4、孤独(ファラミア10歳〜13歳6歳〜8歳


 今までずっと一緒にいたボロミアが昼間は会えなくなった。軍隊の訓練所に通うためだった。ボロミアに勉強や剣術などを教えていた先生達はそのままそれぞれ僕に教えてくれることになった。勉強の内容は前にボロミアと一緒に聞いていた話とほとんど同じだった。剣や弓の稽古の時、僕はボロミアに比べてものすごく下手だった。でも父も先生も僕に対しては少しも期待はしていない。ただ決まった時間に決まったことをすればいい、そんな感じであった。父の関心はボロミアの方に集中していた。夕食の時に、今日はどんな訓練をしたか、どんな成績だったかを詳しく聞いていた。僕は少し離れた席で黙って食事を食べた。

 夕食が終わって寝る時間になると、僕は必ずボロミアの部屋に行った。ボロミアは訓練の内容などを話してくれた。僕は読んだ本の話をした。僕が話す番になるとボロミアはすぐに寝てしまう。でもその寝顔を見て僕は幸せだった。大きな胸にぴったり顔をつけて眠ると同じ夢が見られる。ボロミアがよく見るのは僕が生まれる前の時の夢。父と母とボロミアの三人が笑顔で何か話している。邪魔をしないように僕はそれを遠くで見ている。本当には決して見ることのない父と母の笑顔。夢の中でもいいからずっと見ていたかった。

「兄上が遠くにいってしまうって本当ですか?」
「そうだよ。今は南の方の地域で争いが続いている。俺はそこへ行くつもりだ」
「兄上がいなくなったら、僕はこの城で一人でどうやって暮らせばいいのですか」
「お前ももう13歳になるのだろう。それに一人ではない。父上だっているじゃないか」
「父上は僕のこと嫌っています」
「そんなことはない。ただお前が生まれた時いろいろあったから、父上もお前とどう話したらいいのかとまどっているのだろ」
「父上は僕に何も言いません。でも僕は感じてしまうのです。兄上がいなくなったら僕はどうなるか・・・」
「そんな大げさに考えなくてもいいだろう。父上には俺の方からもよく言っておくから」
「わかりました。ごめんなさい、わがままばかり言って・・・どうかご無事で・・・」
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。お前だって俺がどれくらい強いかよくわかっているだろう」
「はい・・・」
「俺がいない間に少しは剣の稽古でもしておけ。お前だって執政家の子なのだから、少しは上達してもらわないと困る」
「わかりました」

 にぎやかな出陣式が行われ、大歓声に包まれてボロミアは戦場に向かった。残された僕は父に見つからないように隠れてずっと泣いていた。

「出陣式だというのになぜお前は隠れて泣いていた。ボロミアに何か危険でもあるのか?これから起きることが見えたのか」
「いえ、何も見えていません。ただ兄上と離れるのが悲しくて・・・すみませんでした」
「お前ももう13になるだろう。しかも執政家の者が出陣式に人前で涙を流すとは・・・」
「すみませんでした。もう決してあのような時に泣いたりはしません」

 父の部屋に呼び出された。どんな罰を受けるかわかっている。でもここで泣いたらもっとひどいことになると思い、涙をこらえた。

「服を脱いで横になれ」
「はい」

 僕言われるままに、服を脱ぎ、冷たい石の床に横になった。目をつぶると鞭の音が聞こえ背中に激しい痛みを感じた。打たれるたびに僕は悲鳴をあげていた。声を出せばますますひどく打たれることはわかっていたが、耐えられる痛さではなかった。泣きさけびながら早く終わってくれるようそれだけを考えた。10回以上打たれてようやく許され自分の部屋に戻った。

 今日からはもうボロミアはいない。それはわかっていた。それでも僕はボロミアの部屋に行き、ベッドにもぐった。ボロミアが寝るとき着ていた服を抱きしめた。まだかすかににおいが残っている。

「兄上のうそつき!僕はさっそく鞭で打たれたんだよ。いたいよー、助けてよ、たすけて、ボロミア、早く帰ってきて。僕はもう耐えられないよ」
「お前はなぜそこで泣いている」

 どこからか声が聞こえた。今まで聞いたことのない不思議な声・・・

「この痛みを忘れるな。憎しみがお前を強くする。選ばれた者、誰よりも強い力のある者、お前との出会いを楽しみに待っている」
「誰、だれなの?」
「人ではない。目には見えない。だがいつもお前を見ていた。お前にいいものを見せてやろう」

 森の中にいた。ボロミアがたくさんのオークに取り囲まれ戦っていた。だが一人のオークの矢がボロミアの胸に突き刺さり・・・次に見えたのはたくさんの薪の山、その上に父が座っている。火がつけられ、激しく燃える炎の中、もがき苦しむ父の姿・・・

「もっと見たいか」
「もういい!やめてー!」

 兄のベッドで目が覚めた。夢だったのか。だけどこんなにはっきりした夢は初めてだった。はっきりした夢は必ず本当のことになる。どうしよう・・・どうしたらいいのだろう?まだ鞭の痛みが体中に残っていた。背中は燃えるように熱く、それでいて寒気がして振るえた。

「兄上、早く帰ってきてください。僕は一人では安心して寝ることもできないのです」

 父の顔色をうかがって暮らす毎日が続いた。少しでも機嫌を損ねないよう目障りにならないよう気を使った。無事に一日が終わり、鞭で打たれないで済むとほっとした。もっとも父だってそう毎日僕を鞭で打つわけでもなく、それは本当は1年に1,2回程度であったが、僕の恐怖心はきえなかった。不安な気持ちを忘れるために、僕は本を読むことに熱中した。遠い国の話や、昔の話を読んだり想像している時は、ボロミアがいない寂しさも、父への恐怖心も忘れることができた。

 ボロミアが戦場へ行って半年が過ぎた。僕もなんとか一人で寝られるようになり、怖い夢も見なくなった頃、またいやな声が聞こえた。今度は人間のうめき声のようだった。声がするほうをたどって行き、地下通路まで入ってしまった。ミナス・テリスには地下通路もたくさんあり、城からの入り口をボロミアに聞いて知っていたし、途中まで二人で探検したこともあった。地下室のほとんどは倉庫や隠し部屋だが、声はまだ行ったことのない奥の方から聞こえてくる。大きな部屋の入り口まで来た時、そこに立っている兵士に呼び止められた。

「ファラミア様、どこへ行こうとしているのです。このようなところへは来てはいけません」
「何か恐ろしい声が聞こえて」
「この先は罪を犯した罪人が閉じ込められるところです」
「何があったのですか」
「よくはわからないのですが、軍隊の兵士が5人ほど逃げ出して、敵の方へ行き、いろいろ情報を流していたようです」
「そんな・・・兄上のところですか」
「ボロミア様の隊ではありませんのでご安心ください。しかしその隊は裏切られ、かなりの打撃を受けたようです。さあもうお戻りください。ここはあなたが来るようなところではありません」
「わかりました」

 僕は自分の部屋に戻ったが、悲鳴や叫び声はずっと聞こえた。普通なら聞こえるはずのない声だが、僕には時々かなり遠くの声でも聞こえてしまう。恐ろしくてなかなか眠れなかった。

 次の日もそのうめき声はずっと聞こえていた。1人は途中で死んだのだろうか、声は4人だけになった。父の顔を見るのも恐ろしかった。激しい怒りの表情だった。

 その次の日、裏切った4人の処刑が行われた。ミナス・テリスから少し離れて川の近くまで連れていかれ、火あぶりにされるという。その様子が城の前の城壁からでも小さく見えるということで、たくさんの人が集まって見ていた。僕も一緒になって見た。やがてけむりがあがって叫び声が聞こえた。他の人にはほとんど聞こえていないようだが僕にははっきりと聞こえてきた。叫び声だけではない。そんなに離れていながら、生きたまま焼き殺される人間の顔の表情まで見えてしまった。炎に包まれもがき苦しむ人間の姿、僕は意識を失ってしまった。

 気がつくと病院のベッドに寝かされていた。すぐそばに父がいたが、その顔に浮かんでいる表情は子供に対する心配ではなかった。

「あの場所はかなり離れていて、普通の人間には煙しか見えないはずだ。なぜお前は意識を失った」
「僕には見えました」
「いつからそんな力を持つようになった。恐ろしい・・・」

 はきすてるように言って、父は出て行った。戦いはまだ終わりそうもなく、ボロミアは戻ってきそうにもない。兄のいないミナス・テリスで僕はどうやって生きていけばいいのだろうか?

                                       −つづくー

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