風のジェラシー(5)

「ヘファイスティオン、お前は風を見たことがあるか?」
「え、・・・か、かぜ?・・・風って・・・僕は風が吹いているのを感じることはできるが・・・」

僕とアレクサンドロスはミエザの近くにある丘に登っている。さわやかな風と木の香り、でもアレクサンドロスは僕よりももっと遠くを見つめている。

「ブーケファラスの背に乗って走ると風が見えてくるんだよ。風も光も森の木もまったく違う形になって俺の体を通り抜けていく。アキレウスはケンタウロスに育てられた。昔、人と馬が一つになったケンタウロスが森を駆け巡っていた。そのとき彼らが見た風や木のゆらめきが、ブーケファラスと一緒の時見えるんだよ。お前にも見せてやりたい」
「僕は馬に乗るのは下手だし、君のように速くは走れないから・・・・」
「もし、俺達が抱き合い、体が一つに繋がれれば、同じものを見ることができるかな?」
「きっとそうだと思うよ」
「ヘファイスティオン、今日をその日にしていいか」

その日がくる。その行為は死ぬほど痛く、声を出さずにはいられないとカッサンドロスは言っていた。でも僕はアレクサンドロスと一つになりたい。彼と同じものが見えるかもしれない。彼がブーケファラスの背で見た風は僕にも見えるだろうか?

「今日はちょうど満月だ。俺は体を清めてここで待っている」
「わかったよ」





その後の授業で先生が何を話したか、夕食に何を食べたかなどは全く覚えていない。夕食後、アレクサンドロスの後、僕も湯浴みをした。普段は何も考えずに体を洗っていたのだが、しばらく手を止めてじっと自分の体を見ていた。手も足も自分のものではないみたいだ。下半身にも手を触れた。そこを刺激することも最近覚えたばかりだ。アレクサンドロスの手はここにも触れるのだろうか?そして僕の手もまた・・・・手を触れる心地よさにうっとりとしながら丁寧に自分の体を清めた。

満月の夜、外は風が吹いて肌寒いくらいだった。僕はキトンの上に分厚いマントを羽織った。それでもひざがガクガクし、サンダルの紐がうまく結べない。そんなに寒いわけではない。胸や頭は燃えるように熱くほてっているのに膝や指だけが震えている。

「どうしたヘファイスティオン?こんな夜遅くに外出か?」
「カッサンドロス!」
「早くしないと見回りがくるぜ。ここで止められたら大変なことになるんだろう」

カッサンドロスは手早く僕のサンダルのひもを結んでいた。その手がそっとひざと腿に触れた。

「綺麗な足だ。あいつがうらやましい」
「カッサンドロス!」
「いや、なんでもない・・・おい、見回りが来たぞ。ここは俺がうまくごまかしてやるから早く行け!」

僕はそっと城門の方に走った。ここミエザに来て何度もアレクサンドロスと夜こっそり抜け出して話をしたことがあったから、建物のどこに見張りがいるかはよくわかっていた。僕達だけでなく、ここでは気の合う者同志がこっそりどこかに行くことはよくあることで、見張りも見て見ぬ振りをしているらしい。





見張りは見て見ぬ振りをする。誰も追いかけてきたりはしない。それがわかっていても僕はあわててアレクサンドロスの待つ場所へと走った。たちまち体は熱くなり、マントをはずして手に取った。月明かりで道もはっきり見える。それなのに僕は何度も転びそうになりながら走っていた。

「ヘファイスティオン、そんなに急がなくてもいいのに・・・」
「アレクサンドロス・・・・」

待っていた彼の胸に飛び込んだ。激しい心臓の鼓動が聞こえる。ちょうどいい、走ってきたためとごまかすことができるから・・・

「ヘファイスティオン・・・こんなに走って来てくれて・・・うれしいよ・・・ああ、ヘファイスティオン・・・」

彼の腕が強く僕の体を抱きしめた。呼吸はどんどん速くなっていく・・・・息が乱れて苦しい・・・走っているわけでもないのにどうして?苦しくなってくる・・・・

「ヘファイスティオン、しっかりしろよ・・・さあ、ここに横になればいい」

彼は土の上に素早く自分のマントを広げその上に僕のマントを重ねた。

「君のを下に・・・」
「お前は新しいのを着てきたんだろう。俺のはいつも使っているやつだから・・・ヘファイスティオン、俺はずっと待っていた、この日が来ることを・・・・」

アレクサンドロスの手は素早く僕のキトンを脱がせ、自分もいつのまにか何も身につけてはいなかった。月の光に照らされたまぶしいほどの彼の体、僕はまっすぐ見ていられない。

「どうして目をそらす」
「ごめん、君が余りにもまぶしく、神々しくて・・・」
「よく見るんだ。今夜俺達は一つになる。これは神聖な儀式でもあるんだぞ。わかるな、ヘファイスティオン」

僕は頷いた。僕達は口付けをし、お互いの体を触りあった。どちらも初めての者同志、不器用でぎこちない愛撫を続けるのだが、それでもお互いの要求は高まり、激しく体を擦りあうようになってきた。僕も恐怖を忘れ興奮してきた。この時はお互いの立場も身分もすっかり忘れてしまい、ただ体を突き抜ける熱に身をまかせていた。彼の手には香油がたらされ、僕の体に塗り広げられていく。香油の匂いとぬるぬるした指の感触は、今まで触られたことのない場所への侵入を簡単に許していた。いつの間にか彼の指は僕の体内へと刺しこまれていたが、それを不自然に感じないほど、僕もまた興奮し、その感触に溺れていた。これが愛し合うという行為、何もかも忘れて一つになる。僕は目を閉じ、彼が来るその瞬間を待った。

「アアー・・・ヒイーッ・・・」

思いがけない激痛に思わず悲鳴をあげた。何かの間違いではないか。絶対に無理な耐えられない痛みに襲われた。

「ヘファイスティオン、もっと体の力を抜くんだ・・・・やっぱり無理か?」

あまりの痛さに声は出せない。でもここでこれ以上声を出せば、もう彼とは一つにはなれないかもしれない。必死で首を振り、途切れ途切れの声で伝えた。

「アレク・・・サン・・・愛している・・・このまま・・・続けて・・・・」

僕は体中の神経をその場所に集中させ、全ての力をそこに集めていた。上向きで足を広げられて掴むものも何もない。わずかな動きが槍を突きたてられたような痛みとなって体中を突き抜けた。声を上げないために息を止めた。手のひらを固く握り締めただ力を入れてそれが終わるのを待った。槍は少しずつ体の奥に差し込まれ、悲鳴を上げ、のた打ち回って逃げたいのを懸命にこらえた。槍は容赦なく僕の体に突き刺さり、何度も抜き差しを繰り返した。そのたびに小さな悲鳴を上げては、慌てて唇をかんだ。血の味がする。でもその部分の方がもっと血だらけになっているに違いない。こんな思いをしなければ人は一つにはなれないのだろうか?

「ヘファイスティオン、どうだ・・・・気持ちがいいか?」

声を出すことはできない。でもそれでいいのかもしれない。痛みを訴えられないのだから・・・彼の顔はうっとりとした恍惚の表情が浮かんでいた。

「風が見えるよ・・・ヘファイスティオン・・・月明かりの中・・・風が・・・太古の生き物が・・・木が・・・森が・・・ケンタウロス・・・」

これほど美しい顔をしたアレクサンドロスを見たことはなかった。今、確かに僕は彼に最も美しい幻を見せている。ブーケファラスに負けない美しい幻を・・・・

「お前には見えるか・・・今俺が見えているものを」

僕に同じ幻が見えるわけがない。息を止めて痛みに耐えているのだから・・・それでも必死で微笑みを返した。

「お前にも見えるのだな・・・今俺達は一つの体になっている。行こう、ヘファイスティオン・・・森を抜け・・・大地を渡りどこまでも・・・」

彼の動きは激しさを増してきた。僕は耐え切れずに悲鳴を上げ、体をよじるのだが、それすら興奮した彼を止めることはできず、ますます興奮させるのだった。僕には風は見えない・・・ただ体中を貫く鋭い痛みだけが・・・・意識が遠くなっていった。





随分長い間意識を失っていたように感じた。でもそれはほんのわずかな瞬間だったのかもしれない。目を開くとアレクサンドロスの顔がすぐそばに見えた。

「ヘファイスティオン、よかったよ・・・こんなにいいとは思わなかった・・・俺達は確かに一つになって・・・お前は?」

僕はただ頷いた。声は無理すれば少し出そうだが、何を言ったらいいのか言葉が見つからない。

「お前を愛している。うれしいよ、こんなにお互いが一つになってわかりあえるなんて」
「アレクサンドロス、僕もだよ」

この言葉は嘘ではない。僕だってあまりにもうれしそうなアレクサンドロスを見てうれしくなってきた。でも僕はその時一つの真理を悟ってしまった。人は一つの体になった時でも、決して心は一つにはならない、ということを・・・それでも僕がアレクサンドロスを愛していることに変わりはない。



                                                −つづくー



後書き
 うれし恥ずかしの初体験、でも現実はこんなものだろうなあと夢のないことを・・・リクエストからますます遠ざかっているかも・・・
すみません。
2006、9、5



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