後継者(1)
ステリオス 19歳
アスティノス 15歳
レオニダス 43歳
ディリオス 38歳
隊長 46歳
「ディリオス、ステリオスはまだ戻らないのか」
「はい、陛下。記録を見てみると彼は1年3ヶ月前に成人の儀式のためスパルタを出ています。もうとっくに戻っていい頃なのにまだ戻っていません」
「ステリオスは訓練所にいた時から特別に目立っていた。15歳の時にこの俺に勝負を挑んだことさえあった」
「それで陛下はその挑戦を受けて立ったのですか?」
「お前は年々性格が悪くなってくる、ディリオス。スパルタでいつ何が起きたか、俺がその年に何をしたか、すべてお前が記録をつけてあるはずだ。ステリオスの挑戦を受けたと記録に書いた覚えはあるか」
「いえ、ございません。確か祭りの準備をしなければと断られています」
「あいつは特別だ。あの若さであそこまでできる子供は今まで1人もいなかった」
「もし祭りがなければ、陛下の名誉に傷がつけられたかもしれませんね」
「ディリオス!それ以上言葉を続ければどういうことになるかわかっているだろうな。ゴルゴは今出かけている。夜は長くなるぞ」
「覚悟はできています。陛下のことで私の知らないことなど何一つございません」
ディリオスは柔らかい表情で微笑んだ。レオニダスは彼の金色の髪に手を触れ、頬を撫でた。何度も戦を経験し、自分と同じように年を重ねているはずなのに、なぜこの男はいつまでたっても若く美しいのかと彼は思った。
「陛下、あのステリオスに限って山で死ぬなどということは考えられません。きっとすぐ戻ってくるでしょう」
「俺もそう思う」
レオニダスはディリオスの頬に唇を押し付けた。固い髭の感触にディリオスはうっとりと目を閉じたが、すぐに冷静な表情になった。
「陛下、お待ちください。まだ誰か訪ねてくるかもしれません」
「こんな夜、誰が訪ねて来る。それに2人だけの時は名前を呼べと言ってあるだろう」
「レオニダス・・・さま」
「さまはいらない。子供の頃、お前は直接俺の名前を呼んでいた」
「あの頃はまだあなたの身分を知らなかったのです」
「愛し合う時に身分など関係ない。ディリオス、楽にするがよい」
ディリオスは長椅子に腰を下ろし、再び目を閉じた。レオニダスの髭が首筋を回り、厚い筋肉のついた胸元を刺激した。
「ああー、陛下・・・・レオニダス・・・さま・・・」
王宮といっても他の国に比べて極めて質素で見張りの兵も少ないレオニダス王の屋敷の扉が激しく叩かれ、怒鳴り声が聞こえた。
「誰だ、うるさいな」
「私がちょっと見てまいります」
「たいした用事でなかったら、すぐに追い返せ。ゴルゴは明日には戻ってしまう。お前と過ごせるのは一晩だけだ」
「かしこまりました」
ディリオスは壁の穴にさしてあった松明の一つを手に取り、扉の方へと向かった。大きな扉を開けるとそこには王家直属の親衛隊長と1人の若者が立っていた。
「何かあったのか」
「ディリオス、彼に見覚えがあるだろう。ステリオスだ、ステリオスが無事戻ってきた」
「ステリオスか。見違えるように変わっていてわからなかった」
成人の儀式で山で1年暮らして戻って来た者は、大抵やせ細りフラフラになって帰ってくる。だが、目の前にいるステリオスは肉付きもよく、堂々とした姿で立っている。
「夜遅くにすまないが、ステリオスが戻って来たことをいち早く陛下にお伝えしたかった」
「わかった。さあ、すぐに中に入れ。ステリオスが来たとなれば陛下も喜ぶ、。さあ、こっちだ」
近くにいた奴隷に手早く命じてぶどう酒とちょっとした食べ物を持ってこさせ、ディリオスは2人を王宮の中へと案内した。スパルタの王宮ではすぐ王の部屋にたどりついてしまう。
「ディリオス、遅いじゃないか。早く戻って来い!」
レオニダスの大声が通路にまで響いた。隊長は来てはいけない時に来てしまったということに気付いて下を向いたが、ステリオスはもう先の方をどんどん歩いていた。案内役のディリオスを追い越し、ステリオスは勝手に王の部屋の扉を開け、中に飛び込んだ。薄暗い部屋の中、レオニダス王が抱きついてきた。王はさきほどからディリオスと2人でぶどう酒を飲み、かなり酔ってもいた。
「ディリオス!お前はそれでもスパルタ人か!もっと早く歩けといつも言っているだろう」
「陛下、お久しぶりでございます」
「誰だ、お前は!」
レオニダスは驚いて反射的に抱きついた手を離し、目の前にいた男を突き飛ばしたが、彼は倒れたりはしない。
「ステリオスです」
「ステリオス、そうか、ステリオスか。よく無事に戻ってきた」
「はい、戻って参りました。これからは陛下のお側で戦いたいと思います」
「さぞかし苦労しただろう。そこの長椅子にでも座るがいい。まっすぐここへ来たのか」
「いいえ、隊長の家に先に挨拶にいきました」
「そうか、まあゆっくり話を聞かせてくれ」
しばらくして隊長とディリオスもレオニダスの部屋に入ってきた。4人は長椅子に座り、奴隷が運んできたぶどう酒のカップを手に取った。
「陛下、夜遅く申し訳ございません。ステリオスが戻ってきたのがうれしくて、ついついここまで来てしまいました」
「お前はステリオスを実の子のように面倒見ていたからな」
ステリオスの母は彼がまだ幼い頃に亡くなり、父も彼が15歳の時に戦死した。身寄りの者がいないが訓練所でずば抜けた才能を見せた彼を隊長は何かと世話をやいてきた。
「ステリオスのことは実の息子のように考えている」
「お前にも立派な息子がいるじゃないか」
「アスティノスはひ弱で頼りない。あれでは成人の儀式で無事戻れるかどうかわからない。他の子はまだ幼くてどう育つかわからない。ステリオスの父をうらやましく思っていたが、彼は戦死した」
ひ弱で頼りないという言葉を聞いて、ディリオスは胸が痛んだ。同じことを子供の頃何度言われたであろう。今は王となったレオニダスに出会わなければ成人の儀式など生き延びられなかったに違いない。隊長の子アスティノスがどの程度かはわからないが、彼もまた隊長の子ということで長老が大目に見て生き延びた子かもしれないと考えた。
「だが、子供というのはどう育つかわからない。ディリオスだって昔はひどかった。そうだろう」
「陛下の言うとおり、私も昔は使いものにならないと言われ続けたが、今はこうして戦いで手柄を立てるまでになった。先のことはわからない」
「そうだといいのだが、アスティノスのことを考えると頭が痛い。ところでステリオス、儀式としての1年はとっくに過ぎているのに何故今まで戻ってこなかった」
「盗賊の集団を追っていて、日にちを数えるのを忘れていました」
「日にちを数えるのを忘れただと・・・・はははは、これは傑作だ。普通は必死に日を数え、辛抱してようやく戻ってくるのにステリオスは日にちを忘れて盗賊を追いかけていたのか」
「はい、オオカミは数多くやっつけてコツがわかってしまいましたので、より危険の多い敵をと思い、盗賊集団を追いかけてずっと旅していました」
「それで・・・・その盗賊をお前はどうした・・・・」
隊長は思わず椅子から立ち上がっていた。山にいる間に最低オオカミ1匹と人間1人殺すことが成人の儀式で義務づけられている。大抵の少年は年取った奴隷やよその国から流れ着いた浮浪者などを襲っていたのだが、たった1人で盗賊集団を襲うとはどういう神経をしているのか。
「向こうは20人ほどいたので、用心して作戦を考え、数ヶ月追いかけていました。ある晩、彼らの間で仲間割れが起こり、その混乱の中で彼らを全員殺しました」
「20人の盗賊1人残らずか」
「でも、仲間同士で何人かは殺しあっていたので・・・これが証拠です」
ステリオスは袋の中から金貨や飾りのついた短剣などを取り出した。
「これはすごい!」
隊長はその量の多さにため息をついた。金貨や財宝に混ざってオオカミのキバもゴロゴロ入っている。
「隊長や陛下のためにと持ち帰りました。もっとたくさんあったけど、1人では持ちきれなくてこれだけになってしまいました」
「これはすごい、大したものだ」
レオニダス王も隊長もため息をついた。スパルタでは300年も成人の儀式として、少年が18歳になった時に山で1人で暮らすことが義務付けられていたが、その間に盗賊を襲って戦利品を持ち帰るものなど1人もいなかった。
「ステリオス、お前には今すぐにでも戦士として一緒に訓練して欲しいのだが、どうだね、しばらくの間訓練所でお前の知識と技術を皆に教えてくれないか」
「俺は・・・・人に教えるよりも、実戦で訓練を積み重ねたいと思っていたから・・・・」
「もちろん戦いの時はお前にも来てもらう。だが、それ以外の時にはいいだろう」
必死に頼み込む隊長の本意がどこにあるか、レオニダスにはすぐにわかった。彼の息子アスティノスに少しでもステリオスの技術と才能を身につけさせたいと思ったに違いない。
「ステリオス、俺からも頼む。これからのスパルタ戦士を育てるためには、お前のような者の力が必要だ」
「陛下の命令ならしかたがありません。その役を引き受けます」
ステリオスは渋々承知した。本心としては自分より遥かに弱い子供の訓練などしたくはなかったが、王と隊長に頼まれてイヤだとは言えない。それに・・・・何度か顔を見たことのある隊長の息子アスティノスのことを思い出した。いかつい顔の隊長とは似ても似つかない繊細で美しい顔立ちの少年、彼と親しくなれるならそれも悪くはないだろうと考えた。
−つづくー
後書き
この話はステリオスとアスティノスが中心になります。映画を2回見て、ようやくこの2人の区別ができるようになったので、さっそく書いてみたくなりました。映画と同じように2人とも強く美しいとしてしまうと物語になりにくいので、ステリオスはずば抜けた才能を持つ天才、アスティノスは隊長の子として生まれながら繊細な子で悩むというような設定にしました。
2007 6 28
目次に戻る