風のジェラシー(4)
ミエザにいた時、アレクサンドロスはよく馬の遠乗りに出かけていた。毎日の勉強や剣術、武道などの稽古の合間のわずかな時間を見つけてはブーケファラスに乗って行ってしまうのである。いつも一緒にいる僕も遠乗りにだけは誘ってもらえない。今日も、気がついた時には彼はもういなくなっていた。
「アレクサンドロスはよく疲れないよな。あれだけの稽古の後、よく馬になんか乗る気になれる」
そばにはカッサンドロスが立っていた。
「さすがのお前も置いてきぼりか、ヘファイスティオン?」
「僕は乗馬は得意じゃないから」
「止めとけ、止めとけ、アレクサンドロスは人間じゃない。俺達人間がまともについていける相手ではない。まあ、ここに座ってこれでも食べて待っていろ」
「何これ?」
「果物の砂糖漬けが入った菓子だ。昨日届けてもらった。お前、ここでの食事が乏しいから頬なんかすっかり痩せこけてきたじゃないか。前はもっとふっくらとしていたのに・・・」
カッサンドロスの手が僕の頬に触れた。僕は思わず下を向いてしまう。
「なにするんだ、止めてくれ」
「いいだろう、少しぐらい。ほら食べてみろ・・・うまいだろう・・・お前元々顔立ちは整っているし、背も高いんだから痩せてげっそりしていたらもったいない」
カッサンドロスは強引に手に持った菓子を僕の口の中に押し込んだ。その甘い味に思わず口を動かし、飲み込んでしまった。
「気に入ったか、もっと食えよ」
「でも・・・・」
「気にするな、どうせアレクサンドロスは今は馬に夢中で、お前が何食べたかなんて気づいたりしない。知っているだろう。毎朝世話をするのを見に来て、馬が痩せてないか、足の様子はどうか、ちゃんと調べているんだぜ。お前が痩せたかどうかなんて、少しも気にしていないだろう」
「僕は馬じゃないから自分の健康管理ぐらい自分で・・・・」
「そうだな、自分でできると思ってほっとかれているんだよな、あいつは今ブーケファラスに夢中だ」
「うるさいな、君は何が言いたいんだよ」
「そうつれなくするなよ、実は俺、前からお前のこと気になっていて・・・・」
「僕も君のことはいつも気になっていたよ。文句は多いし、すぐ授業を抜け出すし・・・それはいいけどアレクサンドロスとけんかして怪我させるのはちょっとまずいんじゃないか?彼はフィリッポス王の子だよ。何かあったら君の父さんの立場が・・・・」
「ほー、お前アレクサンドロスにばかり夢中になっていると思ったら、けっこう俺のことも見ていてくれたんじゃないか、光栄だな」
「君が目立ち過ぎるんだよ」
「心配してくれるってことは嫌いじゃないんだな・・・・お前、アレクサンドロスとはもう寝たのか?」
「いつも隣のベッドで一緒に寝ているよ」
「なんだ、やっぱりまだか。どうせ経験ないんだろ」
「うるさいなあ、僕は今日夕食の当番がある。戻らないと・・・・」
「それなら手短に話す。まだ経験がないのなら、初めての相手は俺にしろ」
「はあ・・・・・?」
「お前、本当に何も知らないんだな。俺と寝てみないかと誘っているんだよ」
カッサンドロスの言うことが僕にはさっぱり理解できなかった。もちろん大人になってそういうことがあることぐらいは知っていたし、アレクサンドロスの手が僕の体に触れるたびにドキドキしていた。
「お前がアレクサンドロスに夢中なことぐらい知っているさ。でもあいつはお前のことどう思っている?一緒に育てられた友達ぐらいだろう。第一、もしお前らが本当に愛し合っていたとしても、初めての相手は本当に好きなやつではない方がいい」
「どうして?」
「それがどういうことをするか、具体的には知らないだろう。初めてのやつは酷く痛がって泣き叫ぶから、気の弱いやつなら途中で止めてしまう。よっぽど強引な性格のやつか、痛みを和らげる方法を知っているやつでなきゃ、とても初めてのやつにはできない」
「・・・・そんなに・・・・」
「アレクサンドロスが強引な性格だということは知っているだろう。おまけにあいつは自分だけでなく相手にも我慢強さを要求する。初めてのお前が痛がって泣き叫んだらどうなる?女のように泣き叫ぶお前を見れば、愛情などは冷め、軽蔑の目で見られるさ。アレクサンドロスは馬でも人間でも自分について来られる強いやつだけを愛する。あいつは神の血を引いているから・・・でも俺達は普通の人間で、弱さがあり、痛みを感じてしまう」
「・・・・・・」
「そんな泣きそうな顔するなよ。だから初めての相手は俺を選べって言っているんだ。俺はどうやれば相手の痛みが少ないか、よくわかっている・・・あのフィロタスだって・・・最初のうち相当大げさに叫んでいたけど・・・コツがわかってしまえば一番あいつが感じやすいかも・・・」
「フィロタスとも・・・・」
「ミエザにいるやつはほとんど・・・おっと、こんなことまでしゃべってはいけないな・・・ほらお待ちかねのアレクサンドロスが戻ってきたぞ。一人でじっと待っているより俺と話していた方がよっぽど気分転換になるだろう」
「ならない!馬に乗る練習をしていればよかった」
「まあ、俺の言ったことよく考えておきな、お前に必要なことだぜ。その気になればいつでも俺は・・・じゃあな・・・」
ブーケファラスの足音が大きくなると、カッサンドロスは慌てて走っていってしまった。馬小屋の近くに来てもブーケファラスは少しもその速さを落とさない。それでいて僕のすぐそばでピタリと止まった。アレクサンドロスはブーケファラスから降りると優しく話しかけながら馬小屋へと連れて行った。
「今日は海岸近くまで走った。花がきれいに咲いていた。ヘファイスティオン、お前にも見せたかった。しっかり練習したか?」
「カッサンドロスがいて・・・・」
「ああ、またあいつか・・・俺に対して文句を言えないから代わりにお前に何か言ったのか?」
「うん、・・・・まあ・・・・・」
「あんまり気にするな、酷いようなら俺があいつに言ってやる」
「大丈夫だよ」
「そうだ!お前、いっそうのことブーケファラスで練習しないか?」
「ブーケファラスは君の馬だよ」
「だから俺の言うことならなんでも聞く。俺がそばについていれば大丈夫だよ」
「僕は今日夕食の当番だから・・・・」
「あ、そうか、それなら先に戻っていろ・・・俺はもう少し馬の世話を・・・」
アレクサンドロスはすぐに後ろを向き、馬小屋へと行ってしまった。僕が最近痩せてきたことに気づいていない。カッサンドロスと何を話したか、詳しく聞こうともしない。アレクサンドロスは強引な性格だ・・・・ついて行かれなければそのまま置いていかれる・・・・その行為の時に泣き叫んだら・・・きっと軽蔑される・・・・二度と僕のこと・・・・
「ヘファイスティオン、なにぼんやりしているの?さっきからイモの皮、全然むいてないよ」
「あ、ごめん・・・」
今日は僕とフィロタスが夕食の当番になっている。彼にカッサンドロスとのこと聞いてみたいのだが、どうやって切り出せばいいのだろう。
「ねえ、フィロタス、カッサンドロスのこと・・・・」
「カッサンドロスはひどいよ・・・昨日珍しいお菓子が届いたからみんなに、君とアレクサンドロスにも分けてあげようと取っておいた。そしたらカッランドロスが君達の分を・・・・いつもそうなんだ・・・・何かもらうとすぐに・・・でも彼に注意できるのはアレクサンドロスかプトレマイオスぐらいだし・・・」
あのお菓子、カッサンドロスの物ではなく、フィロタスのだったのか。どっちみち僕の口に入ったのだけれど、どうしてカッサンドロスはわざわざフィロタスから横取りして・・・・
「やっぱりプトレマイオスはいいなあ・・・僕達よりずっと年上だから大人で強くていろいろなこと知っていて・・・」
「君はプトレマイオスのことが好きなの?」
「誰にも言わないで!どうせ僕なんか子供だから相手にしてくれないさ・・・まだ何も経験してないし・・・」
フィロタスのこの言葉、結局カッサンドロスの言ったことは全部うそだったのだろうか?彼の言うことはどこまで本当でどこまでうそなのかよくわからない。
「ヘファイスティオンはいいよな。もうずっと前からアレクサンドロスが好きで、お互い両思いなんだろう」
「そうでもないよ・・・アレクサンドロスはブーケファラスに夢中で・・・」
「馬に嫉妬するなよ」
「ふふ・・・そうだね」
笑いながらも僕はカッサンドロスの言葉が気になってしょうがない。アレクサンドロスはいつかきっと、いや近いうちにその行為を求めてくるに違いない。僕は声も出さずに耐えられるだろうか・・・アレクサンドロスに軽蔑されるのはいやだ・・・どんなことがあっても・・・・
−つづくー
あとがき
アレクサンドロスとブーケファラスというリクエストだったのですが、ついついカッサンドロスやフィロタスも登場させたくて、脱線しています。スミマセン。この時代の食事は何を食べていたのでしょう?トマトやとうもろこしなどは新大陸から持ち込まれた物で当然ないにしても、ジャガイモやピーマンなどは?と考えてしまいました。
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