The last night (first)

「戦いの前の夜、一人にはなりたくない」

アレキサンダーが小さな声でつぶやいた。ダレイオス王率いるペルシャ軍との決戦が明日に迫っている。王は明日の戦いに備えて、側近や将校などを集め、念入りに打ち合わせをしていた。今度の戦いでは、初めて私も一つの隊を任されている。他の将校達との話し合いが終わっても、私だけはまだ王と最後の打ち合わせをしたかった。

「ヘファイスティオン、王の言葉が聞こえていないのか!」

今度は大きな声で叫んだ。私はすぐさま王の足元に跪いた。

「申し訳ありません、陛下。今何か私にご命令を・・・」
「お前との打ち合わせはまだ終わっていない。このあとすぐ、私の天幕まで来るように・・・他の者はもう下がって休むがよい。明日の戦いが楽しみだ。皆の活躍を楽しみにしている」

王の言葉に、その場にいた者は皆ひれ伏し、そしてそれぞれの天幕に戻っていった。後には私と王だけが残された。

「陛下、私にはどのようなご指示を・・・」
「ここでは話しにくい。私の天幕に行こう。前から決めていた。今夜はお前と過ごすことに・・・」

先に歩いていった王の後を追い、私も彼の天幕へと向かった。



「どうした、ヘファイスティオン、何をそんなに驚いている」
「野営地の天幕の中とは思えないほどの・・・素晴らしい部屋です」
「そんなに緊張しなくてもよい。朝までここには誰も近づかぬようにしてある。そもそも俺とお前は子供の時からの友達だろう。そんなにいちいち跪かないで欲しい」
「子供の時は何も知らずにあなたのそばにいました。随分失礼なことをしていたと思います。でも今、あなたはマケドニア、いやギリシャ全土の王なのです。私は側近の一人なのです。とても昔のような態度をとることはできません」
「それは俺にもわかっている。だからお前に対しても、他の者と違わないように今まで接してきた。王に即位してからはずっと、王としてどのように言葉をかけたらいいか、振舞ったらいいのか、いつも気にしていた。俺はあまりにも若い年齢で王になってしまった。経験も知識もあまりにも未完成だというのに・・・」
「あなたは素晴らしい王です。気高く、威厳があり、力に満ち溢れ・・・どのような言葉でも言い尽くせません」
「ヘファイスティオン、お前は俺の足元に口付けできるか」
「はい、陛下がご命令になるのなら喜んで・・・」
「アレキサンダーと名前で呼んでくれ、昔のように・・・そして口付けは足ではなくてここに・・・」

アレキサンダーは自分口を指差した。彼に対する私の長い間の想い・・・無邪気な子供の頃から長い間憧れ続けた人。だけど王になってからは簡単に近づくこともできず、ただ遠くから見て、憧れていることしかできなかった。その彼が口付けしろと言う。私ののどはからからに渇き、息が苦しくなってきた。

「アレキ・・・サンダー・・・」

震える唇をそっと重ね合わせすぐに離そうとしたが、彼の手は強い力で私を抱きしめた。

「ずっとこうしたかった。俺はいつも一人だった」
「お願いです。離してください。私達は・・・」
「さびしかった、お前ならわかってくれると思っている。俺のこと本当にわかってくれるのはお前だけだ・・・」
「アレキサンダー・・・」
「ずっと愛していた、お前一人を・・・子供の時からお前だけを見ていたような気がする。レスリングをする時、俺はお前には一度も勝てなかった。明日は絶対勝ってやる、そう思ってもいつも負けていた。明日こそはと思い続けているうちに、レスリングなどできない年齢になってしまった」
「そんなことないよ、僕はいつも君に勝っていたわけではない。負けたことだって何度かある」
「いや、俺は一度もお前に勝てなかった。どれだけくやしい思いをしたか、お前にわかるか」
「それは君の記憶違いだよ。僕は君に何度も負けている」
「俺の記憶が間違っているというのか!」

アレキサンダーの大きな声に私はまた思わず跪いてしまった。

「ごめん、大きな声を出してしまって・・・せっかく子供の時のように話せたというのに・・・俺が勝ったかお前が勝ったか、そんなことはどうでもいいんだよ。ただ俺はお前に負けないよう一生懸命だった。ずっとお前が好きだった。お前は俺のことどう思っている?」
「ずっと憧れていました。でもあなたは王で身分が違いすぎる。私の想いなど届くはずもないと思っていました」
「それなら俺達はずっと同じ思いを抱えて生きてきたと思っていいのだな」
「はい、しかし・・・」
「ペルシャとの戦いが始まる。勝てる見込みは五分五分だ。明日の夜、俺とお前のどちらかが命を失っているかもしれない・・・俺は自分の最後の夜は必ずお前と過ごしたいと思っていた」
「最後の夜ではありません。明日の戦いで必ず我が軍は勝ちます。宿敵ペルシャを倒し、世界は変わるのです」
「最後の夜ではなく、最初の夜か。どちらでもいい。戦いの前、俺は一人ではいたくない。お前と一緒に夜明けを迎えたい」




その夜、私達は初めての体験をした。私もこの年齢の男として、女と寝たことは何度もあった。アレキサンダーもおそらく私とおなじであろう。お互い不器用な愛撫を繰り返し、長い時間をかけてやっとそこまでたどり着いた。男同士でのそれは女を抱くのとは全く違っている。体を引き裂かれ、槍を貫き通されるようなその痛みに、何度も泣き叫び、意識を失いそうになった。余程愛している相手でなければこれほどの屈辱と苦痛には耐えられないだろうと思った。全てが終わり、アレキサンダーは気持ちよさそうに寝息をたてている。私はその唇にそっと自分の唇を重ねた。

「アレキサンダー、もうすぐ夜が明けるよ。最後の夜が終わって、新しい朝が来る」



                                                     −つづくー


後書き
 呉羽様のリクエストとして「アレヘファ」を書いてみました。二人が結ばれる最初のとき、たぶん身分とかいろいろなことを考えてしまってぎくしゃくするのではないかと思いました。


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