(51)囚われた血の行方(**)

ボロミア25歳 ファラミア20歳(13歳) デネソール73歳(49歳) クローディル48歳(37歳)
アムロス20歳(16歳) マルディル25歳(20歳) ダムロド95歳(64歳) マブルング65歳(52歳)

「ファラミアはここにおるのか?」

突然地の底から響くような声が聞こえた。ドアを開ける音も人の気配もしていないのに、目の前には古いマントをまとった年老いた男が立っていた。乞食と間違えそうな身なりだが、声には強い力がある。

「魔法使い、ミスランディア・・・・」
「そうではない。わしはイシリアンの長、ダムロドだ。魔法使いと間違えられるほど年老いているが人間だ」
「普通の人間が見張りの厳しいこの部屋に許可もなく入れるわけがない。何者だ!」

俺は腰の剣を抜いた。怪しい者が侵入したならば、この場で切り殺すしかない。

「さすがはボロミア殿、いいかまえだ。だが、わしはダムロド、怪しい者ではない。それを元の場所に戻してくれないか。ファラミアのことで話があってここへ来た」
「ファラミアに何の用だ?弟は執政家の者、いくら今まで一緒にいたイシリアンの者だとて、場合によっては切る!」

さらに高く剣をかまえた。だがどうしたことか手にまったく力が入らない。

「ボロミア殿、剣をしまいなされ。気付かれてはおらぬかもしれないが、無理をして動けば傷口が開いて大変なことになる。ファラミアが目を覚ました時、オーク以上の力で襲ってきたのだろう。不憫な子じゃ、こうして寝ていればまだあどけなささえ残しているのに、一度力が目覚めればオークさえ従える悪の化身となってしまう」
「待て、ファラミアに近づくな!」

俺は大声で怒鳴ったつもりだが、耳に届いた声はかすれていた。手足に全く力が入らず、動かすこともできない。

「なんの魔法を使った!俺をどうするつもりだ!」
「ボロミア殿、お静かにしてくだされ、見張りの者や執政殿に聞かれたら困る話をしようとしているのだ」
「俺が騒いだら困るというのか。わかった、話を聞いてやるからそこへ座れ。変な術を使うな」

俺はベッドの脇にあった椅子を前に出してダムロドを座らせ、自分も剣を鞘に戻して別の椅子に座った。

「ありがたい、この方が話しやすい」
「単刀直入に言ってくれ。俺は気が短い。わけのわからない込み入った話は大嫌いだ」
「それなら手短に言おう。ファラミアをわしに任せてはもらえないだろうか?」
「どうするつもりだ?またイシリアンの野伏として使うのか?」
「アムロスのところへ行かせてやる」
「死んだ人間のところへ・・・ファラミアを殺す気か!」
「ボロミア殿、わしはもう長くは生きられない。いつ死んでもよい覚悟はできている。だがこれはゴンドール全体、いや、すべての人間に関わりのあることだ。どうか冷静に聞いてくだされ」
「俺は充分冷静だ。だが、イシリアンの者の考えは全くわからん。俺にはヌメノールの血は流れてないから未来を知ることも人の心を読むこともできないし、ましてお前のように怪しげな術を使って人を動けなくするようなことなど全くできない。お前らには未来のことがわかるのかもしれない。だがなんで寄ってたかってファラミアを、弟を殺そうとする!父もそうだ。禍をもたらす子だと避け、陰謀の疑いがあるからと拷問にもかけた。そんな父のもとを離れ、イシリアンでなら安心して暮らせると思ったらこのザマだ。ファラミアになんの罪がある!」
「何の罪もない。罪があるどころかわしは今まで生きてきて、これほどやさしく人を思いやれる子は見たことなかった。ファラミアはやさし過ぎるのじゃ・・・だが彼とて人の子、愛を求めて愛され、満たされずに嫉妬に苦しむ。普通の若者ならばそれも本当に愛する者を見つけるまでのよい経験だと笑ってすまされるだろう。だが、あの子は違う。人のことを思いやり、自分の心を偽るあまり狂気に陥ってしまう。最も美しい種族であったエルフはおぞましい拷問で次々とオークにされてしまった。ヌメノールの血を濃く持つファラミアはオークよりももっと力を持つおぞましい化け物にいつ変わるかわからんのだよ。それに気付いたアムロスはイシリアンすら離れてモルドールへと向かった。獣と同じように心を失い、ただ生きるために戦うならば気が狂うこともないだろうと考えたのだろう。自分がいずれファラミアの手にかかって死ぬこともわかっていた。1人になったファラミアがオークに殺されるか、それとも悪を全て倒し自らにかけられた呪いをとくか、そのどちらでもいいと思ったのじゃ」
「1つだけ違う。ファラミアはまだ獣になどなっていない。心が残っていたからこそ自ら胸を刺し、同時に俺に助けも求めた」
「そのまま後を追っていた方がどれだけ幸せだったか。ボロミア殿、正直に言おう。わしはファラミアに強い薬を飲ませて眠らせ、モロドールの近くまで連れて行こうと考えている。オークに殺されるか、それとも悪をすべて倒すか、それ以外に道はない。囚われたエルフが拷問によってオークへと変えられるように、ファラミアもまた拷問されおぞましい化け物へと変えられる。それはもう始まっている。目覚めた時どれほど苦しんで暴れるか見たはずじゃ・・・」
「わかっている、わかっているけど・・・」

俺の頭は混乱した。もともと俺は深く考えて行動するタイプではない。メチャクチャに暴れて敵を切る、それしかできない男だ。ファラミアの口から小さな溜息が漏れた。発作の合図だ。次の瞬間、部屋中に響く絶叫へと変わった。囚われた獣のように激しく暴れて咆哮し叫び続ける体、縛られた手足と喉からは血が噴出した。俺は自分の左腕をファラミアの口に近づけ噛ませた。肉を食いちぎられるような激しい痛み、血が流れるのを感じる。

「ボロミア殿、早く薬を・・・・」
「大丈夫だ、これで大声は出ない」
「腕を怪我したら戦いの時・・・」
「俺には剣を掴む右腕さえ残っていればいい。こっちの手は弟を守るためにある。ファラミア、もっと強く噛んでいいぞ。俺は未来を見ることも人の心を読むこともできない。お前の苦しみを知るにはこれしか方法がないんだ。お前がまだ母上のおなかにいた時、俺はふざけて左手でおもちゃの剣をふりまわし、ぶつけてしかられたことがあった。剣を持つのはこっちの手ではない、この手はただ人を守るためにだけ使いなさいって・・・お前はそんなこと覚えているわけないよな。でも俺はその時母上に誓った。どんなことがあっても弟はこの俺が守るからって・・・・」

ファラミアはベッドの上で懸命に縛られた手足を振りほどこうともがき、固く食いつかれた俺の腕からは血がダラダラと流れた。呻き声とベッドのきしむ音が聞こえるが、痛みと出血の方がひどく俺は意識を失った。






初めての体験をした時、俺の脳裏にはまだ子供のような顔をした敵の若い兵士が木に縛りつけられ生きたまま火あぶりにされた光景だった。捕虜として捕えた敵を顔色一つ変えずに拷問し、残酷な方法で殺した男の背中に俺は腹を押し付け、かってない快感を味わっていた。その男クローディルは父の有能な部下で、俺より遥かに年上で多くの経験をしていた。俺達はただ戦場で女の代わりに体を求めあうという以上の特別な関係になった。だが、ある日俺は彼が父の愛人でもあることを知ってしまった。裸で鞭打たれ、四つん這いになったその顔には俺が見たことのない恐怖と同時に歓喜の表情があった。敵に対する無表情な時とはまるで違う上目遣いで父にもっと酷い責め苦をねだる男の姿、狂っている、父もこの男も狂っているに違いないと心底思った。彼はちょうど俺がファラミアを捜している時に火あぶりになって死んだ。ゴンドールで最も重い罪を犯した者だけに行われる火刑、ファラミアを呼び戻したいという理由で男はやってもいない裏切りの罪を告白し、過酷な刑を受けた。遠く離れた場所で、ヌメノールの血など持たぬ俺にも聞こえるほどのすさまじい絶叫、そうまでしてなぜ・・・






「ボロミア殿、気付かれましたかな」
「俺は・・・・ファラミアは・・・・」
「発作はおさまったようだ。だがこの先もっとひどくなるかもしれない。それでも心は決まっておるようだ」
「俺は何か・・・・それとも・・・・」
「ヌメノールの血を持つ者はイシリアンだけにいるのではない。遠く離れた土地でもたまたまその血を強く受け継ぐ者が出ることもあるのだろう。その男はファラミアの中にわしらとは全く違う光を見た」
「ひかり・・・・」
「闇を照らす光、悪を滅ぼす力、いや、世界を変えることなどできなくてもファラミアが執政殿とボロミア殿を救うとその男にはわかっていたのじゃな。だから自らを生贄にして呼び戻した。よほど愛していたのだろう」
「父のことをか」
「イシリアンの者は服従して関係を持つことなど決してない。命じられて関係をもつなど汚れたものだとずっと思っていた。だが、そうでないということもこの年になって初めて知った。ヌメノールの血でなんでもわかると驕っていたが、そうではないことがよくわかった。ボロミア殿、ファラミアはここで生きていけばよい。意識が元にもどるかどうかわからぬが、それでも確かにここにおる。ファラミアを連れていくことはできないとアムロスに伝えてやろう」
「死んだ人間に、まさか・・・・」
「は、は、は、そう驚いた顔をするでない。わしは寿命のある人間、いつまでも生きれるわけではない。さてと、しばらくすると執政殿がここへやってくる。あの方にはイシリアンの術などまるできかない。わしは早いとこ退散しよう」
「父上はさっきここへきたばかりで・・・」
「どれほどファラミアを愛しているか、ご自分では気付かれてないだろう。それでよいのかもしれぬ。ヌメノールの血は呪われている。愛など知らぬほうが長生きできる。わしをみてみろ。気に入った相手と手軽にやっていたからこんなに長生きを・・・おっと余計なことは言わぬ方がよいかな・・・・」

ダムロドの姿はぱっと消えた。イシリアンの者はいろいろな術を使えるというが本当にそうなのだろうか?俺の左腕には包帯が巻かれて痛みは消えていた。血を吐くほどに苦しみ暴れていたファラミアだったが、ベッドも白いファラミアの衣服も血で汚れてはいない。普通に眠っているような安らかな表情だ。

「魔法使い・・・」

ふとそんな言葉が頭に浮かんだ。



                                                ーつづくー





後書き
 指輪の話も久しぶりの更新です。前の部分を読み返したけど、どこか食い違っているかもしれません。指輪の話をまた更新できたのはあるサイト様の影響が大きいです。少しずつでも更新がしてあって、まとまった時間がとれなくてもああこうやって書いていくことができるのかと目からうろこが落ちる思いでした。ずっと私は感情型で、1つの話をまずは自分の感情をその立場に持っていってそれからパソコンに向かっていっきに書き出すというパターンだったので、指輪などその世界に入るまでが大変、1人で長い時間空想にふけるというのが書くための絶対条件でした。でもそれ以外の方法も少しずつ試してみようと思います。ただ指輪では難しく、この話は仕事が休みの日に書きました。家に鍵をかけ、セールスやヤクルト販売は完全に無視(ごめんなさい)、極端な話を書くことでなんとか自分の精神のバランスを保って日常生活が送れているようにも思えます。こうなるともうサイトの内容がどうとか人にどう評価されるかということよりも、自分のためのリハビリですね。でもこの後書きの部分まで読んでくださる方がいたら、とてもうれしいです。

2008、10、14



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