファラミアは1日の大半の時間眠り続け、目覚めて何か言っても俺達にその意味は通じず、また俺達の話しかける言葉もまったくわからないようだった。時には発作を起こして苦しそうに暴れ、そんな時は体を押さえて無理に薬を飲ませ、眠らせた。俺はミナス・ティリスのこと、そして反乱軍がどうなったかが気になりだした。よくファラミアの世話をしてくれるマブルングが俺の心を読み取り、話しかけてきた。

「ボロミア殿、一度ミナス・ティリスに戻られた方がいいのではないか。ファラミアの世話ならここの者がやっておく」
「俺もそれを考えていた。でも、できればファラミアも連れて帰りたい」
「それは危険だ!お前、何度経験したらそれがわかる?ファラミアのこんな姿を見てお前の父、執政は何をする?元気でいた時ですらあれだけのことをした。意識がないものを目覚めさせようとまた拷問にかけるのか!それとも狂った頭を正常に戻すよう特別な治療でもするのか!なんの抵抗もできなくなったファラミアをどこまで苦しめれば気が済む!お前1人がさっさと帰ればいい」

マルディルが怖ろしい顔つきで俺に掴みかかってきた。

「待ってくれ、俺を信じてくれ。ファラミアのことは父上には決して話さない。隠してミナス・ティリスで治療を受けさせる。俺だって今までのことはみな覚えている」
「マルディル、お前が口出すことではない。ファラミアのことはボロミア殿に任せ・・・」
「任せられるか!そのためにアムロスは死んだ。ここでは死んだ者のことなんかすぐに忘れられてしまうけど、俺は絶対に忘れない。あいつがどれだけの思いでファラミアを見ていたか。傷つけるようなことがあったら俺が許さないからな!」

マルディルは外へと飛び出した。

「気にしなくていい。彼はアムロスを愛していた。若い者はすぐ愛で混乱し、自分を見失ってしまう。愛する者の死をいまだ受け入れられずにいるのだろう。同じ年でもボロミア殿ははるかに冷静だ。愛で自分を見失ったりはしない」
「俺は執政の跡継ぎだ。ゴンドールを守ること、何よりもそれを第一に考えている」





イシリアンの者数名に付き添われ、俺はファラミアを抱きかかえて馬に乗り、ミナス・ティリスに戻った。あらかじめ門番に話をつけ、父上に見つからないよう夜こっそりと城門を開いてもらった。ファラミアを信用できる医者に任せ、俺はまずクローディルの住む家へと向かった。彼はゴンドール軍副隊長という身分や今までの手柄に似つかわしくない質素な家に住んでいる。だが俺にとって不思議と心落ち着く場所でもあった。彼が長い間父と情を交わしていたことは知っている。それでも父に会う前に彼に会い、反乱軍との戦いの様子を知り、何よりもファラミアのことを話したかった。彼の前でなら俺は涙を流せる。ファラミアは見つかったが、死の世界に足を踏み入れたために正気を失い、言葉を交わすこともできない。どうすればよいのかなどわからない。だがあの男はそんな俺を抱きしめ、どうしようもない思いを体で受け止めてくれるだろう。

「クローディル、いるか。俺だ、ボロミアだ。父上に会う前にお前と話がしたい」

返事はない。ここにいなければ父と会っているのか。もう夜も遅い。情事にふけっている父にわざわざ会うこともない。明日の朝にしよう。そう思いながらも俺の足は自然と執務室の方へ向かっていた。明りがついている、父はまだ仕事をしているのか」

「夜遅くに申し訳ありません。ボロミアです。父上にどうしても話したいことがあって来ました」
「わしもお前に話したいことがある。そろそろ来る頃だと思っていた。入れ」

部屋の中に入り、父と向き合うように椅子に座った。誰もいない執務室で、父と二人だけで話すのは緊張する。

「イシリアンに行っていたようだな。なぜお前は総攻撃という大事な時に戦列を離れた?」
「申し訳ございません。まさか反乱軍の方が勝つなどということは・・・・」
「そのようなことはない。だが、裏切り者が出て首謀者を数人こっそり逃がした。逃がすために当初の作戦と違った命令を出し、軍隊を混乱させた」
「誰ですか、その裏切り者は?」
「軍を動かせるほどの力を持つ者は他にはいない。あの男、やはりわしを恨んで反乱軍に手を貸したのか。拷問にかけ、全てを白状させた」
「クローディル・・・ですか?」

俺の頭の中でひび割れる音がし、何かが崩れた。

「そんな、クローディルに関してそのようなこと、どこにいるのですか?俺が真相を聞きだします」
「もう生きていない。火あぶりとなった。ゴンドールでもっとも重い罪を犯した者は火あぶりとなる、お前も知っているだろう」
「火あぶり・・・」
「わしは変だと思って処刑はお前が戻るまで待つつもりだった。だが、あの男は裁判で大勢の群集の前で自分がみなを騙し裏切ったことを告白した。怒り狂った群集は暴動を起こしそうになり、やむを得ず見せしめのため火あぶりにした。あの男、最後に妙なことを口走っていた。イシリアンがよく見える場所で殺して欲しいと、最後に改心をし、お前に償いがしたかったのだろう」
「償い・・・本当に彼は罪を犯したのですか」
「それがよくわからない。処刑した後で、彼に命じられたという部下が首謀者達の首を持って戻ってきた。日にちをずらして戻れと命じられていたそうだ」
「つまり、彼は裏切ってなどいなかった。反乱軍をすべて制圧しながら何人かの部下をわざと残し、しばらくたってから首を持って戻れと命じていた」
「そういうことだな・・・」
「どうしてそんな!せめて俺が戻るまで待ってくれれば・・・・それも裏切り者として火あぶりになど、なぜわざわざ・・・」
「そうしたかったからだろう。あの男はもう半分狂っていた。指揮官としては優秀だったかもしれない。だが、わしの前に跪けばどんな責め苦も喜んで受け入れた。拷問まがいの鞭や焼き鏝で何度も気絶しながら、あの男は涎を垂らして笑っていた。そう仕込まれてしまったからな。初めての経験で、そのころはわしも執政ではなく跡継ぎに過ぎないが、圧倒的な身分差があれば何をされても喜んで受け入れるしかない。あの男の心は狂い、ついにはもっとも残酷な方法で殺されることを夢見るようになった。あの日は風が強かった。体中炎に包まれ、怖ろしい叫び声をあげながらあの男は長い間生きていた。ヌメノールの血を持つ者はそう簡単には死なない。わしの耳にはまだその絶叫が残っている」
「父上、ゴンドールでこの数日の間、他に火刑になった者はいますか」
「反乱の首謀者は皆死んでしまった。あのような刑は滅多に行うものではない」

ヌメノールの血、ファラミアを見つけたあの日、マルディルは火あぶりになった男の声を聞いたと言った。それに答えるかのようにファラミアの声も聞こえた。まさか・・・

「父上、クローディルは狂ってなどいません。彼もまたヌメノールの血を持つ者、その力で倒れ、死にかけているファラミアの姿を見たのでしょう。心の中でどれほど呼びかけてもファラミアには聞こえない。そして彼は綿密に計算し、ちょうど俺が近くを通りかかる日にもう一度呼びかけた、それは心の中などという方法ではない。もっと確実にファラミアの耳に届く絶叫で・・・わざわざ自分を裏切り者に見せかけて火あぶりになったのです。ファラミアを呼び戻すために・・・」
「まさか、そんなことあるわけがない・・・・あの男は狂っていた、ただそれだけのことだ」

父は黙り、俺も口をつぐんだ。あの日、マルディルが聞き、ファラミアが答えた絶叫は俺の耳には聞こえなかった。俺にヌメノールの血はなく、人の心は読めない。だが炎に包まれた断末魔の苦痛の中、彼が何をしようとしたかははっきりわかった。俺にはファラミアが必要だ。だから呼び戻した。ただそれだけのことだ・・・そのために自分を生贄にして・・・

「ファラミアはどこにいる?」

思いがけない問いかけに俺はうまく答えられずにいた。

「ファラミアはどこにいると聞いている。ミナス・ティリスにいるのだろう。あの男が炎の中から連れ戻した子だ。わしはどうしてももう一度あの子に会い、愛してやらねばなるまい。そうなることを望んであの男は・・・・」

俺の体は震え、手を強く握り締めて爪が食い込んでいた。父も同じ姿勢でいる。そして閉じた目から涙が零れ落ちた。



                                                −つづくー




後書き
 指輪物語の映画でも原作でも最も印象が強くトラウマとして残ったのがデネソールの死ぬ場面です。生きたまま火葬になるということが怖ろしく残酷でもありながら同時に魔法使いやエルフにはない人間の意志の強さを感じました。その場面を繰り返し思い浮かべながらこの話も書きました。残酷でありながら強い意志を感じられる死、まだまだ原作には遠く及びませんが・・・
2008、3、18






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