ハルパロスの逃亡(4)

数日後、アレキサンダーの手紙がマケドニアにいるアンティパトロスに向けて送られた。いつもならアレキサンダーは送るつもりの手紙を必ず私に見せてくれたし、たとえ見なくてもそれがどんな内容のものか私にはよくわかっていた。オリュンピアス様から届けられた個人的な手紙ですら彼は誰にも言わぬと誓わせた上で笑いながら私に見せた。中にはあの方らしい言葉で私への悪口がたくさん綴られていた。遠く離れた場所に住む母上から何を言われてもアレキサンダーは平気だったし、私もまたあの方からは自分宛に脅迫めいた手紙も届いたのだが気にすることはなかった。でも今回の手紙を彼は見せてはくれなかった。私は内容を知っている。急がなければアンティパトロスは王の命令に従ってハルパロスをこっそり逃がしてしまうであろう。大臣アンティパトロスに負けない力を持ちマケドニアにいてすぐ軍隊を動かせる者と言えばあの方しかいない。私はオリュンピアス様への手紙を書いた。

「親愛なるオリュンピアス様、長い間こちらの様子をお知らせできなくてすみませんでした。我々はインドでの戦いの後ゲドロシアの砂漠を渡り、多くの兵士、そして奴隷を失って手紙を送ることさえできない状態が続きました。そしてようやく砂漠を越えたと思ったら、今度はハルパロスの裏切りを知ったのです。ハルパロスがバビロンで多額の金を使い込み逃亡したという話はすでにオリュンピアス様の耳にも届いているかと思います。アレキサンダーはすぐに大臣アンティパトロスに手紙を書きました。王の書記官でもある私は公式文書の整理をしている時に偶然書きかけの手紙を見て驚きました。なんとそこにはハルパロスを捕えるふりをしながらも彼を逃してくれという内容が書かれていたのです。古くからの友人を殺したくはない、それがアレキサンダーのやさしさなのでしょう。ですがハルパロスをこのままにしておいては各地を任せられているペルシャ人太守にしめしがつきません。莫大な金を使い込んだ彼は王の前に引きずり出され、裁判にかけて処刑しなければみせしめとならないのです。おろかなアンティパトロスは深く考えずに王の命令に従ってハルパロスを逃がしてしまうでしょう。ですからぜひオリュンピアス様のお力を貸していただきたいのです。ひそかにハルパロスを捕えバビロンまで連行することができる軍隊を持ち命令できるのはオリュンピアス様だけです。どうか我らの秩序を守るために協力してください。捕えられたハルパロスを見て裁判にかければ、アレキサンダーもきっとこれでよかったと思いなおすでしょう。どうかマケドニアと我らの秩序、平和を守るためにお力を貸してください。忠実なしもべである書記官エウメネスより」

手紙には自分の名前は書かずエウメネスが書いたことにした。同じ内容の手紙でも私からのものとわかればオリュンピアス様はすぐに破り捨ててしまうだろう。いや、破いてくれるならまだよい、手紙を証拠に私を反逆者と決め付け処刑しろと騒ぎ立てるかもしれないのだ。書記官のエウメネスは昔からオリュンピアス様のお気に入りで、遠征の途中で何度も戦いの様子を詳しく書いた手紙を送っていた。そのエウメネスからの頼み、そして大嫌いなアンティパトロスと反対のことをやるというのならあの方はきっと喜んで協力してくれるであろう。念のため私は手紙をエウメネスの奴隷に手渡し、彼の印章を押してから手紙を運ぶ者に渡せと命じた。





また何日もかけてオアシスの小さな村から村へと移動し、私達の一行はようやくスサへとたどりついた。スサにはペルシャ王の離宮がある。ここまで来れば誰もがゆっくりと休めるであろう。離宮の大広間では何日も祝宴が続けられ、ようやくそれも終わりになるかと思われる時に私はアレキサンダーに呼ばれて王の部屋へと足を踏み入れた。

「どうした、ヘファイスティオン。お前はもう1人の王なのだから遠慮することはないぞ。ペルシャの王はよほど祝宴が好きだったらしい。食べきれないほどの食物と美女や宦官の歌や踊り、俺はもううんざりだった。早くお前を抱きたいとそればかり考えていた」
「君もペルシャの王らしく振舞えばよかったのに」

私は笑いながら答えた。

「ペルシャの王になどなりたくはない。お前という最高の男を知っているのだ。どんな美女やスタイルのよい宦官だって色あせて見える。お前はどうだ?気に入った美女は見つかったか?」
「君という最高の王を知っているのだ。どれほどの美女が目の前にこようとなんとも思わない」
「そうか、お前はまだ女を知らなかったからな。いや、女を相手にするのも悪くはない。滑らかな肌、柔らかな胸、男とはまた違った快楽が味わえる。男として最高のものを持っている。俺の手を楽しませるだけではもったいないぞ」
「ああ・・・・アレキサンダー、待ってくれ」

彼の手が私の下半身をまさぐった。宦官の艶かしい踊りを見たすぐ後だからだろうか。ほんのわずかな刺激でも私の体はビクビクと反応した。

「宦官の踊りなど俺達にとっては目の毒だ。女よりもそっちの方がよほど刺激を受ける。腰をくねらせ足を大きく開き・・・・なんだ、お前の蜜はもう染み出している、ずっと我慢していたのか」
「ああ、もう我慢できない・・・・君の手が・・・・」
「かまわない、もっとよくお前の喘ぐ姿が見たい」

私の衣服は剥ぎ取られベッドへと押し倒された。アレキサンダーもまた服を脱ぎ、生まれたままの姿で私に近づいてきた。壁にはたくさんの灯りがともり、部屋の中は昼のように明るい。

「灯りを消してくれ。こんなに見られては・・・・」
「お前のあえぐ姿が見たいと言っただろう。恥ずかしいならば目を閉じていればいい」
「アレキサンダー、君の顔がこんなに近くに・・・・」
「体はもっと近くにある。お前の胸の音、血がめぐる音まで聞こえそうだ。契りを結んだ日のことを覚えているか」
「はっきりと覚えている。あの日、僕は君から力と勇気を与えられた。だからこそ戦いで生き残ることができた」
「そうだった、体を重ねながら俺達は互いの力や勇気、知恵などすべてのものをわかちあってきた。お前の中へと入り体を合わせればお前の心まで読み取れそうだ」

心を読み取るという言葉にドキリとした。まさかアレキサンダーは私があの方に偽の手紙を書いたことに気付いているのだろうか。

「ああ・・・・アレキサンダー・・・・」
「どんなに柔らかくとろけそうになってもお前は必ず最初に固くなって俺を拒み強く締め付ける。それがたまらなくいい、女や宦官では決して味わえぬ快楽だ。ああ、強く締め付けている」

私の体はいつもよりもっと固くなって侵入を拒んでいるのかもしれない。それでも彼はジリジリとこじ開けるように挿入してきた。声を出すまいと歯を食いしばると脂汗が滲み出た。続いて強い振動が繰り返され、私は叫び声をあげた。動きがゆっくりとなってもまだ口からは喘ぎ声が漏れ息が荒くなる。

「ヘファイスティオン、俺が今何を考えているかわかるか?」

大きく首を振った。向かい合って話しているのなら言葉を出す前に考え、嘘をつきとおすことも可能であろう。だがこうして体を合わせ、互いの胸の鼓動が聞こえる距離にいる時にどんな嘘がつけようか。

「俺達の結婚について考えている」
「結婚!」

意外な言葉に大きく叫んでしまった。

「そう、ガウガメラの戦いでダレイオスの家族を捕虜にした時からずっと考えていた。ダレイオスには2人の娘がいた、お前も顔を見ているであろう」
「ああ、ダレイオスの母君は君と僕を間違え最初に僕に向かって跪いた」
「そう、その同じ天幕にいた2人の姫だ。あの頃は2人ともまだ子供であったが今ならもう成長しただろう。実はお前に内緒にしていたがペルシャの2人の姫、そして貴族の年頃の娘はみなスサに来るようにと命じておいたのだ。近いうちに顔を見られるであろう」

ハルパロスのことではない、急に体の力が抜けた。

「ハハハ、女には関心のないお前もペルシャの姫には興味を示したか。いい顔をしている。2人ともさぞ美しく成長しているに違いない。姉のスタテイラは私の妃、そして妹のドリュペデスをお前の妻としよう。俺達はただ力によってのみペルシャを征服するのではない。マケドニアの兵士、将軍、そして俺達2人、それぞれがふさわしいペルシャ人の娘を妻とし、両方の血を受け継いだ子が次に国を支えていくのだ。俺の子とお前の子はペルシャ王家の血を受け継ぐ。いとこどうしの2人は俺たちよりももっと深い絆で結ばれるのだ。素晴らしいとは思わないか?」

私は黙って微笑んだ。アレキサンダーの話は突然すぎて意味がよくわからなかった。ハルパロスのことはどうなるのだろうか。この結婚話にまぎれてうやむやにされてしまうかもしれない、いや、みなが忘れることを願ってアレキサンダーはこんなことを思いついたのかもしれない。なぜそれほどまでにハルパロスをかばうのか・・・・違う、そうではない!アレキサンダーは前から言っていた。自分はペルシャを征服し支配するために遠征を始めたのではない。マケドニアともペルシャとも違う新しい国を作り・・・

「どうした、ヘファイスティオン。微笑んだと思ったら突然激しく首を振ったり・・・・」
「君がいけないよ。僕が今どういう状況にいるか考えてくれ。君を受け入れるためにはそれなりの覚悟と集中力がいるんだ。女やバゴアスが相手ならこんなにしゃべったりはしないだろう」
「ハハハハ、すまない。お前は俺を受け入れるので精一杯だったのだな。忘れていたよ。お前と一緒に寝ることは俺にとってはあまりにも自然なことだからついいろいろ話してしまう。確かにバゴアスや女が相手の時は何もしゃべらず行為だけに集中している」
「それだけ君は僕に心を許していると受け取ればいいのかな」
「そうだ。お前の前で俺はまったく無防備になる。なんの警戒心も抱く必要がないし、どんなことでも話せる。お前だけだ、ヘファイスティオン」
「僕もだよ、アレキサンダー」

彼の手が私の肩に絡みつき、私も手を彼の腰にまわしてしっかりと抱きしめた。2人の胸の鼓動も息を吐く音もはっきり聞こえるほど近くにいる。でも私のしたこと、しようとしていることは彼に悟られるわけにはいかない。どんなことがあっても・・・・





                                  −つづくー




後書き
 第3章の前回あたりからハルパロスに対してアレキサンダーとは違った考えを持つヘファイスティオンということを意識し、第4章の今回でははっきりと手紙に書いてそれを行動で示すようにしました。事実とは違っているだろうけど、ハルパロスに対して別の態度をとることで、フィロタスの拷問、処刑に一番積極的に関わったヘファイスティオンの心の闇や葛藤、そして互いに愛しあい体を重ねながらも微妙に考えが変わり互いに嘘をついていく2人の関係が書ければいいと思ってます。

2009、12、8




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