ハルパロスの逃亡(10)
アレキサンダーが大慌てで私の部屋に入ってきてすぐに人ばらいをした。何か重大なことがあったに違いない。私もベッドから起き上がろうとしたが、彼の手がそれを制した。私は薄い布だけを体に巻いてベッドに腰かけ、アレキサンダーはそばの椅子に座った。
「このままでいい、ヘファイスティオン。まだ体の具合が悪いのだろう・・・・俺のせいなのか・・・・俺はあの時狂気にとりつかれていた。なぜあのようなことをしたのか・・・・・」
「気にしなくていいよ。君から受けた傷はたいしたことはない。悪いものでも食べたらしくそれで寝込んでいた。それよりもどうして君はこんなに慌てて・・・・」
「アンティパトロスから手紙が届いた。ハルパロスのことが書いてある。これを見ろ!」
私の手にパピルスの手紙が渡された。よほど急いでいたのか書記官が清書したものではなくアンティパトロス本人が書いたような字でところどころ乱れて読めない字があった。
「親愛なるアレキサンダー王、急いでお伝えしなければならないことがあり、書記官ではなく直接私が書いた手紙を送る失礼をお許しください。ハルパロスが死んだという知らせが入りました。マケドニア、あるいはペルシャ人の手にかかったのではなくラケダイモン人によって殺されたようです。詳しいことはまたわかり次第お伝えします。忠実なる僕、アンティパトロス」
ハルパロスは死んだ。これはよかったと喜ぶべきことなのだろうか。しかしなぜ・・・・
「本当にハルパロスは死んだのか」
「ああ、間違いないと思う」
「でもどうしてラケダイモン人に殺されたのだろう?」
「ラケダイモン人の国スパルタはレオニダス王を出した国だ。今のスパルタはもう昔の栄光は何も残ってないが、テルモピュライで戦ったレオニダス王と300人の戦士の子孫であるという誇りだけは残っていたのだろう。だからアテネ人がハルパロスを悲劇の英雄にしたのが許せず、自分達の手で罰を下したに違いない。ハルパロスの裏切りは誇り高い戦士の彼らにとってそれほど許しがたいことだったのか」
「誇り高い戦士と言っても・・・・」
「祖先の話だ。だがラケダイモン人はそれにすがって生きてきた。まあどっちにしろ我々にとっては都合がいいかもしれない。ハルパロスの扱いをめぐって母上とアンティパトロスが対立していた。その隙を狙うアテネ人、マケドニアは戦に巻き込まれたかもしれない。そんな時問題の原因となったハルパロスが死んでくれた。これでよかったのだろう」
「そうだね。ハルパロスが死んだと知らされればまた同じことをしようとは誰も思わないだろう」
「だがこれでミエザで共に学んだ友はみな死んだか敵になった」
ミエザで学んだ友、確かにフィロタスは処刑され、カッサンドロスはあのようなことがあればいつ裏切るかわからず、そしてハルパロスも死んだ。
「でもまだプトレマイオスとネオプトレモスが・・・・」
「ネオプトレモスはミエザにいた時は10歳にもなってなかった。プトレマイオスは20を越えていた。どちらも確かにミエザで一緒に学んだが、互いを刺激し議論を戦わせ夜明けまで理想を語り合った本当の友はもう誰も残っていない。お前以外はな・・・・」
「僕がいるよ。アレキサンダー・・・・」
「そうだな、俺にはお前がいる。ハルパロスの問題は片付いた。もう一度あの頃のように夢を語ろうか。ヘファイスティオン、お前の望みはなんだ?」
彼は並んでベッドに座り私の体をじっと見た。体に巻いた薄い布には血が滲んで染みができているのに気がついた。足にかけてあった布がめくられ、大きな火傷の痕がはっきり見えた。
「敵の捕虜となり拷問を受けてもこれほど酷い傷はできないだろう。俺がやったのか」
「君ではない。神々が嫉妬して君を少しの間狂わせただけ・・・・」
私はアレキサンダーの髪に指を絡め、頬に口付けをした。
「僕の夢はミエザの頃と少しも変わらない。ただずっと君のそばにいられればいい」
「他の夢も持たなくては・・・・春になったらアラビアへ行こう。アラビアの奥地には素晴らしい宝があるという噂だ。その後は西へ向かって・・・・エペイロスのアレクサンドロス王はローマで戦死したからそのかたきもとらねばならない。ローマ人は手ごわい敵となろう。西方への遠征が終わってバビロンへ戻ってくる頃にはペルシャの王女、スタテイラとドリュペデスも大人になっている。今度こそ本当に結婚して子を作るんだ。マケドニア人の英知と勇気、ペルシャ人の美しさと豊かさを引き継いだ子が国を治めるんだよ。素晴らしいと思わないか?2人の子は俺たちよりももっと深い絆で結ばれる」
「もっと深い絆で?」
「ああ、生まれた時からずっと一緒に育つのさ。誰よりも深い絆で結ばれる。俺の子はけっしてお前の子を傷つけたりはしない。すまなかった、ヘファイスティオン」
「僕は大丈夫だよ」
「傷がしみたりはしないか?」
「カイロネイアの戦いの前、僕は君から大きな力を与えられた。今の僕にも同じ力を与えて欲しい」
私は今度はアレキサンダーの唇に唇を重ねた。互いの舌を絡めあう激しい口付け、私は彼の手を自分の秘所へと導いた。
「ああ、いい、アレキサンダー・・・・もっと・・・・・」
「俺が欲しいのか、ヘファイスティオン・・・・あの頃と少しも変わらない。お前は俺の行為を恐れそして待ち望んでいるんだな」
彼は口を私の顔から離し、私の足の間に顔を埋めて秘所に舌を這わせた。
「やめて、アレキサンダー。王である君がこんなこと」
「何を言っている。お前のものはこんなにも固くなり、そしてここは・・・・・」
「あああ・・・やめて・・・」
指でこじ開けられたその場所は必死の抵抗をしている。私の体は押し倒され、彼の髪が足に絡まりつく。敏感な場所を指で何度も刺激された私は力尽きて彼の口にどろりとした液を吐き出していた。だが彼の指は止まらない。まだ温かいドロリとした液をまとった指が容赦なく私の内側をこじ開け溶かしていく。
「ああ・・・・アレキサンダー・・・・・」
「ヘファイスティオン、いい顔をしている・・・・・」
「あああああー」
指が引き抜かれ、鋭い痛みが下から上へと貫いた。私は夢中になって腰を動かし快楽の果てに意識を失った。
「ヘファイスティオン、ヘファイスティオン、どうしたんだ!」
アレキサンダーの大きな怒鳴り声が耳元で聞こえた。私は目を開けようとしたが体が動かない。突然の真っ暗闇の世界。
「ヘファイスティオン、ヘファイスティオン!」
酷く寒い。体がガタガタ震える。
「寒いのか、今温めてやるからな」
毛布をかけられ、その上から手が必死に動いているのがわかる。だが私は少しも体を動かすことができない。何よりも何も見えないのがおそろしい。
「アレキサンダー、そばにいて・・・・」
ようやく口を少し動かせた。だが絞り出すように出た声は彼の耳に届いたのだろうか。
「ヘファイスティオン、俺はここにいる。寒いのか?温めてやろう」
彼はベッドの横に入り、胸をぴったりとつけて腕をまわした。彼の体のぬくもりを感じる。私は動かない手を彼の背中に回した。
「アレキサンダー、愛している」
「どうしたのだ、急に?まさか俺が知らない間にお前を傷つけて・・・・またあの時と同じ狂気に襲われたのか。ヘファイスティオン、お願いだ、目を開けてくれ!俺の狂気がお前を死なせてしまうなんて、そんなこと・・・・」
彼の狂気、傷は思ったよりずっとひどかったのかもしれない。
「やめてくれ!俺は気が狂って荒野をさ迷ってもいい。どんな罰でも受ける。だからお願いだ。どうかヘファイスティオンだけは奪わないでくれ・・・・どんな呪いがかけられて・・・・最愛の友を殺してしまうようなことを・・・・フィロタス、クレイトス、そしてハルパロス!お前たちが俺を呪っているのか・・・・お願いだ。俺はどんなめにあってもかまわない、だからヘファイスティオンを返してくれ!あああ・・・・」
悲痛な呻き声が聞こえた。何か言わなくては・・・・・
「・・・・・・ど・・・・・・く・・・・・・」
「ヘファイスティオン、今毒と言ったのか?お前は何者かに毒を飲まされて・・・・・待っていろ。今その医者を連れてきて・・・・」
私はゆっくり首をふった。意識は薄れていく。動かない唇を必死で動かした。
「そ・・・・ば・・・・に・・・・」
「ヘファイスティオン!」
アレキサンダーの呻き声が聞こえる。それでも彼の腕は私の体を離すことはなかった。激しく震える胸の音、慟哭の叫び声・・・・・私もまた最後まで彼の体から離れずにいた。
−完ー
後書き
ハルパロスの逃亡、これで終わりです。この話は途中からずれて全然タイトルと違ってしまい、こういう形でまとめてしまいました。ヘファイスティオンの死はアレキサンダーの狂気が引き起こしたのかもしれない、それでも彼は最後までかばって嘘をつきます。濡れ衣を着せられて殺される医者はいい迷惑ですけど・・・・最後の部分はかなり感情を入れて書き上げました。
2010、3、2
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