新負土似亜物語(11)〜(15)



お礼文11  「新負土似亜物語」(11)

「みなの者!ここにいる哲学者アリスは、今や世界一の哲学者と言われておる。その哲学者を負土似亜国
に招いて、見栄座に築いた学問所で教えていただくのだ。見栄座に集う若者が、やがては負土似亜の明日
を背負って立っていくのだろう。なんとめでたいことだ。負土似亜に栄光あれ!哲学者アリスに乾杯!」

負土似亜国の王宮の一番大きな広間に客を招き、今日もフィリボ酢王は機嫌よく酔っ払っています。今日
の祝宴は新しい学問所見栄座の開校式でもあるので、普段は祝宴に招待されない貴族や大臣、将軍などの
子供も父親と一緒に招待され、ブドウ酒を飲んでいます。もちろん羊の柵追い大会の時、いくつかの樽に
はワインビネガーが入っていたのが発見され、王宮の貯蔵庫にある全ての樽が調べられました。

「ねえ、アレス、哲学者っていう人は随分額が広いんだね」
「そりゃそうさ。哲学者は俺達とは頭の重さが違うのさ。まあ、その分髪の毛にはあんまり栄養が行き渡
らないようだけど・・・お前ももちろん見栄座にいくんだろう」
「僕は君と一緒なら、どこへでもついていくよ」

王子アレスと親友ヘファオンは仲良く同じソファーに座り、同じカップでぶどう酒をかわりばんこに飲んで
います。少し前の羊の柵追い大会では、アレスに森でおいてきぼりにされたヘファオンとフィロ太が一晩中
さまよっていた、なんていうこともありましたが、翌日、明るくなってすぐにアレス王子は二人のことを
思い出して捜しに来てくれました。マイナスの巫女の呪いはそう長い時間続くものではありませんし、それで
二人の友情が壊れるということもありませんでした。プトレとフィロ太も同じソファーに座って、同じカップ
でブドウ酒を飲んでいます。フィロ太は羊の柵追い大会での文句をプトレには言いません。そんなことを言っ
て嫌われたくはないのです。

「ほんとかよ!ヘファオンが見栄座にいくのか?おい、ヘファオン、哲学ってどういうことをやるのかわかって
いるのか?哲学っていうのは俺みたいに知性と教養にあふれた人間が学ぶものだぜ。ま、お伴の小姓の代わり
に連れていってもいいけど・・・見栄座は山の上で寒いっていうからさ。それに最近は小姓といってもパウみ
たいに急に出世する場合もあるからな。小姓頭になったというじゃないか。ヘファオンもそれを狙うか?」
「やい、かっさん、お前のようなやつは見栄座には入れさせないぞ」
「残念でした。君がそう思っても、俺の父親は大臣パトロンズだぜ。フィリボ酢王が俺をはずすわけないだろ
う。もちろんフィロ太も来るだろうな。あいつ、森で一晩中迷っていたなんて、信じられないな。どう考えて
も将軍向きじゃない。メニオン将軍も頭が痛いだろうな。できそこないの息子を持って・・・」
「人の悪口を言うのはいい加減にしろ!かっさん」
「おや、正義感あふれるアレス王子が怒った。これは面白い。大勢の来客の前で王子様がけんかしていいのか?」
「王宮の外に出ろ、かっさん」
「イヤだと言ったら」
「無理にでも外に出して、お前に思い知らせてやる。二度とその口から悪口が出てこないようにな」

アレス王子はかっさんめがけて飛び掛りました。かっさんも負けずにアレスの体をつかみます。こうなると
ヘファオンはもうどうしていいかわからずおろおろするばかり・・・しかたなく頭がいいことで有名なプトレ
のところに走っていきました。

「大変だー、プトレ、アレスとかっさんがケンカを始めた」
「また、あのかっさんか。しょうがないな、俺が止めてやろう」

プトレはアレスの方に向かって歩いていきました。誰かがじっと見詰めています。フィリポ酢王の娘でアレス
王子の妹のクレオ王女でした。プトレが王女に向かって微笑むと、王女も微笑み返してくれたのです。これは
もうなんとしてでもかっこいいところを見せなければなりません。プトレは張り切って殴りあいを始めた二人
に近づきました。



拍手お礼文12  「新負土似亜物語」(12)

大哲学者アリスを招いた見栄座学園の開校祝宴で、王子アレスとかっさんは大ケンカを始めてしまいました。
そこへプトレが近づきます。プトレは大きく息を吸い、ゆっくりと話始めました。

「アレス王子、かっさん、祝宴の席、哲学者アリス先生の前でケンカして恥ずかしいとは思わないのか!こ
れからは負土似亜も力で全てを解決する時代ではなくなる。哲学を学び、知恵を絞って人の上に立つ人間と
なることが必要ではないか?このようなケンカをしている場合ではない」
「よく言った!お前は確か羊の柵追い競技で、確か灰色トス(グレートス)に継ぐ早技だった者では・・」

すぐそばにフィリボ酢王が立っていました。プトレは緊張しましたが、胸を張って答えました。

「は、はい、騎馬兵ラゴスの子、プトレでございます」
「なかなか知恵もあると見た。お前も見栄座に行くのだろうな」
「はい、喜んで入学させていただきます」
「どのような若者が育つか、実に楽しみだ・・・おおー!そうじゃ!これからの負土似亜は羊飼いの国では
なくなる。哲学を学び、学問に秀でた者に身分や腕力に関わらず、高い地位をやることにしよう。見栄座での
勉学が終わる日がきた時、最もよい成績を修めた者に我が娘、クレオをやることにしよう!みな、競って勉学
に励んでこそ、哲学者も教えがいがあるというもの・・・ぐ、わ、はっはっはっ・・・」

フィリボ酢王は高らかな笑い声をあげます。その足元で、二十歳ではあっても小柄な小姓のパウが、遠慮がち
に王のキトンの紐をひっぱりました。

「待ちなさい、パウ。まだ宴もたけなわの時間だ。ここでキトンを脱がせるのではない。我が息子アレスや
娘のクレオが見ているではないか。父親としての威厳を保たねばならぬ時だぞ。お前の相手なら後ほど・・・」
「違います、フィリボ酢王様。王様は確か私にクレオ王女様を・・・」
「おお!そうじゃったな。お前に約束しておいたな。すっかり忘れておった・・・まあいいではないか。言って
しまったことは取り消せぬが、みな酔っておる。すぐに忘れてしまうだろう。さあ、お前も飲め・・・おお!
アリス先生、我が息子アレスはどう見たかな・・・わしに似てなかなか賢い子であるだろう」

こんな大事なこと、一度聞いたら忘れるわけがないとパウは不満に思いました。けれどもフィリボ酢王はすっか
り上機嫌で哲学者と話をしています。こうなると小姓であるパウがそれ以上不満を言うわけにはいきません。
あきらめてまた小姓らしく、テーブルの間を回って来賓にぶどう酒を運んだりしました。



一方、途中でケンカを中断されたかっさん、大広間の外に出ると、一人の少女が窓からじっと中を覗いている
のが見えました。年はクレオ王女と同じ12歳ぐらいでしょうか。粗末な身なりをしていましたが、侍女や奴隷
女にはない上品な美しさがありました。かっさんはそっと近づきました。

「君は誰?ここで何をしているの?」

少女は驚いて逃げ出しました。かっさんはその腕をつかみます。

「お許しください。手を離してください。お母様に見つかったら叱られてしまいます。どうか離して・・・」
「逃げなくてもいいだろう。名前だけでも教えてくれ・・・」
「テッサロといいます。どうか、私がここにいたことは内緒にしてください」
「テッサロ・・・・それじゃ、君はフィリボ酢王のもう一人の王女なのか!」

かっさんは驚きました。フィリボ酢王にはもう一人、クレオ王女と同じ年で、母がおりん王妃とは違うテッサロ
という名の王女がいるという噂は前から聞いていました。けれども彼女の母は彼女が生まれてすぐに亡くなり、
おりん王妃に引き取られて育てられているものの、クレオ王女と違ってみなの前に紹介されたことは一度もなか
ったのです。クレオ王女に負けないほどの美しさを持つ彼女の腕は驚くほど細く今にも折れそうでした。

「君はここで何をしていたの?」
「お母様には、私はけっして祝宴になど出てはいけないと言われています。でも、今夜は新しい学園ができ、
私と同じ年頃の方が集まると聞いたので、少しでも見てみたいとつい・・・申し訳ございません」
「君が謝ることなんかないんだよ。僕と一緒に中に入ろうか?パーティーは始まったばかりだよ」

普段、人のあらさがしや悪口を言うことが何よりも楽しみなかっさんでしたが、なぜか不思議とやさしく
穏やかな気持ちになっていました。



拍手お礼文13   「新負土似亜物語」(13)

「お願いです、どうかこの手を離してください。お母様にしかられます」

かっさんに腕を掴まれたテッサロは必死に逃げようとします。

「心配しなくてもいい。僕はパトロンズ家の長男、かっさんだ。僕ならこの王宮に自由に出入りすることができる」
「まあ!かっさん様だなんて・・・私ちっとも知らなくて失礼しました。どうかもう・・・」
「何言っているんだ。君はフィリボ酢王の王女だろう。君の方が大臣の子の僕よりずっと身分が高く・・・」
「いいえ、王の娘と言いましても私の母はおりん王妃様とは違います。アレス王子様やクレオ王女様とは・・・」
「へ、あんな怖ろしい蛇使いの魔女のような王妃の子じゃなくてよかったじゃないか、君は粗末な服を着せられて
いるけど、よく見ればクレオ王女よりよっぽどきれいだよ・・・僕が大人になったら君と・・・」
「私はどこか遠い国の王子と結婚するよう定められています。そんなことはとてもできません」
「それもまた、あの意地悪で根性曲がりの王妃が決めたことだろう。クレオ王女は負土似亜の一番の重臣と結婚
させ、君はどこかの国の王子と政略結婚させられる。そのためには普段は粗末な服を着せ、人目につかないよう
にする。よくある話だ。でもそんなことはさせない。僕は王になることはできないけど、この国で一番偉い大臣に
なって、君と結婚する。だからその日まで、あの意地悪王妃の言いなりにならないよう、待っていて欲しい」
「かっさん様・・・」
「僕は君よりずっと身分が低いんだよ。でも必ず君にふさわしい立派な男になる」

かっさんがテッサロの手を握り締めると、彼女もまた微かに微笑んで頷きました。


その頃、おりん王妃の部屋では王妃がくしゃみをしたので、侍女達が大騒ぎをしていました。侍女達は儀式の時
以外はマイナスの巫女ではなく。普通の侍女としてくらしています。

「まあ、おりん王妃様がくしゃみを・・・春とはいえ、まだ肌寒くお風邪を召したのでしょうか?」
「いいえ、どうせ今日は哲学者を招いての祝宴、またあのフィリボ酢王が私の悪口でも言っているのでしょう。
例のあれを出しなさい。ちょっと様子を見てみます」
「例のあれと言いますと、例のあの水晶玉のことですね」
「そうです、さあ、そなた達、この水晶玉に思念波を送って、祝宴の様子をよく見るのです」
「今宵の祝宴には灰色トス(グレートス)様は出ていらっしゃらないのですよね。灰色トス様がいらっしゃら
ないと、あまり思念波は出ないのですよね。小姓のパウとか映してもあまり面白みが・・・」
「そうでございます、やっぱり水晶玉に映る灰色トス様は、一段とりりしくて、いやでも思念波が高まるのです」
「お黙りなさい!灰色トスはこの前の羊柵追い大会で、1位になったにもかかわらず、褒美を与えられなかった
ので、機嫌が悪くこもっているのです。さあ、そなた達、私の悪口を言う不埒な者を思い浮かべ、思念波を送る
のです。水晶玉よ、私の悪口を言う者を、さあ、早く映し出しておくれ」
「きゃー!見て、あれ、かっさん様よ。誰かと一緒にいらっしゃるみたい」
「そなた達!自分の見たい者ではなく、目的に合った者を思い浮かべ、心を一つにして思念波を送るのです!」
「まあ、かっさん様、手を握っていらっしゃる。隣にいる女の子は誰でしょう。暗くてよく見えませんわ」
「貸しなさい!そなた達ではまだまだ修行が足りぬから、はっきりと見えないのです・・・こ、これは、・・・
テッサロ!そなた達、今日のあの子の見張りは誰ですか!祝宴の日に広間に行かせてはならぬとあれほど・・」
「でも、テッサロ様もお気の毒です。クレオ様と同じ王女の身分でありながら、私達と同じ服を着せられ、他
の殿方には決して姿を見せぬよう厳しく言いつけて・・・あれほどお美しいのに・・・」
「あの子には、人質として敵国に嫁ぐという立派な役割があるのです。そのために引き取って育てているのです」
「ま!おりん王妃様、そこまではっきりとおっしゃらぬ方が・・・」
「私の計画を邪魔する者は断じて許しません。そなた達、今度はあのかっさんの髪の毛を引き抜いてきなさい。
一本とは言いません。なるべく多く引き抜いて、呪文の壷に集めるのです。いいですね・・・」
「は、はい・・・・かしこまりました」

たくさんいる侍女達は、あのすばしこくかしこいかっさんでは、パウやヘファオン、フィロ太などという
者とは違って、髪の毛を引き抜くのは難しいと思いながらも、渋々頷きました。

「私の悪口を言ったのも、もしや、このかっさんでは・・・許さぬ、けっして許さぬ。今に見るがいい・・」

ぞっとするようなおりん王妃の高らかな笑い声が、広い部屋中に響き渡りました。



拍手お礼文14   「新負土似亜物語」(14)

さてこちらは場面が変わって王宮の広間、フィリボ酢王は哲学者アリスに機嫌よくぶどう酒を勧めます。

「よいではないか、負土似亜国ではぶどう酒など、子供の頃からみんな水代わりに飲んでおる」
「しかしフィリボ酢王様、私は哲学にこの身を捧げ、毎日を規則正しく生活している者でございます。ぶどう酒
と言えども飲みすぎは、明日の思考に差しさわりがでますので、どうかご勘弁を・・・」
「哲学者とは不自由な者であるな・・・それでは女はどうだ?好みのタイプを言っておけばいくらでも・・」
「いえ、哲学の世界では愛は友情と同じように全てを分け合いお互いを高めってこそ価値あるものでして・・」
「そうか、男の方がよいのなら、小姓などどうだ?このパウなど、ちょっと年はとって少年とは言えなくなって
いるが、なかなか味わい深くよい男であるぞ・・・」

いきなり名前を言われて小姓のパウはドキリとしました。大哲学者というフィリボ酢王よりかなり年上のような
小柄な額の大きい男がパウの方をジロリと見ました。頭の先かつま先まで鋭い視線で見詰められます。パウは恥
ずかしくて、真っ赤になってうつむきました。手が胸のあたりに触れられれば、心臓はバクバク音を立てます。
哲学者アリスの手はパウのあちらこちらを触ります。パウはもう、生きた心地もしません。

「ふむ、この男はフィリボ酢王、あなたへの忠誠心と愛が溢れ出ているようです。失礼ながらこのような男は
他の者へ差し出すよりも、常におそばに置かれた方が、必ずや王の役に立つでしょう」
「そうか、そう言えばこのパウは暴れ馬の前に飛び出し、わしの命を救おうとしたこともあった」
「大切になさいませ。小姓といえどもこれほど忠誠心に溢れた男はめったにいるものではありません」
「わかっておる、わかっておる。ところで我が息子、アレスについてはどう思った?王子だからと言って遠慮
することはない。率直な意見を聞かせてくれ」
「アレス王子様は、私が見た限りでは最も強い力と幸運に恵まれる星の下に生まれていらっしゃると思われ
ます。ただ、王子様には、ただ一つなのですが、非常に恐ろしい黒い影がいつも見えます」
「それは、どういうことだ。アレス王子に何かあるのか?」
「これ以上は私の口からは申せません。黒い影の支配力はこの王宮内でより強く、さまざまな術を使って・・」
「え、えーい!哲学者という者ははっきり物ごとを口に出して言わず、遠まわしに・・おりんのことだろう」
「王妃様のお名前を直接口にされるのは、余りにも危険でございます。この王宮内、どこで誰が私達の会話を
盗み聞きしているか、わからないのです。別の言い回しを考えた方が・・・」
「哲学者と話すのは、本当にまどろっこしいわい。それでおりんのことはどう呼べばよいのだ」
「仮にここでは、黒い影と呼ぶことにしましょう。アレス王子は真の光、真の光には絶えず黒い影が付きまとい
その輝きすら飲み込もうとしているのであります。一刻も早く、真の光を黒い影の届かぬ場所へ・・・」
「おりんをアレスに近づけるなというのだろう。それならわしも考えた。新しく作った見栄座の学問所はこの
王宮から遠く離れた場所にある。あれの影響から離すにはもってこいだろう」
「それはよい考えでございます。真の光を黒い影の届かぬ聖域へとお連れになるのですね」
「光を影の届かぬ見栄座へと送るのだ。ぐわっ!ははは・・・これでもう思い煩うことは何もなくなった。さあ
明日からは見栄座へいくのだから、今宵はぶどう酒をたくさん飲め」
「フィリボ酢王様、私はさきほど哲学に身を捧げたと申したばかりです」

フィリポ酢王と哲学者アリスの会話を遠くからはっきり聞いてしまった者がいました。アレス王子の親友ヘファ
オンです。他の話は大勢の人間が騒いでいたため聞こえなかったのですが、一部だけははっきり聞こえました。

「光と影の届かぬ国、見栄座へ送るのだ!た、大変だ!光と影の届かない国って、死んだ人間が行く、地下の
国のことじゃないか。僕やアレス王子、プトレもフィロ太もかっさんもみんなあの哲学者に騙されて死者の国
へ送られてしまう。ど、どうしよう・・・アレス王子はプトレとぶどう酒飲んでいるし・・どうすれば・・・」

ヘファオンの顔は真っ青になりました。死者の国を思い浮かべ、足はガクガクと震えてきます。無理
もありません。アレス王子とヘファオンはまだたったの13歳なのですから・・・



お礼文15 「新負土似亜物語」(15)

ヘファオンが真っ青な顔をして震えている頃、プトレはアレス王子とのおしゃべりに夢中になっていました。
なんといってもアレス王子の妹のクレオ王女がすぐそばで話を聞いているのです。クレオ王女に憧れている
プトレは少しでもいいところを見せなければなりません。

「アレス王子はすごいよな。あの暴れ馬に飛び乗って止めたんだから」
「本当にそうだったの?私もお兄様が馬に乗るところ見たかったわ」
「だめだよ、お前を馬になんか近づけたら、父上や母上になんて言われるか。二人ともお前のことだけは
大切に思っているから、うっかり怪我させたら大変なことになる」
「そうかしら・・・だってお父様はひどいのよ。羊の柵追い大会で優勝した男と結婚しろだなんて。お父様は
きっと灰色トス(グレートス)が優勝すると思っていたのよ。灰色トスはそりゃかっこいいけど私とは20歳
以上も年が離れているのよ。そうかと思えば、命の恩人だからといって突然小姓のパウと結婚しろと・・・」
「父上は酔うと何を言い出すかわからないから。今夜の祝宴では見栄座で一番の成績だった男と結婚させると」
「なあ、アレス王子、今夜フィリボ酢王様が言ったことだけはしっかり覚えていてくれよな。成績だったら
俺、結構自信があるんだ。羊の柵追いよりも・・・」
「私も結婚するのなら、頭がよくて、さらに馬に乗るのも上手な男の人がいいわ。お兄様のように・・・」

クレオ王女はチラリとプトレの方を見ました。まんざら悪くは思っていないようです。

「おいおい、兄妹では結婚できないだろう。ヘファオンとかどうだ?あいつはやさしくていいやつだぞ」
「ヘファオンはちょっとねー、あまりにも頼りないのよ。やっぱり私はお母様の後を継いで、ディオス神を祭る
マイナスの大巫女にならなければいけないでしょ。強い男の人がいいのよね」
「ヘファオンはやさしいけど、ちょっと頼りないんだよな。やっぱりクレオ王女は負土似亜国の王女なのだ
から、王国を支えていけるような男と結婚しなければならない。王様の気まぐれではなく・・・」

プトレは慎重に言葉を選んで話しました。すぐに自分の名前を出してアピールしたり、ヘファオンの悪口を言って
アレス王子の機嫌を損ねるようなことはしません。二人の表情を見て、先を読みながら話を続けます。

フィリボ酢王と哲学者が悪巧みを考え、自分達を死者の国へ送ろうとしていると早合点をしてしまったヘファオン、
早く誰かに相談したいのですが、アレス王子はどうやら三人人で話がはずんでいるようです。暇そうに一人でいる
のは、プトレの相棒フィロ太だけです。フィロ太が頼りにならないことは、この前森の中で二人で迷子になったの
でよくわかっていますが、それでもまずは似た者同士、フィロ太に相談したくなります。ヘファオンはフィロ太を
誘って、こっそり広間の外に出ました。そして暗い場所で、誰かにぶつかりました。

「誰だよ!痛えなー!・・・あ、ヘファオンとフィロ太か・・・間抜けコンビが揃って・・・」

ぶつかったのはかっさんでした。ヘファオンとフィロ太の二人の顔を見た瞬間、かっさんの口元にはたくさんの
イヤミや悪口の言葉がスルスルと集まってきました。イヤミと悪口が大好きなかっさん、しかも目の前にいるのは
もっともそれが言いやすい二人です。でもかっさんは慌てて出かかったイヤミを口で押さえ、喉元に集まった悪口
を飲み込みました。とっさのことでよく考えたわけではありませんが、今目の前には心魅かれる女の子、テッサロ
がいます。かっさんは15歳、金髪に青い瞳と見かけはなかなかの美少年、家柄も第一の貴族パトロンズ家の長男
です。でも女の子というものはいくら美少年で家柄がよくても、イヤミばかり言う男の子は嫌いになるでしょう。
かっさんは懸命に口から出そうな言葉を押さえ、息苦しくなってきました。目を白黒させ、口をパクパクしてい
ます。そしてその場にしゃがみこんでしまいました。

「大変だー!かっさんがヘファオンとぶつかって倒れてしまった!僕、誰か呼んで来る」

フィロ太が叫んで行ってしまいました。かっさんは必死で止めようとするのですが、言葉を押さえ、同時にしゃ
べるというのはどう考えても無理なことです。むなしく口をパクパクさせていました。テッサロの心配そうな瞳が
かっさんを覗き込んでいます。

                               −つづくー


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