風のジェラシー(11)

僕達は二十歳になるまでに、様々なことを経験した。彼を疑い、嫉妬し、時には僕が他の者に身をまかしてしまうことさえあった。戦いの中では、自分の命よりも彼の命が危ないのではないかと思われるような経験を何度もした。だが、彼が戦いで命を落とすということは決してなかった。黒馬ブーケファラスにまたがった彼は神のように戦場を駆け巡り、敵を次々となぎ倒していた。やがて僕も戦場を怖れなくなった。彼と共にいる限り決して命を落とすことはない。アレクサンドロス!兵士達はみな彼の名前を神のようにたたえていた。だがそれを妬む者も当然現われた。

「ヘファイスティオン、父上はエウリディケと正式に結婚することになった」
「そうか、でも君の名声はマケドニア国外にまで鳴り響いている。フィリッポス王が誰と結婚しようと、君が跡継ぎであることには変わりないと思う」
「わからないぞ。エウリディケの伯父アッタロスは軍隊から国内の政治まであらゆることに口出しするようになった。これで跡継ぎが生まれれば、さらに力をつけるだろう。だが父上はエウリディケに夢中で俺の言葉などまったく耳を貸さない」
「でも、君の母上が何か・・・・」
「ここだけの話だ。誰にもしゃべるなよ。母上は弟、俺にとっては叔父になるけど、エペイロスの王で俺と同じ名前のアレクサンドロスと妹のクレオパトラを結婚させようとしている」
「アレクサンドロスって、あの前に人質としてペラに連れてこられたっていう・・・」
「表向きは人質だ。だけど父上は彼をとても気に入り、あらゆる政治的、軍事的な技術を教え込んでエペイロスに帰し、王位につけた」
「それならば、君の母上よりも・・・ごめん、悪いことを言ってしまった。取り消すよ」

僕の言葉にアレクサンドロスも笑った。

「お前の言うとおりだ。父上は母上よりもあのアレクサンドロスの方が遥かに気に入って愛していた。見たことあるだろう?彫像のような美しい顔立ちで、おまけに母上と違って従順でなんでも父上の言うとおりにした。エペイロスの王子でなかったら、きっと国には帰さずに、そのまま衛兵としてとりたてていたと思うよ」
「そうか、でもそのアレクサンドロスと君の妹が結婚すれば、君にとっては有利じゃないのか?エペイロスという力強い後ろ盾ができる」
「まあね。だがアッタロスがあらゆる手段を使って阻止するだろう。秘密のうちに話は進められなければならない。話はこれまでだ。遠乗りでも行こうか?」
「もちろんだよ」

ブーケファラスと一体になり、風のように疾走していくアレクサンドロスの姿を、僕はただ目で追うしかない。今彼はすべてのわずらわしさから逃れ、ただ風となって走っている。どこまでも・・・





ある日、突然僕一人だけが王宮に呼び出された。こんなことは今まで一度もない、いやな予感がする。めったに人の入らない王宮の奥の部屋へと案内された。そこにはフィリッポス王とアッタロスだけが待っていた。

「フィリッポス王、ヘファイスティオンを呼び出して参りました。彼はアレクサンドロス王子はもとより、カッサンドロス、プトレマイオスなどミエザにいた者とも大変親しくしております。彼なら計画を知っているかもしれません」

僕はフィリッポス王の前に出て跪いた。今までに何度もアレクサンドロスと一緒の時に王様に話しかけられたいたが、自分一人というのは初めてである。

「ヘファイスティオン、そう固くならなくてもよい。ただお前の知っていることをわしに話せばよい」
「なんのことでしょうか?カッサンドロスやプトレマイオスに関係あることですか?」
「お前に対してはなんの疑いも持っていない。だが知っていることがあるなら全て話せ。さもなくば、我が息子の友人であっても拷問にかけるまでだ・・・」
「待ってください。私にはなんのことだかさっぱりわかりません」
「お前の顔にうそはないな。アッタロス、ヘファイスティオンに聞くことは何もないだろう」
「いえ、フィリッポス王、騙されてはいけません。いくらアレクサンドロス王子の友人と言えども、王妃エウリディケの伯父であるこの私を暗殺しようと企んだのです、厳しく追及してください」

暗殺・・・僕の体中から血の気が引いた。誰がそんな大胆な計画を・・・プトレマイオス、カッサンドロス、ハルパロス、フィロタス・・・ミエザにいた者だったら誰がこの計画を考えてもおかしくはない。アッタロスの一族に王位をのっとられる前に彼を殺そうと考えたかもしれない。だが、考えることはあっても実際に行動に移すだろうか?もしそれがわかってしまえば、自分だけでなく家族までみな殺されてしまうだろう。

「ミエザにいた者は皆、哲学者アリストテレスより医学について学んでおります。私のワインに入れられた毒は非常に珍しい種類のものだそうです。知識のない者が入れたとは考えられません。ミエザでは毒薬についても・・・」
「確かに私達は毒薬について、その解毒作用をするものなども調べ詳しく研究しました。けれどもそれを使って、ミエザで学んだ私達の誰かが暗殺を計画するなど考えられないことです。私達はあらゆる学問をそこで学びました。何かを行えば、その結果どうなるか、それを知っているミエザの者は、自分や家族の命を危うくするような真似はけっしてしないと思います」
「ふむ、ハルパロスもプトレマイオスも同じようなことを言っておった。やはり彼らの言葉を信じて毒を入れたのは別の者と考えた方が・・・・」
「フィリッポス王、騙されてはいけません。彼らは弁論術も学んでいるのです。詭弁は得意としているはずです。言葉ではなく、拷問によって真実を聞き出してください。なあに、たかが二十歳やそこいらの若い者ばかり、少し手を加えればすぐ音を上げるでしょう」
「私達は何もしていません。無実です。でももしそれが信じられずに拷問を行うのでしたら、まず私からにしてください」
「自分を真っ先に拷問しろと言うのか」

フィリッポス王は潰れていない片方の目だけでじっと僕の顔を見た。逆らえばどんな拷問にかけられ、殺されるかもわからない。だが僕が今目をそらせば、他の者がひどい目に合わされる。恐怖はない。自分もまたアレクサンドロスによって力を与えられているのだから・・・突然フィリッポス王の笑い声が聞こえた。どうしたのだろうか、王は大声で笑っている。

「強くなったな、ヘファイスティオン。昔のひ弱なお前を知っているわしには信じられんことだ。お前に免じてミエザの者全員を拷問にかけるのは取りやめるとしよう。ただし疑いがある以上、ヘファイスティオン、お前とカッサンドロス、フィロタスの3名は騒ぎが収まるまで謹慎処分、それ以外のプトレマイオス、ハルパロスなどは国外追放とする。以上だ。もう下がってよい。アレクサンドロスめ、あれはわしを越える王になるであろう。アッタロス、お前のエウリディケがいくら子を産もうともあれにはかなわぬ。せいぜい暗殺などされぬよう用心するがよい。ぐわっはっはっは・・・・」

フィリッポス王は笑い声を上げた。僕は礼をして慌ててその部屋から外に出た。





「父上はどうかしている!アッタロスの言うことばかり信じて、今度はプトレマイオス達を国外追放か!すぐに父上に会って、そんなことは取り消しにする」

部屋にもどってアレクサンドロスにこのことを伝えると、激しい怒りを見せられた。

「待って、アレクサンドロス。このことで君が怒りをぶつければ、もっと悪い結果になるよ。下手をすれば彼らは殺される」
「だからといって・・・どうせアッタロスが仕組んだ罠だろう。それで追放なんて・・・俺の力を奪おうと・・・」
「そうだけど、僕達はミエザでアリストテレスに教えられたじゃない。君たちはいずれ王や将軍、指揮官となって大勢の人間を支配するようになる。その時に決して自分の怒りや復讐心で行動してはいけない。何が国のため、多くの人間にとってよくなることなのか、それを考えて行動しなければいけない。君も僕もそのことを第一に考えなければ・・・・」
「ヘファイスティオン・・・・」
「フィリッポス王は君のこと、よくわかっているよ。だから最後にはきっと・・・・」
「わかったよ、お前の言うとおりにする」





プトレマイオスやハルパロスなどミエザにいた者のほとんどが国外に追放された。幸いエペイロスのアレクサンドロス王が彼らを保護してかくまってくれたが、アレクサンドロスの怒りは大きく、心の中でアッタロスへの恨みを燻らせていた。そんな中、フィリッポス王とエウリディケの結婚式が盛大に行われた。フィリッポス王はかなりの量のワインを飲み、フラフラと歩きながらも機嫌よく来客にもワインをふるまっていた。よく見ると祝宴には必ず参加していたパルメニオン将軍と大臣アンティパトロスの姿が見えない。それぞれフィロタスとカッサンドロスのことで謹慎を言い渡されているのか、それともこれもアッタロスの策略なのだろうか。アッタロスの家系の者ばかりがやたらと目についた。

「いやー、今日は本当にめでたい日で、この上はただひたすらエウリディケから真の跡継ぎが生まれることを神々に祈るばかりでございます」
「わしの跡継ぎなら他にもたくさんおるぞ」
「いいえ、フィリッポス王、今までの妃は失礼ながらよその国から言わば人質として連れてきた女ばかり。何人王子が生まれましょうとも、卑しいよその国の血が混ざっております。それにひきかえこのエウリディケこそ、王家の血筋も引く由緒正しいマケドニア貴族の生まれでございます。跡継ぎを産むのにこれほどふさわしい・・・」
「何を言う、アッタロス。跡継ぎならこの私が・・・」
「これはこれはアレクサンドロス王子様、貴方様の武勇はよく聞いております。将軍としてこれほどふさわしい方は他にはおりますまい。けれども残念ながら、貴方の血の半分は、野蛮な国エペイロスの血が混ざっているのです。おまけにオリュンピアス様は、様々な妖術を使い、他の王子に毒を盛り、王を呪い殺そうとしているという噂まで・・・そのような方を母に持つ貴方様をマケドニアの王になどしたら、この国の民はどう思うでしょう?由緒正しいアイガイの血筋を引くマケドニア王家は・・・」
「黙れ、アッタロスこれ以上私を侮辱したらどうなるか!」

騒がしい宴会場が一瞬シーンとなった。アレクサンドロスは剣を抜き、アッタロスの首筋に当てた。僕は人込みに邪魔されて彼に近づくことができない。その間にフィリッポス王がアレクサンドロスのすぐそばに立った。

「今すぐ剣をしまえ、アレクサンドロス。そしてアッタロスに対する無礼を詫びるのだ」
「いやです!父上にも聞こえたはずです。アッタロスがどのような言葉で私を侮辱したか・・・」
「アッタロスの言う言葉は間違ってはいない」
「よくお考えになってください。私とアッタロス、どちらが大切なのですか?」
「アッタロスに謝れ、アレクサンドロス!」
「いやです。そんなことは絶対にできません」
「わしの言うことがわからないのか!さもなくばお前を切るだけだ」

フィリッポス王は剣を抜いた。周りの者が怖ろしい悲鳴をあげた。王はアレクサンドロスに向かって切りかかったが、彼はすばやく身をかわしてその場を離れた。王はバランスを失って、大きな音をたてて倒れた。

「これがマケドニアの王なのですか?みっともない、酔って倒れるとは・・・」
「アレクサンドロス、謝れ!お前を殺してやる!」
「父上に私を殺すことなどできません」
「出て行けー!今すぐにお前は国外に追放だ!命が惜しければ・・・・あの女だ!オリュンピアスが呪いをかけ何もかも台無しにする。今すぐ出て行けー!」

すさまじい喚き声が聞こえた。アレクサンドロスは広間を出ていった。僕も慌ててその後を追った。彼はまっすぐ馬小屋へと向かった。何も言わずにブーケファラスに飛び乗るとどこへともなく駆け出していった。僕は後を追うことはしなかった。ただ馬の走って行った方角をじっと見た。激しいうめき声が遠くから聞こえた。今、僕は彼に近づいてはいけない。戻ってくるのを待つより他に、何もできない。


                                               −つづくー



後書き
 アッタロス、いやな男です。きっといろいろ企んでいたに違いない。でも彼がいなかったらフィリッポス王は暗殺されず、歴史は変わったかもしれないんですよね。そう考えると重要人物なのかもしれません。
2007 1、9



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