ハルパロスの逃亡(5)
アレキサンダーは自分や私がペルシャの王女と結婚するだけでなく、プトレマイオスやエウメネスなどの主だった側近から兵士までもがペルシャ人の娘と結婚することを望んだ。何日もかけてそれぞれの身分にふさわしいペルシャ貴族の娘を選び出し、その1人1人を誰と娶わせるかを確認していった。アレキサンダーのこの新しい試みに誰もが興味津々で、もはやハルパロスの名前を口にする者など誰もいなくなった。
「お前はいいよな。もともと一人身だしダレイオスの娘を妻にするのだから彼女を正妻にすればいい。だけど俺達には困ったことだ。プトレマイオスもタイスをどうするか悩んでいるぞ」
普段めったに口をきかないエウメネスが話しかけてきた。
「タイスはどうせコリントスにいた女だ。マケドニア貴族の娘ではないから別にかまわないだろう」
「そうだけどさ、あいつはタイスにぞっこんだろ。それに彼女はインド遠征にまでついてきた。そこまで愛している女をなぜ今になって側室にしペルシャ人の娘を正妻にしなければならないのかと本気で悩んでいた。俺だってなじみになったギリシャ人の女がいる。ハルパロスみたいに溺れて金を使い込むことはないがそれなりに情も移っている。見捨てるわけにはいかない」
「それぞれ悩みがあって大変だな」
私はそっけなく答えた。彼らのなじみの女のことなどこのさいどうでもいい。アレキサンダーがそれを望んでいるのならできるだけ実現するのが私の役割だ。
「お前もどうせ組み合わせに参加しているのだろう。頼むからできるだけ中央と繋がりのない地方豪族の娘と俺を組み合わせてくれ。エウメネスと有力貴族の娘を結びつけるのは危険だとかなんとか適当に俺の悪口を言っていいからさ」
「どうしてだ?相手によっては出世のチャンスだろう。何事にも抜け目ないお前の言葉とは思えない」
「誰にも言うなよ。オリュンピアス様から相談したいことがあるからできるだけ早くペラに戻って欲しいという手紙が届いた。俺はアレキサンダーが予定している合同結婚式とやらが終わったらすぐにでも理由をつけてもどるつもりだ。元々兵士ではなく記録を残すつもりで俺は遠征に参加した。戦いが終わった今はもう役目も終わりだ。バビロンにもスサにもペルシャ人の書記官がたくさんいる。俺がいつまでも残る理由はないだろう」
「オリュンピアス様からの相談てなんだ?」
私はさりげなくエウメネスに聞いた。ハルパロスの処遇に関するあの手紙のことを言っているのだろうか。
「詳しいことはわからないが、オリュンピアス様は俺を側において家族のようになんでも相談したいと書かれていた。もしかしたらペラにいるアレキサンダーの妹の誰かと・・・・・そうなった場合こんなところで身分の高い娘と結婚したらまずいだろう」
心の中で笑いを噛み殺した。エウメネスは日頃から自分の知恵と知識を自慢しているが案外うぬぼれで愚かなのかもしれない。
「うらやましい話だ。俺はオリュンピアス様に嫌われているからまちがってもアレキサンダーの妹と結婚するなんていう幸運はない」
「いいじゃないか。どうせダレイオス王の2人の王女はアレキサンダーとお前で分け合うことになっているんだろう。お前の幸運を祝福してやるから、俺の幸運の手助けをしてくれ」
「わかった、アレキサンダーにお前の悪口を言えばいいのだな」
私は今度は本当に笑いながら答えた。彼を今ペラに行かせるわけにはいかない。心にもない言葉を並べ、彼をペルシャ貴族の中でも有力な者の娘と結婚させ、ここにとどまってもらおう。
アレキサンダーと2人だけの密談が始まった。
「俺とお前がダレイオスの娘、スタテイラとドリュペデスを娶ることは決まったが、もう1人王族の娘がいる。やっぱりプトレマイオスがいいかな」
「いや、僕は反対だ。エウメネスの方がいい」
「エウメネス、お前の口から意外な言葉を聞くな。あいつとはかなり仲が悪いだろう」
「そうだけどプトレマイオスにはタイスがいる。プトレマイオスに限ってハルパロスのようなことにはならないと思うけど、女に溺れたらどうなるか前例があるだけに注意した方がいいと思う。それに比べエウメネスはいつも冷静で自分に不利になるようなことは絶対にしない。安心して権力を持たせ、ハルパロスがいない今財政管理を任せられるのは彼しかいない。もちろん僕は彼のことは大嫌いだ。でもこのような状況で冷静に考えた結果、王族の娘はエウメネスと結婚させた方がよいと思った」
「そうか、お前の言うとおりかもしらないな。ハルパロスが捕まらない今これ以上裏切り者が出たら困る」
「好き嫌いは別にして、僕はエウメネスほど財政管理を任せるのにふさわしい男はいないと思うよ。あいつは書記官でかなりの知識がある」
「自分がその地位を狙おうとは思わないのか、ヘファイスティオン?」
アレキサンダーの手が私の頬に触れた。ただそれだけでゾクリとするほどの快感がある。
「僕はそれ以上の地位を求めているさ」
私は立ち上がってわざとゆっくり衣服を脱ぎ再び彼の横に腰を下ろした。彼の手が足の間へと伸びてきた。
「いいか、俺達が相手にするのはペルシャのお姫様だぞ。けっして無理強いせずやさしく扱わなければ・・・・」
「わかっているよ。それより君の方こそ・・・・」
「お前より俺の方がよほど女との経験が多い。いいか、すぐにやろうとしてはだめだ。まずは優しく口付けし、ゆっくりと体の上の方から触れていく。間違っても最初からそこを触るんじゃないぞ」
言葉ではそう言いながら彼は寝台の上に私をうつ伏せに寝かせ、荒々しく急所を責めてくる。すぐに私の息も荒くなり、彼を求めて腰を浮かせた。
「最初の日は無理に入れようとしない方がいい。ただ体を慣らし恐怖感を持たせないようにする。そして体が柔らかくなったら・・・・・」
「あああー、ちょっと待ってアレキサンダー、僕の体はまだやわらかくなっていない」
「お前は大丈夫だ。お前の体がどう反応するのか俺が一番よくわかっている」
「ああああー、そんなに強く・・・・やめて・・・・」
「お前はドリュペデスの前ではどんな顔をするのか、それが見られないことだけが不満だな」
「僕だって君がロクサネやバルシネ、そしてペルシャの姫の前でどんな顔をするかは知らない」
「俺はお前の前ではすべてを正直に曝け出している。こうして体が結ばれている今、心も嘘はつけない。正直に言おう、ヘファイスティオン。アンティパトロスへの手紙で俺はハルパロスのことわざと逃がしてくれと書いた。あいつを見逃すわけにはいかないことぐらいよくわかっている。それでも殺したくはなかった・・・・」
「アレキサンダー・・・・どうしてそんなこと・・・・」
私は手紙の内容を読んで知っていた。それでも初めて聞いたフリをした。
「あの時俺についてきたのはお前とプトレマイオス、ネアルコス・・・・そしてハルパロスだ。フィロタスは父親の立場を考えてのことだろうがついてはこなかった。あいつは足が不自由だから危険だと俺は止めた。だけどあいつは・・・・盗賊に狙われた時真っ先にやられるのは自分だからその間にみんなが逃げればいい、自分は一生一緒に戦うことはできないからこんなことぐらいしか役に立てない、そう言っていた。幸いあの逃亡の日々で大きな盗賊団に出会うことはなく誰も死なずにすんだ。だけどあいつにとってはあの時が一番大きな戦いであり毎日死の恐怖を感じていたに違いない。自分を盗賊のおとりにしようとしていたのだからな・・・」
「アレキサンダー、だからと言って・・・・」
「わかっている。だけどあの時のあいつの言葉に嘘はない、本気で俺達の身代わりになって死のうとしていた。まだ王にもなっていない俺のために・・・・その気持ちを考えると・・・・・戦で手柄をたてることができないあいつが女を惹きつけておくためには金が必要だったのかもしれない」
アレキサンダーは私の背中にしがみつき、こみ上げてくるものを抑えようと必死に堪えていた。体の震えと慟哭が私の心を包み込んだ。
「みんな自分を犠牲にしてまで俺を助けようとした。フィロタスだって一緒に来ようと準備までしていた。それなのに俺は・・・・さぞ恨んで死んでいったに違いない」
啜り泣きの声が聞こえた。流れる涙が背中に落ちるのも感じた。私は黙って彼の悲しみを受け入れた。
「すまない、お前にこんなことを話すつもりはなかったのだが・・・・」
アレキサンダーは立ち上がり服を身につけた。私も体を拭いて服をつけ、彼の隣に座った。
「昨晩言ったことは忘れてくれ。俺は興奮して感情が高ぶったようだ」
「君の気持ちはよくわかった。でもフィロタスを自分の手で拷問にかけ処刑しろと真っ先に主張したのは君ではなく僕だから、君は苦しまなくていい」
「ヘファイスティオン」
「君はヘラクレスとアキレウスの血を引いている。英雄は人間と同じように自分のしたことを後悔しなくていい。運命の命じるままに生きればいい。そのために必要なことは僕がやる。君は英雄となるにはあまりにも優しすぎる。もっともっと傲慢になっていい。でなければこの大きな国をまとめることなどできはしない。君は自分の信じたことをやればいい。後始末は僕が引き受けよう」
「お前は随分強くなったな。昔とは違う」
「弱いままでは君を守ることなどできない」
私はアレキサンダーから目を離し遠くを見た。もうハルパロスの一行はマケドニアに着いたに違いない。ギリシャのどこかに上陸すれば彼はたちまち捕えられるであろう。秩序は守られる。
「合同結婚式は華やかにやろう。俺達は新しい世界を作っていくのだからな」
「もちろんだ。僕はこういう時にいつも君の隣にいられて誇りに思うよ」
−つづくー
後書き
2010年になってから始めての更新です。やっぱり時間がたつと前に書いたことを忘れているので前の部分を読み返してから書きました。
アレキサンダーとヘファイスティオンの関係について、映画を見て1〜2年はアレクが激しく攻撃的でヘファはやさしく受身と自分の中でイメージが固定されていてそのイメージのまま書いていたのですが、他の本や漫画などを読むうちに必ずしもそれだけではなくヘファに冷酷な部分があったり、逆にアレクの方が自分の行為に悩んだりしたのではないかといろいろ考えるようになり、人物像が定まらずにかえってブレが出てきているようにも思います。まあブレていろいろ文章の中で試しながら自分の中で人物像ができてくればいいと思っています。あまり期待できるような文は書けないかもしれませんが、それでも読んでくださった方、今年1年よろしくお願いします。
2010 1、12
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