太くてもいい邪ない?(9)

ジャレッドは映画のために増えすぎた体重を元に戻すのに苦労しているようだ。俺は映画も見たし、ピークとは言わないまでもそれに近い時のあいつに会っているのでそれほど大きな驚きはないが、本人は苦労している。少しぐらい太くてもそれはそれでかわいいと思えるほど俺はあいつを愛している、というかもう見た目はどうでもいいほど必要不可欠な存在になっていた。それは単に欲望のためだけではない。あいつの存在そのものが俺には必要なのだ。だが兄貴は笑って俺に言う。

「コリン、もう我慢できなくなっているのか?早く理由をつけて会いにいけよ」
「そうだけどさ、あいつはまだ元通りの体型になってないとかで、俺に会うのを渋る。俺はもうそんなことどうでもいいんだけど・・・」
「よく引き締まった穴さえあれば、体はブヨブヨしていてもいいってことか」
「ブヨブヨとはなんだ!役作りのために自分の限界に臨んであいつは30キロも太ったんだ。あの体型は役にかけるあいつの執念が生み出したもので、ジャレッド自身の体ではない!すぐ元通りになるさ」
「やっぱりお前、かなり気にしているようだな。シャノンも心配している。弟が体重が減らないとヤケを起こし、ついにあの方法をやり始めたけどどうしたらいいかと俺に相談してきた」
「あの方法ってどんな方法だ。ジャレッドは俺には一言も相談してないぞ」
「お前には話しにくいんだろう。男同士というのはお前が考えているよりずっとデリケートだ。そのデリケートな部分、神聖な場所が汚されると、いや実際には毎日汚されているんだけどそれでも男はそこが限りなく神聖で清浄な場所だと信じて愛し合う」
「へえー、そういうものなのか・・・」
「お前達はそうじゃないのか?」
「俺はそんな神聖かどうかより、自分の欲望が強いからまあ愛し合うというのは一種の排泄行為のような・・・」
「お前のようなデリカシーのない男とは絶対やりたくないな」
「ちょうどいい、兄弟でおかしな関係になっても困るだろう。それでジャレッドが試した方法ってなんだよ?」

俺も多少は不安があるが、ジャレッドが減量のために何か特別なことをやったとなれば知らずにはいられない。下剤でも使ったのか。あの大きな体を何度もトイレに運んで汗びっしょりになり・・・そんな姿を想像してもジャレッドならかわいらしいと思った。俺はよっぽどアイツにイカれているのだろう。

「何ニヤニヤしているんだよ。お前は本当におかしい。彼は映画俳優がよくやるあの方法をやり始めたらしい」
「あの方法ってなんだよ」
「なんだ、お前知らないのか?」
「減量が必要な役なんて今まで一度も俺に回ってこなかったから」
「1回しか言わないからよく聞いていろよ。そのやり方はまず無農薬のレモンを用意する」
「無農薬ということはレモンの皮まで食べるのか?」
「いや、搾り汁だけだ。でも無農薬がいい。レモンを2個絞ってその汁に純正ハチミツとみじん切りにした唐辛子を混ぜる」
「ハチミツはいいとして、なんで唐辛子なんか入れるんだよ」
「唐辛子の刺激で胃や腸がきれいになるらしい。そのジュースを水で割って1日に何度も飲む」
「なんだ、それだけか・・・いや、まさか、食事はそれだけか。そのまずそうな唐辛子入りジュース・・・」
「ああ、そうだ。そうやって体の中の老廃物を搾り出し、必要最低限の栄養をハチミツとレモンでとれば、体は仕方なく蓄えておいた脂肪をエネルギーに変え、いやでも痩せるというわけさ」
「理屈はわかるけどさ、なんかそれって危険じゃないか」
「そうなんだよ。彼は一応医者の指導を仰ぎながらやってみると言っているらしいけど、シャノンが言うところによれば、弟はただ医者の指示通りに減量するような性格ではない。まだかなり多めの脂肪を一気に落とそうとする短気な性格と、マゾヒスティックな性格が合わさって今度は逆に空腹が快感になり無理をするんじゃないかと・・・」
「それはありうるな。それでどうしたらいいかシャノンが兄貴に相談したんだろう」
「そうなんだ。だけど俺に相談されても・・・・彼の性格はよくわかっているから」
「あいつは自分の限界に行くまでやめないよ。そういうやつだ。ほっとけばいい」
「お前は本当に冷たいヤツだな。恋人が命の危機に晒されているんだぞ。心配じゃないのか」
「命の危機ってたかが減量だろう。それもハリウッドスターの間ではやりの」
「はやりだかなんだか知らないけど、映画界のことは俺にはわからん。無理することがかっこいいような錯覚を覚え、あ、これはシャノンの言葉だ。しばらく会ってないからわからないけどげっそりとやつれて弟のことを心配していた。シャノンは自分が弟の保護者だという気持ちが強すぎるんだよ。心配するあまり自分の体を壊してしまう」
「もう30過ぎの男なんてほっとけばいいのに。俺は平気だぜ。そのレモンジュース減量方とかが終わってすっきり綺麗になったころ会いに行こうかな。あんまりその最中に行かない方がいいだろう。腹の調子が悪そうだしな」
「シャノンの十分の一でも心配すると思ったけど、あてが外れたな。お前は恋人に対して冷た過ぎるよ」
「俺達は一心同体だから心配することなんか何もないんだよ」





兄貴にはそう言ったが、俺はその日のうちに飛行機のチケットを取り、翌日アメリカにあるジャレッドのアパートに向かった。休暇でアイルランドに帰っている時でよかった。仕事の時にこんな話を聞いたら、レモンジュースを持ったままぶっ倒れているジャレッドの姿がチラついて撮影どころでなくなる。ドアのチャイムを鳴らしてもヤツは出てこない。俺は胸騒ぎがして急いで合鍵で中へ入った。部屋は散らかり、テーブルの上にレモンジュースが入った大きなカップ、ジャレッドはその下に横たわっていた。

「お、おい、ジャレッド、どうしたんだ!こんなところで何している、救急車呼ぼうか?」
「ああ、コリンか」
「大丈夫か、お前?」
「今、倒れていたところだ。せっかく空腹で倒れる体験をしていたのにすぐに起こすな」
「体験だと、お前、今のはどう見ても演技ではなく本当に倒れているようだったぞ。ベッドまで運んでやろうか」

ジャレッドは力なく頷き、腕を俺の首に回してきた。空腹のためなのだろうが、そんな仕草をされればたまらなくなる。抱きかかえるとやはりまだかなり重いが、それでも無理してベッドまで運んだ。

「重かったか?」
「多少な。でも映画で見たよりはかなり痩せた。もうあんまり無理しなくていいと思うが・・・」
「30キロ太って20キロ痩せた。後10キロがどうしても痩せない。そろそろコンサートの仕事も入れたいしこのままでは・・・」
「もう充分だろう、多少太くたっていいじゃないか!こんな無理して、実際こういうことして病気になったり命を落としたりするヤツだっているんだぞ!」
「まだ2日目だ。こんなにすぐにお前が来るとは思わなかった。誰が知らせた」
「誰でもいいだろう。もうやめろ!こんなことは」
「お前の指図は受けない。俺はちゃんと計算してやっている」
「テーブルの横で倒れていて、それも計算か?」
「演技のための訓練だと言っただろう。やっぱり人間は腹が満たされ過ぎていると精神もたるんでくる。釈迦は悟りを開く前に苦行をした。キリストだって磔にされた日には何も食ってないはずだ。俺は決められた量のジュースを飲んでここに横たわった。そうしたら本当に次々にいろいろな考えが頭に浮かんでくるんだ。トランス状態とでもいうのかな。苦しいんだけどなんかこう精神はハイになるんだ」
「釈迦は苦行の後ミルク粥をもらってから悟りを開いた。キリストだって最後の晩餐の時は・・・・とにかくお前はあんまり無理するな」
「無理ではない。やらなければ元の俺には戻れないんだよ。少しずつカロリーの計算をして体重を減らしていくのが理想かもしれない。でも俺は役になりきってあそこまで体重を増やした。今度は別の役を自分で作り出さなければならないんだ。無理な減量でぶっ倒れ、救急車で運ばれるというジャレッドの役だ」
「お前、いい加減にしろ!」
「ギリギリまで耐えて、最後に起き上がれなくなったらお前に助けを呼ぼうと思っていた。意識が薄れていく中、最後の力を振り絞って恋人の首に手を回す、ロマンチックだろう?俺はその瞬間を楽しみにまずい唐辛子入りレモンジュースを我慢して飲み、トイレに何度も駆け込んで苦しい思いをしたんだ。後どれくらいでお前を呼べるかと考えながら・・・それをこんなに早く来てしまって・・・」
「馬鹿・・・・お前は本当に馬鹿だよ・・・手遅れになったら大変なことになっていた」

突然ジャレッドがベッドから起き上がった。俺はそうなることを予想してなかったので驚いた。

「そろそろ時間だ。ちょうどいい、お前も俺に付き合うか?」
「付き合うって何を?」
「ハリウッドスターはけっこうみんな体験しているんだぜ。慣れれば悪くない味だ」

カップからグラスにレモンジュースを注ぎ、俺の目の前に突き出した。

「まさか、これを俺に飲めと・・・・」
「貴重な体験になる。それに最近お前の腹が出て、それが邪魔で前ほど俺がストレートに感じなくなってきた」
「少しぐらい太くてもいいじゃないか」
「よくない!俺達は一心同体、運命も同じだ。撮影の時そう誓い合った。忘れてないだろう」

ジャレッドはグラスの液体を一気に喉に流し込んだ。しかたなく俺も・・・

「ひいいー、べッ・・・・なんだこの辛さと酸っぱさは・・・」
「すぐに慣れてくるさ、これしか口にするものがないと・・・・」

ジャレッドは笑い、俺の口に顔を近づけてきた。舌を入れ、痺れている俺の舌を嘗め回した。俺の胃袋は今、唐辛子とレモンの味に驚いている。それなのに口と舌だけはねっとりとした甘みを味わっていた。




                                −つづくー




後書き
 レモンジュースのダイエットというもの、私は体験したことがありませんが、どんな感じか想像はつきます。過酷なダイエットもマゾ人間には楽しい体験であり演技の勉強です(笑)そう考えればどんなことでも乗り越えられるかな。でも最近受けたある場所の内視鏡検査はかなり苦しかったです。
2008、10、3



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