風のジェラシー(6)
僕は丘の高い場所へと登っていった。もっと高い場所に登ればアレクサンドロスの姿が見えるだろうか?彼の見た風も見えるかもしれない。より高い場所には神殿のような廃墟もある。その上に腰をおろして遠くを見た。アレクサンドロスの姿は見えない。
「ヘファイスティオン、俺には風が見えるよ。お前も見えるか?」
「もちろん見える・・・僕達は今ひとつになって・・・・」
僕は嘘をついていた。あの時に風なんか見えるわけがない。信じられない痛みに体中を貫かれるのだから・・・でも他のみんなはそうやって身も心も一つになれるのだろうか?アレクサンドロスには見える風、太古の森と駆けていく馬・・・眼を閉じてもう一度その瞬間を思い出してみた。体に力を入れると風が吹いているのを感じる。草を踏む足音、アレクサンドロスが近くに来ているのだろうか。ブーケファラスを馬小屋に連れて行き、息をはずませてここへ・・・今日は何を告げに僕のところへ・・・こんなに息を弾ませて・・・彼の身は軽く、草の上を飛ぶように・・・
「ヘファイスティオン、こんなところで何をしている」
「君の姿が見えると思って・・・君の見た風をここからならよく見えると思って・・・」
「へえ〜お前こんなところでいつもアレクサンドロスのこと見ているのか・・・目がいいんだな、俺にはちっとも・・・」
「カッサンドロス!」
目の前にいたのはカッサンドロスだった。
「何しに来た!」
「別に・・・一人で思索にふけろうと思って・・・先生が言っていただろう。人間の成長には友と語り合う時間、一人で思索にふける時間、両方が必要だって・・・少しみんなから離れて自分を見つめようと・・・」
「それなら僕は別の場所へ行くよ」
「待てよ・・・お前は一人になりたくてここへ来たわけじゃないだろう。話し相手を求めている、違うか?」
「そうかもしれないけど、その話し相手は君ではない」
「風を相手に話をしていたのか?」
「うるさいな、あっちへ行ってくれよ」
「もう戻ってくるんじゃないか、お目当てのアレクサンドロスが・・・帰りはゆっくり戻るからここからでもよく見える。アレクサンドロスの馬の乗り方、人間じゃないみたいだな、馬と人間が一体になったケンタウロスのようだ」
「彼は何をやっても特別だよ」
「知っているか、アキレウスはケンタウロスのケイロンに育てられた」
「そんなこと、君が知るよりもずっと前から知っているよ」
「アキレウスはケンタウロスを見て育った・・・あんなに速く走れてうらやましいと、アレクサンドロスも同じようなものさ、あいつの目にはアキレウスやケンタウロスやヘラクレスなんていういろいろな英雄や種族がしょっちゅう見えて話しかけてくるんだよ。あいつは人間じゃない。いや、同じ人間にはかわりないよ、ただあいつの目に映るものは俺達と全然違うってことさ・・・」
「知っているよ。アレクサンドロスは王様の跡継ぎ、僕達とは身分が全然違うってことぐらい」
「ハハハハ・・・お前は全然わかってないな・・・俺達とアレクサンドロスの違いは身分だけじゃないさ・・・ハハハ・・お前はちょっと愛されてもう同じになれるとでも勘違いしたのか?」
「うるさいな・・・これ以上君とは話したくない」
カッサンドロスはいやな笑い声をたてた。彼とはなしてもロクなことはない。たいていイヤな気分にさせられるだけだ。それなのにカッサンドロスはよく僕に話かけてくる。
「もうやったんだろう?初めてのときはどうだった?やさしくしてくれたか?」
「うるさい!関係ないだろう!」
「思ったようではなかったか・・・まあ、そうだろうな・・・あいつは人間じゃないから、お前の気持ちなんてちっともわからないさ。お前が痛がっていようと何しようと強引に突っ込んできて、自分だけいい気分になる。いい気になっていろんなもん見えるんじゃないか、あいつのことだから・・・そして終わった後はさっさともどって馬のところにいく。馬は欲望を果たす相手だけはできないからな・・・」
僕の手は固く握り締められブルブル震えていた。
「お、殴りたくて震えているのか・・・いいんだぜ・・・俺のこと殴り倒しても・・・でもお前と俺とどっちが強いかわかっているだろう。その気になれば俺はお前を押さえつけて目的を果たすことができる」
「信じられない・・・やめてくれ!・・・あっちへいけ!・・・大声を出すぞ・・・」
「そうやって泣き喚くところ、たまらないな・・・今すぐにでも押さえつけて・・・まあいいさ、無理にしなくても必ずお前は俺に抱かれる」
「うるさい!お前なんか大嫌いだ!あっちへ行け」
僕は半分泣きながら喚き、後ろも振り返らずに慌ててがけを駆け下りた。途中転んで膝から血を流したが、かまわず走っていった。
馬小屋でブラブラしているとアレクサンドロスがもどってきた。僕の足に血がついているのを見て、彼はすぐに走りよってきた。いつもの彼なら、ブーケファラスに乗った後は、同じくらい長い時間をかけて丁寧に世話をするのだが、今日だけは馬の世話は馬小屋の番人に任せてしまった。
「ヘファイスティオン、どうした、血が出ているぞ」
「たいしたことないよ」
「ここに座れ、待っていろ、今手当てをしてやるから」
薬草や布の入った箱を彼はすぐに持ってきた。薬草を揉んで傷口につけると激しい痛みに襲われ、僕は顔を歪めた。
「痛むか?もう少しの辛抱だ・・・後はこの布で縛れば・・・骨は折れてないよな」
「大丈夫、折れてはいない」
「よかった・・・まさか、また落馬したのか」
僕は首を大きく振った。どう伝えればいい、山道で転んだことは話せても、カッサンドロスに言われたことは・・・カッサンドロスはどうしていつも・・・・
「ヘファイスティオン、怖がらなくていい。今すぐは無理でも、お前もいつか必ず馬を自由自在に操る日が来て、戦場を俺と一緒に駆け巡る。そのためにどうしても必要なんだ、こうした痛みが・・・いいか、馬を怖れてはいけない。この痛みがお前を強くする」
アレクサンドロスは腕を廻して僕の体を抱きしめた。小柄で華奢な彼の胸がとても広く感じられた。少し安らぎを覚え、その胸に体をあずけた。馬の匂いがする。ケンタウロス・・・アレクサンドロスとブーケファラスはケンタウロスのように同じからだを持ち、僕だけが人間であるかのように思えてしまう。馬の匂い・・・
「ブーケファラスに乗って走っているとき、俺はすぐそばにお前を感じたよ。俺はいつだってお前を感じることができる」
「僕もだよ・・・・」
膝がズキズキと痛んだ。もう血は止まっているはずなのに、なんでこんなに脈打つのが早く感じられるのだろう。膝だけではない。胸の鼓動も信じられないほど大きな音に聞こえる。
「ヘファイスティオン」
耳元で囁く彼の声に僕の全身は熱くなった。あの夜のことが思い出される。すぐ前なのに遠い日のできごとのようにも思える。僕はまた同じコトを求めているのだろうか。振り返って腕を首に廻し、頬に軽く口付けをした。
「アレクサンドロスは俺達とは違う。あいつは人間じゃない」
「うるさい!君は向こうに行っていてくれ」
心の中に聞こえるカッサンドロスの声に、あわてて声を出さずに答え、唇はアレクサンドロスの唇を求めて、頬の上を滑った。膝がズキズキと痛い。僕は強くならなければいけないのに・・・
−つづくー
後書き
わー!リクエストの内容を離れてアレヘファの邪魔をし、ヘファを苛めて喜ぶカッサンという雰囲気の話になってしまいました。スミマセン。そしてカッサンファンの方、ごめんなさい。映画では(ジョナも子役も)あんなに美しかったのに、どうもカッサンは苛めっ子というイメージが自分の頭の中で定着してしまったようです。
2006、9、13
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