The last night (last)
私は一つの指輪を握り締めてアレキサンダーの天幕へと向かった。この指輪はエジプトに作った新しい都市、アレキサンドリアで買ったものだった。私達が遠征の途中で初めて作ったギリシャ式の新しい都市。王の名前がつけられたその街にはたくさんの人が移り住み、活気あふれる街となった。都市の建設のために数ヶ月同じ街に滞在し、多くの夢を語り合ったアレキサンドリア、この指輪にはそこで見た海の色と同じ濃い蒼色の宝石がつけられている。
数え切れないほどの夜を過ごしたアレキサンダーの天幕の中。いつもは暖かいその中が、身震いするほどの寒さを感じた。アレキサンダーの側にゆっくりと近づく。彼の表情は少しも変わらない。
「これで最後です。今夜は王と側近としてではなく、昔のような話し方でいいですか」
「好きに話せばいい。お前は俺を少しも怖れてはいないのだろう。なぜ、皆の前であんなことを言った。あれではお前の立場が悪くなるだけだ」
「それでもいいと思った。それで君がわかってくれるなら。僕は君に意見など言える立場ではないから・・・」
「ヘファイスティオン」
「僕は死ぬ前にこれを君に渡そうと思っていた」
私は指輪を取り出し、彼の指にはめた。
「ぴったりだ、どうして・・・」
「僕は君のことなら何でも知っている。背の高さも、肩幅も、指の太さも何もかも、わかっているよ。君に憧れ夢中になって愛し合っている間に何もかも知ってしまった。戦いでできた小さな傷の場所だってみんな覚えている。どこを触れば感じるか、どこに口付けすれば喜ぶか、なにもかも知っているつもりだった。それなのに心は離れていた・・・」
「俺はお前なら何もかもわかってくれると思っていた。この指輪の宝石はアレキサンドリアの海と同じ色だ。あの頃俺たちは同じ夢を見ていたのに・・・」
「今でも見ている夢は君と同じだよ。君の気持ちは僕にはよくわかる。敵の国の王女と結婚して新しい秩序を、新しい世界を作っていく。それは素晴らしい夢だよ。でもその夢は君と僕にしかわからない。他の者は表面的には君のいいなりになっていても、心の中では別のことを考えている。このままではいつか大きな反乱が起こるよ」
「お前はそこまで考えて反対していたのか・・・自分の身を犠牲にして・・・」
アレキサンダーの顔が大きく動揺していた。私は彼の手を握った。
「この指輪を僕だと思っていつも身につけていて欲しい。ずっと側にいたかった。でもこれ以上そばにいたら自分がどうなるか、何を話してしまうか・・・もう行くよ、できれば君の結婚式の前に殺して欲しい」
「ちょっと待て、なぜそこまで極端なことを考える。俺はお前を処刑したりはしない。殺すわけないだろう。子供の頃からの一番の親友で、一番愛しているお前を・・・ただちょっと冷静になって欲しくて驚かせただけだよ。俺が結婚してもお前との関係は変わらない。愛している」
彼は私を抱きしめ、口付けをする。私はその腕から逃れようともがいた。
「やめてくれ、今君に抱かれたら僕はどうなってしまうかわからない。嫉妬にかられ、気が狂って何を口走ってしまうか、そうなる前に殺されたかった」
「ヘファイスティオン、落ち着け、俺はお前を愛している。嫉妬に狂ったお前が何をしゃべっても構わない。俺はお前を愛している」
アレキサンダーは狂ったように私を求めてきた。いつしか私の体もそれに応じていた。体中に噛み付くようにつけられる激しい口付け、体を引き裂かれるような激しい行為、彼は想いの全てを私の体にぶつけていた。私は狂乱の声をあげ、そして意識を失った。
意識を取り戻した時、彼は私の背をそっとなでていた。
「俺達はいつになったら分かり合えるのかな。お互い余計なことばかり考えて遠回りして・・・」
「そうだね」
彼も私も顔を見合わせて笑っていた。
「俺はお前のこと誤解していたようだ。物静かで従順な人間と思っていた。こんなに激しく反抗的とは・・・」
「嫉妬にかられ、死を覚悟すればだれでもそうなるよ」
「この指輪、お前に返しておこうか。お前自身がずっと俺の側にいてくれ」
「君は明日結婚するんだよ。当分の間、一緒には過ごせないのだから、持っていてくれればいいよ」
「嫉妬で気が狂いそうになるか」
「当たり前だ」
「そうだ!いい考えがある。お前もすぐに結婚すればいい。相手は俺が選んでやる。俺達の子供は一緒に育てられ、俺達のように強い絆で結ばれている。でもレスリングではお前の子供にだけは負けたくない」
「何度も言っているけど、僕は君に何回か負けているはずだよ・・・」
「いや、一度も勝っていない。このくやしさはお前には決してわからないだろう。俺の子供にこの屈辱を体験させたくはない。だからお前もすぐに結婚しろ」
「僕はマケドニアに戻ってから結婚するよ」
「王の命令が聞けないのか」
「これだけは譲れない」
私達は長い間一緒にいた。その関係はアレキサンダーが結婚し、子供が生まれても変わることはなかった。彼と大きな言い争いをしたのはこの時が最初で最後だったような気がする。それから先、私は誰が反対しても、何があっても彼の意見に反対することはなかった。彼が王であるから、従っていたわけではない。彼の夢は私の夢になり、彼の考えは私の考えになっていたからである。
−おわりー
後書き
途中脅かしている割には、最後はハッピーエンドで終わりました。大王はいろいろ言うけれど、結局は負けず嫌いで寂しがりや、結婚しても他の関係は続きそうです(笑)
呉羽様、このような話でいいでしょうか(汗)
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