抱擁(ボロミア19歳、ファラミア14歳9歳、デネソール67歳44歳、クローディル41歳33歳

 戦いが終わり、ミナス・テリスに1年ぶりに戻ってくると、街は大歓声に包まれていた。皆口々に俺の名前を叫び、ゴンドールの勝利を祝っていた。父も満足そうな顔で見ていた。だが俺は誰よりも先にファラミアの姿を見つけたかった。たくさんの人の中に不安そうに立っているファラミアを見つけ、すぐにかけよって抱きしめた。二人とも何も言わなかった。ただ抱き合って涙を流していた。

 ボロミアが帰ってきた日の夜、また父の部屋に呼ばれた。なぜ呼ばれたか、何をされるかわかっていたので、黙って服を脱ぎ、床に横になった。

「なぜ呼ばれたかわかっているのか」
「はい、兄上に抱かれて泣いていました。人前でそのようなことをしてはいけなかったのです」
「わかっていて同じことを繰り返したのか」
「すみません。もうしません」

 また鞭で打たれた。泣き叫びながらも回数を数えていた。この時間が過ぎればボロミアに会える、そう思うとそれほど辛くはなかった。

 夜になるとにぎやかな祝宴が開かれた。俺はたくさんの人から祝いの言葉をかけられた。戦いの話も聞かれたが、俺はあまり話したくはなかった。代わりにクローディルが詳しく話していた。俺がいかにうまく軍隊を率いて勇敢に戦ったか、少しの事実を大げさに誇張し、巧に話を盛り上げていた。実際の戦いは決してそんなものではないが、聞く方としてはそんな話が一番よいのだろう、父もそばで満足そうに話を聞いていた。祝宴は夜遅くまで続けられた。このような席にファラミアが呼ばれることは決してなかった。それがいいとは思わないが、俺が余計なことを言えば、父がもっと弟に辛くあたるだろうと思うと何も言えなかった。早く抜け出してファラミアのところに行きたかったが、そうするわけにもいかず、その場を離れることはできなかった。

 ようやく自分の部屋に戻ると、ファラミアが俺のベッドで先に寝ていた。よく見ると服に血がついて、顔には涙の跡がある。俺がいることに気がついたのか、すぐに起き上がってベッドの上に座った。

「兄上、ごめんなさい。先に寝てしまって・・・」
「いや、いいんだよ。遅くなってすまなかった。でもしばらくはミナス・テリスにいられるからお前とゆっくり話ができる」
「本当ですか、ここにいられるのですか」
「ああ、ずっとではないがな・・・どうした、父上とうまくいってないのか」
「いえ、僕が悪いのですから・・・」
「服に血がついている、見せてみろ」

 ファラミアの服を脱がせ、その背中を見て驚いた。小さな体には鞭の跡がたくさんあった。そのいくつかは血が滲んでいる。

「俺がいない間、いつもこんな目にあっていたのか」
「いつもというわけではないです。僕が悪い時だけです」
「お前はきょう何か悪いことしたのか」
「兄上と抱き合って泣いてはいけないと言われました」
「そんなことで・・・悪かった。俺は何も気がつかずに・・・・すまない、俺はどうすることもできない。俺が何か言えばますます父上はお前に辛くあたってしまう」
「だいじょうぶです。兄上がそばにいてくれれば僕はだいじょうぶです」

 俺は自分の服をすべて脱ぎ、裸になった。ファラミアにも同じようにした。何も身につけないで、ベッドに横たわり小さな弟の体を抱いた。

「兄上、どうして服を脱いで・・・」
「こうして直接体を触れ合っていると、お前の痛みも悲しみも俺に伝わってくるよ。すまない、俺にはこんなことしかできない・・・」
「僕はもう痛くないです。怖くもないです。兄上がそばにいてくれるから・・・」

 俺たちはそのまま抱き合って眠ってしまった。ファラミアを抱いて寝ているというのに、俺はまたあの時の夢を見てしまった。敵の捕虜を殺し、拷問している夢。ファラミアの悲鳴で目が覚めてしまった。

「どうした!」
「怖い夢を見て・・・人が殺されて・・・あんな殺され方・・・」
「お前、俺と同じ夢を見てしまうのか!」
「いつもではないけど・・・時々、他にもいろいろな夢を見ます。怖い夢ばかり・・・」
「知らなかったよ、お前がそんなにいろいろなことで苦しんでいるなんて・・・」

 ミナス・テリスにいる間は、俺の軍隊の者もほとんどそれぞれの故郷に戻っていた。残った者もたまに簡単な訓練をするぐらいで、ほとんど自由に過ごしていた。ある日俺はクローディルの家を訪ねた。

「少し相談したいことがある。入ってもいいか」
「ボロミア様、このようなところまで来ていただかなくても、呼び出してくだされば、すぐ行きましたのに・・・」
「近衛兵の隊長や軍隊の隊長までしていたのに、随分質素な暮らしをしているな」
「一人暮らしですし、もうここに住むことはほとんどありませんから・・・」
「ミナス・テリスにとどまりたいとは思わないのか」
「思いません、命令があればどこにでも行く覚悟です。ここで話をするのもなんですから、中にお入りください。何もございませんが・・・」

 彼の家に入った。見渡したところ、寝る部屋と食事をする部屋しかなさそうだ。

「お前の功績を考えればもっとよいところに住めるであろう・・・」
「デネソール様にもそう言われましたが、お断りしました。ここで充分です。相談とはなんですか」
「いや、その、しばらく会わないとどうしても・・・」
「わかりました。こちらへどうぞ」

 彼のベッドの上で抱き合った。ここは戦場ではないし、久しぶりだったので長い時間をかけてした。すべてが終わった時、俺はベッドに入ったまま彼に話しかけた。

「父上は、ファラミアに対してひどいことをしている、一年ぶりに帰ってみたら、体が鞭の跡だらけだった」
「そんなに・・・」
「前から父上は弟に対しては、俺とは態度が全く違っていた。俺がいなくなってあんなことをするなんて・・・」
「デネソール様はフィンドラス様をとても愛していました。そしてボロミア様も・・・だからそのお二人がいなくなって・・・」
「それじゃあ、ファラミアはどうなる!俺がいない間余程辛かったに違いない。今もずっとおびえた目をしている」
「そうした気持ちが全部私に向けられればいいのですが・・・何もかもタイミングが悪すぎました。ファラミア様が生まれてすぐフィンドラス様があのようなことに・・・それにファラミア様はヌメノールの血がとても濃く感受性の鋭い方です。デネソール様も同じで・・・このお二人は近くにいたら、お互い傷つけあうばかりです」
「ヌメノールの血か。お前にも流れているようだな、なぜ俺にだけは少しも流れていない。同じ兄弟でありながら・・・」
「ボロミア様はデネソール様から優れたものをたくさん受け継いでいます。ヌメノールの血などないほうがむしろ幸せかもしれません。先のことがわかり、人の気持ちがわかるということはある意味不幸なことです」
「そういうものなのか」
「ファラミア様のことについては、私がデネソール様とうまく話し、あまりそのようなことがないようにしましょう」
「頼むよ。お前の方が父上のことはよくわかっているようだ」
「もう、外は暗くなっています。ボロミア様が戻らないと心配されるのでは・・・」
「もう一つ話してもいいか、俺は今で時々あの時のことを夢に見てうなされてしまう」
「それは私も同じです」
「そういうものか。それじゃあもう帰るよ。突然来て勝手なことばかり言って悪かった」
「いえ、いつでも来てください。少しでもお役に立てればうれしいです」

 僕は毎日の決まった勉強が終わると、いつも本がたくさん置いてある部屋へ行っていた。その中のほとんどは僕には読めない字で書かれていたが、それでも根気よくいろいろな本を見比べて、読み方を調べ、意味を考えていた。その部屋に前にもあったことのある魔法使いがやってきた。僕は喜んで話しかけた。

「今日は何について調べているのですか」
「イシルドゥアが書いたものがないか探している」
「ゴンドールを作った王様ですね。その人の書いたものなら多分これや、あとこれもそうだと思います」
「お前は魔法使いよりも詳しくいろいろ知っているな」
「いつもこの部屋にいるからです。ここにいるといろいろなこと忘れられるから・・・あなたはこれから起きることもいろいろわかるのですよね。教えてください。僕は怖い夢ばかり見てしまいます。それは本当にそうなるのでしょうか」
「お前は強い力を持っているようだな。お前ほどの力があれば未来を変えてしまうかもしれないだろう。ただその力で周りの者を救うのか、それとも滅ぼしてしまうのかわからぬが・・・」
「僕に、そんな力があるのですか」
「少しも気づいていないようだが・・・」
「僕はそんな力はほしくありません。ただ普通に暮らしていければそれで・・・」
「ほしくはなくてももう持って生まれておる。それゆえに苦労もしているようだが・・・ひとついいことを教えてやろう。やがてミナス・テリスに一人の老人が来る。その者はお前を探している。お前もまたその者について行けば、きっともてる力をうまく使いこなせるようになるだろう」
「それはいつのことですか」
「もうすぐじゃ、忘れずにお前はその者についていくがいい」


 気がつくと外はもう暗くなっていた。しまった、また夕食の時間に遅れてしまった。あわてて食堂に行く。父だけでボロミアもそこにはいなかった。僕は急いで夕食を食べた。また父の部屋に呼び出されるのではないかと、びくびくしていたが、何も言われず、ほっとして自分の部屋に戻った。ボロミアはどこへ行ったのだろう。そして僕はこれからどこへ行くのだろう。そんなことをぼんやりと考えていた時、突然父が僕の部屋に入ってきた。入るなり鍵を閉めた。手には鞭が握られている。やっぱりきょうも助かったわけではなかった。ただ場所が僕の部屋に変わっただけだった。僕は黙って服を脱いで床に横になった。

「この上に横になれ」

 父はベッドを指差していた。助かった。床よりもベッドの上の方が痛みは少ないかもしれない。だが父は僕をうつ伏せにして、手足をひもでベッドに縛りつけた。いつもとは違う父の様子に僕は恐怖心で一杯になった。

「縛り付けられて鞭で打たれる気分はどうだ」
「許してください、僕は何も・・・」
「何もしていないというのか。お前の母はこうして縛られ、のたうちまわって苦しみながら死んでいった。お前が生まれるまでなにもかもうまくいっていた。それがお前が生まれてから・・・」
「ゆるしてください」
「きょうは魔法使いに会って何を話した。魔法でも教わっているのか」
「何も話していません」
「お前はわしがお前の母を死なせたことも知っているだろう。それを魔法使いに話したのか。ボロミアには話したのか」
「何も知りません」
「お前は他に何を知っている。知っていることを全部話せ」
「何も知りません」

 鞭で打たれ始めた。体が縛られているため、少しも動かせない。ただ悲鳴をあげるだけだった。いつも打たれている回数が過ぎてもまだ打たれ続けていた。泣き叫びながら必死にゆるしを求めた。気が遠くなりそうになった時、どこからかまた声がした。

「お前は父も兄も憎んでいる。もっと憎めばいい。それがお前の力となる」
「ちがう!誰も憎んでいない」
「何を話している。お前は何かに取り付かれている。お前さえいなければ・・・」
「たすけて・・・たすけて・・・」

「ファラミア、大丈夫か」

 しばらく意識を失っていたようだった。そばにボロミアが立っていた。手足のひもはほどかれていた。僕はぶるぶる震えていた。意識がはっきりしてくると今度は背中に激しい痛みを感じた。

「ボロミア、僕のこと好き」
「もちろん好きだよ、決まっているだろう」
「本当に好き」
「本当に好きだよ。安心しろ、俺はお前のことが一番好きだ」

 ボロミアは服を脱いでまた僕を抱きしめてくれた。他の人の匂いがした。僕はまだそのとき、愛し合うときにどういうことをするか知らなかった。知らなかったが夢中でボロミアの体にしがみつき、必死で体を動かした。不思議な衝動にかられもう痛みも忘れていた。体を絡めあい、肌の暖かさを感じ、そして手触りを楽しんだ。僕は幸せだった。なぜだかわからないがとても幸せだった。鞭の痛みも、父に憎まれていることもすべて忘れていた。大きくてあたたかなボロミアの体に包まれて幸せな気持ちをゆっくり味わっていた。

                                    ーつづくー

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