後継者(3)
ステリオス 19歳
アスティノス 15歳
レオニダス 43歳
ディリオス 38歳
隊長 46歳
「そうじゃない、アスティノス、もっと素早く動いて剣をよけろ。今のはお前、完全に殺されていたぞ」
「ちょ、ちょっと・・・・まってください・・・・」
荒い息遣いが聞こえる。腰布をつけただけの体に汗が噴出し、まだあまり筋肉のついてない胸が苦しそうにねじれている。
「そろそろ限界か」
「少し待ってください。息を整えれば・・・・」
「もっと喘がせてやってもいいんだぜ」
ステリオスはニヤリと笑った。夕暮れが近づき、山は薄暗くなってきた。個人指導が数ヶ月も続けばどの程度動けば相手が疲れて倒れるか手に取るようにわかる。若いアスティノスもよくステリオスの動きについてくるようになった。下手に倒れれば何をされるかわからないという恐怖はいやでも彼の神経を研ぎ澄まし、動きを敏感にさせていた。その気になればステリオスにとってアスティノスを倒して襲うことなど簡単であろう。だが彼はそうした衝動をできるだけ抑えた。最後の一線を越えてしまえばアスティノスは自分に服従し、男としてのプライドを失いスパルタ戦士の中で役立たずの男になってしまうかもしれない。隊長に頼まれている以上ギリギリのところで自分を抑え、けれども恐怖心は適当に与えて彼を鍛えなければならない。
「やめてください、ああ・・・・」
言葉で拒みながらもアスティノスもまたステリオスの方に体を摺り寄せてきた。
「アスティノス、まだ終わりと言ってないぞ」
「もう我慢できない」
アスティノスの手はステリオスの腕を掴み、自分の腰布へと導いた。腰布の上からも中のモノが熱く膨れているのがよくわかる。アスティノスは布の上からその感触を確かめ、腰布を外した。
「こんなことお前の父親に知られたら何を言われるか」
「最後の一線を越えなければ大丈夫。みんな個人指導の時にいろいろ教えてもらっていると言っていたし・・・・」
「こいつ・・・・俺が何したか他のヤツにはしゃべるなよ。隊長の耳に入ったら大変だ」
アスティノスの坊主頭をなでた。自分を見上げる彼の顔はまだ幼いが、微かに艶を含んでいる。背伸びをして唇を近づけてきた。最後の一線さえ越えなければこうした関係はむしろ奨励されている。訓練を続けるうちにアスティノスはむしろ自分から求めるようになってきた。15歳、目覚めたばかりの衝動は自分一人ではコントロールできないのだろう。
「アスティノス、他のヤツの前でもこんなに大きくなるのか」
「そんなこと絶対にない。あなたのそばにいる時だけ・・・・」
「息を切らせて訓練していたくせに、そんなことを考える余裕があるのか。まだ成人の儀式までかなりあるというのに・・・・」
「僕にそれを教えてくれたのはあなただから・・・・」
「まさかお前がそれほど激しいとは思わなかった。こんなかわいい顔をして・・・・もう限界か・・・・横になれ」
ステリオスが広げたマントにアスティノスは横たわった。
「ああー!・・・・・ひいいー・・・・」
「声がでかいぞ、まだ指を1本入れているだけだ」
「ああー・・・・おかしくなりそう・・・・もうだめ・・・・でる・・・・・」
体をくねらせたアスティノスは後腔に差し込まれた指だけですぐに達し、精を吐き出した。ステリオスは放心状態になっている彼の体を水で濡らした布で拭い、腰布を巻きなおした。
「いつまでもボーッとしているな。ここに敵がきたらどうする」
「こんなところに敵なんて・・・・」
「さあ、訓練を続けるぞ」
「え、まだ・・・・」
「お前が上達しないと、俺が個人指導を外される。それはイヤだろう」
「はい」
「もうしっかり抜いておいた。余計なことを考えずに俺の動きを見ろ」
「はい」
「誰だ!そこにいるのは!」
ステリオスの声が変わった。木の後ろから微かな笑い声が聞こえたのを彼は見逃さなかった。すぐに槍を構え、暗くなりかけている森を見渡した。
「ステリオス、スパルタ人だ。安心して槍を下ろせ」
木の後ろから男が出てきた。
「あ、ディリオス」
「そうだ、ディリオスだ」
「どうしてこんな場所に・・・・・」
「すまない、見張りを頼まれていたのだが、見つかってしまった」
「僕の父にですか」
アスティノスが心配そうに言った。
「俺達は別にやましいことなど何もしていない。俺は指導員としてアスティノスを正しく導いている。神に誓って奨励されている以上のことはしていない。アスティノスの名誉にかけて言う」
ディリオスはクツクツと声を殺して笑った。
「何がおかしい!」
ステリオスの大声が森中に響き、木霊となって返ってきた。
「いや、すまない。確かにお前はやましいことは何もしてないようだが、隊長が言ったとおり・・・・」
「見ていたのですか。いくらなんでもそれは・・・・」
「見てはいないさ、今来たばかりだ。話声が聞こえたから・・・・いくらなんでもお前達の行動をずっと見張っているわけではない。ただ隊長があまりにもアスティノスのことが気になるようで・・・・最近はムキになって急に力を出したかと思うと、ボンヤリと空を見つめて涙ぐんだりと感情の起伏が激しいようで・・・・」
「本当ですか?そんなに俺のこと思ってくれるなんて、なんか感激だなあ・・・・」
「違います。二つ年下の弟が別の訓練所で評判になっていると聞いたから気になって・・・・」
「だったらお前も頑張れよ。俺がついているんだから弟に負けるな」
「そんなに簡単に言わないでください。小さな子供の頃から弟に負けるなと言われ続けた僕の気持ちなんて・・・・僕が長男だから父の後継者とならなければいけないと・・・・」
「アスティノス、お前も苦労しているんだな。少し話そうか、ここへ座れ」
ディリオスがマントを肩から外して地面に置き、自分が先に座ってからアスティノスを横に座らせた。
「あの、俺は・・・・」
「ステリオス、お前は槍を構えて見張りでもしていてくれ。オオカミがくるかもしれない」
「俺は見張りですか」
「お前は今のところ悩みなどないだろう。アスティノスの指導も順調にやっているようだし」
「こう見えても俺はイロイロかなり我慢し、彼を汚したり名誉を傷つけないよう気をつけて・・・・」
「わかっている、お前はいい男だ、ステリオス。いいか、アスティノス、私もかっては議長の子として生まれながら、父に認められることはなかった」
「でもディリオス、あなたは今はもうレオニダス王が一番頼りにしている人ではないですか」
レオニダスが即位してすぐ、ディリオスは書記官に任命された。字の読み書きは最低限しか教えられてないスパルタ人の中で、ホメロスの詩が読め、異国の言葉までかなり話せるディリオスは重宝がられて単に記録をつけるだけでなく、王がどこかへ行く時は必ず同行して外交面でも手腕を発揮した。父デネソロンの死後、議長にという声も上がったが、議会と王権は分けた方がいいという考えからそれを辞退した。レオニダス王との深い絆についてはスパルタ人ならば誰でも知っていたが、誰もそれを口にはしないし、王妃ゴルゴですらディリオスのことだけは黙認した。先王の娘で賢い彼女はディリオスの代わりを務められる者はスパルタ人の中に2人はいないだろうと悟り、あえて2人の関係は問い詰めないことにしていた。
「あなたがその年になってまだ独身でいるのは、やっぱりレオニダス王を一番に愛しているからですか」
槍を持ったままのステリオスがまたとんでもない質問をした。彼には遠慮ということがない。思いついたことはすぐ言葉となって口から飛び出してしまう。
「その通りだ、ステリオス。私は陛下とスパルタに自分の全てを捧げた。結婚などしても陛下への気持ちは少しも変わらず、彼女を不幸にしてしまうばかりだ」
「なんかかっこいいなあ。俺もスパルタに自分の全てを捧げ、一生独身でいようかな」
「ステリオス、お前が息子を残さずに戦死したら、それはスパルタにとって大きな損失だ。アスティノス、お前もそうだ。お前達は一人前の戦士と認められる年齢になったらきちんと結婚し、たくさんの息子を持った方がいい」
「俺達にそう言いながら、あなたはその歳でまだ結婚してないなんて。何か他にも理由があるのですか」
「私の血を引く子など、生まれてこないほうがいい。生まれてもスパルタ人として生きられず、両親を苦しめるだけだ」
ステリオスは槍を持ちながら気軽に聞いただけだったが、ディリオスのあまりにも激しく冷たい答え方にドキリとした。温厚な彼が感情をむき出しにして何かを話すなど、めったにない。
「ごめんなさい。僕は父からあなたのことをいろいろ聞いています。でも僕はあなたを尊敬しています」
先にアスティノスの方が口を挟んでしまった。
「ステリオス、向こうの方でオオカミの遠吠えが聞こえた。ちょっと見てきてくれ」
「でも、アスティノスが・・・・」
「いざとなればオオカミくらい私でも倒せる。こう見えても成人の儀式を生き延びてきたのだから・・・・」
「そうですね、俺もあなたは本当はとても強い人だと思います。アスティノスのこと頼みます」
ステリオスは1人槍を持ち、もうすっかり暗くなった森の奥へと走っていった。
「いい男だな」
ディリオスがアスティノスの肩を抱き、ポツリと言った。
「誰がですか」
「ステリオスのことだ。決まっているだろう。お前は彼を愛して・・・・まだ自覚してないか。この傷の意味を知っているだろう」
ディリオスは月明かりの下で、自分の肩にある火傷の痕を指差した。アスティノスは頷いた。ディリオスの体になぜはっきりとわかるほど深い鞭の痕と火傷の痕があるのか、父から理由は聞いていた。
「今は女のように抱かれたといって、これほどの罰は受けないが、長い間軽蔑されることに変わりはない。だが、私はこの傷のおかげで今こうして生きている。あの頃の私はお前よりもまだ小さく、愛することの本当の意味もそのやり方もよくわかっていなかった。父に疎まれ続け、死んだ方がマシといつも考えていた。そんな私に陛下は生きることを教えてくれた」
「陛下があなたに・・・・」
「お前にはステリオスがいる。彼は軽率で考えなしのところがあるが、お前を見る彼の目はどこまでも純粋で真っ直ぐだ。今はまだ愛し合うことがどういうことかお前にわからないかもしれないが、ステリオスを信じ、彼の動きを見つめていれば必ずお前は強くなれる。体だけではない。真の強さを手に入れた時、誰が隊長の後継者になるかなどお前にとってもうどうでもいいことになる」
「・・・・・」
「その日が来たら、ステリオスを受け入れてやれ。お前は軽蔑されるかもしれない。だが、それ以上のものを彼はきっとお前に与えてくれる」
「それ以上のもの・・・・」
「そうだ、お前はステリオスを信じて生きればいい。・・・・私が今お前に言ったこと、隊長には絶対話すなよ。余計なことを言ったと私が睨まれ、隊から外されてしまう」
「わかっています」
「足音が聞こえる。もう戻ってきたのか、ステリオスは・・・・・」
ステリオスはオオカミの死体を背中に背負って戻ってきた。
「見てくれ、アスティノス。オオカミを捕えたぞ。お前にやろうか」
「それ以上のものって・・・・」
アスティノスはディリオスの顔を見た。ディリオスは笑いながら首を振る。
「すごいだろう、いいか、オオカミを倒す時、槍はこう構えるんだ」
ステリオスはアスティノスの腕を掴んで立たせ、槍を握らせた。手や足の位置を変え、構え方、力の入れ方を細かく教えている。ディリオスは立ち上がり、マントの土を払って肩で結んで静かに歩いて行った。アスティノスはその後姿を目で追ったが、ステリオス気付いていない。
「そうじゃない、槍はもっと中心に近い方を持て。尻を出っ張らせるな、フラフラするな、しっかり立て」
「この槍は重くて・・・・」
「当たり前だ。俺の槍だ。お前もやがて同じ槍を持つようになる」
「はい・・・・」
−つづくー
後書き
偵察中のディリオス、ステリオスのあまりにも率直な言葉に笑い出し、見つかってしまいました。映画ではみんな息子がいる者ばかりと言っていたけど、若い2人とディリオスは独身だったのではないかなと思っています。レオニダス王についていろいろ仕事をしたり夜のお相手をしていたら、結婚など考える余裕もないほど忙しいでしょう。他にも彼なりの複雑な事情があって独身ということにしました。
2007、7、12
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