お礼文(46) 「新負土似亜物語」(46)
ヘファオンの胸はドキドキしました。今までずっと一緒にいた仲良しのアレス王子、でも今は別人のようです。
アレスの手がヘファオンのキトンを結ぶ腰紐に触れました。負土似亜では子供の頃はキトンを腰紐で結び、戦い
に出るようになると短剣を着けられる革のベルトをすることが許されるのです。ヘファオンとフィロ太はまだ
腰紐をつけていました。アレスはもちろんもうとっくに革ベルトをつけています。そのことに気付いて彼は自分
の腰に慌てて手をやりました。でもそこにはアレスの手があります。
「俺はもう革ベルトをはずした。お前もこれを取れ」
「アレス、僕は君とはあまりにも違いすぎる」
「そんなことは関係ない」
「あ、待って・・・」
アレスの手は腰紐をほどき、ヘファオンのキトンに手をかけました。こんなことは初めてで、ヘファオンの体
は固くなりました。でもアレスはかまわずヘファオンのキトンをはずして下に落とします。
「手倍(テバイ)の神聖隊は、愛する者のために死にもの狂いで戦うという。お前は俺を愛しているか」
「ちょ、ちょっと待って、アレス・・・僕は何を・・・」
「何もしなくていい。ただ少しの間横になってじっとしていてくれ」
ヘファオンはベッドの上に横になりました。天幕の中は暗く、ほとんど手探りです。アレスの手が自分の腿に
触れ、よりいっそう体を固くしました。これからどんなことが行われるか、ヘファオンも友達からのいろいろな
噂を聞いて知っていました。でもいざその場面に直面すると、もうどうしたらいいかわからなくなってしまう
のです。アレスの手は腿をなで、そして体の一番敏感な部分に触れました。
「あああ・・・アレス・・・やめて、くすぐったい・・・ははは・・・」
「ヘファオン、愛している、少しじっとしていて」
「ああーだめ・・・そんなこと無理・・・きつい・・・ぎゃあああ・・・」
「やっぱり無理か・・・」
アレスの体が少し離れました。顔は見えません。でもひどく悲しげで泣き出しそうです。ヘファオンはアレスの
体に抱きつきました。胸を震わせ、声を殺して泣いています。
「ごめん、アレス・・・今はちょっとびっくりしたけどもう大丈夫。今度はじっとしているからもう1回・・・」
「いや、もういい。俺が悪かった。無理なことさせて・・・お前はもう自分の天幕に戻れ」
「無理なんか全然していないよ。僕の体どっかおかしいのかな。普通はもっと簡単に入って天国にいるような気持ち
のよさだっていうんだけど・・・なんか僕だけすごくきつくて・・・」
突然アレス王子の笑い声が天幕いっぱいに響きました。今度は涙を流しながら笑い転げているのです。
「おい、ヘファオン、お前そういう話を誰から聞いた?」
「誰からって、まあ・・・いろいろとその・・・」
「お前はおかしなやつだよ。出て行けなんて言って悪かった。夜が明けるまでずっと側にいて一緒に寝てくれ」
「僕は大丈夫だから。君のためならどんなに痛くても我慢する。ほんとうだ」
「そういいながらお前の体、氷のようにガチンガチンに固くなっているぞ。俺はただこうして抱き合って眠るだけ
でいい。あんまり心配するな」
「でも、やっぱりちゃんとそういうこともできないと・・・僕は本当に自分が情けないよ。君と一緒に戦うことも
できないし、こんな夜に君の役に立つことすらできない。本当に役立たずだ」
「お前は充分役に立っているさ。ただ側にいてくれればいい」
「ねえ、アレス。明日の戦いで死なないでよ。みんな心配してフィロ太なんて・・・」
「フィロ太なんて君の鎧と兜をつけて代わりに死ぬなんて言い出してさ」
「そんなこと言ってたのか?」
「そうだよ。オオカミの毛皮まで持ってきていた。もし自分が死んだらこれを一緒に埋めて欲しいって。オオカミ
の毛皮があれば生まれ変わった時強い男になれるから。僕は慌てて止めたよ。フィロ太1人が強くなってしまった
ら、僕は取り残されてどうしたらいいかわからなくなるもの」
「おいヘファオン、そんなことまで俺にしゃべっていいのか?」
「あ・・・・!・・・ちょっと待って、アレス、僕が今しゃべったことは忘れて」
「忘れてやってもいい。その代わりしばらくの間声を出さずにじっとしていろ」
「じっとしていろって、もしかしてあの、それを・・・あ・・・僕にはまだ無理だから・・・だってまだ僕は
子供で腰紐をつけているし・・・絶対ダメ・・・」
「俺と同じ16だろう?他のヤツはもっと早くから・・・それにお前、さっき俺のためならどんなに痛くても
我慢するって言ったはずだ」
「うん、我慢するよ。でも・・・今の僕はまだ覚悟ができてないから・・・やっぱりダメ、怖い・・・アレス
だって戦いの前に無理してもし明日怪我とかしたら大変だから・・・」
「戦いの前、死が目の前に迫っている時こそ男は異常に興奮するものだよ。父上だって今頃いろいろやっている」
「王様は強いからね。特に戦いの前は相手を変えて何度もやるって噂だよ。翌日小姓はみんなまともに歩けない
から絶対戦場には出さないって・・・」
「お前は本当に余計なことばかり言うヤツだ。もうその口を閉じておけ」
アレスの口がヘファオンの口を塞ぎました。ヘファオンは抵抗することができないので腕を大きく伸ばしてアレス
の体を抱きしめます。肌がふれあい、胸はびっくりするほど大きな音をたて、頬は熱くてたまりません。
「ただこうしてそばにいてくれるだけでいい。お前がいてくれれば俺は安心できる」
「・・・・」
アレスの口が離れました。ヘファオンも何か言いたいのですが口からうまく言葉が出てくれません。ただ首を縦
に振って頷き、アレスの体にまわした手をきつく締めました。やがてアレスの体がベッドの上に倒れました。
ヘファオンの腕はベッドと彼の背中に挟まれて動かすことができません。しかたなくそのまま横になりましたが
体の重みで腕がジンジン痺れてきます。でもヘファオンはアレスが起きるまで、もしかしたら夜があけるまで
じっと待つつもりでいました。腕は痛いけれど今この瞬間少しは彼の役に立っていると思うととても幸せでした。
お礼文(47) 「新負土似亜物語」(47)
負土似亜軍対宛内(アテナイ)手倍(テバイ)連合軍の戦いが始まりました。ヘファオンとフィロ太は戦場から
は離れた昨晩みんなが天幕を張ったあたりにいたのですが、それでも馬の走る地響きや鎧がぶつかり合う音、
恐ろしい叫び声などが聞こえてきました。怪我をした兵士が次々と運ばれてきました。中にはもうすでに死んで
いる者、手や足を失っている者、到底助からないと思われるような大怪我をしている者もいました。2人より
若い小姓達などはもうどうしたらいいかわからずウロウロ歩き回るだけです。もちろん怪我人の手当てをする
ための医者などもたくさん連れてきているのですが、とてもそれだけでは足りません。あちらこちらからうめき
声が聞こえてきます。血の臭いが強く、ヘファオンは眩暈がしてきました。
「大丈夫か。辛かったら少しむこうで休んだ方がいい」
「君はどうなの、フィロ太?」
「僕はまだ大丈夫だ。将軍の子だからね。戦いの時どういうことが起こるかいやになるほど聞かされてきた」
「君がいるなら僕もここにいる。君が将軍なら僕は副官、僕の方が立場は上だ」
「でもそれはまだ・・・」
「アレスがそう言ったんだ。間違いなく僕は副官になる。見て、フィロ太、こっちへ戻って来る途中で倒れて
いる人がたくさんいる。彼らを助けよう」
「そうだね、ヘファオン」
2人は必死で倒れている兵士を支え、天幕まで運びました。
戦場は多くの人間がぶつかり合い、埃や砂煙がひどくどこに誰がいるのかさえよくわかりません。パウはとに
かく剣を構えてフィリボ酢王のすぐ近くに立っていました。ぶつかり合い、戦っているのは主に長い槍を持った
歩兵で、馬に乗った王のすぐそばまで敵が来る気配はありません。それでも護衛兵達は全員油断なく王の側で
構えていました。
「行け!そこだ!右翼の先頭はもう少し前へ!灰色トス(グレートス)、何をしておる!お前の隊はもう少し
先へ行けと命じているのに、そっちはアレスの隊に任せたはずだぞ・・・向こうの隊も、そうか、あいつら
わかっていて、あれではアツ太郎の隊の周りが取り囲まれ、何をしている、パルメ将軍まで、作戦はどうした!」
「陛下、アレス王子様の隊は優勢ですね。少しも犠牲を出さずに最強と言われた手倍の兵士を次々と倒してます」
「見てください!パルメ将軍の隊が敵をほとんど取り囲んでいます。我々が勝つのは時間の問題でしょう」
「灰色トスは1人飛び出して、ああ、なんという強さ、1人で10人の敵を素早く倒すとは・・・」
「ああ、何をしている。アツ太郎の隊が・・・」
「そちらはもう仕方ありませんね。陛下、そろそろ次の部隊を投入しましょう。これで一息に片付けられる
に違いありません。宛内軍は、見てください、次々と逃げ出しています。でも手倍軍は逃げてはいない」
「アツ太郎の側にいるのは手倍軍か。偵察に行った男はどこにいる!全く逆の情報ばかり話していた。見つけ
次第この手で首を刎ねてやる!いや、こうしてはおれん、次の部隊はわしの後に続け!」
「ま、待ってください陛下。お待ちください!」
護衛兵達が止めるのも聞かず、フィリボ酢王は数十人の騎兵を連れ、戦場の真っ只中へと馬を走らせてしまい
ました。護衛兵達もあわててそれぞれの馬に飛び乗りました。でもフィリボ酢王にはなかなか近づけません。
まして馬に乗るのが下手なパウは一度剣をしまい、馬に乗って態勢を整え、それから手綱を持って走り出す
のでたいそう時間がかかってしまいます。そしてしばらく走ってから手に槍を持っていないことに気付き、
慌てて馬から降りて槍をさがし出しました。急いで馬に乗ったので他の護衛兵達は誰の槍かなど名前を確認
せずに適当に持っていってしまったのです。歩兵の持つ槍は長すぎてそれで馬に乗ることはできません。パウ
は困ってしまいました。近くに倒れているのは歩兵ばかりで馬に乗って持つのにちょうどよさそうな槍はな
かなか落ちていません。ただウロウロと歩き回るばかりです。もちろん頭の上には矢がたくさん飛んでいます
のでそれに当たらないよう注意しなければなりません。戦場は嫌いだとパウはつくづく思いました。
もう1人、混乱を極めた戦場をろくに武器も持たずにウロウロしている少年がいました。13歳の小姓、パウサ
です。彼は叔父のアツ太郎から戦いの途中でフィリボ酢王に渡さなければならないメッセージがあるから、自
分のところに来るようにと命じられていました。叔父は自分達の部隊は一番安全な位置にいるからただ流れ矢
に当たらないよう気をつけろと言いました。でもいざその時になったら話が違い、アツ太郎の隊は敵に囲まれて
バラバラになり、誰がどこにいるのか全くわからなくなっているのです。小さな短剣しか持たないパウサは
なるべく体を小さくして目立たないように進みました。それでも叔父の命令なので彼を捜さなければならない
のです。広い戦場で、バラバラになった隊から1人の人間を見つけ出すのはとても大変なことです。
「おい、見ろよ。あの子供は負土似亜人か」
「そうに違いない。こんなところをウロウロして」
「こいつは都合がいい。これでしばらくやつらは攻撃できない。かわいい顔をして・・・きっと王か将軍の
お気に入りにちがいない」
「やめろ!離せ!舌を噛むぞ!」
「おお、威勢がいい。しっかり押さえておけよ。間違えて死なせてはまずいからな」
パウサは暴れましたが腕を後ろに回して数人の手倍人の男に押さえつけられ、首筋に短剣を突きつけられました。
「さあ、おとなしく歩くんだ!お前は誰のお気に入りだ。負土似亜王、それとも将軍か?」
「殺せ!さっさと殺せ!」
「そうはいかない。お前をこうしていればやつらは動けなくなり、何十、何百もの兵士を簡単に殺せる」
「そんなわけない。僕1人のためにそんなことしない。早く殺せ!」
「さあ、どうかな。負土似亜人でこれだけ繊細な顔の子供は滅多にいないからな。さぞかしかわいがられて
いたんだろう。お前を殺しはしない。手倍へ連れ帰り、たっぷりかわいがってやるさ」
「そんなことはさせない!離せ!さもなくば殺せ!」
パウサは必死で叫びました。大きな地響きが聞こえ、目の前に馬が並びました。真ん中の馬に乗っている
のはフィリボ酢王です。
「これをよく見てくれ。この子の命が惜しいならばすぐ馬から下り・・・」
「やめて!下りないで!彼らを殺して、僕のことはどうでもいいから!」
パウサはもう必死で泣き叫びました。けれどもフィリボ酢王は黙って馬から下りました。周りにいた護衛兵
達もそれにならいます。
「その子を離してもらうためには何をすればいい?」
「今この近くにいる者全員武器を捨て捕虜になれ」
「捕虜か。捕虜になったことはないからしばらく考えさせてくれ」
手倍人達は目の前にいるのが負土似亜王フィリボ酢とは気付いていないようです。でも彼が司令官であること
は間違いなく、これだけ捕虜が取れれば形勢は逆転する可能性がありそうです。
「よかろう、捕虜になろう。みなの者、武器を捨てよ」
フィリボ酢王は落ち着いた声で言いました。
お礼文(48) 「新負土似亜物語」(48)
戦いの様子は水晶玉にもうつり、おりん王妃と侍女達が真剣に見ていました。
「ああ、あそこにいらっしゃるの灰色トス(グレートス)様ですよね」
「戦場はどうしてこうも埃っぽいのかしら。お顔がちっとも見えないですわ」
「素晴らしい速さで馬を走らせ敵を次々に倒していく、なんて素敵なのでしょう」
「ああ、私まばたきしている間に見逃してしまいましたわ。もう一度やってくれないでしょうか?」
「そんなの無理に決まっていますわ。今度は見逃さないで、ほら、あそこにいらっしゃるのよ」
「この砂煙、どうにかならないのかしら」
「最近雨が降ってなかったからしかたがないのよ」
「そなた達!そんな色黒の男ばかり見てどうするのです!しっかりアレスがうつるように念じるのです。
私のアレスにもしも、ということがあったら。いいえ、そんなことはありえないわ。ディオス神にあれほど
祈って生贄を捧げたのだから・・・でも、私のアレスはどこ、早くうつして、ここにいる最も美しい子よ」
水晶玉はしばらく濁って何もうつらなくなりましたが、やがて1人の少年をうつしました。
「これは誰かしら。きれいな子ね。」
「あら、あなた知らないの。小姓のパウサ、フィリボ酢王様のお気に入りよ」
「ああ、この水晶玉、何を勘違いしているのよ。一番美しい子は私のアレスに決まっているのに名前を言わな
ければいけないなんて。小姓なんかうつすのではありません!アレスをちゃんとうつすのです」
「でも王妃様、なんだか様子が変です」
「戦場にまで小姓を連れ出すなんて、そんな子、さっさと敵に殺されればいいのです」
「おりん王妃様、この子敵に捕まっているみたいです。ああ、フィリボ酢王様のお姿が、武器を下に置きました」
「まあ、そなた達そこをどいて、私によく見せなさい。この男、何をしようとしているの?まさかこんな小姓の
命を助けるために気でも狂ったのかしら。槍を下に置いて、短剣のベルトまで外したわ。ホホホホ・・・なんて
いうことでしょう。手倍の男達が負土似亜王を鎖で縛って捕虜にした」
「そ、そんな、王妃様、どうしましょう、フィリボ酢王様が敵に捕まるなんて・・・」
「オーホホホホ、すべてが私の思うまま、王が殺され、負土似亜の士気はさぞ高まるでしょう。私のアレスが最高
司令官、宛内や手倍など敵ではない。あっという間に決着がついてしまう。そしてこの小姓にアツ太郎、それから
エウリという小娘まで一族すべてを王の死の責任ということでまとめて処刑できる。王を誘惑したあの小娘には
どんな刑がふさわしいかしら、オーホホホホホ、すべては私の思うまま、みなの者、ディオス神に感謝するのです」
「ああ、フィリボ酢王様が危ない」
「どうなってしまうのでしょう」
フィリボ酢王はたちまち手倍人によって鎖で縛られてしまいました。一人の男が王の首に短剣を向けているので
他の護衛兵も助けることができません。王のためなら自分の命も投げ出すとまで誓ったパウも、今はまだ遠くの
場所で槍をさがしてウロウロしています。フィリボ酢王は大声で叫びました。
「これでいいだろう。早くその子を放してくれ」
「そこにいる護衛兵達も武器を捨ててもらわないと」
王は目で合図をし、近くにいた者はみな武器を下に置きました。手倍人の男はパウサの手を離しました。
「ぐわあー、な、何をする!」
「油断するな、そいつを殺せ!」
パウサは短剣を抜き、フィリボ酢王の首に短剣を向けていた男を背後から刺しました。それを合図に護衛兵
達はいっせいに武器を手に取り、手倍人達に向かっていきます。槍や剣のぶつかる音、絶叫の中血飛沫が飛び
散り、次々と人が倒れていきます。やがてそのあたりは静かになりました。
「陛下、お怪我はありませんか?」
「敵はこれだけか」
「はい、近くにいた手倍人はすべて殺しました」
「よくやった、だが、パウサは・・・」
王は折り重なった死体に目を向けました。その中には体の小さな少年もいました。
「彼は王を助けようとして命を落とした。これ以上傷つけられぬよう、すぐにここから連れ出せ。そして後の
者はわしに続け。向こうで戦っている者、宛内人で逃げ出そうとする者は追わなくていい。だが、手倍人は1人
残らず追いかけて殺せ、捕虜は必要ない。卑怯な手段を使おうとした手倍人よ。お前達は生きてこの場所から
でることはない。生贄の人数が多いほど、わしのために死んだあの子の魂は救われる、さあ、行くのだ」
フィリボ酢王のすさまじいほどの気迫に護衛兵達は一瞬ひるみましたが、元々勇猛果敢な負土似亜人の中でも
特に選ばれた護衛兵、すぐに王の指差す方へ馬を走らせました。そこへやっと槍を拾うことのできたパウが
馬に乗って到着しました。王の前に重なる死体に驚きを隠せません。
「陛下、ご無事でなによりです」
「今頃何しに来た。お前は小姓ほども役に立たない男だな。ここの死体から使えそうな武器でも取っておけ」
「陛下、私は陛下の護衛兵として・・・」
「お前にその資格はない!ここにいろ!」
パウサの死体は他の者が運んでしまったし、王を捕えた手倍人はみな殺されてしまい、後から来たパウにはなぜ
王がこれほど機嫌が悪いのか理由がさっぱりわかりません。それでも言われたとおり死体の山に近づきました。
「なぜこれほど・・・一体何が・・・」
パウも戦場でひどい怪我をした味方や無残な姿の死体を何度も見たことがありました。でも、そこに折り重なった
死体は今までに見たことがないほどひどく傷つけられていました。
「卑怯な手段を使おうとした者はこうなるのだ、よく覚えているがいい」
背後からフィリボ酢王の声が聞こえました。その低い声には嗚咽も混ざっていましたが、激しい衝撃を受けて倒れ
そうになっているパウがそれに気付くことはありませんでした。彼はなるべく手倍人の死体を見ないようにして、
槍や短剣を集めていきました。
お礼文(49) 「新負土似亜物語」(49)
「ねえ、フィロ太、なんだか向こうは静かになったね」
「そうだね、そろそろ決着がついたのかな」
「様子を見に行ってみる?」
「だめだよ。そういう時が一番危ないって聞いたことがある。死にかけた敵が誰彼かまわず近づいた者を
道連れにしようと向かって来るんだって。だからもう少しここで待っていよう」
「ああ、怖い。でもアレス達はそんな場所で戦っているんだよね」
「そうだね、ああ、みんな戻って来た!ほら見て、フィリボ酢王様に灰色トス(グレートス)アレスとプトレ
カッサンもいる。よかった、みんな無事だった」
「君のお父さんは?」
「まだ来てないけど、きっと大丈夫に決まっている。ああ、アレスの体に血がついている」
ヘファオンとフィロ太は馬に乗って戻って来たアレス達に近寄りました。
「アレス、大丈夫、血が出ているみたいだけどどこか怪我をしたの?」
「ああ、これは返り血だ。心配するな、どこも怪我はしていない。プトレ、カッサン、みんな無事だ」
「カッサンの顔随分きれいだね。他の人に比べて血や埃が全然ついてない。ちゃんと戦わずに隠れていたの?」
「うるさいなヘファオン、お前達と一緒にしないでくれ。俺は戦うのがうまいから、下手に顔を汚したりしない」
「ふーん、そういうものなんだ」
「皆の者、よく戦った。今夜は飲んで大いに騒ぐがいい!」
フィリボ酢王が大声で叫びました。
夜、アレスはみんなが酒を飲んで酔っ払っている時に一人天幕から離れて馬のブケファラに乗りました。馬を
ゆっくり歩かせるアレスの後ろをヘファオンがそっとついて行きます。川のそばでアレスは馬から降りました。
「ブケファラ、よく頑張ってくれた。お前が力いっぱい走ってくれたからこそ、僕は戦場で命を落とさずにす
んだ。最初からわかっていたさ、アツ太郎が自分の隊をすぐには動かさないっていうことぐらい。それでも僕
は真っ先に飛び出した。この戦いで自分の勇気を示さなければ父上は俺を認めてくれない。でも勇気を示して
も、僕の死を望んでいた。僕よりも他の女から生まれるであろう子の方を愛している。どれほど勇気を示して
も僕は認められない。どうしたらいい?」
アレスは馬の腹に顔を押し付け、声を殺して泣いた。その声は近くの木の後ろに隠れていたヘファオンの体に
伝わりました。彼の目から涙が溢れ、鼻水が流れ、喉は苦しくてゴボゴボと音を立てました。
「そこにいるのはヘファオンか?」
アレスの声が聞こえたが、ヘファオンの顔は涙と鼻水でグショグショになり返事をすることもできません。アレス
は馬から離れ、しゃがみこんで泣いているヘファオンの顔を自分の胸に押し付けました。
「お前、男だろう?こんなところで何を泣いている?」
「だって、僕戦いを間近で見るの初めてで、人がたくさん怪我したり死んだりしていて、でも君が無事でうれし
くて、それなのに君があんなに悲しそうな声を出して、何がなんだかわからなくなって、僕は君のこと大好き
なんだ。王様なんかより僕の方がずっと君を愛していて、僕はこんなに弱いから君を命がけで助ける、君がいな
いと困るんだよ・・・誰よりも君が好きで、君が無事でうれしくて・・・」
「少し落ち着けよ。お前、自分が何を言っているかわかってないだろう。俺もお前が大好きだ」
アレスはヘファオンの顔を離しました。ベルトを外して白いキトンを脱ぎ、涙と鼻水でグショグショになったヘファ
オンの顔を拭ってから髪をかき上げ、額にそっと口付けをします。
「あああー、ぼ、僕の鼻水が君の服に・・・」
「構わないさ、どうせこれはもう血で汚れている。一度着替えたけど、まだ血は完全に止まらなくて・・・」
「アレス!やっぱり君も怪我をしたのか。どうしてちゃんと言ってきちんと手当てをしてもらわないの?」
「これぐらい大したことはない、絶対に誰にも言うなよ、特に父上には、さあ、もう戻るぞ!」
アレスは急に険しい顔つきになりました。
「フィロ太、話があるからちょっと来い」
夜になって戻ってきたパルメ将軍が息子のフィロ太を誘って歩き出しました。フィロ太は何を言われるかドキドキ
して下を向いて後をついていきました。パルメ将軍は急に止まり、フィロ太は止まりきれずに父にぶつかりました。
「あ、父上、どうも・・・」
「お前は下ばかり見ているからこういうことになる!」
「すみません、僕は・・・」
「お前に比べ、ニカ乃は今度の戦いで素晴らしい働きをした。父であるわしも驚くほどの活躍ぶりだ」
「・・・・」
「誰もが言う。わしの跡継ぎは長男のフィロ太より弟の方がふさわしいと・・・」
「僕もそう思います」
「それなのになぜかあの子はできの悪い兄を慕い、いつも気に掛けている。なぜだかわかるか?」
「弟はただ力が強いだけでなく、性格もやさしいからだと思います」
「そうだな。ニカ乃が周りがすべて年上の兵士という中に入って司令官としてやっていけるのは、あいつが
年上の者それぞれのよさを認め、その弱さをさりげなくカバーできるからだろうな。わしにはとても真似
できぬ。わしの周りにいた兄弟はみな強く、力を競い合っていたばかりだからだ。だが、その兄弟もみな
戦死し、わし一人が最後まで生き残った」
「僕は父上の期待にそえるような子ではありません」
「確かにそうだ。だが、それなりの役割は果たしている。もう下ばかり見て歩くな。空を見てみろ、星がきれい
だ。わしには見える、お前が司令官として立派に戦っている姿が・・・」
「え、どこに見えるのですか?」
「あの星のようにずっと遠くだが、確かに見える。近づくためにはまだまだ訓練が必要だが」
「わかりました」
「お前も別の形でアレス王子の力になれ。戦いに勝ったとはいえ、あの方はひどく傷ついている。その理由は
お前にもわかっているだろう。陛下もあんなアツ太郎の策略にまんまとはまって、あ、いや、こんなことをお前
に言ってはいけないな。この先まだまだ負土似亜に戦いは続く。訓練に励むのだぞ」
「はい」
パルメ将軍はまたしばらく黙って歩きました。その後ろを今度は上を見ながらフィロ太がついて行きました。
父の言うとおり、確かにきれいな星空で心が吸い込まれそうです。
「あ、痛い!」
「どこを見て歩いている!フィロ太、全くお前というヤツは・・・」
急に止まった父にまたフィロ太はぶつかってしまったのです。パルメ将軍は苦笑いしたくなるのをこらえて、
できるだけ気難しい顔を保ちながら息子に長々とお説教をしました。
お礼文(50) 「新負土似亜物語」(50)
宛内(アテナイ)・手倍(テバイ)連合軍に圧倒的に勝ったというのに、どうもフィリボ酢王の心は晴れません。
夜はみんなと一緒に飲んで騒ぎましたが、翌朝戦場にもどると折り重なって死んでいる手倍人の死体があちらこ
ちらに散らばっていました。戦いで王は怒りのあまり滅多やたらに敵を殺してしまいました。けれどもこうして
よく見ると手倍人だって愛する者がそれぞれいて、その男をかばうために皆自分が前に出て先に殺されようとし
ているのです。13歳の小姓パウサだって負土似亜軍のために命を投げ出した、そのことを思い出しフィリボ酢王
は熱い涙を流しました。
「陛下、手倍軍など大したことありませんね。卑怯な手段を使って我々を陥れようとしましたが、しょせんは男
同士の相手をペアにした軍隊、一度崩れれば互いの相手をかばおうと自滅してしまう。それに比べて負土似亜軍
は誰が隣にいようと関係ない、みな陛下と国の名誉のために戦っているのです。折り重なるように死んで自分の
相手を我らに示してしまうとは、なんと恥ずかしく不名誉なことか。最強の軍隊と言われた手倍人の神聖隊、そ
のなれの果てはこの姿なのです。アー、ハハハハハ、神は負土似亜に味方をした。神聖隊など名前だけ、さあ、
陛下、ここは他の者に任せて陣地に戻ってください。みんな心配しておりました」
「何を言う!この者達はいかに勇敢に戦ったことか。この者達を笑う者は死を見るぞ」
声をかけた若い護衛兵はフィリボ酢王のあまりの剣幕に驚いて後ずさりをしました。
「お前はもういい、灰色トス(グレートス)をここへ呼んで来い、今すぐにだ」
しばらくの間フィリボ酢王はたった一人で戦場に立っていました。昨日あれほど騒々しかった同じ場所が今は
静まり返っています。日が高くなって暖かくなると辺りには死臭がただよい、黒や灰色の大きな鳥が集まって
きました。そこへ灰色トスが小さな遺体を抱いてやってきました。
「見つかりました。体はひどく切られていましたが、顔はきれいです」
「おお、灰色トス、お前はわしの考えが言わなくてもわかるのだな」
「昨夜から気になり、夜が明ける前からさがしていました」
「そんなこと、奴隷に命じてさせればよかったのに・・・」
「フィリボ酢王様こそ一人でこんな場所に、まだ生き残っている者がいるかもしれません、非常に危険です」
「わしに危害が及ばぬよう、遠くで護衛兵が見ておる。もっともわしの心など考えもしない愚か者ばかりだが。
灰色トス、お前はこれらの者を見て何を考える?」
「死んでいる手倍人ですか。それとも私が抱いているパウサについて・・・」
「両方だ」
「愛する者のために自分の命を投げ出した。そのことについては敵も味方もない、そのように感じています。
もうしわけございません、王の前でこのようなことを言ってしまい・・・」
「わしも同じ考えだ。お前とは長い月日夜を共にしただけのことはある。口に出さなくともわしの考えがお前
にはわかるのだろう。死んだ者は宛内人であろうと手倍人であろうと丁寧に葬ってやろう。もちろんこの子も
だ。わずか13歳、わしはまだ一度も手を触れたことがなかった。エウリのいとこと言うことでうまく使ってい
ただけだ。それなのに最後まで忠誠をつくして死んでしまった。一体誰がこの子に戦場へ行けと命じたのか。
必ず見つけ出し、それなりの処罰を与えよう」
「わかりました。私も兵士にそれとなく聞いてみます」
「それから、この場所にライオンの像を作る。負土似亜王を守るために小さな戦士が命を落とした。それを
記念するために、大理石で像を作り永遠に残るようにしよう」
フィリボ酢王は灰色トスが抱くパウサの髪を上にずらし、その額にそっと口付けをしました。
王からの突然の呼び出しを受け、元小姓、今は護衛兵となったパウは喜びました。大きな戦いがあったばかり、
戦いで手柄を立てられなくても別の働きで褒められるに違いありません。実際パウは戦いの後実によく働いて
いました。他の者がいやがる仕事も進んでやる、それがパウのいいところです。
「陛下、私をお呼びでしょうか」
「ああ、お前を待っていた。挨拶はいらない、率直に答えてくれ。お前は小姓のパウサを知っているだろう。
彼に戦いの前の夜会ったというのは本当か」
パウは答えをためらいました。あの夜、パウサは他の兵士に腕を捕まれ、もう少しで陵辱されそうになって
いました。もしここで自分がその時のことを正直に話せば、その兵士達が首を切られるでしょう。
「どうした、何か話せない事情でもあるのか?」
「い、いえ、確かに私はパウサに会いました。ちょっと話をしただけです。彼が戦いは怖くないかと聞いて
きたので、私は陛下のために命を落とすことは少しも怖くないと答えました」
「そうやって騙し、パウサを戦場に行かせたのか。武器の使い方もよくわからぬ子供だ!」
「ま、待ってください。私は彼に戦場へ行けなどと言った覚えはありません」
「兵士達の話は本当だったのか。お前はパウサを騙し、小姓も戦場で王を守らなければならないと嘘をついた。
だからパウサはあの場所に来て、そして殺された。下手をすればそれだけで何人もの兵士も殺されたかもしれ
ない。お前は自分の嫉妬心から若い小姓を騙して殺した」
「そんなことはありません、誤解です。実を言うと戦いの前の晩、パウサを陵辱しようとした兵士がいるのです。
私はその者の顔をよく覚えています。彼らが私を恨んでそのような噂を振り撒いたのでしょう。私は彼を助け
こそすれ、騙して殺すようなことなど決してしません。どうか信じてください。私が今までどのように陛下に
お仕えしてきたか、思い出してください」
「お前のことなどもう考えたくもない。この手で首を刎ねてやりたいところだがそれもできぬ。さっさと荷物
をまとめて故郷へ帰れ、二度とわしの目の前に顔を出すな。次にお前を見たら殺すからな!」
「ま、待ってください、陛下、どうかわかってください。私はそのようなこと・・・」
「今までのお前はそうだったかもしれない。だが、護衛兵として己の力のなさを知り、新しい小姓に嫉妬して
悪巧みを考えた。もういい、そのためにわしは大切な小姓を・・・」
「違います、どうか・・・」
「パウ、もういいだろう、早く出て行け!」
パウは必死で叫んだのだが、側に控えていた護衛兵達に腕を捕まれ、外に引きずり出されてしまいました。今
まで王のお気に入りの小姓でもあったパウのこのような姿、仲間の護衛兵が助けてくれるわけもありません。
みんなできるだけ冷静な顔をしていますが、心の中で笑っていました。
−つづくー
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