新負土似亜物語(16)〜(20)
お礼文16 「新負土似亜物語」(16)
「まあ、大変、かっさん様が倒れてしまいました」
「おりん王妃様の呪術が、これほど早く効果が表れるとは・・・ああ、恐ろしい、いえ、素晴らしいお力で・・」
「何を言っているのです。私はまだ呪文など何も、水晶玉を貸しなさい。なんですか、これは愚かな子供同士
でぶつかっただけです。呪術とは少しも関係が・・・かっさんはいいとして、テッサロ!この心配そうな表情
はなんですか!お前は自分が人質になる定めを持って生まれたことを、忘れているようですね」
「おりん王妃様、何もそう怒らなくても・・・テッサロ様があまりにもお気の毒で・・・」
「いいえ、この子は人並みに恋などしてはいけないのです。そのことをよく教えてあげましょう。今すぐテッサロ
をこの部屋に連れてきなさい。わかりましたね。あの子には少々辛い思いをさせた方がいいかしら・・・」
「王妃様、あまりご無体なことなさいますと、ますます王妃様は恐ろしい方だという噂が・・・」
「そう、エペロスから来た王妃おりんは、妖しいディオス神を信仰し、邪魔をする者を次々と呪術により抹殺して
いるのです。そなた達、マイナスの巫女としてそれはよくわかっているでしょう」
「は、はい、おりん王妃様、テッサロをすぐここに連れてきます」
微笑を浮かべるおりんの表情は、怒っている時よりもさらに険しく、侍女2人ほどが慌てて部屋の外に行きました。
フィロ太の大声で、見張りの兵士達がすぐに集まり、屈強な男達によってかっさんは広間の隣の小さな控えの間に
あるベッドに寝かされました。もうすっかり息苦しさはなくなり、普通にしゃべれるようになったのですが、せっか
くみんなが心配してくれるので、もうしばらく寝ていようと思いました。
「かっさん、大丈夫?急に飛び出したりして悪かった。今、哲学者のアリス先生を呼んできたからね。アリス先生
は哲学だけでなく、医術の心得もあるんだって。これでもう大丈夫、助かるよ・・・」
心優しいフィロ太は、日頃のかっさんの意地悪も忘れて、少し涙ぐんでいました。その後ろには哲学者アリスが
立っています。たくさんの葉っぱと一緒に小さなナイフも手に持っているので、かっさんはドキリとしました。
「君がヘファオンにぶつかって倒れたという少年だね。私の言っている言葉はきちんと聞こえているか?」
「はい、大丈夫です、聞こえています」
「それはよかった。意識を失った場合、治療するのは非常に困難になる。ちょっと胸と喉の辺りを触ってもいいか」
「はい、お願いします」
「ふむ・・・喉のあたりに何かとてつもなく大きな力を感じるが・・・何か大きな塊が、君の喉と胸を覆いつく
し、圧迫していたようだ。私が今まで手当てをした患者の中で、一度もこのような状態の者は・・・君は何か
思い当たる節はないかね。直前に何かよくないものを食べたとか・・・」
思い当たる節と聞かれて、かっさんはドキリとしまいた。思い当たることはあります。イヤミが口から出そうに
なって、慌てて口を押さえたのですから。でも心配そうな顔つきでじっと見ているテッサロの前、イヤミが喉に
つまったなどと、哲学者に正直に話すことはできません。首を振り、苦しそうな声をあげました。
「心当たりはないか・・・私には想像もつかない邪悪な力が働いたようだな。とりあえずこの薬草で手当てを
すれば、呼吸は楽になるかと思うが、原因がわからなければ、またいつ発作が起こるやら、困ったことだ・・」
「邪悪な力って、もしかしたら、またお母様が・・・」
テッサロが小声でつぶやき、すぐに口を閉じました。
「おりん王妃様のことですか?よくわかった。君の口からはそれ以上言わない方がいい。私が考えていた以上に
この国は黒い影が大きな力を持ち、その呪術で多くの人間が病気になっているようだ。私の力でどこまで立ち向
かえることか・・・ああ、偉大なる神よ。私にこの子達を救う力を与えてください」
哲学者アリスは床に跪いて祈り始めました。かっさんはますます本当のことが言えなくなってしまいます。
「あ、テッサロ様、ここにいらっしゃったのですね。すぐにおりん王妃様のところに来てください」
「なんだよ。魔女の手先のマイナス女達め!彼女に何する気だ!」
かっさんは立ち上がり、テッサロの前に立ちました。
「止めてください、かっさん様、私はお母様のところへもどります」
「きっと何か言われるぞ、僕が無理やり引きとめたと言っておけ。やい、マイナス女、彼女に何かしたら
ただじゃおかねーからな。お前ら全員まとめて縛り上げ・・・」
「キャー、なんて素敵なお言葉、やっぱりかっさん様は男らしい方ですわ」
「関心している場合じゃないのよ。早くこのテッサロを連れていかないと、おりん王妃様のお怒りが・・・」
「ああ、そうね、残念だけど、テッサロ様、早くきてください。私達と一緒に・・・」
「よく覚えていろ!彼女に何かしたら、俺が許さないからな!」
かっさんの怒鳴り声が聞こえる中、侍女達はテッサロを連れて行きました。
お礼文17 「新負土似亜物語」(17)
「ふーむ、それだけしゃべることができれば、ひとまずは安心であろう。しばらくこの部屋で休んでいな
さい。私は広間に戻っているが、もしまた気分が悪くなるようなことがあれば遠慮なく呼びにきなさい」
「わかりました。ありがとうございます」
フィロ太がかっさんに代わって礼を言い、哲学者アリスは広間へと戻っていきました。かっさんが寝かされて
いる部屋で、倒れた彼以上に真っ青な顔をしてブルブル震えている子がいました。13歳のヘファオンです。
「かっさん、だめだよ、マイナスの巫女の悪口なんか言ったら、きっと恐ろしいことが起こるよ」
「大丈夫だよ。マイナスの巫女っていったってしょせんは人間、妖しげなことやっているけど大したことないさ。
それにマイナス女で一番偉いのはお前の好きなアレス王子の母親だろう。怖がってどうするんだよ」
「そりゃ、そうだけどさ、アレスは好きだけど、王妃様は怖いよ。僕はほとんど近寄ったことはない」
「弱虫目、大体お前ら二人がボケッと歩いてくるから俺がぶつかったんだぜ。おまけにイヤミが言えない時に
限って二人そろってさ。何の用だったんだよ」
「あ、忘れていた。フィロ太とそれからかっさんも聞いてよ。あの哲学者は怖ろしいことを考えているんだよ」
「怖ろしいことってなんだよ。別に哲学者はマイナス女のように呪いをかけたりはしないだろう」
「そうだよ、ヘファオン。どうしていきなり僕を呼び出して」
フィロ太とかっさんがいっせいにヘファオンの方を見ます。ヘファオンは二人に側に来るように手で合図します。
「みんなこの話は絶対他の人に聞かれては困るんだ。いい、僕のそばに来て、小声で話すから・・・」
「えー!えー!あの哲学者が僕達を殺そうと!」
「バカ、フィロ太、声がでかいぞ。ヘファオン、確かな話なんだろうな」
「殺すとは言ってないよ。ただ光と影の届かない死者の国へ連れて行くと・・・」
「同じことだよ。これは大変だ。すぐにアレス王子とプトレにも相談しなくちゃ・・・」
「そうだな、いいか、絶対他のやつにはしゃべるなよ。この秘密を知っているのは俺達三人だけだ。俺達の命
は狙われている。さっきだって、誰もいなかったら俺は危なかったかもしれない。でも敵はまだ俺達が気づいた
ということを知らない。そこで油断させるんだ・・・」
「敵って誰のこと?」
「お前は本当に飲み込みが悪いな、ヘファオン。哲学者が俺達の命を狙っているんだから、哲学者が敵にき
まっているだろう。まあ、俺の考えでは影で操っているやつがいると思う。たとえば併留宇斜国の・・・」
「ええっ!併留宇斜国ー!」
「お前は声がでかすぎるんだよ、フィロ太。いいか、くれぐれもこれは推測だ。大きな声で騒ぐなよ」
「わかったよ。でもあの哲学者、そんなに悪いこと考える人には見えなかったけど」
「そういう人間が一番怪しいんだ。よく覚えていろ。・・・彼女、大丈夫かな、俺ちょっと見てくる」
「おりん王妃様の部屋の近くに行くの?それはだめだよ、危ないよ」
「お前達について来いとは言っていないぞ」
「でも一人で行くのは危険すぎるよ。僕達もついて行くよ」
「大して役に立たないけどな。足引っ張るんじゃないぞ」
三人はオリン王妃の部屋に向かって王宮の裏道を急ぎました。かっさんはさっきとはうってかわって、
喉元がすっきりし、息苦しさがすっかりなくなっているのを感じました。このフィロ太、ヘファオンの
二人と話しているうちに、体にたまっていたイヤミが会話に混ざって外に吐き出されたからでしょう。
おりん王妃の部屋から怖ろしい声が聞こえてきました。
「まあ、テッサロ、お前は最近パトロンズ家のかっさんに色目を使っているとか・・・」
「そんなことはありません。かっさん様とは今日初めてお話しました」
「うそおっしゃい!二人でまあ手など取り合って、手を出しなさい。男と手など握ったらどういうことに
なるか、よく覚えているのです。あの棒を貸しなさい」
「おりん王妃様、あまりひどいことはなされないほうが・・・」
侍女達の止める声が聞こえましたが、すぐに鞭のような鋭い音と小さな悲鳴が続けて聞こえ、外にいた三人
は思わず目をつぶってしまいました。
「ちくしょう!あの魔女め!覚えていろ!」
「駄目だよ、かっさん。こんなところで大騒ぎしたらいけないよ。冷静になって・・・」
珍しく興奮したかっさんを、ヘファオンとフィロ太の二人が必死になだめました
お礼文18 「新負土似亜物語」(18)
水晶玉を見ているおりんの目がギラリと光りました。
「どうも外が騒がしいと思ったら、あの者達が、部屋の近くに来ているとは・・・構わない、あの者達を捕らえて
いらっしゃい。どうせ、ここにいるテッサロのことが心配になってのぞきにきたのでしょうけど・・・」
「おりん様、捕えてと簡単におっしゃいますけれど、かっさん様達は犬やねこではなく、人間のそれも私達より
大きくて力の強い男の子です。どうやって捕まえればいいのですか?」
「愚か者!なぜそう余計な突込みをする!私の名を唱えれば、あの者達など震え上がって大人しく言うこと聞く
のです。さっさといってらっしゃい。逃げられてしまうではないか」
「わ、わかりました。おりん王妃様のお名前を口にして、脅して捕えればいいのですね」
「お母様、かっさん様達をどうするおつもりですか?」
「お黙り!・・・テッサロ、白馬の王子をきどるかっさんがどれほどお前の前で我慢強くいられるか、これは
見ものですね・・・オー!ホホホホホ・・・・あの生意気な子がどれほど強いかよく見ているのです。日頃私と
アレスをないがしろにして、威張り放題のパトロンズ大臣とかっさん。私の力がどれほどのものか、思い知らせ
てやるのです。オー!ホホホホホホホ・・・・・」
「お母様、お願いです。やめてください。悪いのは言いつけを守らなかった私です。どうかかっさん様は・・・」
「いやな子だね、お前は。涙なんか浮かべるところ、ますますお前の母親に似て・・・お前のような子はとびっき
り怖ろしく野蛮な国に嫁がせてやるから覚悟しておきなさい。まあ、せいぜい涙でも見せておくのですね」
おりん王妃はテッサロを睨みつけた後、侍女達の方を振り返りました。
「そなた達!何をぼんやり見ているのです。さっさとあの3人を捕えてらっしゃい。いいですね」
「は、はい、かしこまりました。おりん王妃様」
侍女達は慌てて部屋の外に出ました。おりん王妃のいる部屋に残っているのは怖いので、十数人いる侍女がみんな
残されたテッサロのことを気にしながらもゾロゾロと外に出てしまいました。
「ねえ、かっさん、何か人影がこっちの方へ向かってくるよ」
「あれはおりん王妃様の侍女のマイナスの巫女達だよ。僕達の方にやってくるよ。どうしよう?逃げた方がいい
んじゃないかな。・・・わー!ほらすぐそこまでもう来ている!」
「騒ぐな!ヘファオン、フィロ太。今更逃げようとしてもすぐ捕まる。ここは口のうまい俺に任せて、お前達は
何も言わずに黙っていろ。いいな!」
「口がうまいって、かっさんいつも僕達の悪口やいやみばかり言っているよ」
「バカ!悪口やイヤミがスラスラ口から出るほど、俺様は頭がいいってことだろう。いいか、絶対お前ら何も
しゃべるなよ。口を手で押さえていろ。わかったな!」
マイナスの巫女達が3人を取り囲みました。
「かっさん様、フィロ太様、ヘファオン様、おりん王妃様が大切な話があるそうです。どうか一緒に来てください」
「え〜、捕えて連れていくのではないの?」
「新入りは静かになさい。とにかくおりん様の前に連れ出せばよいのです」
「これはこれはおりん王妃様の侍女であり、誇り高きマイナスの巫女でもある皆様方、ちょうどよい、私達もおりん
王妃様に内密にお知らせしなければならないことがあってここへきたのです」
「キャー!かっさん様がしゃべったわ」
「誇り高きマイナスの巫女ですって・・・やっぱりかっさん様はよく見ていらっしゃるのよね」
「かっさん、だめだよ、ほこりだらけのマイナスの巫女なんて、いくら本当のことでも口に出して・・・」
しゃべりかけたヘファオンの口をかっさんとフィロ太が同時に押さえました。そして同時に叫びます。
「お前は黙っていろ!ヘファオン!」
そしてかっさんは慌ててマイナスの巫女達の前に跪きました。
「失礼いたしました。ヘファオンはまだ13歳、何もわかっておりませんので、どうかお許しください」
「あら、いいのよ。ヘファオン様のそういうところ、かわいらしくていいのよねー」
「すぐにおりん王妃様にお話しなければならないことがあります。王妃様のお部屋までご案内ください」
「えー!違うよ、かっさんは・・・」
ヘファオンの口はフィロ太の二つの手とかっさんの二つの手で厳重にふさがれてしまいました。
「お前は何もしゃべるな!ヘファオン!」
拍手お礼文19 「新負土似亜物語」(19)
ヘファオン、フィロ太、かっさんの3人は生まれて初めておりん王妃の部屋に続く長い回廊を歩いています。
「なあ、ヘファオン。お前はおりん王妃様の部屋、入ったことあるよな」
「な、ないよ。とんでもない。おりん王妃様の部屋なんて、怖くて誰が・・・」
「だってお前と仲のいいアレス王子の実の母だろう。お前、王子の部屋にはよく出入りしているんだろう。
だったら、おりん王妃と口ぐらいきいたことあるはずだ」
「アレスは王宮に住む王子だよ。他の家みたいに、ちょっと遊びに行ってお母さんが出迎えてくれたりは
しないよ。アレスに会うのだって、護衛とか門番がうるさいし・・・」
「へえ〜そういうものなのか」
「おい、フィロ太、ヘファオン、静かにしろ!ゴチャゴチャ言ってないで黙って歩け!」
「随分遠いね。王妃様の部屋」
「悪者が入って来ないように遠回りさせて道を複雑にしているんだろう。あちこちに衛兵が立っているし・・」
「誰も怖がってここまでは来ないと思うけどな〜アレス以外は・・・」
「ヘファオン、お前そういうことペラペラしゃべっていて、よく王子に嫌われないな」
「アレスは僕のこと大好きだよ。僕達はとっても気が合って・・・」
「はいはい、わかったよ。マイナスの巫女様、おりん王妃様の部屋に行くのは随分複雑な廊下を通るのですね」
「そうなのです、かっさん様、私達の苦労をわかって・・毎日この道を通って王妃様にいろいろお届け物をする
私達は大変なのです。御食事なんて、もし王妃様のお口に合わなければ、最初から運びなおしなのです。あ、
こちらがおりん王妃様のお部屋です。くれぐれもお気をつけください。王妃様がお怒りになったら・・・」
「わかっている、心配しないでください。いいか、ヘファオン、フィロ太、お前達は何もしゃべるなよ!」
「え〜!またしゃべっちゃいけないの?」
「当たり前だ。ここからが一番重要だ」
マイナスの巫女に案内されて、ヘファオン、フィロ太、かっさんの3人はおりん王妃の部屋に入りました。中
は香の強い匂いがして、煙が立ち込めていました。
「そなた達3人は、なぜ私の部屋の前で騒いでいたのです?それにかっさん、そなたは私の大切な娘、テッサロに
声をかけたとか、それもパトロンズ大臣のさしがねなのですか?」
「違います。おりん王妃様、実は私達は重大な話を偶然聞いてしまったのです。これはアレス王子様の命にも
かかわる、極めて重大な話でございます。それで私達は、王子様には内緒で相談し、これはもうおりん王妃
様のお力をお借りする以外に方法はないと判断し、そしてテッサロ王女様に話して、王妃様の部屋に案内して
もらおうとおもったわけです。けっしてやましい心があって王女に近づいたわけではございません。どうか
私達の話をよくお聞きください」
「ふむ、アレス王子に関わる重大な話とあっては捨てては置けません。話なさい。またあのフィリボ酢王と
そなたの父のパトロンズ大臣が、私と王子に悪巧みを考えているのですか・・・それともあの男達、王がや
たらと寵愛しているパウや灰色トス(グレートス)がなにか相談をしておるとか・・・」
「いえ、そうではないのですが、ただ新しく招かれました哲学者のアリス、あの者が何か悪巧みを考えていると」
「なに!哲学者が・・・許せぬ、断じて許せぬ・・・哲学者が何を言ったのです」
「は、はい、あのう・・・おい、ヘファオン、お前が聞いたんだろう。哲学者はなんと言っていた?」
「・・・・・」
「言うのです・・・ヘファオン。そなたは我が息子アレスとたいそう仲がよいとか・・アレスに危機が迫って
いるのですか・・・そなたは王子の友として、ちょっと頼りないと思っていましたが案外役に立つかもしれない。
そなたの知っていることを全て話すのです。さあ・・・」
話せとおりん王妃に迫られてヘファオンは泣き出しそうになりました。おりん王妃をこんなに間近で見るのは
初めてです。アレス王子と顔立ちはよく似ているけど、怖さと迫力は桁違いです。それに王妃の体に巻きつい
た蛇が、さっきからヘファオンの方をじっと見ています。おりん王妃と蛇に睨まれたら、誰もが動けなくなって
しまいます。ましてやちょっと気の弱いヘファオンの場合は足はガタガタふるえ、汗が流れ落ちてきました。
「おい、ヘファオン、どうしたんだよ?汗びっしょりだぜ」
フィロ太が声をかけた瞬間、蛇がヘファオンに向かって体を大きくくねらせました。
「きゃー!・・・・」
ヘファオンはその場に倒れてしまいました。目は大きく見開き、体全体がガクガク震えています。
「て、哲学者が・・・アレス王子を・・・」
「言いなさい、ヘファオン!哲学者が王子に何をしようとしているのです」
「へ、へ、・・・蛇が・・・」
「わかりました。この蛇、グラニコスに話を聞いてみましょう。そなた達3人は侍女のいる控えの間に下がって
いなさい。今からグラニコスを使っての儀式を行います。マイナスの巫女達よ、集まりなさい。今から蛇の
儀式を行います」
マイナスの巫女達に言われるまま、かっさんとフィロ太はヘファオンを抱えて控えの間に入りました。扉が
閉められると、おりん王妃の部屋からは、人間とは思えない不思議な声が聞こえてきました。3人は慌てて
それぞれ自分の耳をふさぎました。あの王妃には、とてつもない大きな力が備わっている、そう感じました。
拍手お礼文20 「新負土似亜物語」(20)
おりん王妃の控えの間に来たヘファオン、フィロ太、かっさんの3人はじっとしながらも儀式の様子を一言も
聞き漏らすまいと、分厚い壁にぴったりと耳をつけました。侍女達もみんなおりん王妃の部屋に集まっている
ようです。わけのわからない呪文が隣の部屋から聞こえてきます。
「すごいなー!本当に蛇と話をしているのかな?」
「アレス王子もこういうことできるのか?ヘファオン、お前に何かしゃべってないか?」
「夢の中で、言葉を話す蛇としゃべったって言っていたよ」
「えー!本当か・・・蛇と話すのか!」
「フィロ太、声が大きい。静かにしろ・・・向こうの言葉が聞こえない」
「蛇と話すって、アレス王子は本当に蛇と話ができるのか?」
「うん、アレスは蛇を怖がらないよ。蛇はディオス神の使いだって」
「お前は蛇を怖がっていたじゃないか」
「だって・・・僕はアレスじゃないから・・・いくら仲良しでも同じことはできない」
「おい、静かにしろ・・・ああーだめだ、何を言っているのかさっぱりわからない。おい、お前達、こっちに
足音が近づいているぞ、扉から離れるんだ。早く!」
「かっさんは?ここにいたら危ないよ」
「俺のことは心配するな。なんとか切り抜ける。早く離れていろ!」
突然大きな扉が開かれ、儀式に使った強い香の煙が勢いよく流れてきました。煙の中におりん王妃が立っています。
「そなた達、扉にはりついて何をしておった!禁制の儀式を盗み聞きでもしたのですか?」
「ご、ごめんなさーい。僕達はその・・・アレスが心配で・・・」
「申し訳ございません、おりん王妃様。私達はアレス王子様が心配で、つい盗み聞きをしてしまうような真似を・・」
「まあよい。そなた達にグラニコスと私の言葉などわからないであろう。私のかわいいグラニコスはこう言っており
ました。あの哲学者は我が息子アレスを光と影の届かぬ国、すなわち死者の国へ連れて行くと・・・」
「そ、そうです。僕が・・あ、私が聞いたのもそれと同じ言葉を・・・あ、あ、アレス・・・王子様の命がねらわれ
て・・・ぼくたち・・・どうしたらいいのですか?アレスが死者の国へ連れて行かれたら・・・」
「おのれ、あの色恋に血迷った王は、他の女の産むであろう子を跡継ぎにしようと、血を分けた我が子を犠牲にし
ようとは・・・クレオばかりでなく、私の大切なアレスまで・・・許せぬ・・・断じて許せぬ・・ディオス神よ!
どうか私にお力を!ウオー!・・・ひいー!ひ、ひ、ひ、ひ・・・血を集め・・その哲学者を溺れさせるのじゃ!」
おりん王妃の顔には神がのりうつってきたようです。あまりの怖ろしさにかっさんもフィロ太も目を閉じてしまいま
した。けれどもヘファオンだけはおりん王妃の顔をしっかり見ています。その髪の毛は蛇のように太く動き始め、昔
話で聞いた髪の毛が蛇になった魔女を思い出しました。薄目を開けたかっさんが小声で囁きます。
「ヘファオン、今、王妃の顔を見てはだめだ。石にされてしまうぞ」
けれどもヘファオンはおりん王妃の顔をなおもしっかりと見つめていました。そしてその足元に跪きました。
「教えてください、おりん王妃様。僕はあなたも蛇も怖いけど、アレスが死者の国へ連れていかれることはもっと
怖いです。どうかアレスを助ける方法を教えてください。どんなことでもやります。お願いします」
「その言葉、真の心から出た言葉か」
「はい。僕はアレスを助けるためなら、どんなことでもできます」
「ならば、その哲学者の髪の毛とそれから血を少々抜き取って私のところへ持ってくるのだ。これには特別な
呪文が必要。髪の毛だけでは効き目は薄いであろう」
「わかりました。髪の毛と血を持ってくればいいのですね。必ず持ってきます。だからどうかアレスを助けて
・・・どうしよう・・・僕の体がだんだん固くなってきた・・・まさか本当に石に・・・あーうごけない!」
「ヘファオンよ、そなたの心はよくわかった。すぐに魔法は解いてやろう。ただし、しくじれば、今度こそ
そなたの体は石のように固くなり、二度と動かなくなるであろう・・・よいな」
「あ・・・も、う・・・だめ・・・うご・・・け・・・な・・・い」
ヘファオンが倒れそうになる前に、おりん王妃は持っていた杖を激しく床に叩きつけました。するとどうで
しょう、ヘファオンの体はいつもよりもずっと軽く自由に動くようになったのです。
「すぐにいくのです。哲学者は明日にでも行動を起こすでしょう。それ前に必ず髪の毛と新鮮な生血を・・」
「わ、わかりました。すぐにとってきます」
3人は部屋の外に出て行きました。後ろを振り返りもせず、ただひたすら走っていきます。
「おー・・・ほ、ほ、ほ、ほ・・・愚かな子供達・・・でもこれで哲学者の生血と髪の毛が手に入ります。私に
よからぬことをしようと企んでいる哲学者には、どんな呪いをかけましょうか」
「でも、おりん王妃様、アレス王子様のお命が危ないのでは・・・グラニコス様はそうおっしゃったのでは・・」
「グラニコスの言葉など、私にはわかりません。でもあの子供の顔を見ていれば、何が言いたいか、たやすく
わかります。特にあのヘファオン、体まで動かなくなるとは、本当に暗示にかかりやすい」
「しかし、王妃様、王妃様を見て動けなくなるなど、ちょっと失礼では・・・」
「怖がればよい。愚かな子供が怖がれば私の思いのままに動く・・・哲学者の始末がついたら、あのかっさん、
あの子はどうしようかしら?次の戦いでは確か彼も初出陣のはず。敵の矢がたくさん刺さるよう呪いをかけて
おきましょうか・・・私の大切な娘、テッサロには二度と手出しができないように・・・」
「お母様、お願いです。どうかそのようなことは・・・」
「ほ、ほ、ほ、ほ・・・テッサロ、お前はまだ巫女になるにはあまりにも人の心が読めませんね。あれほど
役に立ちそうな子を、そう簡単に呪いで死なせるとでも思っているのですか」
「お母様のお考えは、私にはちっともわかりません。呪いや儀式で人を不幸にし・・・」
「お黙りなさい!お前もいろいろ口答えするようになった・・・でもしょせんは野蛮な国の族長にでも人質と
して差し出すのです。それまでは好きなことを言っていなさい。さあ、マイナスの巫女達よ。今から山に向かい
大きな生贄の儀式を行います。すぐに準備をしなさい」
「わかりました。おりん王妃様」
「テッサロ、お前もいくのですよ。クレオは祝宴の広間からちっとも戻ってこない。お前にも少しは秘儀のやり
方を教えておかなくては・・・マイナスの巫女となることも、蛮族に嫁ぐこともお前に与えられた運命です」
「はい、わかっています。お母様」
おりん王妃とテッサロ、そしてマイナスの巫女達は裏庭から続く山へと登って行きました。その頃、ヘファオン
かっさん、フィロ太の3人は、大広間近くに行き、どうやって哲学者の髪の毛と血を取るか、いろいろ相談を
していました。
−つづくー
目次に戻る