太くてもいい邪ない?(5)
ついに怖れていた日が来た。恋人と会うのにその言い方はないだろうと思われるかもしれないが、俺がジャレッドに会ったのは2ヶ月前、その時ですらかなりふっくらしていたのだが、さらに20キロ増えて元の体重よりとうとう30キロ増えたと言う。それが役のためだということぐらい俺は充分承知して、そこまで真剣に役に取り組むあいつを尊敬もしているのだが、それでも不安は隠せない。会えない間ジャレッドはよくメールで途中経過を報告してくれた。そんなもの知りたくもないが実にこまめに何キロ増えたとかウエスト周りが何センチになった、どんなものを食べたなど教えてくれるので、ヤツの生活についてはよくわかっている。こんな写真を撮られたと誇らしげに雑誌の切抜きをわざわざ俺に送ってきたりもした。その時はまだプラス20キロ、それでも俺にはかなりの衝撃だ。あいつはこんなことをして何が楽しい?俺の反応を想像して喜んでいるのか?そしてさんざんそうしたものを送りつけた後、ついに目標に達成したから会いたいと言ってきた。俺は自分より経験豊富そうな兄のイーモンに相談した。
「なあ、兄貴、今までどれくらいの男と付き合ってきた?」
「そんなもの数えていない。それに今は一人に絞っている。何か恋の悩みでも・・・・弟のことか?」
「ちょっと待て、俺は兄貴の弟だけどジャレッドは弟ではないだろう。そんな言い方されるとこっちがドキドキしてくる」
「今更そんなこと言う関係ではないだろう。俺とアイツは前世からの強い繋がりがあるとお前何度自慢した?雑誌で見たけどなかなかぽっちゃりしてかわいいじゃないか。本気で役に取り組んでいるんだな」
「兄貴にとってジャレッドは他人だからそんな気楽なことが言えるんだ。確かにぽっちゃりとしてかわいいよ。ジャレッドというヤツはどんな役、たとえ冷酷な連続殺人犯をやったってどこかかわいく見える、そういうヤツなんだ。それがあいつにとって俳優としては致命傷かもしれない。どれほど頑張って役作りをし、自分の体型を変えても男をそそってしまう。ああ、思い出すだけで疼いてきた」
「それなら何も悩むことないだろう。久しぶりに恋人に会うんだ、たっぷり楽しんでこい」
「そういう話じゃないんだよ。はっきり聞くよ。兄貴は今まで自分より背が高く重い相手とやったことあるか?」
「もちろんあるさ。相手が男ならそういう可能性も高い。いつも自分より小柄で年下、ほっそりした男ばかりが相手というわけにはいかないだろう。一度好きになってしまえば年や体型などちっとも気にならない。現に今俺が付き合っている・・・彼の方が年上だ。最初の頃は年齢が下の俺がこんなことやっていいのかと悩んだこともある。だけど向こうはこの体勢が自分には一番自然だと言ってくれ、俺達は最高のパートナーになれた。お前は何を怖れている?彼はそこまで努力して役に取り組んでいるんだろう。お前も少しは見習え」
「え、あ、うん、まあそうだけど・・・兄貴薬か何か持っているか」
「昔はいろいろ試した。効き目があり過ぎて大変なものもあったが、欲しかったらお前俺の部屋から適当にいろいろ持っていっていいぞ」
「わかった、じゃあそうするよ」
以前、兄貴の部屋にはそのタイプの薬やら雑誌、クリームなどが散乱していたが、最近は目立たないところに隠すようになってきた。代わりにあるロックバンドの大きなポスターが壁に何枚も貼られ、同じ曲のCDが山積みになっている。兄貴は積極的に宣伝したいからたくさん買い込んだと言っているが、宣伝用のCDやポスターは別のところに保管してあるので、兄貴の部屋にあるものが他人の手に渡ることは決してない。大きなポスターにはもちろんジャレッドの顔も入っている。ロックバンドのコンサートのために濃い化粧をしたその顔は妖しく誘いかけてくる。
「なんだよ、お前。今はそういう顔じゃないんだろう。そんな目で俺を見るなよ。ポスターだけでいってしまいそうだ」
慌てて兄貴の部屋を出た。手にはいくつかの薬とジェルを握り締めただけだった。
アイルランドからアメリカへ行く飛行機に乗る前、兄貴の部屋から持ってきたものは大部分が没収されてしまった。あの事件以来検査は厳しくなり、それは俳優であっても同じだった。ゆっくり眠りたくてビジネスクラスを選んだら隣にかなり太った若い男が座った。
「あの、もしかして映画俳優のコリンさんではないですか?」
「よく言われるんだよね。悪いけど俺は別人だ。仕事でロサンジェルスへ行く」
「そうですか、すみません、僕コリンさんの大ファンなんです。映画俳優になりたくて演劇学校に通っているんですけど、この体型だと体が重すぎて動けなくなった男の再現ドラマでの役とか、そういうのしか回ってこないんですよね。アルバイトで生活しているから節約しないといけないんですけど、エコノミークラスの座席には座れないんです」
「アルバイト、何をやっている?」
「レストランのウエーターです。仕事は大変だけど食事つきで、これがまた何を食べてもとびきりうまいんです」
「そうか、だが、本気で俳優を目指すならばそのアルバイトはやめた方がいいかもしれない」
「どうしてですか?」
「目の前でいつも他人がうまそうなものを食べていてはどうしても自分も食べたくなる。それよりもスポーツクラブなどでインストラクターは無理でも受付のアルバイトなどやってみればいい。体を鍛えている人間をいつも目にしていれば自然と自分もそういう体型になっていく」
「なるほど、それは思ってもいませんでした。帰ったらアルバイトを変えてみます。ありがとうございます、コリンさん」
「俺は違うと言っているだろう」
「そうでした、すみません。でも本当によく似ています」
「彼に間違えられていやな気はしないけどね。実はもう40を越えている」
「全然そんなふうには見えません。絶対30代に見えます。うらやましい、でも僕も頑張ります」
俺はまだ30になったばかりだ。そんなに老けて見えるのか。自分でついた嘘だがあっさり信じられると腹立たしくなる。なるべく話さないようにと寝たふりをするのだが、どうも気になって薄目を開け、チラチラ見てしまう。この男は20代、ジャレッドは30代、まさかあいつは飛行機の座席に座れないほど太ってはいないと思うが、でも最近の姿は見ていない。携帯にヤツの送ったデーターがある。メジャーを取り出して座席の幅を測り、ジャレッドの腰周りの数字を3.14で割ってみた。
「なんだ、全然余裕じゃないか。ゆったり座れる」
「何を調べているのですか?」
「あ、いや、俺にもちょっと太めの友人がいて飛行機に乗る時苦労しているのかと思って」
「そうですか。でも割る数は3.14ではないですよ。人間の体は楕円ですからゆったりと座れる幅はウエストを2で割った長さくらいでしょう」
頭の中でジャレッドのデーターを素早く2で割った。そしてもう一度座席も測る。かなり窮屈になるという結果が出た。ということはジャレッドもこの男くらいになっているのか。そんなことはない、ヤツは小柄だ。だけどこの数字は・・・隣の席の男の腕の太さ、腰周りをついついチェックしてしまう。やめよう、こんなことは・・・後数時間で本人に会うのだから・・・
飛行機を降り、タクシーで前にも行ったことのある特殊な商品を売っている店に寄ってからジャレッドと約束しているホテルへ向かった。夜遅いので食事はそれぞれで済ませていた。ホテルに着き、連れが先にチェックインしていることを伝えてロビーで待った。携帯で連絡するとすぐにヤツは降りてきた。スーツを着てサングラスをかけ、アタッシュケースを持っている。彼は俺のことは無視して離れた椅子に腰を下ろした。ジャレッドに間違いないと思うのだが、サングラスをかけて目が見えないので自信がない。向こうはアタッシュケースを広げ、書類に何か書いている。やっぱり人違いか。もう一度携帯を鳴らすのだがなかなか出ない。シャワーでも浴びているのか。だがあの男も気になる。
「コリン!俺がわからないのか」
男が俺の目の前に立っていた。間違いなくジャレッドの声だ。サングラスも外せば青い眼がはっきりわかる。
「ジャレッド、お前人が悪いな。最初からそう言えばいいのに俺を無視した」
「ちょっと試してみたのさ。やっぱりお前は俺がわからなかった」
「いや、もっとすごい姿を想像していた。以外と普通じゃないか」
「当たり前だ。これぐらいの体格の男、アメリカにはいくらでもいる」
「でも、お前のあのデーター・・・」
「ウエストはでたらめに書いていた。お前、今までに自分が特別太ったことも太った男と付き合ったこともないだろう。ウエストがあのサイズになったら体重はどうなるか想像したか?」
「知るか、そんなこと。まったくお前は意地悪だ。だけど想像していたほどでなくてよかった」
「どんな想像をしていたんだよ」
「部屋でゆっくり聞かせてやる」
先にシャワーを浴びて、そのまま裸でベッドの上に寝転がった。30キロと聞いて怖れていたのだが、ジャレッドは想像していたほど太ってはいなかった。これが最高でこれ以上の体型にはならないだろう。確かに前とは顔も見た目もまったく違うが、それでもジャレッドであることは変わりない。ヤツもまた真っ裸でシャワールームから出てきた。
「あ、ああ・・・うう・・・」
「なんだよ、そんなにジロジロ見るな。恥ずかしいだろう」
ロビーではスーツを着てサングラスをかけていた。映画で彼のやる役はいつもそんな格好をしていたと言う。その姿は映画の役として違和感が少しもなかったのだが、裸になった姿に俺は言葉にならない声を発した。首、胸の周りの筋肉、腹、腰周り・・・俺の知っているジャレッドではない。全く別の男がここに立っている。
「どうしたんだよ、コリン。そりゃ俺はかなり太ったけど、まさかそれで俺を嫌いになったりはしないだろう?」
挑発するようなジャレッドの声、こいつの声はこんなにも色っぽかったのか。目を閉じて声を聞けばそれだけで体がゾクゾクしてくる。
「コリン、会いたかった」
ゆっくり近づいて俺の顔に触れ、唇を重ねてきた。俺は目を開いた。見知らぬ男が目の前にいる。これはジャレッドだ、別人ではない、でも顔が違う、違いすぎる。ジャレッドが俺の口に舌を差込み、手を下半身に滑らせた。
「ああ、早くお前が欲しい」
背中に電流が走り、俺自身からドロリとした液体が流れ出るのを感じて慌てて自分の手で触れた。濡れてはいない。だがそこは終わったばかりのように力を失い萎びている。
「コリン、ずっとお前が欲しかった。もう待ちきれない」
ジャレッドはベッドに座ったまま、股間を俺のモノに擦りつけてきた。官能的な腰の動き、だが興奮して支えきれなくなった体の重みが俺にのしかかってくる。今のこいつはおそらく俺より重いはずだ。血の気が引いた。自分の顔は見えないが真っ青になっているに違いない。俺のその場所はピクリとも反応せず重みに耐えている。
「悪い、俺が体重をかけてはいけないな」
ジャレッドはベッドにうつ伏せになった。俺はその背中をゆっくり撫でた。広い、あまりにも幅が広くなった腰周り、それを手で実感すればするほどどうしようもないほど俺のものは縮んでいく。やっぱり薬に頼るしかないのだろうか。この俺が薬に頼るなんてことは初めてで屈辱的でもあるがこんな緊急事態ではしかたがない。
「ジャレッド、俺飛行機から降りたばかりで頭痛がする。薬飲んできてもいいか」
「ああ、いいさ。無理するなよ」
お前のために無理しているんだよと言いたくなったが仕方がない。俺はベッドから立ち上がり、カバンを開けてさっきの店で買った薬を調べ始めた。
−つづくー
後書き
役柄で見ている限り、あの役はそれほど違和感なく特別太っているとは思いませんでした。でもそれが恋人で数ヶ月前の痩せた体を隅々まで知っているとなると気分は複雑だろうなと思います。自分だったらやっぱり萎んでできなくなってしまうと思います。それだけ彼の下着姿は強烈なインパクトがありました。
2008、3、13
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