(55)再会
ボロミア25歳 ファラミア20歳(13歳) デネソール73歳(49歳) クローディル48歳(37歳)
アムロス20歳(16歳) マルディル25歳(20歳) ダムロド95歳(64歳) マブルング65歳(52歳)
ファラミアはなかなか正気を取り戻さなかった。意識を取り戻した時は叫び声をあげて暴れ、そしてまたぐったりと眠り続ける、幾日過ぎたかも忘れた。父はあの後病室を訪ねてはこない。このような姿の息子を見るのは耐えられないのであろう。ヌメノールの血など持たぬ俺でもそれぐらいの心は読める。そして俺はどうなのか?耐えられぬ状況でありながらそれでもファラミアの側を離れられずにいる。
「ボロミア様、ぜひお会いしたいという者が来ております」
「後にしてくれ。軍隊のことなら決まった時間に命令を出しに行く。その他のことならお前が聞いておけ」
「イシリアンの者です。ファラミア様のご容態を・・・・」
「なに!ファラミアのことを・・・誰にも知られてはいないだろうな・・・」
「ご心配なく、ファラミア様のことは私とごく小数の者しか知りません。みな口が固く忠誠心がある者ばかりです」
「それならいい。イシリアンの男を謁見の間に通せ。すぐに行く」
「直接ファラミア様にお会いしたいと・・・」
「それはできぬ。別の部屋にしてくれ。このような姿、他の者には見られたくは・・・」
「イシリアンの者でしたらおおよそのことはわかっているのでは・・・あの者達は長い間ファラミア様と一緒におりましたし人の心を読み先のことを知る力もあります。何かよい知恵をさずけてくれるかもしれません。ボロミア様とてイシリアンの者にファラミア様を託すことができれば以前と同じように軍隊の指揮もできるでしょう。彼らにはボロミア様は病気であると伝えていますが、これほど長く休まれたことなどなかっただけに、皆いろいろ噂をしています。イシリアンの者が出向いてくれたというのは願ってもない・・・」
「お前に何がわかる!今すぐここを立ち去れ!」
「も、もうしわけございません・・・・どうか、お許しを・・・」
俺がよほど怖ろしい顔で怒鳴ったのであろう。呼びに来た使者は驚いて腰を抜かし、這うように部屋を出て行った。ガチャンという金属の音、知らないうちに剣を抜き、力が抜けて落としていた。部屋の中で剣を抜きそれを落としてしまうほど俺は疲れているのか。もの音でファラミアが目を覚ましはしないかとギクリとしたが目を閉じたままである。口元には微笑みさえ浮かんでいた。
「お前のせいだぞ。お前のこととなると俺は自分を見失う」
謁見の間に行くとマルディルとかいうイシリアンの男が椅子に腰掛けていたのだが慌てて立ち上がった。
「ボロミア様、わざわざおこしいただきありがとうございました」
「まあ座れ、ずいぶんと他人行儀ではないか。イシリアンでは俺に対しても対等にしゃべっていたヤツが・・・」
「ここはゴンドールの都で執政室にも近い。そんな場所で執政家の跡継ぎと話すにはそれなりの作法があると思いまして・・・」
「ファラミアとて執政家の跡継ぎであることに変わりはない。だがお前達はそんなことは気にせず弟をずいぶん厳しく指導したというではないか。弟は俺に会った時泣いて訴えたぞ」
「も、もうしわけございません。そのようなことをしたのは私だけですから、どうかお咎めは私1人に・・・」
「冗談だ。ファラミアは俺にグチなど一言も言わない。どれだけ辛いことがあっても俺に話せば苦しめるだけだとわかっているから1人で耐えていた。耐えて耐えて耐え抜いて・・・・それであんなことに・・・」
「それでファラミア・・・さま・・・は今どこに・・・・」
言葉の丁寧さとは裏腹にこの男は俺を突き飛ばしてでもファラミアのところへ向かっていきそうな勢いがあった。
「まあ、待て、落ち着いて座って話そう。丁寧な言葉など使わずイシリアンと同じでいい。ファラミアがどんな状態かわかっているんだろう」
「はい、それでやはりこのまま都にいてはいずれファラミアさまのことはゴンドールの民に知られてしまうでしょう。だからイシリアンに連れ帰り私達の手で看病しようと思います」
「そしてひそかに殺すのか?」
「いえ、そのようなことは決して・・・」
俺は彼の肩に手を置いた。
「マルディル。まわりくどい言い方はやめて本音で話してくれ。俺はファラミアやお前達と違って人の心を読むことができない。心を伝えるには言葉を使うしかない。俺がお前の立場で最初にファラミアを発見したならおそらく殺していただろう。ファラミアはもう正気を失っている。俺の母も・・・・正気にもどることなく死んでいった・・・・息子である俺の顔さえわからなくなり・・・・執政である父がどんな思いで・・・・父は母を殺してしまった・・・・」
「ボロミア様・・・・」
「様などつけなくていい。マルディル、俺は人の心は読めないけどファラミアのことだけは不思議とよくわかる。あいつは自分が呪われた血を持つことを知って執政家やミナスティリスから離れ、イシリアンからすら離れようとした。あいつは人一倍寂しがり屋で、ずいぶん大きくなっても俺のベッドにもぐりこんできた。誰かのそばにいて絶えず言葉を聞き温もりを感じなければ生きていけないヤツなんだ。それなのにヌメノールの血はあいつを狂わせ、愛する者を殺してしまうよう運命づけている。愛する男を死なせてしまった時、自分も後を追って死ねたらその方がずっと幸せだっただろう。だが、ファラミアは生き延びてしまった」
「・・・・・」
「あいつの体は俺達のところにもどってきたが心はずっと闇の世界をさまよっている。そして俺はそんな弟に欲情して抱いた。お前は軽蔑するだろう。目が覚めれば獣のように叫んで暴れる弟を兄が力ずくで押さえて陵辱する、弟の体は拷問の傷跡と火傷の跡だらけ、暴れれば皮膚が裂け血や膿が滲み出る、もしかしたら目に見えない場所すら拷問の傷があるかもしれないのに無理やり犯した、ゾッとするような光景だろう。お前が何を考えるか想像はつく。だが、ファラミアは渡さない」
マルディルはしばらくの間じっと座って目を閉じていた。俺の醜い行為を想像しているのか、それともヌメノールの血で本当に見えているのか。そして彼は目を開け、じっと俺の顔を見た。
「ファラミアは幸せなヤツかもしれない」
「今度はいきなり何を言う!」
「俺はずっとアイツほど不幸な運命を背負ったヤツはいないと思っていた。だけどそうではない。アイツは求めたものを必ず手に入れる。今もそうだ」
「お前のいうことはよくわからない」
「わからなくて当然だ。ヌメノールの血を持たぬ者に未来は見えない。俺だってすべてが見えるわけではないが」
「きさま!言わしておけば・・・ミナスティリスの城で俺が一言命ずればどうなるかわかっているのか」
「ファラミアの運命を知りたければ大声は出さない方がいい」
「それでどうなんだ!ファラミアは正気を取り戻すのか!どうすればうまくいく?お前達の方がそういうことには詳しいはずだ。教えてくれ、どんな薬草がファラミアの病に効く?」
俺は相手の胸倉を掴んでいた。彼が勝ち誇った顔で笑う。イヤなヤツだ。ファラミアのことがなければしばらく地下牢にでも放り込んでおくのだが・・・
「兄は気が短くてすぐ興奮して怒り出すとファラミアがよく言っていた。ファラミアはすぐそばにいる。アムロスだってそう遠くないところに・・・その姿は闇に包まれてすぐには見えないだろうけど・・・・」
「言わせておけばいい気になって・・・・お前達はあの魔法使いのようだ。肝心なことはしゃべらずに余計なことばかり言って怒らせる」
「同じ兄弟でも性格は随分違う。ファラミアがもし同じくらいすぐに怒り、自分の痛みこらえて我慢するような性格でなかったならこんなことにはならなかっただろうに・・・」
「余計な話はもういい。それでどうなんだ?ファラミアは元に戻るのか?」
「それは俺にもわからない」
「わからないって、お前ここまで俺を怒らせて今更何を言う。場合によっては拷問にかけてでも・・・・」
「無茶なこと言うな。わからないことはわからない。ヌメノールの血ですべてが見えるわけではない。ただ、これだけは言える。ファラミアは今生きている。そして再び俺達と一緒に戦う日が・・・あいつがイシリアンの・・・だがその時には・・・・」
彼の言葉が一瞬途切れた。
「何が見えた。全部言え」
「なんでもない。いずれファラミアはイシリアンの大将となる。ただその時にはもうダムロドは死んでいる」
「つまり、ファラミアはいずれ回復すると信じていいんだな」
「わからない。ヌメノールの血で見えたのか、俺の願望が見せた幻なのか」
「ヌメノールの血に決まっているだろう。俺がどれほどの思いで祈っても幻は見えなかった。血の力を信じよう」
「ボロミア、ヌメノールの血など持たぬ方がはるかに幸せだ。俺達は祖先から呪われた血にどれほど苦しめられてきたことか。それでもイシリアンの地を離れることはできない。最後の1人になるまで」
「お前の話を信じることにしよう。ファラミアに会っていくか?」
「いや、会わずに帰る。いずれアイツが俺達の指揮をとって戦うのなら、そんな弱い時の姿は見られたくないだろう」
「それもそうだ。ところでイシリアンでの食糧や武器は足りているか。ゴンドール防衛の要となる場所だ。必要なものがあるなら申し出てくれ」
「それはありがたい。正直なところそのことも伝えたかった。だが執政殿にはどうも言い出しにくく。本来なら長のダムロドが来るべきなのだが、長老は年をとった。ミナスティリスに出てくるのも大変だ」
「そうか。ならば適当な住まいを見つけるからミナスティリスに来てもらっても・・・・あの年齢でイシリアンに住むのは大変であろう」
「俺達もそう言っているのだけど、本人が絶対に生まれた土地を離れたくないと言っているから」
「生まれた土地、ファラミアにとってはミナスティリスが生まれ故郷であったのにそうではなくなってしまった。俺がもっと注意してかばってやっていれば・・・・」
「でも今の状態ならば執政殿が危害を加えることもない。ファラミアにとって何が幸せなのか・・・・」
「約束しよう。今度こそ俺は自分の命に代えてもファラミアを守る」
ファラミアは静かに眠っていた。俺は胸に手をあてて息をしているのを確かめ、自分もまた上着を脱いでそばに横になった。
「母上、今日はお元気そうですね。顔色もいいし、それに話をしても大丈夫だと侍女が言ってました」
「ボロミア、ずいぶん大きくなったのですね。もう母の背を追い越すくらいになって」
「ずっと会えなくて・・・・それに母上はファラミアのことはわかっても僕の顔は忘れたみたいで何も話してくれないし」
「ごめんなさい。あなたのこと忘れたわけではないのよ。でも私の目は曇り、心は闇に引きずられて・・・・ファラミアはどこ?」
母が悲しそうに俺の顔を見た。
「ファラミアは病気です。ごめんなさい、僕は母上との約束を守ることができませんでした。ファラミアは父上から謀反の疑いをかけられて鞭で打たれ、自分で死のうとしました。そしてイシリアンというところに逃げたけど、そこでもまた悲しいことがあってもう一度死のうとし、その後はずっと話すこともできないのです。母上のようにすぐそばにいるのになにも話せなくて・・・それに僕はファラミアにもっとひどいことをしました。守ってあげることはできずに・・・・」
母は俺の体を抱き寄せた。
「ボロミア、あなたは少しも悪くないのよ。まだ母より小さなころから弟を守り国を守らなければならない立場に追い込んでしまってごめんなさい。今のあなたは自分の父すら守らなければならない立場にいる。まだ小さなあなたが何もかも背負い責任を負わねばならない立場にいる。そのことが辛いです」
「大丈夫です、母上。正直言って僕、本当はうれしくて。母上と会う時はいつもファラミアと一緒で母上は僕の顔覚えてなくて、でも今日だけはファラミアは病気だから僕だけが会える。ごめんなさい」
「辛い思いをさせてしまってごめんなさい。でもファラミアが生きている限りあなたはいつでもこの母に会えるのよ。わかるわね、ボロミア、弟を守り、そして父デネソール公を守ってあげて。あなたは私達2人の希望の光なのよ」
「希望の光」
「そう、あなたはゴンドールを導く希望の光。でも辛くなったらいつでもここへ戻ってらっしゃい」
「母上、僕は今毎日新人の兵士と一緒に教練を受けてます。5歳も年上の兵士と剣で戦って勝ったこともあるんです。弓や槍投げだって誰にも負けないくらい・・・・僕は誰よりも強くなりこのゴンドールを守ってみせます」
俺はファラミアの隣で目がさめた。弟は静かに眠っているが、口元は微笑んでいるようにも見える。
「今の夢はお前が・・・・俺は1度だけお前を連れずに母上に会いに行ったことがあるよ。お前がいなければもしかして俺のこと思い出してくれるかもしれないと思って病気だと嘘ついていろいろ話しかけた・・・・でも母上は何も答えてくれなかった。そんなことまでお前はよく覚えていて俺に幻を見せてくれたんだろう。お前はどんな時でも自分のことより俺や周りの人間の気持ちを考えるやさしいヤツだ。自分のことは後回しにして周りにことばかり考えるから・・・・ファラミア、もどってきてくれ。でなければ俺は母上との約束を守れないんだぞ。わかるか、母上とのたった1つの約束なんだぞ」
弟は何も答えない。俺は縛られた手首の紐を緩め、指先に唾をつけて赤くついた筋を何度も擦った。
−つづくー
後書き
久しぶりの更新で前に何を書いたか忘れていてしばらく前のページを読み返していました。死んだり心が闇にとらわれても心を感じることはできる、とそのようなことを伝えたいと思って書きました。その逆に近くにいてもまったくこちらの思いが伝わらない人間も身近にたくさんいますけど・・・
2009、6、15
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