(57)執政家の呪い・後編(***)

ボロミア25歳 ファラミア20歳(13歳) デネソール73歳(49歳) クローディル48歳(37歳)
アムロス20歳(16歳) マルディル25歳(20歳) ダムロド95歳(64歳) マブルング65歳(52歳)

薄暗い地下牢でどれくらいの日が過ぎたのだろうか。僕は足音が近づくたびにいよいよ殺されるのかとギクリとし、それが食物を運ぶためだけと知ってほっとした。このような形で生かされるのは辛い。いっそうのこと早くと思うのだが、そうはできない事情があるらしい。また足音が近づいてきた。食事はさっき運ばれたばかりだ。杖をつき足を引きずるような歩き方・・・・父がここに来るということはいよいよ・・・・覚悟を決めなければならない・・・・どんなことがあっても取り乱さないよう・・・・

「ファラミア、ここを出なさい」

顔はよく見えないが父の声に間違いない。

「処刑が決まったのですか」
「明日の朝だ。今晩は別の場所で寝てもらう」
「わかりました」
「目隠しをし、鎖をつけたまま外へ出せ、くれぐれも逃げられぬよう慎重にな」
「かしこまりました」

僕は目隠しをされ、手を鎖で縛られたまま牢の外に出された。目は見えなくともイシリアンで暗闇の中行動していたためだろう、足先の感覚と前を歩く父の杖の音で石の壁にぶつかることなく歩くことができた。炎を押し付けられた足先がズキズキと痛む。でも火で焼き殺される苦しみは・・・・

「恐怖で足が動かないのか。そういうこともあろうかと思って前の日にわざわざ牢から外へ出したのだ。明日の処刑、執政家の一員としてみなの前で無様な姿を晒したくはないからな」

父のイライラした声が聞こえた。僕の頬を涙が伝わり、喉から嗚咽が漏れた。

「ファラミア様の足はひどい火傷で、歩くことはかなり困難かと・・・・」
「戦場でもっとひどい怪我をしてもボロミアはみなの先頭に立ち、けっしてひるむことなどなかった。こやつは戦いの経験もロクにないのにおのれの野心ばかりを大きくし、偉大な兄を亡きものにしようとした」
「父上、それほど私が憎いならばどうか明日の朝まで牢に閉じ込めたままにしてください。これからどこへ連れていこうとしているのです?」
「人の心をどこまでも読めるお前でもわしの心は読めぬのか。わしにはお前の心はよく読める」
「私の心が読めるなら、どうして兄上を暗殺しようとしたなどという疑いをかけるのです。私がそのようなこと・・・・あああー」

足を強く杖で打たれ僕は石段の上に転んだ。手を鎖で後ろに縛られていたため頭を強く打ち、額から血が流れた。背中を杖で強く打たれ立ち上がることもできない。

「口ばかり達者で憎らしいヤツ・・・・お前さえ生まれてこなければフィンドラスは・・・・」
「父上の苦しみは明日で終わります。どうかそれまで・・・・」
「デネソール様、ファラミア様のお体は普通の者では歩けないほどでございます」
「普通の者であったならこのような悲しみはなかったはずだ。さっさと歩け・・・・」
「あああー・・・・痛い!・・・・父上、どうか・・・・」

情け容赦なく打つ杖の痛みで僕は意識を失った。






気がつくとベッドの上に寝かされていた。目をあけると牢の見張りをしていた兵士の1人の顔が見えた。

「ファラミア様!」
「ここは・・・・」
「ボロミア様のお部屋でございます」
「兄上の・・・・?」

体を少しずらして部屋の様子を見た。確かに懐かしいボロミアの部屋だ。

「兄上は・・・・他の見張りは・・・・父上は・・・・」
「ファラミア様、落ち着いてください。今この部屋にいるのは私だけです。ボロミア様はまだ容態がすぐれずずっと病院で寝たきりです」
「私のせいですね」

兵士はだまって首を振った。

「私どもはみなファラミア様がそのようなことをしたなどとは思ってはいません。デネソール様だって本心は・・・いえ、私がこれ以上のことを・・・・この部屋にあなたをお連れするように命じたのはデネソール様なのです」
「父上が・・・?」
「冷たい牢の中で最後の夜を過ごさせるのはあまりにも不憫だと・・・でもあなたを見るなり怒りが抑えれれなくなり酷いことばかりしてしまうと・・・この部屋ならばファラミア様もきっと・・・・私1人が世話をするよう命じられ・・・・申し訳ございません、私にはどうすることもできなくて・・・・必要なものがあればなんなりと・・・・」

兵士は僕のそばをはなれ窓へもたれかかった。懐かしい兄の部屋、僕はいつもここでボロミアを待っていた。この部屋にくるといつでもボロミアに会うことができる、そう思うと勇気がわいてきた。

「すみません、紙とペンを持ってきてください。この部屋には書くものが何もない。兄上は字を書くのは面倒だと言って、手紙でもなんでもいつも他の者に書かせていた。本を読むのも面倒だから代わりに僕が声を出して読むようにと・・・・5歳も年上なんだからボロミアの方がよく字を知っているはずなのに、わざわざ僕に読ませていつも先に寝てしまい・・・・」
「かしこまりました。すぐに紙とペンを持ってまいります」

彼は僕の顔を見ずに逃げるように出て行き、ペンと紙だけ机の上に置いてまたすぐに部屋を出た。僕は何も置いてないボロミアの机の前に座った。

「手紙は父上にだけ残します。何をどう書いても兄上を苦しめるだけだとわかっているので・・・・そして父上もどうか苦しまないでください。私は様々な書物を読み、国はどうあるべきか学んできました。王が帰るまでゴンドールの最高権力者は執政、その執政家の間で争いが起きれば必ずや国は滅びるでしょう。私は無実です。でも恩赦を受けて生き延びれば必ずや私を利用して権力を手に入れようとするものが現われるでしょう。今の私にそれを防ぐことができず、また暗殺の首謀者として名を上げられた以上、処刑されない限りゴンドールの民は納得せず暴動が起きるでしょう。今ゴンドールで暴動が起きれば国は滅びます。だから父上の判断は間違っていません。そして最後の夜を兄上の部屋で過ごさせてくださったことに感謝します。父上には内緒でしたが、私は幼き頃よりどれだけ多くの時を兄上の部屋で過ごしたかわかりません。たとえ兄上が目の前にいなくても待っているだけで私は幸せでした。私の魂はきっとここにもどってくる、だから悲しまないでください」

ペンを置き、手紙を折った。明日のここを出る時にさっきの兵士に父に渡すよう頼めばいいだろう。そして兄のベッドにもぐりこんだ。

「兄上、僕は大丈夫だから・・・・」






目が覚めた時、僕は再び地下牢にいて鎖で繋がれていた。昨日と同じように目隠しをされ、両手を縛られたまま外へ出された。目隠しをしたままでも外の太陽の光はまぶしい。次に光を見るのは火刑台に縛られた時に違いない。そして僕の目は燃え盛る炎を見た後永遠に闇に閉ざされる。それがどれほど残酷な処刑か直接見たことはなくても遠くの呻き声は何度か耳で聞いている。体は自然に振るえ、ひざがガクガクする。見張りの兵士達に抱きかかえられるようにして歩き、1人の兵士と一緒に馬に乗せられた。まだ朝早く人通りも少ないミナスティリスの街を馬はゆっくり下りて行く。拷問は城にある地下牢でも行われるが、処刑はどんな方法であれミナスティリスではけっして行われない。殺された者の魂が飛んでくるのを恐れているからだ。急に大勢の人の声が聞こえるようになった。城門前の広場だ。大きな罪を犯した者は直接刑場に連れて行かれるのではなく、見せしめのためにここで鞭打たれ最後の拷問を受ける。僕もまた大きな罪を犯した者として皆の前で拷問を受けなければならないのだろうか。馬から下ろされ目隠しを外された。広場にはよく見えるよう高い台が作られ柱が立っている。

「登れ」

兵士ではなく死刑や重い罰を執行する特別の役人が僕に命じて一緒に台に登った。柱の周りには薪が積まれている。まさかこの場所で大勢の人に見られる中・・・・

「ただいまより重罪人の処刑を行う。本来なら処刑、特に火あぶりは必ず城門を出た外で行っていたのだが、今回は執政の命令でミナスティリスに住む全ての者に見せろということになった。命令は届いているはずだ。女、子供、年寄りであろうと全員が目をそらすことなくしっかりと見て罪を犯せばどうなるか知るように。では罪人をここに縛るように・・・」
「待ってください。ここでは刑を執行しないでください。兄ボロミアが城の病室にいます。私の呻き声が兄の耳にも届いてしまう、それだけはどうかお許しください」
「呻き声など出さねばいいだろう」
「父上!」

杖をついた父が台の上に来た。僕は目をそらした。この人は実の息子が火あぶりにされるのをじっと見てられるのか。愛がないのはわかっているが、それでも最後にすがりつこうとした手までふりほどこうというのか。

「ファラミア、執政家フーリンの人間が今までどのようなことをしたのかお前なら知っているだろう」
「はい」
「ならば何をおそれている。わしらの祖先、そしてゴンドール人が国を広げ守っていくためにどれほど残酷なことをしてきたか。殺された者の呻き声、激しい恨み、お前の体に流れるヌメノールの血はすべてを知っている。親子や兄弟で騙しあい殺しあう、わしらの祖先は何世代もそれを積み重ねてきた。この血が濃くなるほどに罪を犯し、憎悪は時として恐ろしい罰をこの血を持つ者に下す。お前の母フィンドラスがどれほど酷い死に方をしたか知っているだろう。正気を失い、怖ろしい幻覚に絶えず苦しめられてきた。そして耐えられずにわしが・・・・ヌメノールの血は呪われている・・・・愛する者を殺して孤独の中のた打ち回って死ぬよう運命つけられているのだ。わしもお前も・・・・」
「父上、やめてください。何をする気ですか」
「わしはお前を愛することができなかった。お前を愛すれば跡継ぎはファラミアだと言い出す者が必ず出てくる、遠くイシリアンへ追いやってもだ。もしフィンドラスのように正気を失えば担ぎ出す者もなくなるとずいぶんつらく当たったが、お前はどのような仕打ちを受けても聡明なままで狂ったりしない。我が子が狂ったり大きな怪我をして一生動けなくなるようなことを願う親がどこにいよう。だがわしはそれを願った。どのような姿になってもいい、生きていて欲しいと・・・・ヌメノールの血の呪いはそれすらかなわなかった」
「わかっています。だからもう・・・・誰かが犠牲にならねばならないなら私がその役割を、それでいいのです」
「お前はフィンドラスによく似ている。美しく聡明で・・・・」

父の手が僕の頬を撫でた。すぐそばに立つ僕の顔もすぐ後ろの火刑台も父の目には見えていない。周りを取り囲む人々のざわめきも消えた。

「お前を妻として迎え、わしはどれほど幸せだったか。だがどれほどの幸せをわしはお前に与えることができたのか。執政という権力だけが取り得の倍以上年の違う陰気臭い男に嫁いでどうして幸せになれよう。だがわしは心の底からお前を愛していた。それなのにわしはお前を殺し、そしてお前が愛したファラミアまで酷い方法で殺そうとしている、どうすればいい?」

ゴツゴツした手が僕の頬を流れる涙を拭った。

「泣かないでくれ、フィンドラス。わしはどうしたら2人の息子を2人とも救えるかずっと考えた。そしてようやく答えが出た。ゴンドール人、そしてフーリン家に恨みを持つ者の魂よ、今ここにすべて集まれ。最も濃きヌメノールの血を持つ男が今から火あぶりになる。炎の熱さに喚き、焼け爛れて黒焦げになるさまをゆっくり見るがよい。それでお前達の恨みは晴らされるであろう。第26代執政デネソールが最後の命令を下す。この命令に何人も逆らうことは許さぬ。後継者ボロミア暗殺未遂の首謀者デネソールを火あぶりにし、その陰で働いたファラミアは国外追放にしろ。後のことはすべてボロミアに任せる」

役人も周りの人間も一瞬シーンとなった。そして役人が父に近づいた。

「デネソール様、何をおっしゃいます。気でも狂われたのですか」
「ああそうだ。わしはフーリン家に恨みを持つ者によって長い間狂わされていた。2人の息子のどちらかを愛したかと思えばもう1人を使って暗殺を企んだり・・・・わしはもう狂っている。すんでのところで大きな間違いを犯すところだった。今は正気を取り戻した。再び狂ってゴンドールを破滅に導かぬよう早く縛って火あぶりにするがよい」
「父上!」
「フィンドラス、これでよいのだろう。お前の愛する息子達を2人とも守ることができた。わしは未来を見ることもできる。ボロミアには人間として最高の名誉が、そしてファラミアには最高の幸せが約束されている」
「待ってください。私はファラミアです。母上ではありません」
「お前は人の心が読めるのだろう。ならば幻を見させてくれてもよいのではないか」
「わかりません、父上のお心など少しもわからずに恨んで・・・・」
「わからなくてよい。恨まなければ苦しくて耐え切れなかったであろう。すまないことをした。だがすべての恨みは・・・」
「父上!」

僕の体はそばにいた兵士につかまれ台から引きずり下ろされた。役人は無表情のまま父の体を鎖で柱に縛りつけ薪を並べた。

「今より第26代執政デネソールの処刑を行う」

父以外の全員が台の上から下り、薪に向かって松明が投げられた。パチパチという火が燃える音が聞こえる。

「やめて!誰か父上を!・・・・父上は悲しみのあまり気が狂われて・・・助けて・・・・」
「やめろ、ファラミアもう遅い、お前まで命を落とす」

駆け寄ろうとした僕の体を誰かが抱きかかえた。木がはぜて炎が大きく広がり獣のような唸り声が広場に響いた。僕の体も炎の熱で熱くなり抱える手から逃れようと必死で暴れた。

「ファラミア、しっかりしろ」
「やめて!父上が、父上を助けなければ・・・・・」

太い腕を僕は思いっきり噛んでいた。ドロリとした血の味が口の中に広がり、僕もまた獣のような叫び声をあげた。




                                −つづくー




後書き

火あぶりというのは私にとって非常に怖ろしい処刑方で、デネパパの死の場面は完全にトラウマになりました。でも何度も見るうちにこの人がこういう酷い死を遂げたからこそそれまでゴンドールやフーリン家でくすぶっていたいろいろな恨みや呪い、権力争いなどがそこで1回浄化され、後の代にまで恨みを残さずにファラミアは幸せになれた、とも思えるようになってきました。そうすると映画でのあの解釈のしかたはあんまりです。私だったら最後デネソールは炎に包まれて苦しい中正気を取り戻してファラミアを助けようとし、息子が生きることを確信した上で自分1人が死んでいったと思いたいです。

生きたまま火で焼かれる苦しさというのは人を悪魔にしてしまうようで(アナキンやフリアンなど)エルフがオークになったのも火が原因だったのかなと考えています。でもそれほど苦しい死に方でありながら、デネパパは悪魔やオークにはならずに人間として死んでいった、肉体的にも精神的にも弱い種族だと指輪物語の中で人間は(特にゴンドール人)散々な言われ方をしていますが、強いエルフでさえ堕ちる苦痛の中最後まで人間として死んだデネパパは崇高な人間だと最近思うようになりました(共感できるということはそれだけ年々デネパパに自分が近づいているのかもしれないが)

今日は7月7日七夕です。願い事もせず、こんな暗い話を書いて過ごしていました。

2009、7、7


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