屈辱と栄光の絆(6)

               レオニダス 17歳
               ディリオス 12歳
               ボロトス(ディリオスの兄) 18歳
               デネソロン(ディリオスの父) 58歳

ディリオスが再び目を覚ました時、外はすっかり明るくなっていた。部屋の隙間から日の光が中に差し込んでいる。鞭打たれた背中は意識を取り戻すと同時にキリキリと痛み、体中が熱くなっていた。頭を少し持ち上げると兄ボロトスがすぐ側で座ったまま寝ていた。

「兄上・・・・」

ボロトスはすぐに目を覚まして弟を見た。

「ディリオス、目を覚ましたか。ひどくうなされていた。どこが痛い?」
「体中すべてが・・・・兄上、その顔は・・・・」

ディリオスは兄の顔がひどく腫れ、唇が切れているのに気がついた。成人の儀式を終えた兄が訓練所で殴られることなどない。おそらく父が自分のことを問い詰めたに違いない。

「父上ですか」
俺はお前がどこにいるかしゃべらなかった。お前は何も心配しなくていい」
「でも、僕がいるために兄上やここの家の人にまで迷惑がかかったら・・・・」
「そんなことお前が考えなくていい。ゆっくり休め」
「僕は訓練所に戻ります」
「その体じゃまともに動けない。訓練所では情けなどかけてくれない。動けなくなった者はさらに鞭打たれるだけだ。今度こそ本当に死んでしまう」
「父上は僕の死を望んでいます。恥をかかせるようなことをしてしまったから、いっそうのこと死んだ方がいいと思っています」
「俺はそんなことを望んではいない。お前はここで休め。俺は少し出かけなければならないが、この家の人にもよく頼んでおいた」
「わかりました」

兄の大きな手がディリオスの頭をなでた。彼はその手首を掴んだ。

「もう少し、そばにいてください」
「すぐに戻ってくる。ここで待っていろ」

兄ボロトスはディリオスの掴んだ手をゆっくり下におろし、立ち上がった。出て行く兄の姿をボンヤリと見送った。





どれくらいの時が過ぎたのだろうか、外は暗くなり始めている。兄はまだ戻ってこなく、この家の人も近くにはいない。ディリオスはゆっくり立ち上がった。背中の痛みと体の熱さで真っ直ぐには立てない。壁に手をついてよろよろ歩きながら外へ出た。訓練所の方角はよくわかっている。彼はそちらに向かって歩き始めた。

「おい、見ろよ。あそこを歩いているのは議長の息子、ディリオスだぜ」
「なんかフラフラしていて、まともに歩いてない」
「無理もないさ、きのうあれだけ鞭で叩かれれば・・・・」
「どこへ行く気だ?」
「家を追い出されて訓練所に戻るんじゃないか」
「かわいそうにな。そりゃ男に組み伏せられるような男はスパルタには必要ないと言ってしまえばそれまでだけど、あの顔じゃあ襲う男がいるのも無理もない。抵抗できずに犯されてさらに鞭で打たれればたまらないだろうな」
「だれだ、そんなひどいことする相手というのは・・・・」
「さあ、同じ訓練所にいるやつだという噂だけど」

話しているのは兄と同じように成人の儀式を終えて戻って来た若者達だった。ディリオスの耳にも当然話し声は聞こえたが、振り返ることもせずに歩き続けた。背中の痛みは前よりもいっそう激しくなり、力を入れて歩かなければ意識を失いそうだった。

「ディリオス、おい、ディリオス、どこへいこうとしている」

聞き覚えのある声の男に後ろから抱きしめられた。まだ成人の儀式を済ませていない目印となる腰布、たくましい胸の感触、懐かしい匂い・・・・

「あ・・・・レオニダス・・・・」

安心したディリオスは突然意識を失った。レオニダスはびっくりしてあわててその小さな体をしっかり抱きしめた。





「ここは・・・・・」
「ここは、まあ、俺の隠れ家みたいなところだ」
「訓練所には・・・・」
「そんなとこ連れて帰れるか。お前、いきなり気を失って倒れたんだぜ。俺の方が驚いた」
「ごめんなさい」
「少し休め。この体では当分訓練は無理だ。熱もある」
「でも、訓練所に帰らなければ・・・・・」
「無理だと言っているだろう。どうしてあんなところをフラフラ歩いていた。家を追い出されたのか」
「僕がいたら、兄にまで迷惑がかかってしまう。だから・・・・・」
「お前、自分の体がどういう常態かわかってないな。これ以上鞭で打たれたらお前、死ぬぞ」
「死んだりはしない。どこかで休めば誰かに迷惑がかかる。訓練所にもどる。僕には他に行く場所がないし、鞭で打たれるのには慣れた」
「ダメだ!俺はちっとも慣れていない。これ以上お前が鞭打たれるのには俺の方が耐えられない。ここにいろ!」

レオニダスの激しい剣幕にディリオスの方が驚いた。

「レオニダス・・・・」
「俺は今までお前に散々無理をさせていたけど、お前があんなふうに広場で鞭打たれるのを見るのは耐えられなかった。ここには誰も来ない。安心して休めばいい。怪我が治ってきたら訓練所に戻ろう」
「そんなに長くここにいたら・・・・」
「もちろん鞭で打たれる。だけど今度は俺1人だ。どんなことがあっても、これ以上お前を苦しめたりはしない。本当に悪いことをした」
「あの壁の紋章はスパルタ王家の印、レオニダス、ここは・・・・・」
「そんなことまでお前は知っているのか。確かにここは王家の住まいの1つだ。今は誰も住んでいないけど・・・・」
「それじゃあ、あなたは・・・・」
「王家の生まれだ。そんなこと訓練所の仲間には言ってはいけないのだけど・・・・でもこれでまた罰が増え、鞭の回数が増えるなら本望だ」
「僕はあなたが王族だなんてちっとも知らなくて・・・・」
「俺が王家の人間だからお前は俺を愛したというわけではないだろう」
「・・・・・」
「ははは、愛という言葉にとまどっているのか。俺はお前に無理やりいろいろやっているから、愛といっても信じないかもしれないが、間違いなくお前自身も俺を愛している」

ディリオスは頷いた。レオニダスが腰布の上から手を触れると、彼の体はビクンと反応した。

「感度がいいのはうれしいが、さすがの俺もこんな怪我したお前を襲おうとは思わない。それにお前の体はまだ完全に大人になりきっていない。さらに誰かに密告されれば、またお前が鞭打たれさらし者になる」
「僕は何度鞭打たれてもかまいません。もしあなたがそれを望むならいつでも・・・・」
「だめだ、俺が耐えられない。お前が打たれている時、俺がどれほど苦しかったか、お前にはわからないだろうな」

ディリオスは素直に頷いていた。青い瞳が問いかけている。いままで散々自分にいろいろやったのに、どうしてその時だけそんなに苦しくなるの・・・・

「自分でもよくわからない。俺、お前に対して本当に酷いことしているしな」

またディリオスが大きく頷いた。

「正直に頷くなよ。俺の立場がないだろう。だけどお前があんなに我慢強いとは知らなかった」

ディリオスは手を伸ばしてレオニダスの手首を掴んだ。

「僕は今までいつ死んでもいいとずっと思っていた。でもあなたに会ってからは違う、スパルタ人として生きたいと願うようになった。密告され、あんなことになったから父はもう僕のことを息子とは思ってくれない。それでもあなたがいたから・・・・」

レオニダスはディリオスの小さな手を両手で包み、ゆっくり話し出した。

「ディリオス、いつの日か俺が王位についた時、お前には王に次ぐ最高の地位と立場を与えよう。誰もお前を蔑む者などいなくなり、お前の父と兄もお前を認める」
「僕はそんなに偉くならなくても・・・・あなたが王族と知って驚いているし・・・・」
「そうさせてくれ。それが俺が生きる支えにもなる。俺はもうすぐ成人の儀式を行わなければならない。その恐怖でメチャクチャなことをしてしまったようにも思える」
「あなたのような人が成人の儀式で命を落とすなんて・・・・」
「誰もがそう思っている。だが、俺のように王位継承権のある者にとって敵は森に潜むオオカミだけではない。王位を継ぐ権利のある者などいくらでもいて、刺客を雇い、盗賊団に金を与えて俺を殺せと命じる」
「そんな・・・・」
「たった1人で1年間山で暮らす。命を狙うのにこれほど大きなチャンスはない。実際王族に生まれた者の方が他の者よりはるかに多く成人の儀式で命を落としている」
「・・・・・・」
「俺も半分は諦めていた。だが、今は違う。俺は必ずここに帰り王位を継ぐ。お前と出会ったからだ。お前を守り、真に愛し合うためにも俺は必ず戻らなければならない」
「レオニダス・・・・さま・・・・」
「様はつけなくていい。まだ王になっていない。いいか、お前はこれからも他の者よりずっと苦労する。だがお前は体に打ち付けられた痛みも、心に植えつけられた屈辱も自分の力にすることができる。俺は自分が生き残り、王にならなければいけない理由を見出せずにいた。でも今は違う。お前のため、そしてスパルタのために必ず生きて戻る」
「どうして僕がそんな・・・・・」
「お前の体の傷が治る頃、俺は山に向かう。お前は訓練所で、俺は山で試練を受ける。今、俺はどれほど強い気持ちがあってもお前を抱いたりはしない。1年が過ぎ、真の王位継承者になった時、再びお前を求める。その頃お前の体もまた大きな変化を迎え、愛し合うことの真の喜びを知るだろう」
「僕には何がなんだかよく・・・・・」
「痛みに耐えている時に長い話をして悪かった。今のお前の一番の望みはなんだ?」
「そばにいて欲しい・・・・・」
「そんな簡単なことでいいのか」
「僕はいつも長い間1人でいたから」
「わかった、一緒に寝てやるよ」

レオニダスはディリオスをベッドに寝かせ、自分も横になって体に腕をまわした。

「こんなにひどく打たれて・・・・辛かっただろう、よく頑張った」

レオニダスの耳にすすり泣きの声が聞こえた。ディリオスが自分の胸に顔を押し付けている。

「泣いていいぞ。俺の腕の中だけは・・・・」
「お願いです。どうか無事戻ってきてください」
「お前のことが心配でたまらない。必ず戻ってくる・・・・・愛している、ディリオス」

レオニダスの最後の声はディリオスのすすり泣きに消されて、ほとんど聞こえてはいなかった。それでも彼の顔は耳まで赤く染まってカアーっとなり、慌てて下を向いて胸にあるディリオスの坊主頭にあごをぶつけてしまった。



                                       −つづくー




後書き
 1年間たった1人で森で暮らす成人の儀式、こうした試練があるからこそスパルタ人は強くなったのでしょうけど、この期間は王や有力貴族の子などは自然の猛威以外にも暗殺などで命を落としたりするのではないかと考えてみました。今回のレオニダスはディリオスに対して申し訳ないことをしたという気持ちと、自分自身成人の儀式が近づいているので怖れがあり、かなりやさしくなっています。
2007 7、9




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