(53)モルドールの悪夢・後編(***)

ボロミア25歳 ファラミア20歳(13歳) デネソール73歳(49歳) クローディル48歳(37歳)
アムロス20歳(16歳) マルディル25歳(20歳) ダムロド95歳(64歳) マブルング65歳(52歳)

僕は固く目を閉じた。激しい鞭の音が体に響く。少しでも逃れようと体を捩り、大声で泣き喚く。

「うるさいな、こいつには執政家の誇りなど何もないようだな」
「まだ子供だ。許してやるか?」
「いや、泣き声に騙されるな。これでもかましておけ」

口の中に太い棒を押し込ませた。背中の痛みに耐えようと強く噛むと血の味が口の中に広がった。でもそれがなぜなのか考える余裕はない。声を失った僕の体は痙攣して痛みを訴える。喉が焼けるように痛い。

「はずせ、息を詰まらせても困る」
「おい、何もそこまで・・・・」
「もっと酷い目にあっている。あの苦しみを百分の一でも味あわせろ」
「ぎゃあああー・・・熱い・・・・やめて・・・」

背中に鞭とは違う痛みを感じて僕の体はいっそう激しく跳ねた。熱い塊に皮膚と肉を焼き焦がされ、狂ったように暴れた。口から血と泡を吐き、悲鳴をあげながら意識を失った。でもすぐに意識は呼び戻される。鋭い鞭の響きと体のあちらこちらに当てられる熱い塊、背中だけではなくなってきた。僕の体は何度も向きを変えて手足を大きく広げた形で縛られ、体の最も柔らかい部分にも容赦なく鞭があてられ、松明の炎でかざされた。

「お願いです、どうかもう・・・・」
「恐くなってきたか。だがこんなものではなかった。皆の目の前で何日も陵辱されてはいたぶられ、しまいにはまだ生きているのに炎の中に放り込まれた。そこから這って逃げる力も残ってない子供をだ。いいだろう、少し休ませて水をやれ。すぐに死なれては困る。

一人の男が縛られた僕の体をはずし、抱きかかえて水を飲ませてくれた。

「兄上・・・・」
「おい、もうこれくらいで終わりにしてやれ。かわいそうに、こいつはもう半分正気を失っているぜ。この顔を見ろ、口から涎を出し、恐怖でひきつったままだ」
「気にするな、しばらくたてば元通りになる。なあに、ヌメノールの血を引いているんだ、すぐに回復するはずだ。危険だから鎖をつないでおけ」

僕の体は寝台の上に転がされ、重い鎖で縛られた。これならば少しは手足を動かすことができる。男達はいなくなり、僕は冷たい寝台の上で涙を流した。





「ファラミアよ、ゴンドール執政の跡継ぎ、そして闇を支配する帝王でもあるお前がなんという格好で自由を奪われているのだ。まあよい、屈辱と怒りが増すほどにお前の力は大きくなる。人間はさもしい生き物、数十年の命しかもたず、さしたる力も持たぬのにかくも酷いことを同じ人間にできる。普通の人間ならばとっくに正気を失い、息絶えていただろう。だが、ファラミア、お前は違う。お前は痛みに耐え、ぎりぎりまで自分の感情を抑えようとする。だが、もうその必要はない」

遠い闇からの声が、耳からではなく直接頭に響いてくる。

「誰・・・どこから・・・・」

「俺はお前自身だ。お前の体と心が傷つき、耐え切れなくなった時俺は目覚める。こういうことは何度もあった。お前は小さな子供の頃から父に鞭をあてられ、その痛みに耐えて怯え続けた」
「なぜそうなってしまったのか・・・・僕はその理由を知っているから・・・」
「それで本当に耐えられるのか。幼い体で血だらけになるほど打たれ、恐怖で泣き叫んでは兄にしがみついた。お前の記憶が少しずつ俺を目覚めさせた」
「ボロミアがいてくれたから、僕は我慢することができた」
「本当にそうなのか?まあよい、すぐにお前も知るようになる。人間の欲望がどれほどのものか」





大きな話声が聞こえる。男達が近づいてきた。手には何か食べ物や飲み物のボトルを持って、この牢獄の鍵を開け、中に入ってくる。最初に僕に近づいた鋭い目の男はいない。みなすでに酔っているようだった。僕は体を固くした。

「そう恐がることはない。今日の拷問は終わった。この後はお前にとっても楽しみなことだ」
「これから何を・・・・」
「まずは鎖をほどいてやろう。なあに、言われたとおりにしていれば何も痛いことはしない。だが、ちょっとでも逆らえば前よりももっと痛い思いをする。体が出来上がってない子供の場合、気絶する寸前ぐらいが一番いいと聞いている」
「おい、早くやらせろ。俺はもうさっきから我慢できずにいた」
「俺もだ。こんな白い肌を見て我慢しろというのが無理な話だ」
「はははは、さあ、いい子だ。まずはこれを飲んでみろ」

鎖をほどかれ、寝台の上に座らされた僕はボトルに入った飲み物を口に近づけさせられた。

「さあ、飲め。その方が楽だ。下手に抵抗すると死ぬほど痛い思いをする」

首をふり、唇を固く閉じた。

「そうか、いやならばさっさと始めるしかない。男との経験はもうあるんだろう。どういう形でして欲しい?四つん這いか」
「おいおい、相手は執政家のご令息だぞ。ゴンドールの男達はそんな失礼なやり方をしないだろう」
「今は俺達の捕虜だ。遠慮することはない。少しでも抵抗すれば鞭が飛ぶぞ。・・・・ははは、それでもさっきとは表情がまるで違う。ゴンドールの男は野営地でここぞとばかりに上官にサービスすると聞いている。特にイシリアンは身分の上下もなくやりたい放題だとか」
「この顔を見ろ、イシリアンと聞いただけで下半身が疼くようだぜ。よっぽど男達の間でかわいがられていたのだろう」

ふざけて床を打つ鞭の音が僕の体に響いた。

「僕は自分から跪くことはできません。もし僕を犯すつもりなら鎖で縛るか、鞭で叩いて意識を失わせてからにしてください」
「ハハハ、よく言った。それならば遠慮なくやらせてもらう」

寝台に押し倒され、また鞭の音が響いた。体は縛られてないが、痛みと恐怖心でほとんど動かせない。

「あああー・・・・うわあああー・・・・・」

松明の炎で焼かれた皮膚の上に鞭があたった。焼け爛れた皮膚と肉が引き裂かれ、血が絞り出される。耐え切れない痛みの中意識を失うこともできず、僕は少しずつ膝を曲げ、腰を高くしてその姿勢をとった。そうすれば彼らは鞭打つのをやめ、僕の体にむしゃぶりついてくるだろう。

「つうう・・・・あああ・・・・あはーん・・・」

刺し貫かれた痛みはすぐに別の感覚へと変わった。僕は腰を動かし、男達にされるまま欲望を受け入れていた。

「気持ちがよいか、ファラミア。そうだろう、お前の兄やイシリアンのあの男も同じことをしたのだからな」
「違う、僕はただこれ以上の鞭に耐えられず・・・・」
「痛みに耐えかねて・・・だが今のお前がどれほど男の欲望をそそる存在になっているか自分ではわからないだろう。これほどひどくなくても、お前が鞭打たれ、血だらけでうなされている姿に欲情した男はたくさんいる。お前の兄もあの男もそうだ」
「欲情・・・ボロミアもアムロスも僕を愛して・・・・」
「愛か、人間は都合のよい言葉を考えたものだな。お前は自分の姿が見えていない。白い肌が血に染まり、怯えて泣いている顔に激しい欲望を感じるのさ。おかしなものだ。子孫を残すための女ではなく、同じ男、しかも傷つき苦しんでいる姿に最も激しく欲情してしまうとは・・・・」
「僕もまたそれを喜び・・・・」
「おい、見ろよ、この顔、こういうのを恍惚の表情というんだぜ」
「顔だけではない。いいしまり具合をしている」
「兄上、そう、もっと・・・・」
「そうか、こいつは兄弟でも交わっていたのか」
「ゴンドール、執政家の跡継ぎは兄弟で交わったなど、あの国の人間が聞いたらどう思うかな?」
「いい、兄上がこうしてくれるなら、僕はもう・・・・助けて・・・もうどうしたらいいか・・・」
「おい、俺にもやらせろ」
「お前、さっきやったばかりだろう」
「我慢できない・・・俺が先だ・・・・」

多くの手が僕の体に触れた。背中の火傷の痕は軽く触れるだけでも悲鳴を上げるほど痛い。でも体を貫かれ、叫ぶ気力もなく、その部分だけが柔らかくとろけるような快楽を味わっている。

「もうやめろ!お前達もオークになりたいのか!」

突然違う声が牢獄に響いて我に返った。目付きの鋭い大柄な男が僕の周りに集まった男達を次々と突き飛ばした。

「族長、まだ酔ってなかったのですか?こんな経験めったにあるものではありません」
「これ以上この子に手を出すな。彼の顔を見ろ」
「ヘヘヘ、族長、こいつはこいつでけっこう楽しんでいるんですよ。拷問されて死ぬだけでは哀れじゃないですか。少しはいい思いも・・・」
「これがいい思いか!お前達はゴンドールの百年前の執政、デネソール以上のことをした。百年以上呪われ続けるぞ」
「でも族長だってさっきまで一緒にこいつを拷問し・・・」
「一族の復讐だと思った。だがそれは間違いだった。もともと俺はこんな子供には興味はない、お前たちに好きにさせようと考えていた。だけどここへ来てみたら・・・・」
「ここはモルドール、俺達がやらなくてもどうせオークに拷問され殺されるだけだ」
「そうだ、この子も俺達も最後にはモルドールの中心、溶岩が流れる噴火口へ突き落とされる運命だ。だけどそこで人間として死ねるか、それともおぞましいオークへと生まれ変わってしまうのかここで決まるかもしれない」
「人間がオークになどなるわけない。どうしたんです、族長」
「わからなくてもよい。とにかくこの子にはもう手を出すな」

族長と呼ばれた男は自分のマントをはずして固い石の寝台の上にかけ、その上にそっと僕を寝かせてくれた。

「ここには傷を治す薬も柔らかなベッドもない。こんなことぐらいしかできない。だがな、ファラミア、お前は死と闇に包まれたこの場所で、俺達の長年の恨みをとかすことができた。お前なら世界に再び光を取り戻すこともできるかもしれない」
「僕には何も・・・」
「俺にもよくわからない。だが急にゴンドールに対する憎しみが消えた。俺達はモルドールに捕らえられ、闇を広げる手伝いをさせられてきた。だがもしここから出られることがあるならば、その時はゴンドールと同盟を結んで共に戦おう。お前の兄の名はボロミアだったな」
「はい、でも執政の父は・・・・」
「同じ名前の者とは和解できぬ。どうしてもな」
「わかりました」

男達はみな牢獄を出て行き、最後に族長が鍵を閉めた。僕はまた薄暗い牢獄で1人痛みに耐えなければならない。





何度意識を失い、そして目覚めたのだろうか。意識を失うのも目が覚めるのも激しい痛みのためだった。体を少し動かすだけで、火傷を負った皮膚は飛び上がるほどの痛みを感じた。誰かのすすり泣く声が聞こえ、人の姿の影が目にうつった。

「アムロス、そこにいるの?君は無事だった、生きていたんだね」

僕は体を起こして近づこうとしたが、影はゆっくり首を振った。

「ファラミア、動かなくていい。今の俺はお前にはっきりは見えない。俺はお前の心が作り出す幻影なのだから」
「何が本当かわからない。いつも夢を見ているようで・・・どうして僕は君を殺して・・・」
「何も考えなくていい。俺はただお前がこんな場所で苦しんでいるのが耐えられなくてそばに来てしまった」
「早く死んで君のいる場所へ・・・・僕はもう耐えられない・・・・」

影はゆっくり僕に近づき、背中に手を触れた。

「ひどい傷だ。よくがんばった。いいか、ファラミア、目を閉じて俺の言うことを聞いてくれ。今の俺はお前の心が作る幻影でしかない。幻影だからお前にどんな幻でも見せてやれる。どんな幻が見たい?」
「ボロミア・・・・兄上に会いたい」

言葉にして僕ははっとした。アムロスは僕のために死んだのにその彼の前でなぜ兄の名前を言ってしまうのか。

「気にしなくていい。俺はもう死んでいる。お前の兄に嫉妬したりはしない」

やさしく穏やかな声だった。背中に触れる手に温かさを感じる。

「君が死んでしまったなんて。僕は今こんなにはっきり声を聞き君の手を感じているのに・・・」
「お前の心がそれを求めているからだよ。お前が望めば俺はいつでも幻となってそばに来ることができる」
「どうして僕の心は君を殺さなければ・・・」
「肉体を持った人間でいる限り、俺はお前に欲望を感じ心を引き裂いてしまう。しかたがなかったのさ。俺はこれでいいと思っている」
「アムロス、どこにいるの?僕は君に会ってもっとよく話さなければいけない」

目を開け、顔を上げても彼の姿は見えない。

「無駄だよ、俺の姿はお前には見えない。でもそばにいることはわかるだろう。目を閉じてじっとしていればいい」

彼の手が背中に触れた。

「どこにも行かないで。君がそうしてくれると痛みが少しなくなる。じっと目をつぶっているから」
「心配しなくていい。お前が現実の世界に戻るまでずっとそばにいる。ほら、泣くな。今の俺は幻だから何もできない」

閉じた瞳から流れる涙を拭う指の跡と頬に触れる唇を感じ、僕は深い眠りへと落ちていった。




                                                   −つづくー




後書き
 後半は泣きながら書きました。うまく言えないけど人の強い意識は死や狂気を乗り越えてずっと残るものだと感じていました。こういう亡霊の友人が歴史上の人物、フィクションに関わらず自分の周りにはたくさんいて、うるさいくらいしつこくそれぞれが自分のことを中心に話しきます。それをまとめてきちんと表現する才能がないのが残念です。
2008、10、22



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