「ヘファイスティオン、今夜はここにいてくれないか?」
「それはかまわないけどバゴアスや他の宦官が気にしないか」
「かまうものか。こんな時そばにいて欲しいと思うのはお前だけだ。昔の俺だったら真っ先にハルパロスを追いかけこの手で殺していたであろう。だが今はその気になれない。できれば穏便に済ませたいとすら考えている」
「あれだけ広い砂漠を越えたばかりだ。疲れがたまったのだろう。それに君はインドでブーケファラスを失い大怪我もした。今はゆっくり休んだ方がいい」
「そうだな、では休ませてもらう」
アレキサンダーは寝台に横になり手を伸ばした。私がそばにすわりその手を握ると安心したように目を閉じた。
「今夜は僕が見張りをしよう」
「お前も疲れたら寝ていいぞ。バゴアスには合図をするまで起こしに来るなと言ってある」
「それなら朝まで見張りは僕だけか。責任重大だ」
「周りには数十人の兵士が見張っている。気にしなくていい。だがお前がそばにいてくれれば・・・・」
最後の言葉は聞き取れなかったが私はうなずいた。砂漠の行軍でよほど神経を使い疲れていたのであろう。まもなく私もそばに倒れこんで寝てしまった。
目が覚めた時、天幕の中は朝の光でいっぱいになっていた。隣に寝ていたはずのアレキサンダーは・・・・もう起き上がって身支度を整えていた。
「アレキサンダー、すまない。僕の方が寝過ごしてしまうなんて」
「かまわない、ミエザではいつも俺の方が先に目を覚ましていた。お前は寝相が悪くて何度も俺をけとばした」
私の頬は熱くなった。
「すまない。あの頃は本当にまだ子供で王の子である君に対する礼儀など何もわきまえていなかった」
「本当にあの頃は子供だった。俺達はただ裸で抱き合って眠り、時々口付けを交わせば立派に愛し合い深い契りを結べたと信じていたからな。俺達だけではない。プトレマイオスは年上で軍隊にいたこともあったから当然いろいろ知っていただろうけど、後はみんな子供だった。フィロタスは王よりも実際に軍隊を動かす将軍の方が偉いと俺にくってかかったし、カッサンドロスはお前とけんかして顔に傷ができたと大騒ぎした。互いの身分や立場など考えもせず好き勝手なことをやっていた。そして夜になればそれぞれ気に入ったヤツと寝ていたが、誰も愛を確かめる方法は知らなかっただろう。芝居で見たことを真似ているだけだったからな。それでも大真面目に愛の言葉を耳元でささやき、口付けを交わしてはそれで満足していた」
アレキサンダーは愉快そうに笑った。私はもはや頬だけでなく顔全体が火照って熱くなった。
「お前は純情だから愛の言葉だけで真っ赤になった。今も同じだ」
「アレキサンダー、頼む。からかうのはもうやめてくれ」
「そしてミエザから戻り、俺は父上が留守の間摂政として留守を任されることになった。父上がいない間に母上が熱心に行ったのが俺の結婚相手探しだ」
「そんなこともあったね」
「母上はプトレマイオスに俺がどういう女が好みかいろいろ聞いていた。あいつ、ミエザで俺がお前とばかり仲良くしていたことをしゃべってしまったのだろう。『お前ももう16になるのですから、王族の子として後継者を作ることを考えなければいけません。ヘファイスティオンと遊んでいる場合ではないのです。跡継ぎを作り、王として即位した後で小姓などいくらでも世話してあげます』とまあこんなことを言われた」
「それでか。僕はミエザからもどってしばらくの間王妃様から妙な視線を感じた。そういうことだったのか」
「ああそうだ。母上は俺とお前が絶対に絆を結んでいると信じていた。エペイロスの親戚、地方の豪族、しまいにはコリントスからヘタイラを連れてきて、1回でも経験してしまえば女に興味を持つだろうと真剣に考えた」
「それで君は?」
「しかたがないからそのヘタイラに口付けをして、芝居で覚えた愛の言葉をささやいたさ」
「それだけか」
「当たり前だろう。その頃俺はそこまでしか知らなかったのだから。だけどこの話を聞いて母上は怒り狂った。『いいですか。お前は結婚して跡継ぎを作るまでヘファイスティオンに会ってはいけません。ああ、おぞましい、男同士で関係を結ぶなど・・・・お前にはやたら若い小姓に手を出して出世させるあの男の血が流れているのです。それを断ち切らなくては・・・・もし今度私に内緒でヘファイスティオンに会ったら彼を牢に閉じ込めます』」
「え、そこまで王妃様、君の母上は・・・・・」
「そうだな。母上はお前こそ俺に男同士のありとあらゆる快楽を教えた諸悪の根源、すぐにでも牢に閉じ込めたかったに違いない。ハハハハ、俺達の関係はまだ子供のままだというのに、俺はそもそもそういうこと知らなかったのだから、まだ何もしていませんと弁解もできない。もしかして男同士で抱き合い口付けを交わすのは罪なことかもしれないと真剣に悩んださ」
「そんな危険を犯してまで・・・・だって君はあの頃普通に僕と会って話をしていた」
「話はしていた。でもしばらくの間一緒には寝なかった」
「それは王宮では君の部屋はたくさんの兵士が見張っていて簡単に近づけなかったから。でもその後カイロネイアの戦いでは一緒の天幕で寝た」
「さすがの母上も戦場について来ることはできない。まさか俺の天幕に誰が一緒に寝るか調べろと兵士に命じるわけにもいかないし。おかげで俺達は無事カイロネイアで真の絆を結ぶことができた」
「カイロネイア、そういえばそうだ・・・・」
私達はカイロネイアの戦いの前夜、小さな天幕の中で初めて本当に結ばれた。その夜のことは決して忘れないであろう。
「今度の戦いは今までにないほど厳しいものになると父上が言っていた。それに俺は左翼の指揮を任されている。今までのように自分1人が多くの敵を倒せばいいというわけにはいかない。常に全体を見て指示を出さなければならない」
「わかっている。明日は僕も今までのように君を頼ったりはしない。自分の力で精一杯戦うつもりだ。でももし自分より強い相手が目の前に来たらやられるかもしれない」
「ヘファイスティオン、戦場でやられるということは死を意味する。そんなことはあってはならない。お前に俺の力を与えよう。特別な儀式がある」
「特別な儀式?」
「ああ、テーバイの神聖隊は互いに愛する者同士がペアになって隊列を組んでいる。彼らは愛する者を守り恥ずかしい姿を見せないために死にものぐるいで戦う。それだけではない。力と勇気を共有するための特別な方法を知っているようだ。まあアテネの人間はその方法で知恵が流れ込んでくると信じているようだが、俺はテーバイの説を信じる。テーバイと戦うということがわかってから、俺は神聖隊についてあらゆる巻物を読んで調べた。隊列の組み方、武器の使い方、そして力と勇気を共有する特別な方法もだ。最初俺はそんなことをするなど信じられなかった。だが俺達は明日どんなことがあってもテーバイ、そしてアテネの連合軍に勝たねばならない。神聖隊と同じ秘儀を行おう」
「君の力と勇気が僕にもわけてもらえるならそんな心強いことはない」
「ヘファイスティオン、この儀式は途中までは今まで俺達がミエザでしていたことと大して変わりはない。だが最後には驚くべきことが行われる。ここカイロネイアに母上はいなく、周りの兵士もみな不安を紛らわすために酔っ払っているが、あまり大きな声を出せば聞こえてしまう。俺がどんなことをしても決して声を出さずに耐えると誓えるか」
「誓うよ。僕も君と同じような力を手に入れ、明日の戦いに勝って君と勝利を祝いたい。そのために必要ならどんな試練にも耐える」
「その言葉を忘れるなよ。初めての時ほとんどの者はあまりの痛さに逃げ惑い、泣き叫んで許しを乞うと書いてあった。でもお前はそんな弱い男ではない。俺が選んだ生涯を共にする男なのだ」
「アレキサンダー、君に選ばれた男であること、僕は誇りに思うよ」
私達は裸になり口付けを交わした。いつもの唇を合わせるだけのものとは違う、彼は舌を私の口に入れ唾液と一緒に絡めてきた。重なって倒れるように寝台に横になると彼は私の足を開き、その間の敏感な箇所に手を伸ばしてきた。
「あ、まって・・・そこは・・・・」
「声を出すなと言ったはずだ。お前は目を閉じ、唇を噛み締めて俺を受け入れればいい」
彼の手は私の股間を揉みしだき、そこはすぐに力が入って立ち上がった。
「アレキサンダー、これは・・・・」
「お前が立派な男だという証拠だよ」
彼の顔は私の顔から離れ、大きく開いた股間をじっと見つめた。
「やめて、こんなこと、恥ずかしい」
「恥ずかしがることはない。これは神聖な儀式だ。お前は目を閉じ、ただ俺を受け入れればよい」
「アレキサンダー・・・そこは・・・・あああ・・・・」
「感じるか。お前ももう立派な男だからな。これを知ってしまったら俺達はよく今まで何もせずに抱き合って眠れたとそっちの方が不思議に思える」
「やめて・・・はじけそうで・・・出てしまう・・・」
「恥ずかしがらなくていい。俺の前ですべての力を吐き出して楽になれ。これは儀式なのだ」
「あああー・・・・」
私の体は急に力が抜け、どろどろとした体液が流れ出るのを感じた。彼の手がそれをうけとめ股間にこすり付けていく。そしてさらに足を大きく広げられ・・・・
「やめて!そんなところに手を・・・・」
「お前は何も言うな!黙っていろ!」
ピシャリと頬を叩かれ慌てて目を閉じた。彼の声は真剣だ。指が敏感な部分をなぞりガクガク震えた。
「怖がらなくていい。多くの男がこの儀式で力を得て戦いで勝利を掴んだ。ゼウスよ、我が力を最愛の友ヘファイスティオンにも与えてくれたまえ」
仰向けのまま開かれた足の中心に突き刺すような鋭い痛みを感じた。私は歯を食いしばり声を出さぬよう堪えた。最も敏感な体の部分に槍を刺され、キリキリと捻じ込まれている。呻き声が口からもれ、押さえつけられた両足が逃げようともがく。それでも私の意志はしっかりその場にとどまることを命じた。噛み締めた唇からは血が流れ、固く閉じた目の前が真っ赤になった。激しい攻撃に体の中からも血が流れているのがわかった。
「ヘファイスティオン、わかるか。俺達は今ひとつになった。お前には俺の力が・・・・」
「アレキサンダー・・・・・」
私の意識はそこで途切れた。
「あの時は本当にすまなかった」
アレキサンダーがポツリと言った。
「今から思えば戦いの前夜にあんなことをするなど無茶な話だ。だがあの時はそれを信じていた。神聖隊と同じ儀式をすることによってお前にも力を与え共に勝利をつかむのだと・・・・」
「僕も信じていたさ。だからカイロネイアでは自分でも驚くほどの力を発揮した。君の力をわけてもらったのだから」
「同じことを繰り返し俺はここまで来た。お前がいなかったらこれほど戦いに勝ち先に進むなどなかったであろう。例え戦では勝ってもいつ誰に殺されるか疑惑の念ばかり抱いていただろう。お前がいてくれたから俺はここまでこれた」
天幕の外で足音が聞こえた。私もアレキサンダーもさっと身構えた。
「イスカンダル王、プトレマイオス様がお話があると言って来ています。入ってもよろしいでしょうか」
「バゴアス、待て。身支度は自分で整える。プトレマイオスは古くからの友、そうかしこまった服を着なくてもいいだろう。話の内容はだいたいわかっている、すぐに行くと伝えてくれ」
「わかりました」
足音が遠ざかるのを確かめてアレキサンダーは耳元でささやいた。
「とんだじゃまが入ったな。せっかくお前と懐かしい話をしていたのに・・・」
「プトレマイオスもハルパロスのことをどこかで聞いたのだろう」
「ああ、間違いない。あいつは女好きであちらこちらでいろいろな女に手を出しているが、不思議と大きな問題は起こしていない。自分の立場や女との関係をよくわきまえている。今回の事件、あいつならどう思うかな」
「プトレマイオスはいつも冷静だ。彼の考えを聞くのはいいと思うよ」
「お前も一緒に来てくれ」
「別に彼と話をするくらい君1人で大丈夫だと思うけど・・・・」
「いや、今の俺達はミエザの頃とは違う。友達同士議論を戦わせ好き勝手なことを言っていたあの時のように話をするわけにはいかない。正式な会議ではないから服装に気を使わなくてもいいが、それでも誰が何を言ったか聞き耳を立てている者が必ずいる。場合によってはこれが原因で新しい戦や小競り合いが起きるかもしれない。広い国を手に入れた代わりに俺は多くのものを失った。今安心してなんでも話せるのはお前だけだ」
「アレキサンダー、僕は君のそばにいる。いつまでも・・・・」
私達は簡単に身支度を整え天幕の外に出た。もしこれがミエザの頃でハルパロスが学校のお金を使い込んだというだけなら、彼が退学になり父親にこっぴどく叱られるだけだったであろう。だがこの出来事は私の想像以上に多くの者を巻き込む大変な事件となってしまった。
−つづくー
後書き
2人の女性観などを書こうと昔話をさせていたらいつの間にかミエザの思い出や息子を結婚させようとする母上の奮闘、そして初体験の思い出になってしまいました。すみません、このあたりは書くのが楽しくタイトルのハルパロスのことはすっかり忘れていました。今回の話では初体験はかなり遅く、アレキサンダーが神聖隊について巻き本を見ているうちに方法を知ってしまった(笑)という設定にしていますが、いつ頃知って実践したかは別として彼らはそれを肉欲ではなく神聖な儀式と考えていたのではないかと思います。互いの考えを共有し神聖な儀式で結ばれた友がいる以上、女性との付き合いや結婚は戦利品や理想の国づくりの手段くらいにしか考えてなかった、だからハルパロスの事件はこの2人には理解できないことだったと思います。
2009、11、20
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