(52)モルドールの悪夢・前編(***)

ボロミア25歳 ファラミア20歳(13歳) デネソール73歳(49歳) クローディル48歳(37歳)
アムロス20歳(16歳) マルディル25歳(20歳) ダムロド95歳(64歳) マブルング65歳(52歳)

僕は自分で自分の胸を刺したはずだった。もう二度とこの体で目を開くことはないと思っていた。それなのにフラフラと暗い森を歩いていた。周りで蠢いているのはオーク達、僕は何の抵抗もせずに捕らわれ、担がれて闇の中を進んだ。自分の体から流れる血の臭いとオークの体にこびりついたぞっとするような死臭、ぐにゃりとした体の感触に言い知れぬ恐怖を感じる。

「ファラミア、恐がることはない。お前は俺達の仲間だ。いやすべての生あるものを支配する力を手に入れる。これから行われる儀式によってな」
「離してくれ・・・僕はもう死んでいる・・・彼の、アムロスのところへ戻らなければならない・・・」
「その男を殺したのはお前自身だろう」
「自分が恐ろしい力を持っていることはよくわかっている。だからもう全てを終わりにしたい。彼は僕が力を使う前に死ねるよう旅に出てくれた。自分の命と引き換えに僕が罪を犯すのを止め、そして僕に殺された。何も望まない。ただ彼のそばで静かに朽ち果てて土となりたい。オークとてもとはエルフで姿を変えられただけの者、心の奥底に少しでも心が残っているなら、どうか最後の頼みを聞いてくれ」
「最後の頼みというなら、なぜお前はあの男のそばを離れた」
「誰かの呼ぶ声がした・・・」
「あれは声などというものではない。生きたまま火で焼かれた男の断末魔の叫びだ。我らもまた同じ記憶を持つ。苦し紛れに叫ぶ者がどれほど世界を憎んで恨むかわかるか?すさまじい執念がお前の望む安らかな死を妨げ、再び生を与えた。お前が世界を闇で包む力のあるものとわかっているからだ」
「そんなことは望んでいない」
「今にわかる、苦痛が人間やエルフをどう変えるか、よく見るがいい」





目が慣れてきたのか、周りが少しずつ見えてきた。苦しげな呻き声のする方に目を向ければたくさんの人間がほとんど裸の姿で鎖に繋がれていた。ゴツゴツとした黒い岩壁に周りを囲まれ、松明の火でかろうじて様子がわかる。

「あれは人間ではない。みなエルフだった者達だ」

オークが僕にしゃがれたいやな声で話しかけた。

「最も美しい種族であったエルフは、捕えられ自由を奪われてしだいに人間に近づいていく。ここで捕えられた事を恨み、仲間が拷問される様子を見て恐怖に震え慄く。自分だけは助かりたい、それが無理ならせめて楽な方法で死にたいと誰もが思う。やがてエルフとしての気高さや誇りは失い見た目も人間へと近づく。そんな者から順に拷問にかけ、オークへと姿を変えていくのさ。できるだけゆっくりと時間をかけ、残酷な拷問を行うほど残忍なオークへと変化する。よく見ておけ」

一人の人間、いやエルフが僕の目の前の岩に鎖で縛られた。別のオークが持った松明の炎がその顔を一瞬照らした。

「母上!」

捕らわれの生活と恐怖で疲れやつれ果てていたが、肖像画に描かれた母とよく似た顔は次の瞬間松明の炎で覆われ、すさまじい悲鳴が洞窟内に響いて岩壁が揺れた。僕は目を閉じたが目の前で何が行われたかははっきり見えた。恐ろしい悲鳴は急に途絶えた。

「何をしている、殺してしまったのか!」

松明を持っていたオークの周りにどこから出てきたのか、たくさんのオークがにじりよっている。

「ついうっかり間違えて、許してくれ・・・」
「エルフども、喜ぶがいい、こいつの処刑に手間取る間、お前達はしばしば苦痛から解放される」

そのオークはすぐに岩肌に鎖で繋がれ、背の高いオークが松明を手に持った。

「もう一度あの恐怖を思い出し、ゆっくりと死んでいくのだな。どこから火をつけて欲しい?人間どもは足元に薪を積む。これだけではなかなか火は大きくならないが・・・・」

縛られたオークの足元に松明の枝が投げ捨てられた。ゆっくり燃える小さな炎、僕は足の裏に激しい痛みを感じた。赤い炎はメラメラと動けぬよう縛られた僕の体を包んでいる。

「ぎゃあー・・・・ああああー・・・・熱い・・・・・うわあああ・・・・」

大声で喚き、もがき続けた。舌を噛めば死ねるかもしれない。でも僕の口は無理やり開かされ、太い棒が差し込まれた。声も出せない苦しさに思い切り噛むと血の味がした。

「これでいい、こんな方法でしか俺はお前の苦しみを知ることができない」
「兄上・・・」

体を包む炎は消え、痛みも熱さもなくなった。同時に僕の意識と記憶もそこで途切れた。





再び意識を取り戻した時、冷たい石の床に横たわっていた。壁にかけられた松明の薄明かりに目が慣れると、周りの様子が見えてくる。鉄格子のはまったかなり広い部屋には体を固定する台や鞭などが無造作に置かれている。ゴンドールの地下牢にも似ているが、そこはもっと整然と拷問具が並べられていた。人の話し声がする。

「ゴンドール、フーリン家の血を引く子供を捕えたというのは本当ですか」
「ああそうだ、お前達海の民が恨み続けたフーリン家の人間だ。思う存分いたぶるがよい。だがあれは特別な力も持つ。注意した方がいいだろう」

数人のオークと一緒に体の大きな男達が何人か扉を開けて牢獄の中に入ってきた。僕はけんめいに体をずらして頭を上げ、彼らの顔を見た。

「まだほんの子供ではないか。フーリン家の息子は二人とも二十歳を越えていると聞いていたが、どう見てもこれでは12,3歳だ」
「愚かな人間ども、ヌメノールの血を引くフーリン家の者は普通の人間と同じに年はとらぬ。特にこのファラミアはヌメノールの力を濃く受け継いでいる。復讐を果たすにはもってこいだろう。何をしてもよい。ヌメノールの血は痛みや苦痛を与えるほど本来の力を取り戻す。お前達人間に任せた。好きにするがいい」

オーク達はガチャガチャ音をさせて鎖や棍棒、トゲのついた板などを僕の目の前に置き、牢獄を出て行った。頭に布を巻きつけ、粗末な身なりではあるが目に威厳のある男が近づいてきた。僕は体に薄い布を巻いているだけで、痛みでうまく動くこともできない。

「お前、名前はなんという?」
「ファラミアです」
「間違いなくフーリン家の者なのだな」
「はい、間違いありません」
「その一言がお前を激しい苦痛へと追い込むのだぞ。フーリン家とは関係ない、ただイシリアンにいてオークに捕えられたと言え、イシリアンの者に恨みはない。ここから逃がしてやろう」
「僕はイシリアンで長い間生活していました。でも父はゴンドールの執政デネソール、兄はボロミアです。海で生活している貴方方は、昔ゴンドールとの戦いに敗れて土地を奪われたと聞いています。僕はオークに捕えられてもう死んだも同然、覚悟はできています。でも恨みを果たすのは僕だけにして、どうかゴンドールと和解してください。生き残った人間が協力して戦わなければ世界は滅び、闇に包まれてしまいます。お願いです・・・・」
「かわいい顔をして、なかなか賢いことを言うじゃないか。だがな、フーリン家の坊ちゃん、ファラミアよ、お前は俺達の祖先がどんな目にあったか少しも知らないようだな」
「戦いが終わった後、多くの男が捕えられて殺されたと本に書かれていました」
「男だけじゃない。女も子供も皆捕えられてゴンドールの執政の前に引きずり出された。百年以上前の話だが、その当時の執政も同じデネソールという名前だった。あの狂った男はちょうどお前ぐらいの年のきれいな顔をした子供を捕虜の中から選び、皆の目の前で自らが犯した。その後は男達の前でたった一人の子供を残酷な拷問で責め続け、隠れた仲間の居場所を全て白状させられた。捕えられたほとんどの者は少しずつ、執政を楽しませるためにいろいろな方法で処刑され、残った者は・・・」

話を聞いているうちにその光景が僕の目の前に浮かんできた。残酷な統治をおこなってゴンドールの国民も周辺諸国に住む者も震え上がらせた執政の血は僕にも濃く流れている。

「恐くて震えているのか。涙ぐんでいるようだな。お前に恨みはないがせっかくオークが用意してくれた生贄、どこかで決着をつけなければ祖先の魂が永遠に浮かばれない」
「それならば、僕で決着をつけてください。ヌメノールの血を引く呪われた体、でも兄のボロミアはゴンドールの民だけでなく敵からさえも慕われる人柄です。僕の祖先は血の中に狂気を持ち、恐ろしいことをしました。同じ狂気の血は僕と父の体にも流れ、僕は自分を愛してくれた友人をこの手で殺しました。父も僕も一度狂気に取り付かれれば何をしてしまうかわからない、呪われているのです。でも兄は呪われたヌメノールの血を持たずに生まれてきました。フーリン家の中で、ただ一人闇に捕らわれることなく、ゴンドールと世界を正しい方向に導くことができるのです。ゴンドールの本当の王がいつ戻られるのかはわかりません。でも兄のような人間が執政となれば、昔ゴンドールが犯した罪を償い、国に光を取り戻すことができます。どうか僕で恨みを終わらせ、兄と和解してください」
「きれいごとを言っているな。だが人間がどれほど残酷なことができるのか、たっぷりお前に教えてやろう。まずは鞭あたりで痛みを教えてやる」

男の手が僕の体に巻かれていた布を乱暴にはがし、別の二人の男が手を掴んで近くの寝台へと押し倒した。薄暗い中、僕の手を鎖で縛ろうとした男がふと背中を見たのかつぶやいた。

「ひどい傷だ。オークにやられたのか」
「いいえ、僕は謀反の疑いをかけられたことがありますから」
「同情などするな。あの子はどんな男も白状せずにはいられないほどの拷問を受けて、苦しみぬいて死んだのだぞ。たまたま執政の目にとまるほどきれいな顔をしていたというだけで・・・・俺達の祖先が大勢虐殺された。その痛みを思い知らせろ!」

目を閉じると鈍い音がして背中に鋭い痛みが走った。

「兄上、お願いです。僕が息絶えるまで、どうか近くで見守っていてください」



                                              −つづくー




後書き
 死にかけたファラミアが見た悪夢です。生と死のはざまにいる時何が一番恐ろしいこととして記憶に残るか考えてみました。美しく長い寿命を持つエルフはそれゆえに一度闇に捕えられれば人間以上に力を持つオークに変えられてしまうし、権力を握った人間の残虐行為は後の世代まで恨みを引きずってしまう、そうしたエルフや人間の感情を吸い込んで指輪は力を持ち闇の世界を広げていくのだろう、と幻想に浸っているとすぐ仕事に行かなければならない時間になり、イライラしながら少しずつ書いたのがこのページです。悪夢というのは私にとっては書きやすいテーマなのか、一度書き出すと次々といろいろなことが浮かんで前編・後編にわけました。ファラミアの受難は続きます。でも根本的に自分がやられてイヤだと思うことは書けないので(現実にはいやだけど夢の中なら体験してもいいかなと思えるギリギリの部分を書いている)そんなに酷いことはさせないつもりです。
2008 10 17




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