屈辱と栄光の絆(5)
レオニダス 17歳
ディリオス 12歳
ボロトス(ディリオスの兄) 18歳
デネソロン(ディリオスの父) 58歳
「レオニダス、昨晩はディリオスと一緒にいたようだな」
訓練所に戻ってすぐ、レオニダスは教官に呼び出された。
「いえ、自分もディリオスも祭りのため、家に戻っていました」
「隠しても無駄だ。お前達の姿を山で見かけた者がいる」
「ディリオスの訓練をしていました。彼はこのままでは到底成人の儀式を乗り越えられないだろうと思い・・・・」
「そして禁じられている行為を行った」
「誰だ!そんなことをわざわざ密告するのは!」
「やはり本当だったのだな。お前は王族、ディリオスはデネソロン議長の子だが、彼は罰を受けなければならない」
「罰なら俺が受けます。俺がディリオスを訓練してやると誘い出し、欲望を抑えられなくなって抵抗するディリオスを無理やり犯しました。俺が悪いのです」
「いいか悪いかはスパルタでは関係ない。女のように男を欲情させる体を持ち、簡単に男を受け入れてしまって禁じられた行為をしたディリオスが罰せられなければならない。すぐ裁判の場へディリオスを連れて行く」
「それなら俺も一緒に行きます」
「お前は来てはいけない。罰を受けるのは受け入れた側だけと昔から決まっている」
「ディリオスはまだ12歳で体も未熟だ。どうかそんなにひどい罰は・・・・」
「それはここで決めることではない。裁判で長老と議員が判断するであろう」
ディリオスが山で禁じられた行為を行ったという話は、すぐにデネソロン議長の耳にも伝わった。
「おのれディリオスめ、ただできが悪いだけでなく、今度は男を受け入れてこのわしに恥をかかせるとは・・・・」
「父上、冷静になってください。ディリオスはまだ12歳です。自分から男を誘うなどできない年齢です。きっと年上の者に騙され、無理やりやられたのでしょう」
「騙され、無理に犯された。ボロトス、そんなやつがスパルタで一人前の男になれると思うのか。やはり無理にでもあの時取り上げ、長老の手に渡せばよかった。あの時殺しておけば、こんな苦労をすることもない。いやむしろあれが生まれさえしなければ、お前も母を失うことはなかった」
「父上、そのようなことは言わないでください。議長である父上がかばってくだされば、ディリオスもそれほどひどい罰を受けなくてすみます」
「そんなことをしたら政敵に弱みを握られるだけだ。裁判に行ってくる」
デネソロンは羊の毛でできた上等な衣服を身にまとい、外へ出た。
裁判を行う部屋で、ディリオスは普段よりももっと弱々しい姿でうなだれて立っていた。そんな息子にデネソロンの苛立ちは募った。
「どうでしょう、議長。彼はあなたの息子であり、まだ12歳なのですから、今回は特別に鞭打ち10回くらいで許すということで・・・・」
「今まではどうしていた?」
「禁じられた行為を受け入れた者は裸で街の中心を歩かされ、広場でみなの前で50回鞭で打たれ、焼印を押されることになっています」
「ならば同じようにして鞭の回数を100に増やせ」
「議長、それではあまりにも厳しすぎます。この体で100も打たれれば死んでしまいます」
「死ねばよい。苦しみ抜いて死んで母親になぜ自分を産んだかと訴えればよい。それでわしは苦悩から解き放たれる」
ディリオスの目から涙がこぼれた。泣くまいと歯を食いしばるのだが、涙は後から後から流れた。
「女のように涙を流すのか。お前の母もそうだった。わしもその涙に誤魔化された。だが、それも今日で終わりだ。さっさと連れて行って刑を執行しろ。こいつは先祖の墓には入れない。遺体は共同墓地に適当に入れておけ」
「議長、それではあまりにも・・・・」
「ディリオスはもうわしの息子ではない。決して手加減するな!」
デネソロン議長の激しい剣幕に長老や他の議員達は怖れを感じてディリオスの腕を掴み、外へ出た。
スパルタの少年は元々腰布と簡素な衣服しか与えられていないのだが、ディリオスは腰布も外され隠すものが何もない姿で手首を後ろで縛られて街中を歩かされた。恥ずかしさと悲しみで顔は真っ赤になり、うつむいてトボトボ歩いた。議長デネソロンの子が禁忌を犯したということで、噂を聞いた男達が一斉に集まり、道の両脇に立って好奇の目でディリオスを眺めた。
「おい、あれが議長の息子だと」
「議長の息子ならそれほどひどい罰を受けないだろう」
「そうでもないらしい。鞭の数を倍に増やし、死んだら共同墓地に入れろと言ったそうだ」
「それはひどいな。よく見ればかわいい顔しているのに」
「お前、その気になったのか」
「いやあ、あの体つきと顔だ。さぞ男を喜ばすだろう」
「奴隷だったらよかったのにな」
やがて街の広場に出た。罪人や禁忌を犯した者がそこで罰を受けるための高台と柱が用意されていた。その前でディリオスの兄ボロトスが跪いていた。
「お願いだ。ディリオスに罰を与えず、代わりにこの俺を鞭打ちにでもなんでもしてくれ。頼む、この通りだ」
「兄上、そんなことをしたら、また父上にしかられます」
「ディリオス、父上が何を言ったか知らないが、お前は死んではいけない」
「父上は僕が死ぬことを望んでいます」
「俺はそんなことは望まない。死んではだめだ。誰がお前にそんなことをした」
ディリオスは静かに首をふった。レオニダスの名前を告げれば兄は彼を殺してしまうかもしれない。
「名前を言え!必ず俺がその男に復讐をする」
「やめて!殺さないで」
ディリオスの強い口調にボロトスは驚いた。弟のこんな表情は今まで見たことがなかった。
「何をしている。早くその上に登れ」
鞭を持った男がせかした。ボロトスは数人の男に両腕を掴まれた。彼の力ならば暴れてこれぐらいの数の男の手ぐらい振り切れるのだが、そうすれば弟の命が本当に危なくなると判断し、引きずられながら少しその場所から離れた。高いに登ったディリオスは人込みに紛れてレオニダスが遠くにいるのを見つけた。彼はうなずいて後ろ向きになった。太い木の柱に体をくくりつけられ、鞭打ちの刑が始まった。
「1回、2回、3回・・・・・」
鞭は彼の背中や尻を情け容赦なく打った。懸命に歯を食いしばって痛みに耐え、心の中で回数を数える。レオニダスは辛い時には自分の顔を思い浮かべろと言っていたが、顔を思い浮かべる余裕などなかった。ただ歯を食いしばり、回数を数えて気を紛らわそうとした。
「ああー!・・・・・ひいいいー・・・・・あああー・・・・・」
ディリオスの悲痛な叫び声は離れた場所で見ているレオニダスの耳にもはっきり聞こえた。鞭打ちはまだ続いている。最初の数十回、彼は悲鳴も上げずに耐えていた。だが、一度意識を失った後はもう泣き叫び、体を激しく揺り動かして痛みから逃れようとしていた。レオニダスは手を固く握り締め爪が手のひらに食い込んで血が出ていたのだが、それにも気付かずにいた。
「あああー・・・・・いやあああ・・・・」
意識を失い、悲鳴が途切れるとほっとして力が抜けた。だが、それも長くは続かない。頭から水をかけられ、意識を取り戻したところでまた鞭打ちは始まった。何度も意識を失うほどに悲鳴の叫び声は大きくなった。
「95、96・・・・後少しだ。がんばれ・・・・」
100回の鞭打ちは終わった。だが、近くで火を燃やし、焼印の用意がされていた。一人の男が先を真っ赤に焼いた焼印を持ってディリオスに近づいた。彼はもうぐったりとして目を閉じ、次に自分が何をされるのかも知らないでいた。レオニダスは目を閉じた。周りに人がいなければ耳もしっかりふさいでいただろう。
「ぎゃあああー・・・・・あああ・・・・」
鋭い悲鳴が響き渡り、空へと向かった。レオニダスは目を開き、遠い空を見た。光がまぶしい。ディリオスは意識を失っているが、死んではいない。大きな喜びに体中が包まれた。ディリオスは負けてはいない。この大きな試練に打ち勝ったのだ。
ボロトスは意識を失っているディリオスの体を柱から外し、背負ってゆっくり歩いた。好奇心と多少の同情の目で周りの男達が二人を見ているのを感じる。
「何を見ている。そこをどけ!」
「死んだのか・・・・」
「生きている。気を失っただけだ。弟はお前達とは比べものにならないほど強い。これぐらいのことで死んだりはしない」
弟を家に連れ帰ればきっと父に何か言われるだろう。ボロトスは親しい友人の家までディリオスを運んだ。
「すまない。しばらくの間部屋を貸して欲しい」
「わかった。お前は成人の儀式を終えて帰ってきたばかりだというのにいろいろ苦労しているな」
「苦労しているのは俺ではなく弟の方だ。わからない、父上はなぜこれほどまでに・・・・」
「かわいそうにな。実の子にここまでひどい仕打ちをするなんて・・・・議長は今どこに・・・・」
「わからない。広場では見かけなかった」
話しながらボロトスは手早く寝台を整え、鞭の傷跡がひどい背中を上にして弟をそこに寝かせた。体は真っ赤に腫れあがり、熱をもっていた。時々うわごとを言うが、まだ意識ははっきりしていない。
「これは酷い。よく彼は最初のうち悲鳴も上げずに耐えたものだな」
「大人でさえ100も鞭で打たれれば命を落とすことがある。それがわかっていて父上はわざわざ・・・・」
「よっぽど愛しているのかな」
「何が愛だ。父上にはディリオスに対する愛などひとかけらもない」
「違う、相手の男のことだ。ボロトス」
「ディリオスが相手の男を愛しているだと!冗談じゃない。ディリオスはまだ子供だ。変なこと言うな!」
「そう思っていたけど、お前、気付かなかったか?台の上に登った時、彼は誰かを見た。その時の表情がその、なんとも言えないほどうっとりしたというか自信に満ちた微笑というか、あんな表情子供には絶対できない。よほど相手の男を愛し、罰さえ喜んで受け入れると言っているようだった」
「誰だ、その男は!」
「わからない、そっちはよく見ていなかった」
「何が自信に満ちた微笑だ。肝心の相手をよく見てもいないで・・・・俺は必ずその男を見つけ出し、この手で殺してやる」
「本気なのか」
「ああ、本気だ。弟をこんな目にあわせ、俺の家と父に恥をかかせたやつを許すわけにはいかない。何が愛だ。どうせ父を議長の座から引きずり落とそうとしているやつらが、ちょっと顔のいい男を選んで弟を誘惑させたんだろう。だいたいどんなやつらか想像がつく。父を失脚させるために弟を利用するなんて・・・・ディリオスは今まで一度も愛されたことがないから・・・・」
ボロトスの目から涙が流れ、声は震えていた。
「生まれてすぐに母を失い、父はディリオスを奴隷にまかせっきりでまともに顔を見ようともしなかった。俺は訓練所にいてろくに家に帰ることもできない。愛されることを知らないからちょっとの言葉ですぐ信じてしまう。そんな純情な弟を騙し、利用するなんて許せぬ。必ず見つけ出して殺してやる」
「ここは・・・・兄上・・・・」
ディリオスが目を開いた。手をついて立ち上がろうとするが、すぐに倒れてしまう。
「ディリオス、気がついたか。安心しろ、もうすべて終わった。お前は本当によくがんばった」
「光が見えた・・・・」
「何も言わなくていい。お前はただゆっくり休めばいい」
「父上は僕が死ぬと思っていた。でも、僕には光が見えた・・・・意識は遠くなったけど、はっきりと感じるものがあった・・・・」
「ディリオス、父上のことはもう考えるな。俺はお前が生きている、それだけでうれしい」
「兄上・・・・」
ディリオスが伸ばした手をボロトスはしっかり握った。
「昔、母上と約束した。俺が必ずお前を守ると・・・・だから安心して眠るがいい」
ディリオスが大きく頷いた。小さな手でしっかり兄の手を握っていた。だが、彼はもう昔と同じ小さな弟ではないことにボロトスも気付いた。その心にしっかりと根を生やし、光を与え続けている男とは誰なのか、それを考えると彼の胸はキリキリとした異様な苦しさに締め付けられた。
−つづくー
後書き
ディリオスの兄や父を出すとどうも指輪に近くなってしまいます(笑)スパルタでは男同士の情事は罰を伴うなんてもちろん根拠がない嘘ですが(ただ直接挿入する行為は相手を卑しめるとあまり奨励されなかったようです)一度夢中になったらどんな罰があってもやってしまうんだろうなあ、と思って書きました。
2007、7、3
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